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鬼眼  作者: 真夜中
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俺が生まれたのは地図にもはっきり載っていないようなド田舎の集落で、小学校や病院なんかがあるちょっとした中心地から更に十キロも奥まったところにある、人里離れた秘境だった。

けどだからって、不便だと感じたことは無い。電気もガスも、水もちゃんと通っていた。建物だってどれもそう古くないし、わずか数十世帯ほどの民家は、皆それぞれある程度恵まれた生活を送っていたように思う。


今考えれば、そもそもそれが不自然だった。リモートワークも当たり前となった今の時代、仕事によっては住む場所を選ばないことは周知の事実ではある。けれど経済的に恵まれているのであれば、なぜ誰一人として、スーパーひとつ存在しない辺境の地を脱そうとしないのか。

別に守るべき文化や、伝統的な産業があるわけでもない。世界遺産に登録された景観だとか、希少な野生生物がいるというわけでもない。ただの辺鄙な農村だ。

畑はあるけれど、それは俺が見る限りブランド品種でもないごく普通の一次産業で、特筆するほどの恩恵があるとも思えない。当たり前のように住民の平均年齢は高いし、俺と俺の父親以外なんて、全員還暦を超えていた。にも関わらず、集落全体の不自然な豊かさ。考えれば考えるほど不気味な現象に、子供の頃は気が付かなかった。その豊かさを与えていたのが、他ならぬ「俺たち」の存在だったということも。


その地域には、昔から言い伝えがあった。

どんな図書館の資料にも残っていない、遥か遠い戦国の世から、口頭のみで継承されたトップシークレット。


ここには、鬼が生まれる。

頻度は不定期で、数も多くはない。本当に、ごく稀なこと。前触れや、親になる者の共通点も無い。ただの神の気まぐれで生まれるんだ。「鬼の眼を持つ赤ん坊」が。

左右の目の色が異なっており、それは人間の臓器とは思えぬほど鮮やかに、まるで宝石のように鮮やかに発色する。この輝きを見たが最後、その者は死ぬ。

理由は様々。急な病気、交通事故、泥酔による転落や、時には自殺なんてこともある。

それらは鬼の目を見てから、概ね一週間以内。近くで見れば、その場ですぐに。少し距離があれば、その日の帰り道や翌日以降に。遅くとも一ヶ月以内には、どんなに細心の注意を払って暮らしていたところで、何らかの理由により必ず命を落とす。


呪われた子ども。忌み嫌われて、この赤ん坊が生まれた時点で谷底に落とされても不思議ではない。けれどここではむしろ、この赤ん坊は神の遣いと尊ばれた。

当たり前だ。この子の能力はどんな人間も手を汚さずして亡き者にできる、「完全犯罪生産機」。目を見ただけ。法に問われるわけがない。

その存在自体を知らなければ相手も警戒しないし、なんならプライバシーゾーンまで近寄る必要すらない。例えば何か大きな物音を立てて、驚いて顔を向けた瞬間に目を合わせ、「すみません」なんて会釈でもすれば、それでいいのだ。近いうちに、相手は勝手に死ぬ。予想もしなかった時期に予想もしなかった理由で、確実に命を落とす。もちろん、こんな稀有な能力を無駄遣いなんてしない。発揮されるのは、この事実を知る一部の選ばれた人間の間でのみ。


主な顧客は、もっぱら政界の人間だった。とある政党の、お抱え暗殺者。言ってみれば、そんな存在だったのかもしれない。それでも若手や新人議員なんて、噂話すら耳に入ったことは無いだろう。依頼料として享受した裏金はそのままその集落の非課税所得となり、鬼が一人でも生まれれば、住人たち全員が末代まで遊んで暮らせるほどの財産が手に入った。依頼は人知れず粛々と捌かれ続け、新聞やニュースを騒がせる不幸な事故が降り重なるにつれ、少しずつ少しずつ世論や国の方針が方向を変え始める。決して目には見えない、悪魔の導き。その要となるのはまだ年端もいかない、何の罪もないはずの一人の子どもだった。


