百歩進んでニ十歩くらい下がって その8
「目を閉じ、力を抜いて」
なぜかミナモの面倒を見るエレボスとニュクス。
目隠しをされ、さらに黒い透過しないベールを被り、完全にアウトセンスの感覚すら遮断される。
(こ、こんなの出来るなら、システムとして追加して、アウトセンス封じしてくれよ…)
そんな愚痴を思いながら。
「うひゃっ!?」
足を攻撃されて倒れる。
「感覚に頼らないで」
ニュクスがそんなアドバイスを送るが、ミナモは意味が分からず困惑するだけだ。
「そして力を抜く、気張らないで」
言われるがまま力を抜き、攻撃に備えるが、幽かに力が入っている様で、耳元に息を吹きかけられ倒れる。
「にゃっ!?」
「だめ、力が入ってる」
再び立ち上がり、だらりと力を抜く。
しかし再び攻撃が当たりよろけた。
(ま、全くわからん! い、虐めてるのかこいつ等…)
鍛えようとしているのか、何なのかは分からない。
これで得られるならば、それに越したことはない。
(駄目そうなら逃げる、転移でちょちょいとさ)
「せめて人並みに強くなってからね、それまでここに居るの」
心を読まれて答えられた様で、ミナモは口をすぼめて立ち上がった。
「目を開けなければ時間の流れなど流れない。
それに見る必要などない、ただ解るだけ」
ヒントなのかすら分からない、新たなスキルのヒントと捉え、エレボスの言葉通りに力を抜く。
それが現実に一月ほどかかるとは、この時のミナモは思いもしなかった。
☆☆☆
一月後。
ぐったりと項垂れるミナモに、ニュクスが唇に人差し指を当てる。
それは静かに、そういった様子であった。
「これでもう大丈夫だからね、しっかりやるのよ」
「ど、うも、です」
話す声がかすれ、言葉を話す事すら難しい。
ミナモの着衣は変化しており、黒い目隠しに、黒いベールがその上を覆う。
着衣は黒いウェディングドレスやパーティードレスの様な物を纏っていた。
キジ色の翼のスカート、そして赤い十字の紋様が腹部付近に浮かび血が滴っている容認も見えた。
髪の色はくすみ灰色がかり、手足には蛇が巻き付き、胸元には綺麗な色ガラスの空瓶のアクセサリが取り付けられている。
「では……」
「いってらっしゃい。
またね」
「また。
…ありがとうございます」
笑みを返され、ミナモは気配もなく消えていった。
久しぶりの情報屋の前に辿り着き、おしとやかにノックをし、その作法に自分でげんなりと萎えつつ中へと入った。
「ちかれた…」
「お疲れ様ですミナモさん。
また、…黒い」
「特性によって変化するみたいで、…色々大変だった」
これはスキルなどはない。
学ぶ事はあったが、本質はアウトセンスの拡張の特訓であった。
「愚痴を零してた特訓ですか?」
「空間把握というよりも、空間と一体化みたいな、説明し辛い状況だった」
「聞いても分かりませんね。
しかしどのNPCも修行になる事だけは確実に分かりました」
ミナモは一息つき、待機していたカルフの元に向かう。
「…そっちは大丈夫だった?」
「問題ございませんお嬢様」
問題が無いように見えない。
澄ましたカルフの姿は何処か輝いており、身形も随分と変わっていた。
人間形態が板に付き、立ち振る舞いも熟練のメイドと言った様子。
「何があったの?」
「捉えられ、奉仕の心得と、力を身に付けました」
「はぁ…」
そっと椅子に座らされ、用意された紅茶を飲むと、前とは比べ物にならないほど旨味が増していた。
渋みが程よく消え、うまみとコクがある。
伊達に捉え荒れていた様ではない様子だ。
「カルフさんは三日前に戻られたのですが、代わり様に私も驚きました」
「お褒めにあずかり光栄です」
(え、他の人と言葉を交わした、…なんかめっちゃ変わってる)
カルフは褒められても、ミナモが礼などをしない限りは頭は下げない。
最低限失礼にならないようにする程度であった。
別人のような代わり様に、今すぐ詳細を聞ききだしたい。
「……どんな特訓したの?」
「強制奉仕活動と、焼き尽くす様な活動でした」
「そ、そう…」
「ミナモさんはどうしたのですか?」
