百歩進んでニ十歩くらい下がって その9
女子会はこの一か月の苦労話に変わる。
あれやこれやと話し終え、再び細々とした表面上の話題に変わった。
「というわけで、最近テイマーが活発なんですよ」
自分の強さでは限界がある、そこでテイマーに目を向ける者は多い。
テイマーをメインのオンラインゲームにするつもりであったからこそ、さらに注目されている状態だ。
「そう言えば、イトウさん、どうなってるんですか?」
プリスターが尋ねるが、ミナモは目を細めてそっぽ向く。
「引き取ってこないとなぁ…」
若干足が重いが、放置も出来ずに重い腰を上げる。
断りを入れ、適当なテイマーギルドへと向かった。
「復活をお願いします」
「かしこまりました」
受付の男性は一つの魔法陣の書かれた紙に触れる。
ミナモの傍の空間から光の玉がその紙の上へと移動する。
それは魂で、そして歪んだような形をしていた。
「あれ?」
男は一瞬首を傾げながらも、その紙を持って奥へと向かう。
そしてしばらくすると、非常に何とも言えないよう表情をしながらやって来た。
「こ、こちら、…で、……よ、よろしいのですか?」
どろどろに解けそうな肉塊をトレーの上に置き、ミナモの顔を確認している。
「間違いないです」
「ぶぎゅぶぶぐ」
不思議な声が漏れ出し、ミナモは笑みを張り付かせて泡に包み回収する。
「あ、あの、本当に、…本当にそれでよろしいのですか?」
「問題ない、とは言えないけど、仕方ない」
仕方ない、それは自分に言い聞かせる言葉であった。
「どうも~」
そして何事も無かったかのように引き連れて、逃げる様に転移で戻った。
皆がそれを見て顔を引きつらせ、余計にミナモはどうにかする事を心に誓う。
「カルフ」
「はい」
「二人に隠蔽とか、その肉体で苦労しない様な魔法とか教えてあげて、…私この子頑張って育成させてくるから。
頼む…」
「かしこまりました」
「後、依頼とか、ないよね?」
「え、ええ…、今は。
ただ、少し、聖獣を一体回収して周りの動きを確認したいかなと、その程度ですか」
「そちらはノータッチに、じゃあ、行ってきます」
ミナモはイトウを連れ、異世界へと飛び立った。
しかしその形態のイトウでは、戦う事は難しい様であった。
「ぶぎゅ」
魔法で攻撃を繰り出すが、威力が弱いのか、ダメージにならない。
(あれ? 明確に威力落ちてない?)
ステータスを確認しても、弱体化されている様子はない。
首を傾げながらミナモはイトウに尋ねた。
「手加減とかしてない、よね?」
「ぐぶぐぶ」
何と答えているのか分からない。
眉間の皺が増え、目から得られる情報を解禁しようかと思い始めた。
「…い、いや、それなら弱い場所に、行こうか」
泡に攻撃を続ける雑魚敵を排除し、始まりの世界へと転移する。
布を被せ、極力目立たないようにしながら、知らぬ土地で弱い敵を探し相手をする。
「ぷぎゃ」
しかし何故か同じ様にたいした威力にもならず、撃破には至らない。
(あれ、…いや、流石にこれはおかしい)
ミナモは我慢にならず、片目を開いてイトウの情報を根こそぎ確認する。
(魂の歪み状態?)
ステータスには表示されていない特殊な状態が付与されていた。
ミナモは一先ず確認の為に、異世界に居るサラナをその目でとらえて確認する。
しかし彼女には魂の歪みという状態異常はなく、イトウだけの状態であった。
(もう少し読み漁らないと駄目か)
中断していた文章をさらに読み進めていく。
ただイトウが自分に抱く感情らしき文章が目に入り、微妙な心境になった。
(えぇ…、なんか、私を餌教育係って思ってる…)
餌を与え、魔法などを教える存在。
戦闘などは自分で考えて動いているという認識もあり、餌と魔法、その二点だけの存在となっていた。
思いもよらず小さな存在という認識がされており、心にかなりのダメージを負う。
(うぐぐ、だから詳しく調べたくないのだ、くぅ、私がどれだけ身を粉にして育てたと。
くっ、いかんいかん…)
冷静になる様に心掛けながら、どの状態で魂が歪んだのかを確認する。
(あの世界、か?)