出産直後に俺の目を見た母親は、その場ですぐに死んだ。俺を取り上げた産婆も死んだ。その様子から百何十年ぶりに鬼眼が生まれたことを悟った曽祖父が俺を引き取り、言い伝えに則って乳母を用意した。贔屓の政党が「人助け」を名目に掲げたNPO法人を通して、夫のDVから逃げて来たものの、頼れる家族はおらず行き先も無い若い女性を斡旋して来た。「都会を離れて身を隠そう」と言いくるめられた女は「ここに置く代わりに受けるべき仕事」として、出産時の事故で母親を失った俺の世話係を任命された。「絶対に、この子の右目を見てはいけない」「古くからの決まりだから」という怪しげな言いつけを守り通したところを見ても、そう深く物事を考えるタイプの人ではないことは明らかだった。けど俺は、その人が好きだった。本当の母のように可愛がってくれたし、俺のもたらす莫大な恩恵を全力で受けながらも、俺自身には決して近付かない村人たちをよそに、その人はどんなときも一緒にいて、心からの愛情を注いてくれた。その人に育ててもらったからこそ、俺はそんな異様な生活の中でも、ギリギリ人としての道徳心や倫理観を持つことができたんだと思う。


自分が人を殺していると知ったのは、中学生の頃だった。小学校には行かず、自宅でオンラインの授業を受けていた。なぜなら子供がすることは予想がつかず、下手な悪ふざけで無理矢理眼帯の下を見ようとして来たり、俺自身が気を緩めて思わぬ惨事を招いてしまう可能性があると危惧されたからだ。どうせ人殺しとして生きる者に、教育など不要。そう考える周囲を強く諌めて説得し、どうにか少しでも普通の子供に近い生活を提供しようとしてくれたのは例の乳母と、共に暮らしたことはない、けれど存命ではある、俺の父親だった。

そして俺は俺自身のたっての希望もあり、なんとか一番近くの村の中学へ通うことを許された。とんだリスキーな判断だと思うかもしれないけど、奴らが何より恐れているのは「暮らしへの不満」から来る俺の逃亡であり、ひいては己の存在に絶望した俺の、「自らによる死」という筋書きだった。きっと、歴史上そういうケースがあったんだろう。

なるべくストレスを与えず、厳しい監視のもと、可能な範囲で好きにさせる。苦悩の末に出した結論が、おそらくそれだったんだと思う。それにアイツらは俺のことを管理しながらも、胸の内では常に俺のことを恐れていた。例えば寝起きに目を開けた瞬間、そこを俺が覗き込んでいたら、もうそいつの人生は終わり。心のどこかで、「俺を怒らせたくない」っていう気持ちがあるんだ。まさに「わざわい」だよね。意思を持つ呪い。俺の存在に縋りながらも畏怖している。だから俺はそれを利用して、束の間の自由を手に入れたんだ。


中学は快適だった。クラスはひとつ、人数も全校で十数人しかいなかったけど、似た年頃の子どもと触れ合ったことの無い俺からしたら未知の世界で、何もかもが新鮮だった。自己流だった勉強は幸い遅れているということも無く、むしろ成績は一番上だった。

ただ、これまでの蓄積が無い分コミュニケーションが苦手で、なかなかみんなの輪に入って行くことができない。仕方なく一人教室の隅で本を読んでいた俺に声をかけてくれたのが、クラスのムードメーカーであるユキだった。

元々は都会で生まれ育ったユキは、小学校卒業間近にヤクザの父親が逮捕された影響でその街にいられなくなり、仕方なく親元を離れ、組側が用意してくれた田舎の借家へと移り住んだらしかった。

どう考えても円満とは言い難い家庭環境にも関わらず明るくリーダーシップのあるユキは俺なんかにも優しくて、最初にそれとなく聞かれた眼帯のことも、「ものもらい」とだけ答えたあとは、そう深く追求してくることも無かった。

世間で人気のゲーム機も、流行りの漫画も音楽も、全部ユキが教えてくれた。ユキといると、自分もただの中学生になれたような気がした。だから次第に俺もユキと一緒に、市街地にある高校へ進みたいと思うようになってしまった。

もちろん、村の連中から許しは出なかった。本当は中学へ通わせるのさえ反対だったのに、義務教育ですらない高校なんてとんでもない。それが、ヤツら全員の一致した意見だった。


