百歩進んでニ十歩くらい下がって その3
現れたのは白いサイ、いや、恐竜で言えばトリケラトプスの様な見た目の生物であった。
「人が何用だ」
(喋ったぁあああ!!)
ただの魔物が喋る事は珍しく、ミナモも驚き思わず目を見開いてしまうほどだ。
目を見開いてしまうと、大量の情報が表示され視界を埋め尽くす。
表示されたステータスには名前などが載っており、慌ててそれを閉じたが、その名前は頭の中に残ってしまう。
(と、トロロン太郎!? な、なんなんその名前)
普通のNPCにそんな名前はまずありえない。
プレイヤーならば違和感はない、むしろプレイヤーかと疑うほどの名前だ。
(適当に付けたのか? マジで? え? 聖獣にそんな名前付けるの?)
再び詳細を確認したい気持ちが襲われる。
しかし理性がそれを制止させ、欲求を押さえつけた。
(だ、駄目だ、ここで、見てしまったら、酷いネタバレになる、駄目、駄目…)
目を覆い押さえつける。
「わ、私達は、天使、と、呼ばれている者達を討つ為に、聖獣様達の力をお借りしたくて参りました!」
「…天使?」
必死に悶えるミナモを余所に、彼等は真面目に話し合っていた。
そして天使という単語にやっと理性が戻って来て、耳を傾ける。
「天使…、懐かしい名前だ」
「懐かしい、ですか?」
「かつて敵対していた存在だ」
「で、では」
「しかしもう奴等は居ない」
「え?」
(ふむ?)
ミナモはトロロン太郎が何かを知っていると察し、注意深く会話に耳を傾ける。
「どういうことなのでしょうか? この間メルテトブルクで襲われ、浸食も……、今も何処かで潜伏しています」
「それは天使の残滓。
紛い物に過ぎない」
「まがい、もの?」
「確か、人工的に作られたって話だったか?」
「人の魂を触媒に残滓が作られる。
その肉体は天使の血肉から作られた物だが、それはもはや天使ではない」
「で、は、その、天使の残滓を討つ為に――」
「我は関わらぬ」
明確な拒否であった。その一言で一瞬息が詰まる。
「そ、そんな…」
「かつてヴァルハラを討つ為に立ち上がった者達が居た、その者達の様に人が討てばいい」
「我々では、届かないのです…。
竜、その力も何もかもが無いのです」
スパイらしき人物の一人がそんな事を伝えた。
トロロン太郎は目を細め鼻を鳴らす。
「だから我を討つと?」
自分を討つ為に来た。そう考えるのは至って自然な流れだ。
竜の素材を使って天使を倒す、それがヴァルハラアクセスというゲームでの設定だ。
目の前の存在はドラゴン系の存在に近い、ならば天使に対する特攻ともなりえる可能性を秘めていた。
「い、いえ、違います、敵対するつもりはないのです。
聖獣様にお力をお貸しして欲しいだけなのです」
「知らぬ」
「そ、そんな…」
項垂れシェーロは落胆した。
スパイらしき人物達は反応を示さず、影で誰かへと通話し始める。こっそりと口を開き、周りに気付かれない様に、暗号の様に短い言葉だけを伝えていた。
(後は戻るだけだろうか)
そう思っていたミナモだが、シェーロは顔を上げて頬を叩き。
「どうかお願いしますっ!」
さらに頭を下げた。
「私達には力がありません、手を伸ばしても強い風にすら容易く折られてしまいます。
せめて、せめて、どうか、力の一端を教えてください!」
続いてサコンが頭を下げた。
次々と頭を下げていく。その光景にミナモは素直に驚いた。
(前なら食い下がらなかったと思うけど、成長ってヤツ?)
良い方へと成長している事に感心し、見守る事を続ける。
「何故そこまでして討ちたい?」
「国が、人が、もう滅茶苦茶です。
このままじゃ、…本当に滅んでしまいます」
「なら滅べばいい」
「そんな、どうして…」
「我の祖国は滅びた」
(祖国?)