綺麗な狂気の世界、そこにあるはずの世界に辿り着いた事が原因。
ではなかった。
(おわ? 違う、確かにその世界だけど、徐々に影響が出てるタイプだ)
流石にこのままにはできず、大人しく冥界へと向かった。
冥界でミナモを相手にする者はそう数は多くはない。
その為に背に腹は代えられず、向かう先はガイアの所であった。
「ガイア…」
ガイアは背にもたれ掛かりだらりと天井を眺めている。
目の前には書類の山が重なり、その現実から逃避している様に見えた。
声をかけても反応が無く、恐る恐る近づき、傍で呼び掛けた。
「ガイア、……少しだけ手伝うから、教えて欲しい事がある」
その言葉に反応してから、ギギギっと音がしそうなほど鈍く首が動いた。
「エレボスとニュクスに会ったんですね…」
「え、あ、…うん、会った、稽古つけて貰った」
「そうですか…」
ガイアは元気がなく、普段見ない様子に少しだけ心配になった。
「大丈夫?」
「…我が子が染められた」
「はい?」
「私の子が二人に染められた、糞、死ね」
頭を抱えて机に突っ伏し、その反動で書類に埋もれる。
「……なんかガイアの娘扱いされたんだけど、何したの?」
「死んだ隙に受胎して産んだだけです」
「なにやってんだよ…」
すすっと下がると、ガイアが何時の間に裾を掴んでおり逃げられない。
バイオレンスな気配を感じ、逃げ出そうとしたが一足遅かった。
「みぎゃっ」
ミナモが倒れ、足元を見れば足が消え去っている。
「や、やみろ…」
噛んだ舌の事など気にしている余裕はない。
何処からともなく取り出した、謎の液体を入った哺乳瓶を無理矢理口の中に瓶事押し込められる。
「我が子、…我が子」
ただの虐待をされながら、何とか飲み干すと、ガイアの溜飲も収まったのか、溜息をつき頬杖をつきながら訪ねた。
「何か様ですか?」
「……歪んだ魂の治し方って…ありますか?」
「そのまま捻ってコネて直してください」
ミナモはイトウを寄せて手を伸ばすが、その手をガイアは掴んだ。
「冗談です」
眉間の皺がさらに増える。
「悔しいですが、夜の国の得た姿になってください」
姿が変わり、闇の衣を纏う。
「目を開き、しっかりと、そのゴミみたいなのを捉えてください」
「ゴミ言うな」
目を開くと、連動して目隠しが解け、レンズの様に見ている範囲を丸く覆う。
見えるのは肉塊よりも、その構造の根幹たる核、つまり『魂』の形であった。
構造が分かるほど繊細に表示されている、まるで複雑で立体的な球体の魔法陣である。
「拉げ、歪み、絡み合っていますね?」
「うん…」
「それを魔法やその手で治していくのです」
「…まじ?」
「大マジ」
あやとりなどというレベルではない。
3Dプリンターで出力された様な余剰の細い線が幾つも重なり出来た様な魂だ。
その線が絡み歪み、治す事も面倒になるほど。
しかし表示された新たなスキルは、それを魔法で解決するものばかりだ。
「……ありがと」
「ん? 聞こえませんよ」
礼など言う物ではない。
ぷくりと頬を膨らませると、珍しくガイアが頭を撫でた。
そして再び書類と向かいあい処理し始める。
その横で魔法を使い、修復作業をしながら少しの時間を共に過ごす。
一息つき寝転べば、何故かガイアがその腹部に頭を置き寝転がった。
「……ガイアは何がしたいの? させたいの?」
「何も」
ガイアの事が分からない、理解できる気がしない。
「長く生き過ぎたから、引導をとか、みたいな育成じゃないよね?」
「それはないです、消えるならば自らの手で幕を引きます」
「何かに利用するの?」
「しています、正確に言えばしてました」
過去形である。
完全に目論見から外れ、既に意味をなくしているのだろう。多分それ等は全て本音。
しかしそれ以上は尋ねても答えてはくれない、ミナモはその事だけは分かった。
「ミナモ」
普段呼ばない名前を呼ばれ、ミナモは少しだけ驚く。
「ひねくれて逆張りしないで、素直に可愛い子をテイムしなさい。
そのごみは捨てて」
「ゴミ言うな」
「その眼も封じていないで、いい加減に所かまわず暴いてもいいのですよ」
「暴くって、完全に暴挙じゃん」
ミナモは転がりガイアから逃げ立ち上がる。
「そろそろ、行くよ」
「そうですか。
ですが本当にそのゴミは捨てなさい、本当に、絶対に」
なぜか強く念を押される。
ガイアは身を起こして再び机の前で突っ伏して眠り始めた。
ミナモは小さくお辞儀をして、再び世界を渡った。
しんみりとした雰囲気が何故かあり、その雰囲気をかき消す様に首を振る。
「よし、イトウさん、じゃあ早速頑張ってもらうからね」
そして再び戦いに挑んだ。
「ぷぎゅ」
しかし攻撃はまた同じく微妙な威力しかない。
「なんでなん?」
「ぷぎゅぎゅ」
首を傾げ、再びイトウの詳細を確認し始めた。
レンズ越しに見れば、イトウの詳細が手に取る様に判明する。
――名前イトウ、種族変異体。
ごく平凡な川魚であったが、ミナモにテイムされ魚生が変わった。
イトウ自身は何かさせられているのは分かるが、ミナモに餌を貰え次第にミナモを餌係と認識する。
トレーニングを変な事と認識し、仕方なくそれに付き合っている。
(仕方なく? 仕方なくって思ってた? い、いや、確かに従魔視点から見れば、確かにそうかもしれないけど)
ミナモは従魔視点でイトウの特訓を思い出し、どんなことを考えていたの想像する。
(…そうか、理由が分からないままさせられてたんだ、そうだよね、この子知能殆ど無かったし、分からんよね、説明も聞いてなかったもんね…)
その事も書かれており、ミナモはさらに読み進めていく。
――滝を登る修行をただ苦痛と感じ、登れという謎の意思(ミナモの命令)を嫌々と熟す。
叫び声(応援)が聞こえ、苛立ちから逃れる為に本気を出した。
(お前、お前さぁ…)
ミナモはガイアが言ったゴミという単語が過った。
――進化をしろ、命令を受け、かっこいい姿へと変貌を遂げる。
(ストップ待て、お前、あれがかっこいいと思ってた? 美的センス、美的センス、人の事言えないけど美的センスないやん! それとも魚から見たらあれがかっこいいんか!?)