普段の俺の居場所は集落の一番奥にある御殿みたいな日本家屋で、一見すると料亭か何かに見える。実際、中には大掛かりな台所と食品庫があり、料理人さえ呼べば大広間を使っての畏まったもてなしも可能だった。ターゲットは「会食」とか「密談」とか、ときには特別な女との情事を餌にここへ呼び出され、その短い時間のどこかで使用人や給仕係、時には掃除夫なんかに扮した俺のことを目にして、「なんだ、気持ち悪い目の色だな」ってぐらいの気持ちで家路につき、そのまま帰らぬ人となる。それは、もはやパターン化された流れとなっていた。

だから俺は母親と産婆を除いてその屋敷の外でこの力を使ったことは無かったし、実のところ俺の姿を見た人たちが、その後どうなっているのかも知らなかった。


「その目を見せるな」

「ただし、こちらが指示した人間には必ず見せろ」


小学生の頃はそんな意味のわからない命令に、忠実に従っていた。きちんと言うことを聞けば買ってもらえるおもちゃやお菓子が、単純に魅力的だったから。でも中学に上がって図書室で新聞を読むようになり、そこで妙な現象に気付いた。

一面で取り上げられている、政治家の訃報の記事。そこに映る顔写真には、見覚えがあった。これ、先週うちに来た人じゃないか?有名な政治家だったんだ。あのときは元気そうだったのに、亡くなったのか。酒の瓶を運ぶ俺を捕まえて、「まだ若いのに偉いじゃないか」って、こっそり小遣いくれたよな。そんなことを思い出すと少し悲しくなったけど、まぁ言ってしまえば、一度会っただけの人だし。そのまま新聞を戻し、静かに教室へ戻った頃には、もう頭から抜けてしまっていたぐらいだった。

けれど、同じようなことがそのあと何度も起こった。数ヶ月に一度ではあるものの、見るたびに心臓がヒュッと冷え込むような感覚があった。新聞に載っている訃報の写真。政治家。官僚。活動家。外郭団体の幹部。田舎の中学生とは到底縁の無い、雲の上のような役職の人間ばかりだ。なのにほぼ全員の顔に、見覚えがあった。


そもそもそんな政財界の要人たちが、なぜ揃いも揃ってこんな辺鄙な山奥に集まって来るんだ。何があるわけでも無い、ただの竹藪の中の一般家屋に。

誘導されて来ている?何かそれらしい理由を捏造して、さもここへ来なければならならないような流れに仕立てあげられているんじゃないだろうか。でも、なぜ?もしかして、俺に引き合わせるため?いや、まさか。そんな必要性、まったく思い当たらない。自分で自分を否定しつつも、意思とは関係なくどんどん成り立っていく仮説に、心臓が早鐘を打つ。


絶対に見せてはならないと言われた右目。

指示された者へは見せろと言われた右目。

新聞の訃報欄。

俺から距離を取る住民たち。

不自然に豊かな田舎の家々。

俺を産んですぐに亡くなった母と産婆。


そんなことあるはずない。そんなことあるはずがないけど、これらの事実が導き出す答えは、たったひとつであるような気がした。


そんな考えに思考を占領されて、気が緩んでいたんだ。

一番危ないのが「赤子」。その次が「幼児」。そのまた次が「児童」。不測の事態や不注意、不運な事故などで、どうしても「目」を露わにする可能性が高い期間をなんとか乗り越えた、「彼女」自身も。


帰宅後、言葉にできない何かを早く洗い流したくて、玄関から浴室へ直行して浴びたシャワー。痛いほどの力で頭を洗い、顔も体も何かに取り憑かれたように必死に擦ってから脱衣所へ出たとき、畳んだタオルを仕舞おうとここへ入って来たのであろう、乳母と鉢合わせた。


両目で彼女を見たのは生まれて初めてのことで、いつもと何かが違うな、と思ったものの、それが何なのかはわからない。ただ、はっきりと焦点を合わせた彼女の顔が、まるでシャッターを切ったように、脳裏に焼き付いたような気がした。



「綺麗……」



驚いたように目を見開いた彼女はそのまま膝から崩れ落ち、その後、二度と目を覚ますことは無かった。


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