百歩進んでニ十歩くらい下がって その4
化け物の撃破、それに湧く者達が安堵する。
そんな中太郎はサコンの元へと近づいていく、存在感がある巨体の為少しだけ警戒してしまい、喜びも半減であった。
「大丈夫、か? それと、向けてすまない」
拘束具だけを狙えればよかったのだが、太郎の身体には傷が出来てしまった。
「いやよい、天晴だったぞ小童、いや、名をなんと言う」
「サコン、だ」
「サコンよ、我はお主へ感謝の意を示そう」
頭を下げる。
その様子に驚きサコンは慌てて手を振ろうとした。
しかしその手は失っておりその意思だけが虚しく空を切った。
「頭を上げてください、…これはこの剣の力なだけですから」
「その失う腕もその剣の力か…」
太郎はその剣を見て、まがまがしい力に眉をひそめた。
「…これでは我もその呪いの解呪は出来ぬ」
異常な力は太郎ですら力及ばない。
先ほどの相手もそうだが、もう既に自力ではどうしようもない段階に辿り着いていた。
「すまないサコンよ力になれず」
「いえ、聖獣様が無事で良かったです」
「そうか。
ふっ、サコンよ、我の名をお主に教えよう。
我が名はアシュハルト」
「アシュハルト、さん」
「さんは要らぬ」
その時ガサっという衝撃音が聞こえ、全員が音のした方へと振り向いた。
しかしそこには何もなく、安堵に胸をなでおろす。
「…ま、また敵かと思っちゃいました」
「だが何時来てもおかしくはない。
狙いはアシュハルトさんみたいだ、早くここから去らなければ」
「なら我も連れていくと良い」
「え? アシュハルトさん?」
「我はサコン、お主が気に入った」
「ですが、私は何もできません、腕も無くして…」
「だからこそだ」
そして太郎が一歩近づき。
「サコン、額を我の角に当てるのだ」
「…失礼、します」
無駄に目をつぶり、額を角に付ける。
すると太郎の身体が光となり、サコンの額へ凝縮していく、凝縮した光は角へと形を変え顕現した。
サコンの身体に雷撃が走り、身体を駆け巡ると、雷の腕が生える。
『いざという時にその腕を使えるだろう。
ただ他者との触れ言う事は難しいだろうがな』
太郎の声が頭の中に響く。
思わず驚くが、自分が太郎と一つになったのだと分かると落ち着いていく。
「アシュハルトさん…」
「さんは要らぬ、サコン」
「…分かった、アシュハルト」
サコンはアシュハルトから与えられた、実態を持つ雷の手で魔剣を拾い上げて鞘に仕舞う。
そして手や腕を動かし、その感触を確かめていた。
「な、なんだかわかりませんが、やりましたねサコンさん!」
「ああ、ありがとう、これもシェーロが背中を押してくれたからだ」
「そ、そうですか?」
「ああ、あの威力の攻撃に身がすくんでしまってな……恥ずかしい限りだ、シェーロの言葉が無ければ反応が送れた」
「ん?」
シェーロは首をかしげる。
そんな疑問も後ろからやってくる歓喜した者達に呑まれ、サコンが胴上げされはじめた。
腕に触れて関電する者もいたが、それでも勝利の余韻はまだまだ続く。
依然シェーロは身に覚えのない事に首をかしげていたが、それも余韻により消えて行った。
「次はシェーロちゃんだ!」
「え、わ、私!?」
サコンは地面に落ち、恨めしそうに皆を見るが、しかしその顔は笑みが浮かんでおり、胴上げされるシェーロをただ微笑み見上げていた。
「お、降ろしてくださーい」
嬉しい悲鳴が聞こえ、シェーロは笑い傾く身体に少し恐怖を覚える。
「わ、あ、あああ!」
そして声を上げる。
それは悲鳴に聞こえ、その場には似つかわしくない。
ただその体制が怖いだけなのだろう、そう思ったのだが、無意識にシェーロの視線の先をサコンは追い。
「…え」
そこに居る存在を見て呆けた。
「少し、舐めていました」
それは指の先から水玉を射出し。
「シェーロ!」
シェーロの上半身が一瞬にして消し飛んだ。
意味が分からず、下半身だけが皆の手に降り立ち、状況を理解して悲鳴を上げる。
「ぜ、全員戦闘に備えろ!」
サコンは魔剣に手を置く、しかし見えない手が首を抑え、肉体を拘束された。
「さ、サコンの旦那!?」
「あ、アイツ! 生きてたのか!?」
視線の先、そこには先ほど対峙していた少女が居た。
彼女の失ったはずの手や断たれた胴体は蘇っており、纏う装備もしっかりとしたものだ。まるで天女の様な着衣と、につわしくない銃の付いた剣を持っている。
先ほどの狂気を孕んだような戦闘狂の笑みはなく、澄ました様な表情で全員を見下ろしていた。
「少し遊び過ぎたね」
胴上げしていた者達が戦闘態勢る、しかし消し飛んだ。これが現実だったなら目を覚ませば死者の国に居ただろう。
サコンが剣を抜き立ち上がる、次の瞬間、その剣に彼女の持っていた剣でつばぜり合いが発生していた。
(……え?、な、なんだ?)
