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青葉闇

作者: 日進 月歩

はじめまして。

日進 月歩と申します。


本作品は短編となります。

このサイトでは初投稿となるため、おかしな点がいくつかあるかもしれませんが、ご了承のほどよろしくお願いいたします。


ノスタルジック的な作風な感じの物語を書きたかったので、結構満足度は高い作品にできたかなと思います。ぜひ、読んでいただけると幸いです。

約束はいつも暗い青色をしていた。


もうすぐ取り壊されると聞いて、わたしは久しぶりにその小学校を訪れた。山と山の間でぽつんと佇むその校舎は、緑豊かな自然に囲まれながら、どこか影を落としたような色合いを帯びている。

小さいころから、わたしはこの場所に、深い青の気配が漂っているのを感じていた。


正門の錆びた鉄扉は半分ほど開いたままで、風に揺れるたび、かすれた音を立てている。校庭には誰の姿もなく、ただ夏の光に照らされた白線の名残と、伸び放題の雑草だけが広がっていた。

校舎の壁に手を触れると、昼間だというのにひんやりとしている。その冷たさに、思わず小さな笑みを零した。子どものころ、ここで過ごした時間の記憶が、温度とともに指先に蘇ってくる気がした。


この学校には、ひとつの噂があった。

裏庭に、幽霊が出るという噂だ。


祠のそばに現れる、名も知らぬ男の幽霊。

男の正体は、戦争で死んだ兵隊だとか、昔この土地を守っていた誰かだとか、誰もが違うことを言った。当時、心霊ブームだったこともあり、戦争が終わって埋め立てられてしまった場所の話や、いわくつきの土地の話もいくつか耳にしたことがあったから、幽霊の男の噂も決して珍しいものではなかった。

けれど、なぜかわたしはその噂に妙に惹かれて、ある日の放課後、裏庭に行ってみることしたのだった。


裏庭へ通じる道は、校舎の裏手にひっそりと口を開けていた。普段は用務員以外ほとんど立ち入らない場所で、舗装も途切れがちになり、土と落ち葉が混じった小径が続いている。昼間でも木々の枝が空を覆い、足元にはまだらな影が揺れていた。鳥の声だけがやけに大きく響き、校庭の明るさが嘘のように遠のいていく。


やがて視界が開け、小さな空き地のような場所に出た。そこに、祠はあった。風雨にさらされて色の褪せた木造の祠は、屋根の隅に苔をまとい、供え物の痕跡もほとんど残っていない。そのすぐ脇には、人の背丈ほどもある大きな石が横たわり、表面は厚い苔に覆われて、長い年月ここに置かれてきたことを静かに語っていた。


境内は思っていた以上に薄暗く、木々の葉の隙間から差し込む光が、地面に小さな光の粒となって散らばっている。その中で、時間だけがゆっくりと沈殿しているように感じられた。


ふと、その苔むした石のそばに、誰かがいることに気付いた。


最初は見間違いかと思った。だが、目を凝らすと、木陰の中にひとりの男が立っているのがはっきりと分かる。こちらに背を向け、静かに佇んでいるその姿は、周囲の風景に溶け込むようで、まるで最初からそこに“あった”ものの一部のようだった。


不思議なことに、胸に湧いたのは恐怖ではなかった。

むしろ、どうしようもない淋しさのようなものが、静かに広がっていくのを感じた。


なぜだか、その背中がひどく心細そうに見えたのだ。

誰にも気づかれず、誰にも呼ばれず、ただそこに立ち続けている――そんな気配が、木陰の冷たい空気と一緒に伝わってきた。

わたしは、思い切って声をかけた。

木陰の奥のほうに座しているために、男の表情はよく見えない。だが、わずかな沈黙のあとに漂った空気から、戸惑いのようなものだけは感じ取れた。

「あの」

自分の声が、静かに響いていく。

「わたしと、友達になってくれない?」

風が葉を揺らし、光の粒が地面にそっと落ちる。ふっと、低く柔らかな笑い声が零れてきた。

「とことん、変わり者のようだな。――お嬢さん」

からかうようでいて、どこか子ども扱いするような、不思議な響きを持つ声だった。その呼び方も、間の取り方も、同じ学校に通う誰とも違っていた。


それから先のことは、あまりはっきりとは覚えていない。鮮烈な出来事だったはずなのに、雨が地面に染みわたり、消えていくみたいに曖昧な記憶として、存在していた。

言葉をいくつ交わしたのか、どんな話をしたのかも、今となっては霧のように曖昧だ。ただ、放課後になると裏庭へ足を運び、あの木陰にいる彼と向き合って話す時間が当たり前になっていた。

名前も、年齢も、詳しいことは聞かなかった。

聞いてはいけないような気が、どこかでしていたのかもしれない。

それでも、青葉闇の中で過ごすひとときは、穏やかだった。


約束はいつも、暗い青色をしていたように思う。

今ではもうはっきりとは思い出せないけれど、確かにわたしたちは、いくつもの約束を交わしていた。

またここで会うこと。

季節が変わっても、同じ木陰で話をすること。

そして――

「いつか、あなたと朽ち果てる日が来るまで、待っていてくれる?」

そんな言葉を、子どものわたしは無邪気に口にしたのだと思う。

その約束を、彼はからかうようにして笑いながら、けれど結局、はっきりとした返事はしてくれなかった。


そして長い時間が過ぎ、わたしは大人になって、もうすぐ取り壊されるその小学校の裏庭に、再び立っている。

あの頃と同じように、木々は生い茂り、祠はひっそりと佇み、苔むした石も変わらぬ場所に横たわっている。


気づけば、陽は少し傾き、校舎の影が裏庭の半分を覆っていた。風が枝葉を揺らすたび、青葉の影が地面に濃淡を描き、あのころと同じように、光の粒が静かに瞬いている。

祠も、苔むした石も、そこにはあった。風の音と、葉擦れの音だけが、裏庭を満たしていた。


わたしは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

胸の奥に沈んでいた何かに、そっと蓋をするようにして、踵を返した。




かつてわたしが通っていた、小学校の裏庭には古びた祠があり、すぐそばには大きな苔むした石が置かれていた。 境内は青葉闇が濃く、鬱蒼とした木々の間から、わずかに漏れる陽射しが地面にまだらな光の粒を落としている。

その薄暗い木陰に、たったひとりの男が佇んでいる。

くすんだ枯草色の軍服を着て、右ひざを立て、左肩には長銃を背負っている。日の丸のついた軍帽を目深に被っていた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


情景の描写がわたしにとっての課題でした。何度も書き直して、確認してもらい、ようやく完成させました。情景の描写に力を入れたので、感想などいただけますと大変喜びます。

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