百歩進んでニ十歩くらい下がって その10
ミナモは復活したイトウを眺めて目を細める。
「何見てるんだ」
最初に増して聞こえてくる声がしっかりとしていた。
意識すれば元の声に切り替える事が出来るが、聞こえてくる声はしっかりと聞く事にした。
向き合う為の覚悟が必要なのだ。
「全く、コイツの考えている事は意味が分からない、これだから下等生物は」
(もうむり)
しかしすぐに心が折れ、聞く事を諦めた。
世界は清々しいほど長閑なのに、一人と一匹の行動は粘性液体に捕らわれたと言わんばかりに鈍い。
一先ず適当に戦わせて、今後の育成方針を考える。
(どうするべきか、ここで一つ力を示して認めさせる。
いや、でもこの子真っ当な考えじゃないし、そもそも見せた所で相手が勝手に死んだとかそう思ったりするだけか)
試しに別なモンスターに指で弾いた魔力の玉を当てる、一撃で粉みじんになるが。
「なんか死んでる、変な生物」
(こいつなぁ…)
想像通りの反応にミナモは諦めた。
これで道徳を説いても意味はなく、そもそもイトウにはイトウの常識が既に身についている。
(この聞こえてくる声とか、情報が全て偽物にならないかなぁ)
そんな現実逃避をしながら、イトウを適当なモンスターに投げつけた。
「うわっ、肉来た、変な肉、殺して、食べる」
聞こえてくるモンスターの声は野生が強い。
「ぎゃー」
悲鳴染みた声もしっかりと聞こえ、さらにやる気を削ぐ。
これからモンスターの断末魔を聞き続ける事になると思うと余計に滅入っていく。
「これ、めっちゃウザい…、こんなの聞いてたらおかしなるで」
撃破をしたのを確認し、イトウが渋々と戻ってくる。
「やる気でねぇ」
何か仕返しでもしたいが、仕返しした所で何も変わる事はないだろう。
「…気分転換に、適当に聖獣の所に行くかぁ」
ふらふらと立ち上がり、イトウを連れて噂になっている場所へと向かった。
下手に目立つ事を避けるために、イトウの泡に色を付けて、念のために布を被せた。
内部からも見えなくなるが、今のミナモにはそんな事を気にしない。
「おー、人いっぱい」
ミナモはごった返す街を見て、田舎から上京した子供の様に周りを見回す。
聖獣を崇め繁栄した街であり、プレイヤー活動拠点の中でも一番大きな街となっている。大きさで言えばメルテトブルクよりも大きい街だ。
行きかう人々も活力に漲っており、ミナモはその活力を浴びて胸焼けしそうだ。
ここまでこの街が栄えた最大の理由があった。
「ここが噂の闘技場かぁ」
コロッセオ、そう言われる闘技場が聳え立っている。
赤茶の石材は血を吸っている様な色をしており、その建築を象徴としていた。
観客席に包まれ、中央には広い土のリングが広がっている。その闘技場を見下ろす様に、城が後方に聳え立っていた。
(良くも悪くも血の気が多いからなぁ、歴史はどうあれ立派な街だよ)
闘技場を目的とするプレイヤーは多い。
最近力が重視されているからこそ、腕試しにやってくるプレイヤーは後を絶たない。
しかしメルテトブルクの様に露店は無く、街の外にプレイヤー達の闇市があった。
ミナモは街の中を見て回り、あちらこちらへと駆けずり回る。
「良いねぇ、良いねぇ」
ミナモがやたら燥いでいるのには理由がある。
久しぶりの真面な大きな街なのだ。
プレイヤーが居て、NPCが活動しており、程よく大きく発展した秩序のある街。
その活動者のどちらかに偏っている事ばかりで、程よく均衡を保った街はとても珍しい。
「おい、そこのガキ」
NPCの兵士に呼び止められる。
「あら、なんでございましょう」
ミナモは長い裾で口元を隠しつつ目元を微笑ませて向き直る。
その様子を見て、兵士は手を止め。
「いや、なんでもない…。
貴族様がこんな場所に居るのはあまりよろしくない、護衛でも連れて行け」
「ありがとう存じ上げますわ」
一礼してみせ、子供の様に燥ぎながらその場を去る。
兵士たちには不思議な着衣も、立派に見えて貴族と勘違いした様であった。
(貴族と間違われるなんて、ちょっと感動的。
まあ、……今までの衣装があれだったんだろうけど)
身形に感動しつつも、すぐに裾やスカートの長さが気になり始めるのだが、機能性の欠点が浮かびお洒落とかけ離れた考えに、自分はお洒落が向かないことを改めて認識させられた。
(さてと、ちーっと怪しげなプレイヤーとかNPCとか、これで気が引けたと思うけど)