「只管目隠しと感覚を遮断して、発狂しそうになった」
「それはまた…」
「時間の感覚を狂わせて、体感時間を増して、色々なんだろうけど、ありえん」
二度としたいとは思えない体験ばかりであるが、間違いなく新たな技能が身についていた。
互いに強くなったことは間違いなく、カルフも感じる雰囲気はとても力が増している事を感覚で把握できる。
「それで、そっちは何か変化があった?」
「あったと言えばありました。
無いと言えばないですね」
「どっち?」
「聖獣を巡って睨み合いが発生しております。
ギルドもそうなのですが、一般プレイヤーも含め、色々と」
「硬直状態で、進展はしてないという事か」
詳しい状態が知りたい、しかし今は他にする事があった。
「まずは、…サラナさんとプリスターさんを迎えに行かないと」
「彼女たちはどうですか? あれから私も教えて貰った転移魔法で修行を行い、種族が変わりましたけど」
ハルシーは何時もと変わらないが、その実かなりの強化がされていた。
アウトセンスがある上位者たちとまではいかないものの、異世界を渡っている者達と健闘できるだろう。
「皆ピンピンとしてるよ。
ただ転移系の魔法に関してはかなり調べないと見つから無さそうだし、こればかりは」
「最悪文明が無い場所に移動する事もありますからね」
ミナモが立ち上がる様子を見せるとカルフがそっと椅子を引き、テーブルを一瞬で片付ける。
その間にミナモは意識を集中し、現在の姿から兎と時計モチーフの衣装へ変わる。若干変化しており少し洗練されて見える。
「元の和ロリじゃないんですね?」
「あっちは力解放モードかなぁ。
というか性質も変わってるから、前の様にコロコロ姿は変えられなくなったみたい。
結構気に入ってたのに」
「災難ですね、変装もお洒落も楽そうなのに」
「失礼致します」
そっとミナモを抱えるカルフ。
無表情ながらも、安堵した様な雰囲気を醸し出していた。
「じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい。
事の詳細は後程、…あ」
その時ハルシーは手を叩いた。
「ん? どうしたの?」
「イトウさんは、…手つかずですよね?」
「流石に手が回らなかったよ、後で復活させてあげないと」
そして転移で世界を巡り始める。
小一時間ほどで候補となる世界を見つけ、この一か月間に得た情報から候補の世界を巡り絞っていく。
ログインするまでの間に、さらに候補を絞り。
「姫っ」
燃え盛るプリスターが抱き着く。
首からはマフラーの様に炎が巻かれ、腕や脚から火が吹いている。
炎の角と宝石のティアラ、綺麗な髪は茜色に染まり、火の粉をまき散らす。
ごつごつとした宝石のビキニを纏い、武器はこん棒であった。
「おー、見違えた」
「結構強くなりましたっ」
犬の様に抱き着く、久しぶりのプレイヤーという事もあるが、かなり人肌恋しくなっていた様だ。
それもそのはずで、周りに居るNPCも炎の精霊と言わんばかりに、炎が少しだけ人の形をしながら練り歩く場所なのだ。
外に居るのも岩か炎の化け物ばかり。
「うだうだ言わずに異世界に飛び込んでみるものですねっ」
「そうだねぇ、じゃあ、行こうかぁ」
「はいっ」
プリスターを回収し、今度は海の世界へと向かう。
「わぎゃっ」
プリスターは黙々と触れては蒸発する水に視界を覆われる。
水の中での活動には不向きな様であった。
しかし炎の世界に適応した経験を活かし、意識を集中して再びその世界に適応する為に意識を集中する。
水により削れれていく体力であるが、その減少量が段々と低くなっていく。
「その様子だと他の所は、…火事になりそうだね」
プリスターの眉間に皺が寄る。
まだまだ修行が必要な様であった。
そして水の中をプリスターを抱えて巡り続ける。
深海にある魚人の町で、サラナを見つける事が出来た。
「おいっす」
「あっ、お嬢っ、お久しぶりです」
そこに居るのは美麗な人魚である。
身体の一部が半透明に透けており、人魚とスライムのハイブリットと言った様子だ。