意図しないつばぜり合いであるが、それは一瞬の事で、魔剣が吹き飛び後ろの地面へと突き刺さる。
剣がぶつかり合ったという感覚が後で来るが、その頃にはもう剣は手を離れている。
「皆!」
サコンが呼び掛け支援を願うが、皆の反応はない。
振り返るのは愚策だ、しかし状況把握のために振り返らなければならない、例え残骸しか残って無くても。
勝利の余韻が消え去り、絶望が駆け巡る。
「サコン動け!」
太郎の声が聞こえ、身体を動かすが、いつの間にか彼女の拳が腹部に叩き込まれていた。
衝撃に吹き飛ぶが、サコンの新たな手、雷の手が自動的に動き、生えた角から雷撃が放たれ迎撃する。
しかし少女は一歩踏み出せば別な場所に居て、瞬きをするたびに位置が変わり近づいていく。
「融合した、と、取るべきですか?」
サコンの意思とは関係なく雷の拳が攻撃を続けるが、見えない壁に阻まれて拳は虚しくただ空を彷徨うだけだ。
「では行きましょうか」
サコンと少女がかき消える。
後に残るのは戦闘の跡と…。
「いやぁ、面白かった、少年漫画張りの展開だけど、逆転できないのは残念だけど、仕方ないよねぇ」
楽しそうにしているミナモ達だけだ。
やられそうなときにシェーロの声をまねて呼び掛けたのはミナモである。
そして太郎の知らない名前が飛び出した時、思わずずっこけて音を立てたのもミナモであった。
「しかし、…これどうしよう」
再び手元に戻って来た魔剣を回収し肩をすくめる。
「なにやら面白い事にもなりそうだし……、一先ずあっちに戻るかぁ」
ミナモは本来の目的である、異常な世界へと舞い戻る事にした。
☆☆
肉が蠢く。
ログインすると、発狂したように身をくねらせる。
そして叫び声をあげ。
「あ?」
突然幕に包まれ、強制的に付与された発狂という状態異常を消された。
「あ、あれ?」
身体は動けない、しかし振って湧いた変化にその者の心は次第に笑みへと変わる。
「やった、やったぞ! よく分からないけど、乗り切ったぞ!」
視線を動かす。
するとそと傍に居るミナモを見てさらに驚いた。
「ま、まさか、そこに居るのはプレイヤーなの!?」
「おー、喋った、適当に声帯作ったつもりだったけど、意外といけるじゃん。
聞こえる?」
「き、聞こえているぞ! だが、やっと、やっとプレイヤーにも会えた、やったんだ、オレはやったぞー!」
「あー、何か言ってるけど、めっちゃわかんねぇ、なんだろ?」
「さあ?」
カルフもミナモも言葉が分からない。
あまりにも適当に声帯を作ったため、発音はめちゃくちゃだ。
そもそも声を発している事すら奇跡と思っていた。
「う~ん、聞こえてるぽいけど、鼓膜は殆ど作り込んでないのに、作り込まないほど良いのな」
眉を顰め只管観察し、その視線にその者が少し戸惑う。
「動ける?」
「……え、えっと、無理です」
「気合は?」
気合を入れて動こうとするが、身体は反応しなかった。
「無理みたいです」
「う~ん、動かなさそう、そっかぁ…」
「え? オレの声、変なのか?」
ミナモは触手を伸ばす。
「ちょっと痛いかもしれないけど、まあ、良いでしょ」
伸ばした触手を見て、ミナモはプレイヤーでも、真面なプレイヤーでないことをこの時の察した。
喉らしき場所に突っ込まれ、ぐちゃぐちゃと音を立てていじくり回す。
喉、舌、ある程度作り上げて、口から引き抜く。
「どう? 喋れる?」
「うお、おお? ひ、ひどかった…ぞ」
「おお、今酷いって言った? 私凄くね?」
「流石ですお嬢様」
「た、助かった、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
ニコニコとしていたミナモであったが、すぐに無表情に変わっていく。
「魔力で動ける? と言うか動いてくれるよね?」
「え」
和気藹々のオーラが消えた。
まるで実験動物でも見る様な、そしてその実験動物に命令でもする様な声色であった。
「えっと、ま、魔力?」
「筋力とは違う力、所謂MPを使うイメージ、さ、早く」
「え、あ、い、いえ、その、よく分からなくて」
「魔法とか使った事ある?」
「一応」
「スキルを使わず使う様に」
「そ、そこまでは無理で」
「でもやらないと動けないよ」
「そんなこと、言われても…」
「じゃあアバター削除は?」
「それも、出来なくて…」
「ふぅむ、…面倒だなぁ」
ミナモは一つ方法を思いつく。
手元に現れたのはミナモほどの球体関節の人形だ。
それを目にもとまらぬ速さで触手を使い加工していき、横たわらせる。
「昔使おうと思ってたやつだけど新品だよ」