ミナモが動き回っていた目的の一つに、釣りをしているという事もある。
ギルドなどが睨み合いをしているさ中、ミナモが投入されれば嫌でも騒ぎが起きる。
ただ偽名を看破しなければ当人と認識されない、しかし奇抜な衣装で、プレイヤーもNPCにも見ないヘイローを浮かせていれば、嫌でも目立つ。
その証拠にちらほらと一般のプレイヤーが撮影の為に許可を求められてきた。
(許可が無いとモザイクとか案山子処理されるからなぁ)
撮影自体は出来るが、真面に映るわけではない。
ただし似顔絵を描く事は出来る為、その穴をついてこんな人物がいたという報告は上がる。
(とは言え、やっぱり悪目立ちはするから、接触はしてこない…)
ミナモは誰かが接触してくると踏んで、あえて目立つように行動していた。
目論見とは別に、魚がかからない事に落胆しつつも観光は続く。
(ここで一か月に一回、トーナメントがあるんだっけ)
この街がプレイヤーに栄えているのは、PvPがあるからだ。
トーナメント方式で戦い、勝ち上がれば晴れて優勝となる。
NPCも登場する事があり、その時は真面に勝てずに敗退する事になる。
そして翌日トーナメント戦がある為、出場者と観戦者が多く集まっているのだ。
(どうすっかなぁ、身の程を知らせるには良い機会ではるが)
従魔部門というものがあり、そこにイトウを出場させて、手も足も出ずに敗北を知る機会となるには良い所であった。
(やっぱり育てるなら、こういう所にも足を向けないと駄目か)
聖獣云々を知りたくてこの街に来たが、新たな目的も出た、ミナモは暇つぶしの為に大会に出場することを決めた。
コロッセオの中にある受付で、明日行われる従魔部門大会にエントリーを行おうとする。
「資格はお持ちでしょうか?」
「資格?」
ゲーム内で資格を取った事は記憶にある限りない。
出鼻をくじかれる気配に焦り始めた。
「一定の活躍としてテイマーギルドに認められた従魔しか出場できないのです」
既に足切りは始まっている。
ミナモは口をすぼめ、とぼとぼと去ろうとする。
その際に見知った人物が目の前から歩いて来る。
「あ」
そこに居たのはメイア。
ミナモにテイマーの道へといざなった当人であった。
しかしメイアはミナモの姿が変わっている為気付かず、ミナモもその事を理解してこれ以上話しかける事はしない。
彼女の従魔はさらに進化しており、立派なライオンとペガサスになっていた。
「メイアさんだ、…最近姿見なかったのに」
そんな小声の言葉が聞こえてくる。その声に驚きと何処か色が籠っている。
何をしていたのか誰も分からず、しかし立派な従魔たちの姿に、修行をしていたのだと誰もが思った。
(修行ねぇ、…なんかよくない雰囲気を感じるけど)
擦り切れた様な険しい表情。
余裕のない雰囲気は、ミナモには危うく見えた。
プリスターと再会した時とは比べ物にならないほど重い雰囲気だ。
(ちょっと、…何かした方が良さそう)
ミナモは立ち止まり、出入口の隅でメイアが来るのを待つ。
登録を終え、出て行こうとした時にメイアに話しかけた。
「随分見ない間にもっとコミュ障拗らせてるみたいだねぇ」
その一言に彼女は立ち止まり、鋭い視線を向けた。
「何をするにも肩に力が入り過ぎる。柔軟に行かなければならないのに」
ミナモは寄りかかっていた壁から離れてコロッセオから外に出る。
「何ですの貴方…」
「知らな~い」
適当に返す姿と、その目をつぶる顔、それがミナモの姿と重なる。
「貴方…」
「何があったか知らないけれど、その子達も疲れるよ」
「……貴方には関係ないでしょ」
「つれなーい、私をテイマーに引きづり込んだくせに。
そんなんじゃ、…情けないよ」
「情けない? …だから何だというのです…ッ!」
地雷を踏んだのか、より一層険しい表情へと変わっていた。
「小童だけど、相談乗ろうか? 本当に酷いよ」
メイアはより一層睨み付け、その場を去って行こうとする。
しかしイトウの布に触れ、ひらりと見えた肉塊に目を見開き、慌ててミナモへと視線を向けた。
どうやら光の角度で肉塊が見えてしまった様だ。
「どうしたんだい?」
「ど、どうしたもこうしたもありませんわ、……なんですの、それ」
「イトウさんだよ」
「何を、しましたの?」
「何処かで話し合いでもしないかい?」
メイアは少し考えこむと、渋々と頷き歩き出す。
ミナモはその後ろを歩きながら、従魔から聞こえてくる声に耳を傾けた。
(…何も話さん、無口か? 機能して無い?)