「そちらはプリスターさん、ですけど、……大変ですね」
「そうなんだよ。
そっちは陸上大丈夫そう?」
「勿論、…と言いたいですけど、水中の感覚が抜けなさそうなので、馴れるのに少し時間がかかるかもしれません」
「そっか」
サラナも同じ様に回収し、転移で情報屋の前に辿り着く。
炎を抑えようとするプリスターと、へたり込みサラナ、一様に問題ばかりの様であった。
仕方がなく、水中に居る感覚を味わえるような魔法と、プリスターには幕を形成して触れても問題ない様にする。
「ありがとうございます、オレその魔法も覚えたいです」
「うぅ、私もこの魔法覚えたい」
「ほんじゃまぁ、一か月の成果の発表会でもしましょうか」
部屋に入り、個室での女子会が始まった。
ハルシーは緑の肌で、髪が蔦所々に葉や花が咲く、ドリアードという種族に変わっていた。
下半身は蜘蛛の様な状態で、他の種族も交じている様だ。
「一か月の御勤めご苦労様でした」
ハルシーは囚人に言葉を向ける様な言葉で労う。
「それ変ですって…」
「似た様なものです」
「た、確かに…」
全員姿を晒し、ハルシーは少しだけ言い辛そうにしていたが尋ねた。
「…リアルの姿に近い状態ですよね?」
皆の表情が固まり、ぎこちなく微笑む。
「嫌なもんだよ、変化するとそうなっちゃうって言うのは」
「ひ、姫って、そんな感じなんですか?」
「そうだよ、ま、住んでる所も違いそうだし、会う事なんて無いだろうし、ここだけの秘密という事で」
「とは言え、このゲームの仕様を知っている人が見れば分かってしまうのですが」
ハルシーは溜息をついた。
「そういうわけですので、この後変装のあれこれをお二人に叩き込みます」
「お、お願いします…」
「ついでに、ある程度自由なのですが、この情報屋の協力者にもなって貰います。
そろそろ力を付けないといけない頃合いなので、是非ともお力をお借りしたいです」
「オレは構いませんよ、フレンドも探したいですから」
「私もです、姫にはお世話になってますから」
プリスターはミナモの傍で働けるなら、何処かに所属するのも良いと思っていた。
自由と天秤にかけても、ミナモが居るならば簡単に傾いてしまう。
「そう言ってもらえると助かります。
色々と話したい事もあるでしょうが、一先ずこの一月の状況を事細かく話さなければなりませんね」
これからが本題だ。
世間から離れていた一月、得られる情報は殆どネットの情報のみ。世間を俯瞰した情報を欲していた。
「まずあの忍者集団の事ですが。
あれはベータテスト時代に居た者達です」
「ベータテスト?」
「三日ほど開催されてテスト時に集まった者達、その中から忍者が好きな者達をさらに集め、開始時に集まって行動していました」
「という事はかなりの古株なんですね…」
プリスターはサービス開始からやっているが、忍者集団の事は覚えておらず、首をかしげて必死に記憶を漁っていた。
「活動一月で姿を消しまして、まあ、異世界に渡ったという事でしょうね。
そこからメキメキと力を付けて、ミナモさんの目撃証言が今の所最後です」
「む? その後活動していない?」
「少なくとも報告は無いですね。
ギルドと接触している可能性もありますが」
ここでプリスター達にギルドについて教え、再び話を戻す。
「遺跡や聖獣の場所に我々も調査に向かいましたが、聖獣は痕跡も無く消え去り、遺跡に関しても消え去っています。
消え去っているというよりは、完全に爆破して粉々です、転移装置も消え失せています」
「壊してるの?」
「ええ。
そのついでですが、幾つかの転移装置も破壊された痕跡があるのです」
「……ほぅ」
「え? どういう事ですか?」
「転移装置がやけに見つかってない、つまりは」
「…あっ」
「我々もその考えに辿り着きました。
異世界を独占したいのかどうなのかは不明ですが、意図的に破壊しているのは確かです」
「行動の意味がよく分からないなぁ」
「ええ。
もしかしたらギルドとは違う第三の組織かもしれませんが」
「それは、意外と面白い集団みたいだね」
「あくまでの仮説ですけどね。