――進化後はやたら周りの声が聞こえる様になり、魔法も何故か教えてくれる。
これは偏に自分が天才である事と、餌係が雑魚だから頼っているのだという証である。
(お前! お前! 何処を取ったらそう見えるんだよ! おかしいだろ! 認知が、認識もなにもおかしいだろ!)
しかし頭を過ったイトウの死にざまを思い出し、その後ミナモの活躍など見ていないことを思い出した。
(ああああ! そうか! 見てないもんな!
という事は移動で空飛んだりなんだりしてたのも、そう言う特性の生物みたいな事でも思ってたんか!?)
ミナモは頭を抱え、さらに読み進めていく。
――似た様な生物(人間)と戦う事になったが、自分よりも弱い下等生物という認識を得た。
絶句し、育て方を何もかもが間違った事を悟った。
――それからいろんな場所を巡り、どんどん力を蓄えていく。
しかし再び肉体が変化し、知性が溢れ出した。
(知性ってなんやねん…)
――この世は自分にひれ伏すべき下等生物しか――――。
ミナモは読む事を辞め、深々とため息をついた。
その下に並ぶ現在の心境や心の声などがずらりと視界に入り、余計にやる気が無くなった。
――どうやら下等生物は私の力と知性を理解していない様子、評価に値しない。
――何故餌係の分際で命令をしているのだ、逆らえない私が可哀想だ。
――手を抜けば私の力を理解するだろう。
ミナモは天を仰ぐ。
「評価って、なんだろ…」
「ぎびゅる」
――評価されない悲しき生き物よ、哀れな。
ミナモのこめかみに筋が走る。
世界が一瞬揺らいだが、現在の装飾でほんの一瞬のみで、軽い地震が起きた程度の認識となっていた。
(へへ、…良いだろう、そうか、そうなんだ、へへ、へへへへ)
ガイアの言葉が只管ぐるぐると頭を過る。
「ぷぎゅるる、なんと、アホ面」
「…あん?」
イトウから声が聞こえ、そちらへと視線を向ける。
「なんか言った?」
「ぎゅぷる(ばーか)」
次の瞬間思わずイトウを消す炭にしていた。
そして頭を抱えた。
「…くそぉ、心の声がトリガーになってる、……聞こえるようになっちまった。
畜生…畜生…」
ミナモは新たなパッシブスキルを手に入れた。
これで嫌でも従魔、モンスターたちの声が聞こえる様になるぞ。
ふらりと情報屋へ戻り、ミナモは傍にある酒などを取り扱うバーのカウンター席に座る。
「ハルシーさんなら出ていますけど」
「愚痴に付き合って」
「私で良ければ」
ミナモは従魔の愚痴を明かし、聞いていた女性は何とも言えない様子であった。
「しっかりと上下関係も、色々教えるべきだった…当たり前だと思ってたことも、教えるべきだった…」
「子供を育ててるみたいなのですね。
道徳も必要そうです…」
「はぁ、自主性以前の問題だよ…」
「でも、これを活かせる根性が必要なのだと、私は思います」
「次…」
「失礼かもしれんが、その従魔をこのまま育てた所で、真っ当になるかどうか。
しつけを徹底すれば反発し、甘やかせばつけあがる、非常に気性の難しい子です。
…わたくしはブリーダーをしていますが、そう言った子達も意外と居ます」
「そうなの?」
「飴と鞭、犬種によっての匙加減。
舐められている、と、そんな様子も犬畜生から聞こえてくる時もあります」
「…お、おう」
犬が好きだからブリーダーになったのだろうが、犬畜生という言葉には若干の恨みが籠っていた。
「言葉が分かるのは利点です、これを期に貴方様のベストパートナーを見つけるのも一つの手ですよ」
しかしミナモはどうしてもイトウの事は捨てられない。
捨てられないというよりは。
「…なんか、今捨てたら負けな気がする」
「それもまた一つの方法です」
ミナモはテーブルに突っ伏す、その姿はどこかガイアの姿と被っていた。