疑問に思いながらも近づき虎に触れる。
ふわふわとした毛並みかと思いきや、ごわごわと固く、その手触りに落胆しながら離れた。
「かゆい」
そんな虎の声が聞こえ。
「さわらないでください」
虎とメイアの意思に乖離が激しかった。
「痒いんだってさ」
「貴方が触ったからでしょ」
「正解。
けどちゃんと手入れしてる? めっちゃ固いよ」
「強くなったのです」
「ふ~ん」
意味ありげなミナモの様子に、メイアはさらに顔を険しくしていた。
ミナモは別に適当に返事をしただけなのだが、メイアには別な意味で捉えた。
飲食店の前に辿り着き、その中へと入る。
従魔も一緒に入れる場所で、店内は広くちらほらとプレイヤーのテイマーの姿があった。
個室も用意してくれるようで、その奥にある個室へと入った。
「なんですの、それ」
再び尋ねられ、ミナモは肩をすくめて答えた。
「とある世界に行ったらそうなっちゃった」
「とある世界…、異世界ですか」
「そうだよ」
「…出会った時から知っていたのですか?」
「勿論」
「あの天使の事だって」
「そりゃねぇ。
あの村にいっぱいいるって居るの知ってたし」
さらに険しくなる表情。
「言っておくけど、聞かれなかったから答えなかっただけだよ。
それに助けたと言えば助けたよ、子供に紛れてた奴倒してあげたし」
消えてた子供、その存在が心残りであったが、これでやっと納得がいった。
口を開き、責め立てようとしても、それが出来ずに口を閉ざす。
「…メルテトブルク、貴方は歌を歌いましたわよね?」
「歌ったねぇ、あの時は依頼があってね」
「…人助けは、何故しませんの?」
「何で人助けをするって思ってるの? 私は別に正義の味方じゃないよ」
ミナモはそこでやっと何に苦しんでいたのか、その推測が出来た。
「ひょっとして、君、正義の味方をしようって言うの? Lo10だから、助けを求められたからって」
それは彼女へ向けられる無言の圧力。
「それは…、あ、当たり前、です」
誰からも敬まわれる立場、そして求められる救世。
その重圧を測りきる事は難しい、ミナモなら重圧から逃げていただろう。
「全く君は…、成し遂げられない事に責任感を感じて、本当に潰れるよ」
メイアを分析する上で、まずはコミュニケションに対する問題がある。
現実での交友関係が少ない事は予想が可能で、ゲーム内に居場所がある事は明白であった。
「…君がするのはゲーム内での活動じゃない。
現実で交友を増やして楽しくする事じゃないのかい?」
それができれば今のようになっていない。
そしてふと過ったガイアの言葉を思い出す。
「…もう少し誰かに頼ったらどうだい?」
「誰かって、誰に」
「Lo10の仲間内にさ。
とは言えもう解散されてるんだっけ? でもフレンド登録とかしてるでしょ?」
ぎゅっと握る拳に力が籠る。
ミナモはさらに地雷を踏んでしまった事を悟った。
「ちょ、ちょっと待って、ストップ」
ミナモは急いで取り繕う言葉を探すが困った事に何一つ浮かばない。
「と、とりあえずさ、誰かに相談とかした方が良いと思うんだよ。
一人で出来る事なんてたかが知れてる」
ミナモはそれも地雷という事を分かっていない。
「…何でも一人で出来るくせに」
メイアから見れば、活躍の成果は超人と同じだ。
「誤解だよ、少なくとも私一人ならここには居ない、誰かと繋がっているからこそ今に至るんだ」
現実での繋がりはミナモ、癒里にはほとんどない。
しかしネットでの繋がりが今に至ると思えば、メイアよりも交友関係は広いと言える。
「…どうすれば、いいんですか」