そして開いた人形の中に肉塊を詰めていく。
肉に埋もれた目などを調整していき、ある程度仕上げると再び閉めて人形の形を戻す。
そこには目だけが動く髪などのない人形があった。
「動けないです…」
「逆だよ、この人形を糸で吊るして操る様なイメージをするんだ」
「糸で、吊るして…」
「要はこうだよ」
白い糸が腕に何処からともなく垂れ下がり取りつく。
それが腕を動かして、さらに別な場所も同じ様に取り付けられて、操り人形のように動き出す。
生きている人形の様に動き出し、肉プレイヤーは無理矢理踊らされている感覚に驚愕していた。
「スキル、なの?」
「私が自力で動かしてるだけ」
「凄い、ですね…」
「これを君がやるの」
「え!? 私が!?」
「そうじゃないと一生動けないよ」
「そう、言われましても…」
自力ではできない、縋るような視線もミナモには通じない。
「どっちにしろやらなきゃ動けないし、スライムみたいに這いながら移動できないの?」
「自由が効かなくて」
「じゃあその体に慣れなさいな」
ミナモは用意されたアンティークな椅子に座り、カルフの用意するお茶を飲み一息つく。
「何を見ているの? 早く練習しなさいな」
「う、うぅ、せめて何かコツを」
「超能力で動かす、みたいなイメージ。
他のVRゲームとかしてる?」
「いえ、友達に誘われてこれだけで…」
「VR初心者にこの仕打ちは、本当に問題ばかり…」
この状況に放り出されれば普通は辞める。
人気だからなのか、続けるそのプレイヤーが不憫であった。
「他のやればいいのに」
「…人気ですから、それに異世界、だと思いますけど、折角来たのに、諦められません」
「根性あるんだか何だか。
耐性が無い状態で来れるという事は、何かランダムの転移なのかな」
「それは分かりませんけど、谷に落ちて、崩れた隙間に遺跡があって、その場所でここに」
「災難だねぇ」
「お嬢さんは、どうしてこんな気色悪い世界に?」
「ん? 気色悪い?」
周りを見回しても幻想的な光景しかない。
謎の風に舞う光、綺麗な石材で舗装された道路、色とりどりの屋根はステンドグラスの様に見える。
「綺麗だけれど」
「……その、失礼ですが、正気でしょうか?」
「お嬢様、耐性が無ければ歪んでみているのかもしれません」
「ああ、なるほど。
して、君がどの様に世界が見えているんだい?」
「不気味な空と、…肉が蠢く、…これって、街、ですか? 家ぽいのもありますし」
「街だけれど、…そっかぁ。
耐性のない状態はそう見えているんだ」
眼鏡をはずしても世界は変わらない。
「冒険者ギルドもそうだけど、こうなってしまうと、君達の光景を見られないのは聊か支障が出そうだ」
自分だけその幻を見られないというのは、問答をする上で問題になる。
今後の課題としながら、先程尋ねた質問に答えた。
「話を戻すけど、私は色んな世界を回って来てるんだ。
この場所に寄ったのも偶然、…偶然のせいで私の従魔が大変な事になってるけど」
泡の肉塊となったイトウを見せる。
「さ、災難、でしたね」
「この世界の生物がこの様な状態だよ。
でもしっかりと動いているんだよ」
「動けてる?」
「そう、人型を保っていたりしながら、ただし全員精神が壊れてる状態」
想像をしたのか、押し黙る。
「だけど日常生活を送ってるぽいんだよ。
しかもなんと、この世界の道具はかなり高性能、普通のプレイヤーからしてみれば天国さ、その状態になる事を除いては」
「ですよね…」
「周りの状態がそう言う感じだから、君も自力で動けることは間違いない。
私は無意識化でその肉塊たちが通常の力ではなく、魔力によって動いていると分析したんだ」
「はぁ」
そう言われても出来ないものはできない。
「君、これからどうする?」
「どう、……ここから出たいです」
「出てどうする?」
ちょっと意地悪でもするかのように尋ねた。
「それは…」
出ても肉塊になっている。
しかしこの世界の外に出てもこの状態では動けないのだ。
「実験動物になってくれるなら、暇なら手を貸してもいいけど」
選択肢はない。
にこやかに微笑む彼女に、心の中でゆっくりと頷くしかなかった。
「じゃあ決まりだね」
見透かしたよう。そしてミナモが立ち上がった。
「私はミナモ」
「サラナです」
差し伸べた手が義手を握り。
「じゃあご案内しましょう」
姿消え、情報屋の入り口の前に辿り着く。
そしてずるずると引きづりながら情報屋の扉を開けた。
「ぎゃあああああ!?」
叫び声と、それを見て悪戯っ子の様に微笑むミナモ。
今日も何かと騒がしい職場であった。




