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鬼眼  作者: 真夜中
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3


「起きた?」


重い瞼を持ち上げると、酷く薄暗い部屋の中だった。仮眠用と思しき簡素なベッドの上に、毛布をかけて寝かせられていたらしい。十畳ほどの部屋は壁も天井も打ちっぱなしのコンクリートで、窓はひとつも見当たらない。耳鳴りのような音を立てて回る換気扇。壁に沿って置かれたデスクの上のパソコンのモニターの光が、パーカーにメガネ姿になった望月くんの横顔を、いつも以上に白く浮き上がらせていた。


「ここ、どこ?」

「秘密基地」

「どこかわからないけど、帰らせて」

「それはダメ」

「なんで?話をするだけなら、私のアパートでよかったじゃん……」

「言ったでしょ? 俺、あなたのこと観察したいの。二十四時間三百六十五日、ずっとね」

「理由が何であれ、そんなの嫌だよ……」

「悪いけど、そっちの意見は聞いてない。俺はご覧の通り平和主義者だけど、いざとなったら武力行使も厭わない。自分の身が可愛いなら、大人しく言うこと聞いておくべきだよ。それに、金銭的には不自由させないよ。必要なものがあれば何でも言って?」

「そんなのいらない。家に帰して」

「はっ、強情」


何が面白いのか、吐き捨てるように笑う望月くんが怖かった。まだ嗅がされた薬が残っているのか、体は重く頭も回らない。体格が良く運動神経も抜群だった望月くんの隙を見てこの部屋から脱出するのは、どう考えても不可能だろう。

痺れた頭でも、さすがにそれぐらいは判断できた。


コン、コン。


不気味な部屋の中にノックが響き、弾かれたように顔を上げる。ほんの一瞬希望を抱きそうになったけど、よく考えたらこの状況でここに現れる人物なんて、ほぼ百パーセント向こうの仲間だろう。危害を加えてくる可能性だってある。敵が増えるだけだと気付いて、鈍った体が更に竦んでしまった。


「はい」

「俺、優樹だけど」

「どうぞ」

短いやりとりのあと内鍵が解除される音がして、無機質な扉がゆっくりと開いた。

「あれ?起きてるじゃん」

「ああ、今さっきね」

「本当にあの時の子? マジで生きてんだ」

「まぐれなんてあるわけないけど、とりあえず本当に効かないのか、これから時間かけて色々実験して行くつもり」

「なんか、言い方エロくね?」

「はぁ? 寝言言ってんじゃないよ。そもそもお前は、何か報告があって来たんじゃねぇの?」

「あ、そうじゃん!春人、朗報!この前とっ捕まえた債権者のオヤジ、福島に土地持ってやがったんだよ。どうせ親の財産相続すると思って胡座かいて遊び回ってたら、例の震災で資産価値ゼロに成り果てて、ギリギリ補償金も出ないエリアで、返すアテ無くなったらしくてさ」

「何それ、理想的じゃん」

「だろ?夢にまで見たケースよ。名義はそいつのまま二束三文で買い叩いて、期間未定で借り上げ契約結んで来たから」

「これでやっと臨床実験に入れる目処がついたな。夜間に下道から入って、まずは什器の搬入しないと」

「いやーワクワクするねぇ!やっぱ、男の夢じゃん」

「ま、所詮ビジネスだけど」


まったく見当のつかない話を楽しそうに続ける二人は、本当にただの大学の友達同士か何かに見える。けれど、きっと違うんだろう。鈍いシルバーの髪にピアスを揺らす細身の男性は会話がひと段落すると私の方へ顔を向け、ゆったりとしたパンツのポケットに手を入れたまま、こちらへと近寄って来た。


「俺、ユキ。よろしくね、紗織ちゃん」

眠そうな二重のタレ目が、ニィッと細められる。

「……。」

「怖がらなくても、危害とか加えねぇから。むしろ全力で保護する。なんて言ったって君、この世でただ一人の、春人の希望だからね」

「……希望?」

「そう。ま、とりあえず俺は味方だから。何か困ったことがあったら言って?」

「じゃあ、帰りたいです」

「会ったばっかりなのに、そんなつれないこと言うなって」


ははっ! と大きな口で笑ったあと、ユキと名乗った男の人は私の頭を軽く撫で、さっき入って来たばかりの扉から出て行ってしまった。

シーンと静まり返る部屋の中、それまで頑なにモニターから顔を逸さなかった望月くんがギシッと音を立てて立ち上がり、気怠げにベッドから上半身を起こす私の方へ歩いて来る。そして私の前にしゃがみ込んで視線を合わせると、淡い青のサングラスを、ゆっくりと外した。

約四年ぶりに見る、なんとも神秘的な紫の瞳。宝石のように怪しげな光は、未だに色褪せることなく輝きを放っていた。


「特に科学的な根拠とか、法則性とかは無いんだけど」


私と目を合わせたまま、ゆっくり口を開き始めた望月くん。なぜだろう。視線がまったく外せない。目の前の紫は、どんどん濃く深くなっていく。


「俺は今かなり光量を上げているし、そもそもこの至近距離で正面から目を合わせようもんなら、普通は五分も保たないわけ」

「何の話……?」

「体、何も異変無いよね?」

「まだちょっと怠い」

「それは薬のせいでしょ?」

「多分ね」

「……うん、オッケー。やっぱりあなた、俺と同じぐらい珍しい、特異体質だわ」


特異体質? 私が? そんなこと言われたことない。子供の頃からの健康診断だって、引っかかったことなんて一度も無い。望月くんが何を言ってるのか、さっぱりわからない。


「気分はどう? もし悪くないのなら、この間の話の続きをしようと思うんだけど」


どうせ聞いても聞かなくても、この部屋から出してはもらえないんだろう。そしてもし彼の見立てに誤りがあり、私が本当に特異体質でもなんでもないようなら、私はおそらくこの誰にも知られていない殺風景な部屋で、そう長くない時間のうちに殺される。特に仲良くもなかったはずの、怪しげなクラスメートただ一人に看取られながら。

納得なんて到底できないけど、だからと言ってここから逃げられる手段も無い。それならもう、聞くしかない。

私がなぜここにいるのか。

なぜ彼に監禁されなければならないのか。

その瞳にどんな秘密があるのか。


一から十まで、明らかにしてもらおうじゃないか。


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