「そもそも今回の事なんて、別にそこまで助けは求めてないでしょ。
それにLo10じゃないならその重荷を下ろしてもいいんじゃないかい?」
顔を伏せて答えを出せない、辿り着く答えが何処にもないのだ。
「わたくしには、これしかないのです…!」
「…MMO、マッシブリーマルチプレイヤーオンライン、つまりは大勢で遊ぶゲームさ。
私は人混みの中に居場所を求めるこそ本質なのではないかと、思っているよ」
それは身に染みて導いた答えだ。
一人や少人数で遊ぶならほかで良い。
メイアの表情は悪くなるばかりで、ミナモは視線を逸らして言葉を続ける。
「いや、まあ、馴染めず一人で遊ぶって言うのもまた一つだけど、結局そこには楽しむ以外、少しでも理由があるものだよ」
「……どんな」
「どんなと言われても、強くなりたい、…いや、そこは強くなった自分を見て欲しい、そう、根本は承認欲求。
子孫を残す為に、どれだけ有用かそれを示す為に得た本能らしい」
ミナモはそんな事を語るが、承認欲求という意外な言葉に困惑する。
「男女で差異はある、どんな能力を示して認められたいか、容姿もまたその能力の一つ。
こんな可愛い、美しく、かっこよく、お洒落もまた一つの能力示し方なんだよ」
ミナモは少しだけ視線を逸らす。
そして話を戻すために少し咳払いをして尋ねた。
「とにかく、……その力を見せたかったの?」
メイアは答えられなかった。
そもそもいないのだ。
いや、居ても結局見ているのは強さだけであった。
『メイアさん強いですね』
そんな感想を呟かれるだけ。
「……貴方は、強くなって何を、得られたの?」
「得られた物? そんなの自己満足だけだけど。
まあ一応目を引く事も出来るけど、結局それって強さ目的の人が殆ど」
またミナモに刺された。
集まる者はミナモの言うとおりに強さにつられてくる者達だけだ。
「そう言う人達と付き合うのも悪くないけど、求めてるのはそう言う人達じゃないでしょ?」
心を明かされていく様だ。
「それに、もう荷は下りたんだ、いい加減に楽になろうよ、少しこのゲームから離れてみるのも一つだよ、自分を見詰め直す時間は必要だよ」
しかしそれは土足で踏み込まれる様な物だ。
理解していても、理解せず背を向けていたモノを引きずり出されてしまった。
「わ、わたくし、はっ!」
メイアはテーブルを叩き立ち上がる。
勢いを付けていたが、その先から出てくる言葉は出ない。
「っ、…はぁ!」
しかし咄嗟に言葉を必死に振り絞った。
「あ、貴方に何が分かるというのです!」
吐き出し、どうしてもそれ以上の言葉が出ず、沸き上がる感情の制御も出来ずに駆け出した。
「あ」
メイアの後ろを従魔が追って行き、ミナモは取り残され途方に暮れる。
「…プリちゃんと一緒なはずなのに、……なんて言葉を言えばよかったんだろ? それとも沈黙?」
ミナモは深々とため息をつきテーブルに突っ伏す。
事態が静まり、遅れて店員がやってくると。
「先ほど壊したカップの弁償をしていただけませんか?」
「……金がない」
ミナモはこの国の資金が無い。
「おまけに着信もなりっぱなしだ…」
口をすぼめ、手元にある一振りの、宝石で作られた様な剣を取り出した。
「この装飾品を売れば金になる、……これで勘弁願えないだろうか?」
店員は目の色を変え、笑みを浮かべてそれを受け取った。
その後、その剣が大きな事件になる事を、ミナモも店員も思う事は無いだろう。
そそくさと店を後にし、外部ツールからなっている着信、その名前を見て思わず目を見開いた。
「懐かしい名前…」
ササクレーと書かれた名前を懐かしみつつ応答した。




