そして旅に出るその8
プレイヤー対プレイヤー、PvPというのはその状況状況によって対応が変わってくるため、モンスターを相手にするよりも遥かに難しい。
そんなPvPにおいて、その他の要素、例えば護衛する対象を増やせばさらにその難易度が跳ね上がってくる。
「敵襲!」
「んだよ、またか」
隊商の護衛ともなれば生半可な気持ちで挑む事は出来ず、受ける者など手練れか無謀な者達くらいなものだ。
今回の護衛をしている「マルチアイ」というクランは前者であり、過去の功績もあり何度も護衛依頼を熟してきた熟練者達である。
クランというのはプレイヤーが作り出したコミュニティーである。気の合う仲間や目的の意志の元それぞれ集まり行動する。多数のクランがあり、ただのチャットとして利用したり、何か目標となる事をする為その仲間たちと行動するための場所であったりと、様々な目的でクランが存在していた。
「っとに、6人だけかよ、しかもまた弱い奴」
「思った以上に襲撃が多いくせに雑魚ばかり、…どうなってんだ?」
「どうとか以前に、先発隊はどうなってんだ、節穴かよ」
「落ち着き、隅々まで探せるわけじゃない」
何時もと同じはずの護衛依頼、だというのに何時も以上に異常であり異質であった。
得体の知れない不安感を拭いきれず、苛立ちだけが募る。
「…しかしこの襲撃の多さ、どうも時間稼ぎととっても良さそうだな」
「時間稼ぎ?」
「奇襲をして足を止め、そして合流し俺達を襲う」
「はぁ? なんでそんな事やってるんだ? 一気に襲って来ればいいじゃないか」
「…今回の積荷、なんかあるのか?」
「何時もと変わらない、だからおかしい」
積荷は需要の多い物や一部高級な骨董品など、何か特殊な品があるわけではない。だからこそより一層今回の襲撃が異常であった。
とある森の一角、木々のざわめく木陰で影達が囁く。
「やーっぱ失敗か」
「戦力が足りねぇんだよ、当たり前だろ」
「第一何でこんな方法なんて時間かかるだけだろ?」
商隊を襲っていた盗賊団の一人が、向かいの人物にネチネチと陰湿に責め立てる。その睨む視線の先には白いフードを被った男が木にもたれかかりっていて、一切気にせず彼等に笑みを浮かべながら口を開く。
「何を言っているのです、確実に成功させる手段ですよ、そ・れ・にぃ~」
一瞬で笑みは消え失せ、苛立つ内心をさらけ出し歪んだ顔が現れる。
「君達さぁ、くっそレベル低いんだよねぇ、分かる? 雑魚なの?」
「あ?」
腹立たしい相手に、その上煽る様な事を言われれば頭に来るのは必然である。
「止めとけ」
白いフードの男に対して剣を向けようとした所で、傍にいる仲間に止められる。
だが腹の虫は収まらず、剣を抜き相手に突きつけた。
「はぁ」
突きつけられた側はその行動に呆れ、さらなる失望の色を見せた。
「君、そこまで脳足りんなの?」
決して呷ったわけではないが、剣を向けるという愚かな行動にため息を吐くしかない。
普通ならば力で解決する盗賊団らしい問題ない行動なのだが、剣を向けた相手は普通の盗賊ではない、圧倒的な上位存在、互いに一般的なプレイヤーであったとしてもそこには明確な差があった。
「第一、お前、攻撃できないでしょ?」
「あぁ? てめぇの目は腐ってんのか?」
白いフードの男目掛けて腕を振り上げ、一切警戒しない相手に剣を振り下ろそうとして。
「お、おい、お、お前の、腕」
「あ? ……アァァァッ!?」
振り上げたはずの手は地面に落ち、男の両腕が胴体から切り離されていた。
「い、一体何をしたぁぁッ!!??」
「五月蠅い」
その言葉の後に腕を切り落とされた男は吹き飛び倒れこむ。
白フードはその場から一切動く事も体勢を変える事もしていない、周りの人物たちもそれは確認していたが、誰一人何をしたのかすら理解できていなかった。
「な、何をやったんだ…」
「だから低レベルだって言うんだよ、悪役をするにしても、正義の味方をするにしても、基礎がなってねぇんだよ、頭を使って狩りをする原始人の方がマシだ」
白フードは大きなため息を吐いた後にがりがりと頭を掻きむしり立ち上がる、立ち上がるとまたつまらなそうにため息を吐き出し声を上げた。
「一応さぁ、俺がお前達の上司なわけ、分かる? 君達のクランは俺達のクランの子会社みたいなものなの、たらたら適当にやって成果も上げれないとこっちのクランに泥を塗られるわけ、何度も俺達のクランが君達に指導しに来てたよね、それを覚えられないのかなぁ?」
口にすればするほど白フードは彼等に呆れていき、何度目かすら分からないため息を吐いた。
