第8話 趣味
「その味はまさに至高の味。人里離れた村でこのような食材に出会えるとは思えなかった。ビルグの街から歩いて2日と少々苦労するが、ウェルダ村を訪れてこの場所でしか味わえないルミナダケをぜひとも味わってほしい……っと。よし、こんなところか」
ビルグの街の宿で原稿を書き上げる。
これは俺の趣味で、前世でも世界中をバックパッカーとして駆け回っている最中、旅の記録をSNSに上げたりしていたら、そういった本を作るのに協力してほしいという申し出があった。旅をしながらいわゆるライターの仕事をしていたわけだ。
この異世界では娯楽も少ないので、野営をする時などの空いた時間にこうして旅の記録を残すことにしている。それにスマホのカメラもないので、瞬間転移スキルを使う際に一度行ったことのある場所を思い出すのに役に立つ。たくさんの村や街を訪れてきたので、たまに食べたくなった名物がどこにあったのか忘れてしまうんだよな。
「昨日はぐっすり眠れたものだな。さて、まずは商業ギルドへ行くか」
昨日は散々な目に遭ったのにぐっすりと眠れたようだ。超健康スキルのおかげかもしれないが、それを差し引いても我ながらだいぶ図太いと思う。前世では旅をしながら野宿をしたり安宿に泊まったりしていたから、どこでもすぐに眠れるようになったんだよな。
今日はいろいろとやることがあるので、まずは商業ギルドへと移動する。
宿を出てこのビルクの街でも一際大きな3階建ての建物へとやってきた。
この世界にはギルドといういわゆる組合のような組織がある。商業ギルドは商人が商売をするための支援などをしてくれる場所だ。登録には試験があったが、前世の小学校卒業程度の学力があれば問題なく合格できるレベルだった。
「こんにちは。商業ギルドへようこそ。今日はどういったご用件でしょうか?」
「こちらの紙の印刷を5枚と、そのうちの1枚を1月ほど掲示板へ掲示したいのですが」
当然この異世界にはコピー機などはない。とはいえ活版印刷のような技術はあるので、商業ギルドで俺の書いた原稿を複製してもらうことができる。5枚程度であれば数千円レベルだろう。もちろん時間は数十秒でできるコンビニのコピー機と違って結構かかるけれどな。
そして商業ギルドには掲示板があって、依頼を張り付ける掲示板とは別に店の宣伝などを掲示してもらうことができる。無料の場合もあるが、大抵は数千円くらいかかる。
「このサイズの紙で5枚ですと、1枚につき銀貨1枚で合計銀貨5枚となります。掲示板への掲示は1月で銀貨3枚となりますがよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
ネフシア国で使用されている硬貨は銅貨、銀貨、金貨、大金貨の4種類だ。本当にアバウトで日本円に換算すると、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円、大金貨だけ桁がふたつ増えて百万円となる。
合計で銀貨8枚くらいなので、想定の範囲内だ。当たり前だが国によって通貨が異なるのは面倒なんだよな。初めて行く国で両替は必須なのである。
「承知しました。印刷の方は少々お待ちください」
大きな商会だと自分の店で印刷できる設備があるからわざわざ商業ギルドまで印刷を頼みに来る人は少ないのだが、それでも手間がかかるので多少時間はかかってしまう。
今のうちに市場へ食材などを購入し、昼食を食べておくとしよう。
「よし、これでこの街でやろうとしていたことは終わったな」
商業ギルドに依頼をしていた印刷が終わり、そのうちの1枚を商業ギルドへ掲示してもらい、そのまま冒険者ギルドへと移動した。
冒険者ギルドでは昨日のナエル村のことを報告し、ここにある掲示板にも印刷した紙を有料で張り出してもらった。内容については俺のおすすめするこの街や付近の村の名物や観光地などのレビューが記載されている。
元の世界でのブログの紹介記事みたいなものだな。もちろん店や村から許可はもらっているが、広告費なんかはもらってはおらず、完全に俺の趣味となる。すばらしい光景や料理をより多くの人に広めたいと思うのは旅人の性みたいなものだ。
理想をいえば料理の写真なんかを載せたかったところだが、カメラなんかはないからな。まあ、娯楽が少ない世界だから文字だけでも十分に楽しめるだろう。
それに加えてナエル村への警告文も記載してある。さすがにギルドで依頼を受けた冒険者に手を出すとは考えにくいが、念のためだ。
「そろそろずっと楽しみにしていたあの時期だ。いろいろと準備をしておくことにしよう」