もしも仮説が本当だった場合、ギルドも忍者集団とは仲が悪いでしょうね」
隠密行動を繰り返し、ギルドとは違う理念で行動しているとなると、今までの出てきた情報も精査が必要である。情報を改めて整理しなくてはならない。
「頭が痛いですよ」
「全貌が見えない限りは下手な考察も的外れで、変になりそうだね」
「ええ。
さて、痛い話はここまでで、続きを話しましょう」
聖獣は他にも狙っている者達が多い。
ギルド、忍者集団、そしてNPCもその中に入る。
「NPCが行動しているという話を聞き、幾つか周辺諸国に入り込んでみました。
するとたきつけている者達が居ました」
「たきつけてる、…まあ、あれか?」
「それです…」
「え、なんですか?」
「ホムンクルス達です、所謂天使と言えば良いでしょうか。
本物の天使が居るみたいなので、ここではホムンクルスと呼称します」
既に情報はゲーム内で広まっていた。
ミナモも他人事ではない、巻き起きた事件もまた再び話題になるほどだ。
「諦めていないようですが、こちらはまあ置いておきましょう。
活発に一般の方々も探りを入れ始めているので、いずれ本格的にぶつかる事になるでしょうし」
「問題は普通のNPC側って事?」
「その通り。
浸食もまあいいです、しかしパワーバランスが崩れまた戦争が起きそうな予兆もあります」
「またですか…」
プリスターは複雑な心境であった。
サラナはそのイベントに乗り込めなかった事で少し心残りであったが、策謀など渦巻く状況に少しだけ腰が引けていた。
「これがNPC側の不和と現状です。
後は、表側でしょうか、こちらはかなり状況が一変しています」
「噂程度には見てるけど」
「オレもです、掲示板で結構一転二転してますよね」
ミナモは掲示板など見る気力もない為話が分からない。
黙って笑みを浮かべて語るのを待った。
ハルシーはそれを察し、ミナモに教える様に語り始める。
「まずはLo10メンバーが入れ替え、同時にアンダーグラウンドも変更。
なりを潜めていたようですが、最近動き出し、旧Lo10クランが解体し新クランに合流、一部が引き続き同じ様に行動し始めました」
「古巣を捨てて、か、……ん? ひょっとして、聖獣確保戦線に?」
「その通りです」
名前が出て来たならば、確実に聖獣関連に関わっている事に繋がる。
混迷し散る事を再確認し肩をすくめた。
「誰かが焚きつけた可能性が高いです。
異世界に行き方も不明ですので、一般的なプレイヤーは身動きが取れず、一先ずあの世界でやれることを探しています」
「…まるで全体の流れが、誰かに操られている様です」
サラナがポツリと呟き、その言葉にハルシーとミナモが引っかかった。
「……そうですね、何故今更聖獣なんでしょうか?」
「確かに。
ギルドなんてそれこそ異世界でエネルギー系を探せば良いし」
「聖獣は通過点としたら? その仮説、その先…」
「いや、待って、…そもそも聖獣の力を利用って、何をするの?」
聖獣の利用方法が浮かんでこない。
力があっても所詮取るに足らない、集めてどうこうできる力は殆ど無いだろう。
「いくら束ねたり、よく分からない聖玉って言うの使っても、そこまでの力になるとは思えない。
何かに、担がれてない?」
裏でもっと不気味なものが動いている気がしてならず、四人は只管頭を捻らせる。
その時プリスターは小さく噴き出して笑い出した。
「ふふ、あ、ご、ごめん、…なんだか、久しぶりに楽しくなちゃって」
「ああ、ずっと修行だったからね」
「ううん、違くて、その前、姫に合う前から、何処か、…多分目的を見失ってた頃とは違って、なんだかおもしろくて」
「確かに、私もそんな感じだなぁ。
あの時従魔に手を出すまでダラダラと暇を持て余してたからなぁ」
事態が悪い方へ向かっている気配があるが、それでも考えている事が楽しい。
ハルシーも微笑むと、サラナも頷いた。
「こんな壮大な事態が起きてるなんて思いもしなくて、オレ、めっちゃワクワクしてます」
「だから情報屋は辞められませんよ」
一度集中力が無くなると、考えも吹き飛び仮説すらたてられなくなっていた。