この盗賊クランには親となるクランが存在しており、この盗賊クランは新人達の教育の場として存在していた。
「…君達さ、ただの反抗期を迎えたガキの様に悪ぶりたいだけなの? それとも俺達に縋って甘い汁を啜りに来ただけ? こんな序盤の街で初心者狩りしかてイキリ散らす雑魚なの? ゲームだからって適当にしてる? 違うよね? 違うって言えよ、もう呆れさせないでくれよ!」
誰も何も言えない。
白フードの所属するクランから今まで指導されてきた、しかし話半分で誰も聞かず何時ものように自分たちで好き勝手行動してきた。自由奔放で力はなく、しかし何時か力をつけて名を馳せる志だけを胸に、ただそれだけであった。
「さあ、じゃあさっさと行動しようか、俺を、俺達を失望させない様に強くなってくれよ」
白フードは息を整え、先ほどの事は何も無かったかのように平然とした口調で呼びかける。
これ以上白フードの言葉に逆らう事は出来ない、何時クランを追い出されるかもわかない状況なのだと察し、各々指示通りに行動を始めるのであった。
「少しやり過ぎじゃないの?」
白フードの傍らから、背丈の高い黒い角の生えた男性が女性口調で話しかける。
白フードは悪びれた様子も無く肩をすくめ。
「お前だって思ってた事だろ?」
「どうかしら?」
飄々とかわし自分の意見を言う事は無かった。
白フードにはそれが答えにしか聞こえず、黒い角の男の本位を察した。
「じゃあさっさと根性叩き直して、草を回収して帰るか。
こんなところで油を売ってる暇はない」
「早く前線に戻りたいものね、流石に『僻地』は退屈だわ」
一般的なプレイヤーにとってこの地域は僻地とは言わない。
しかし彼等には徳のある事が少なく、魅力のないこの地は僻地にしか映らなかった。
「それで、作戦はこのままでいくの?」
「当たり前だ、お膳立てをここまでして異常は無いんだ」
作戦は至って単純だ。
何度も少数勢力で襲撃して相手の戦力の確認をし、少し油断させたところで少しでも張り合えるような戦力を投入して警戒心を煽る。そこで攻略できるようなら攻略するが、出来ないのならば再び少数戦力での奇襲を再開する。
精神が疲弊するならばさせ、そして。
「敵を発見…、数が、多い!」
「クッ、しかし見つけたのは幸いだ、本体に迂回する様に伝えてくれ!」
「了解」
「気づかれた! 少しでも道連れにさせるぞ!」
先遣隊、その部隊の壊滅が第一の目標であった。
本体よりも戦力は劣る先遣隊に勝ち目はない、あっという間に殲滅され、残ったのは盗賊たちのみだ。
「…あの、これで本当に良いんですか?」
今壊滅させた先遣隊が消えていくのを見送るが、このままで本来の隊商部隊の殲滅ができるのか、それが不安で仕方が無かった。
「普通ならこれで順路変更するはずですよ?」
「んなの当たり前だろ、普通ならする、護衛についたなら俺だってする」
「じゃあ何故?」
「丁度いい場所に追い込むからだ、奴らの現在地と進行ルートを確認して自分の頭で考えておけ」
教えてくれない事が腹立たしいが、このまま待っていても教えてはくれない、仕方なく地図を片手にルートを確認する。
(この位置から、今居るルートを封鎖、……あれ? この場所って)
隊商のルートは現在彼等盗賊たちが封鎖している場所を除けば一つしかない、そしてそのルートの進行方向には森があるだけであった。
(森があるだけだ、…ならここに来るまで待ってもよかったような、先遣隊潰す意味はあったのか?)
今居る場所も森と言えば森なのだが、さほど大きくなく林といった大きさだった。
(隠れる場所だってある、けど他に何かあるのか?)
考えども答えは出ず、しかしふと白フードの言葉が頭を過る、『進行ルートを確認して――』その言葉を元に道を辿っていくと、何処にもう回路が無く二択を迫られる場所しかなかった。
(そういえばこの通りのルートって分かれ道二つのみだ、山間だから横に逸れるのも難しい…)
最初の街から枝分かれした場所ばかりであるが、現在の場所は小道を含めても二通り別れる道というのは珍しい。遡って行っても同じような場所はなく、しかし別な通りに何か所か同じような場所は見受けられる。
(ひょっとして、森自体が目的じゃなくて、誘い込む事が目的なのか? なら別にそこじゃなくても…、いや待ち構えるには小道が多い)
何処で待機しようとも待ち構えるには不十分であり、別な道を通り逃げられる可能性があった。
(けど先遣隊に隠れて何もしなければ、後で通るんだからそこを待ってれば良いだけじゃないのか?)