その一言でトロロン太郎についての推測が外れた。
てっきりヴァルハラアクセス関係の存在、そしてその子孫と思っていた。
しかしトロロン太郎は元は人間だったという新説が沸き上がった。
「求めても誰も手を貸してはくれぬ、歴史は繰り返されるのだ」
シェーロは何も言えずに口ごもる。
「…けど、貴方は失う悲しみを知っているはずだ」
誰も口を開けない中、サコンがその言葉を投げかける。
祖国を失ったなら、その怒りや悲しみを知っている、サコンはその事に気が付いていた。
トロロン太郎は目を伏せ何かを考え始めた。
「…ならば力を示せ」
「ち、力、ですか?」
戦いになる様で、トロロン太郎が一歩二歩と下がっていく。
彼等も慌てて戦闘準備を始めた。
そして互いにぶつかり合う。
稲光の後青い線が走り襲い掛かる、その一撃は簡単に回避など出来ず、直撃を受けて大分体力を削られた。
詰め寄るが、近接の一撃も相手の方に分があり、その図体に合わぬ速さで体当たりを食らい吹き飛ぶ。
しかし死ぬ事は無く、体力を残して転がり倒れる。
「手加減されていても強敵だ! 十分に行くぞ!」
盾役が前に出て、支援魔法で強固にしながら近づいていく。
「クッ、…黒夜!」
サコンは黒い靄を剣に纏い、盾役の後ろから飛び出て切りかかる。
顔の角でそれを受け止められるが、サコンは構わず連撃をいくつも行う。
攻撃をするたびに黒い靄は周りへと散っていき、周囲が闇に呑まれていく。
「ほぅ」
トロロン太郎はその攻撃に感心している様であった。
しかし次の瞬間、角が光を放ち、闇が一瞬にして晴れて、サコンが吹き飛び転がった。
「黒夜が…!」
破られた事が無いのだろう、驚愕した表情のまま剣を構えて抵抗する意思を示す。
しかしトロロン太郎は、戦いを辞め警戒を解いた。
突然の事に驚くが、それが自分達が力不足であることをじわりと察した。
「届かないの、……クッ」
皆も力が抜けていき、不甲斐なさに腰を下ろして俯いている者もいた。
「この程度では力は貸せぬ、もう少し強くなってから来ると良い」
「まだまだ、…力不足」
シェーロはこれが大手クランの戦闘班だったなら、そう思ったが、しかし無い袖は振れず、自分達を鍛えていくしかない事を再認識させられた。
「…ありがとうございました、また、出直してきます」
「次は我の聖玉を持ってくると良い」
「え?」
「小童が持っているのは我の聖玉ではない、また別。
それは緑刀のものだ」
「緑刀、さん?」
知らない聖獣の名前に驚く。
会話をしたという報告も無い為、聖玉の有無が説得などのトリガーになっている事を知る事になる。
「それとそっちの片腕の小僧」
サコンにトロロン太郎が近づく、そして片手を眺めた。
「呪いを解こう」
「…いや、いい」
「何ゆえ?」
「これは越えなければならない呪いだ、打ち勝つためにも、このままでいいんだ」
それはサコンの覚悟であった。
強くなる為の一歩として、自力で呪いを解く事が目的にもなっていた。
「その心意気は気に入った」
サコンを気に入った様で、それが彼等の一番の収穫だろう。
そして聞いていたミナモもまた同じ気持ちである。
「縁があるならばまた出会えるであろう、しかし次巡り会うならば、また別な場所になるだろう」
「別な場所、ですか? 近づけばまた、あの、変な肉みたいな泡で教えてくれるのですか?」
シェーロの問いにトロロン太郎は、動かない表情が幽かに動いた。
「それは知らぬ、あれは我ではない」
「え?」
「あれは貴様たちじゃないのか?」
「知らない、です」
「余計にここには居られぬな」
そしてトロロン太郎は再び雷を纏い姿が消えていく。
残されたのは彼等だけだ。名残惜しみつつも、見守り見送る。
そのはずであった。
「ひゃっはー!!」
それは突然虚空から現れる。
現れた瞬間衝撃波が巻き起き、シェーロ達がいともたやすく吹き飛ばされ木々に打ち付けられていく。
そして消えて行ったはずのトロロン太郎の張った結界が砕け、姿が再び姿が露になった。
「おー、これが聖獣かぁ、へぇ~」
粗雑な言葉を投げかけるのは、ミナモが見た事ある相手であった。
メルテトブルク、シェドを護衛していた時に対峙した相手、初心者防具の様な物を纏った言葉の荒い少女だ。
「弱そうだなぁ、コイツを捕まえれば良いのか」
「無礼な奴」
トロロン太郎は睨み、そして馬の様な速度で突撃する。
少女は一切動こうとせず、誰もが当たると思いきや、片手でそれを受け止められる。
「チッ、ここまで弱くて聖獣名乗るのかよ。
期待外れも良い所だ」
次の瞬間トロロン太郎が横に吹き飛ぶ。
何が起きたのかも分からず、目が回り立ち上がる事すらできない。