先遣隊に見つからなければ、問題無いとその場所を本隊が通る、そこを襲えばいい。
彼が行きついた答えはそこまでであった。
「なにちんたらしてんだ、バケットに乗り込め!」
「は、はい!」
白フードが考え事をしている彼に向かい呼びかける、視線の先にはグリフォンという大きな四つ足の動物の様な背に羽の生えたモンスターが複数待機しており、同時に気球に取り付けるようなバケットがグリフォンに取り付けられていた。
「あ、あの」
「なんだ?」
「追い込むというのだけしか分からなくて…、先遣隊を見送ってここに来たのを討つってだけじゃダメなんですか? 罠とかも設置できる時間がありますし…」
「あのさ、俺はちゃんと『確実に』成功って言ったよな」
「え? あ、は、はい」
そこまで覚えていないが、成功させようという意思は確実にあると誰もがそう思っていた。
「じゃあお前の言う様に隠れてたとして、絶対に見つからない保証ってあるのか? もし見つかったらどうするんだ? 罠の準備期間すら無駄になったらどうする?」
「え、いや…、け、けど」
「けどじゃねぇよ」
確実に事を行う、ならば少しでもリスクとなる者は排除しなければならない、それが今回先遣隊を討った目的の一つであった。
「それは…」
「街からほど遠い場所で、横道に逸れられないっていうのは利点なんだよ」
他にも街からほど遠く、再びこの場所に戻って来るには時間を要する、何処で討つか街との距離も計算の内である。
「じゃ、じゃあ、もしも引き返していったらどうなるんですか?」
作戦の理由や正しさも頭ではわかっているのだが、思いついた欠点を苛立ちぶつける様に白フードへ問いただす。
「奴らは時間制限もある、失敗も許されねぇ、なら進むしかないよなぁ」
「…何度も襲っていたのって」
襲っていた理由は時間稼ぎという理由もあった。相手の戦力を把握しつつ、断続的にジワリと時間を浪費させていく、特に警戒させればさせるほど足は遅くなり、より時間を浪費していくのだ。
時間制限は盗賊側には無い、しかし相手側には指定した時間内までという制限がある。焦ればそれだけ行動の判断が鈍り隙が生れ、より盗賊側にとっては有利に動くことができる。
(なんて回りくどい、いや、なんてクランなんだこいつら…)
白フードの事は心情的に認めたくはない、しかし必死に否定していても心の奥底では認めてしまっていた。
「脇道に逸れていった場合、その場所での考えもあったんですか?」
「当たり前だろ、今度こそ自分で地図と睨めっこして似たようなところが無いか探してみろ」
とても悔しいが感服である。今後自分は嫌な顔をしながらでも彼の命令には従うのだろう、そう思い知らされるのであった。
「増援って来ないんですか?」
「多分来ないわね」
相手の意図に気が付いたミナモはエルニカに尋ねると、きっぱりと増援が来ない事を教えられる。
不安になっているトリシャ達には聴かせられず、パーティーチャットでやり取りをしていた。
「何故?」
「護衛している人達ってそれはそれでプライドがあるのよ。
街を出る前にクエストの取り合いだって言ったでしょ?」
「ん? ああ、そういえばクエスト枯渇してるって。
なるほど、奪い合いで助けが呼べない状況なのか」
クエストを奪い合い、クエスト争奪戦を突破した勝者たちが、情けなく誰かに増援を呼ぶなど沽券にかかわる事であった。
しかしこれで失敗したら沽券どころではない。増援を呼んだ時以上のプライドがズタズタになる可能性が高い。
「どうするんですかね」
「さあ、どうなるのかしら。
相手側は飛行系の従魔を従えてるでしょう、そうなるとこちらとしてもじり貧よね」
「従魔、テイマーですか」
テイマーに従っているモンスターを従魔と呼ばれている。
従魔はその形は様々で、その特徴を利用して空を飛んで高速移動なども可能である。
馬車を引く事も可能で、現在は体格が大きな6足の厳つい甲殻類のモンスターが牽引していた。
「便利ですね」
「本当にね。
強くて移動にも必須というのが、テイマーの株を押し上げてるわ。
進化も未知数だし、モンスターの数も尋常じゃなく多くて、ロマンの塊よね」
半年経ってもモンスターの進化というのは謎が多く、人気のモンスターであってもつい先日新しい進化先が発見されたばかりであった。
無限の可能性を秘めたテイマーに、当初はテイマーのゲームとして売り出そうとしていたのではないかと言われるほどであった。
「二人とも何話してるの?」
口パクの状態の為、トリシャが気づき尋ねてくる。
ミナモは何食わぬ顔で平然と。
「従魔の中で可愛いモンスターは何か教えて貰ってました。
精霊さんも可愛くならないかと相談していました」
「難しい質問だったわ」
エルニカも適当にはぐらかし話を合わせる。
「テイマー、テイマー良いよね。
けど多いから別なのが良いって言われて諦めちゃった…」
「諦めなくても良いと思います。
好きな事するのが大事です」
「そ、そうかな?」
「そうです。
やりたい事がやるのがゲームです。やれないなら努力してやるまでです。
トリシャちゃん達は、それが本当にやりたい事なんですか?」
やりたい事、そう言われてトリシャも、そしてピーファも言い淀んだ。
「けど、ブログとか攻略サイトでお勧めされてたし、これが一番役に立つって」
「役に立つことがしたかったんですね」
「……確かにしたかったけど、そこまでじゃ」
トリシャのスキル構成はプリーストというジョブを選択し、神聖魔法、槍術、そして堅固という防御力増加のパッシブスキルである。
人の為のスキルと、自分の身を守る為のスキルしかなく、自分に合ったスキルは一切無かった。
これで良いと本人が思えばいいのだが、不満があり素直に答えられなかった。