その隙をつかれ、トロロン太郎の身体が魔法により拘束される。幾つもの細い黒い腕が抱える様に拘束していき、雁字搦めにされた。
「この、てい、ど」
小さな声で唸り、角が光を放つ。
しかし黒い腕は消える事無く拘束し続けて、ギリギリと締め付け苦しめる。
「捕獲完了、じゃあちゃっちゃと連れて行こうかなぇ」
少女は近づき、軽々と片手で持ち上げた。
「ま、待ってください!」
その時シェーロが飛び出て呼び止める。
少女は首だけを傾け。
「なんだぁ、おめぇ」
「離してください! その方は我々に必要なのです!」
「それはうちのクライアントもそうだ、残念だった嬢ちゃん、早い者勝ちだ」
「は、早い者勝ち?」
完全に物扱いにシェーロは驚き、そしてすぐに怒りが湧いて来る。
「それ、なら、それならこっちが早いです!」
「はは、捕まえたもん勝ちだよ」
「まだ捕まってません」
話している間にもトロロン太郎は必死に抵抗し、黒い腕にかみつくがゴムの様な弾力で噛み切る事はできない。
「いいね、そういう抵抗の意思、好き」
挑発に手招きする、シェーロは杖を構えて魔法による攻撃を行う。
火球が飛んで行くが、それを容易く弾かれる。
戦線に戻ったもう一人が魔法でさらに追撃、必死に攻撃を行うが一切攻撃が届かない。
次々と打ち込んでいくが、結果は同じだ。
「あー、本当に、意思だけ、よわっちぃなぁ」
それでも相手をするのを辞めない。
死角から飛び出るサコンは、必殺の一撃を叩き込もうとするが、手で弾かれて吹き飛ばされる。
「なんっていう、力!」
「あー、思い出した、お前確か、有名じゃないか? えっとさっきの黒い靄、…名前はサコンだから、…二つ名忘れちまったよ!」
指でっぽうの形を作り、水玉を放つ、その一撃がサコンの頬をかすめるが、その後ろにあった木々が粉々に砕けて道が出来上がった。
誰もがその暴力的な光景に茫然とし、動く事すらできない。
「…冗談だろ?」
「サコンさん!」
シェーロが声を掛ける。
戦闘に集中しろという声に聞こえ、すぐに正気に戻り剣を握る。
再び果敢に挑みながら。
「蒸し焼きにする!」
そんな指示を飛ばした。
正気に戻ったシェーロはすぐさま炎の壁を作り、仲間の魔法使いも同じ様に炎の壁を作り少女を閉じ込める。
「これでどうするんだ?」
少女はアウトセンスにより視覚から飛び込んでくるサコンが丸見えであった。
想像通りにダメージを覚悟し炎を突っ切って切り込んでくる。
「良いガッツだ」
しかし再び受け止められる。
次の瞬間闇が噴き出し、漆黒の中に二人が閉じ込められる。
「はは、そんなんじゃ意味無いって、な!」
腕を払えば、その衝撃波でサコンが吹き飛ぶ。
「そこもな!」
そして再び水玉を放ち、トロロン太郎に近寄り拘束を解こうとする者の足元へ。
「見え見えなんだよ」
「それも、知ってる!」
闇の中サコンが吠え、再び飛び掛かった。
ただ無策な行為、粗暴な少女は呆れながら手を突き出し攻撃を受け止める。
はずであった。
「あ?」
サコンは先程まで持っていた剣ではない、歪な稲妻の様な剣を握りしめ、そして振り下ろしていた。
ただ武器を変えただけ、そのはずが受け止めた少女腕があっさりと切り裂かれた。
その後ろ側には世界が断絶した様な亀裂が走り、その光景にも少女を驚かせる。
(だ、駄目だ! だが、消える前に!)
ミナモが与えた必殺の呪いの武器、それを扱えば扱った箇所が消失するデメリットを抱える。
サコンの腕も例外なく片腕が燃え上がるように消えて行こうとしていた。
しかし消える前にもう一振り入れる必要があった。
この一撃で打開しなくてはならない、だからこそサコンは再び吼えた。
「うわああああああ!!」
叫ぶことなど殆ど無い。
人前では特に、だが今は気合の入れ時、この場面以外で叫ぶ事はないだろう。
「面白れぇなぁ!」
少女は裂かれた腕を見て笑い、そして頭突きを初手の選択として選んだ。
サコンの頭部に叩き込み、サコンを揺さぶる。
「あ?」
サコンが笑った。
その笑みに意味が一瞬分からなかった。
しかし別な方へと剣を振り下ろしている様子が見え、その先に居るトロロン太郎を見て察した。
「チッ!」
少女は回り込む様に躍り出ると、その一撃に身体を裂いた。
「やるじゃ、ねぇか、へへっ!」
断絶する強固な一撃は防がれた。
これでトロロン太郎を救う一手が潰えた。
変わりの対価として相手の情報を少しだけだが得る事が出来た。
(防いだ、…生かすために?)
生け捕りが目的だ。
強力無慈悲な一撃を入れよとすれば必ず庇う、ならば次のサコンの行動は決まった。
しかしサコンの片腕は燃え尽き、もう持てる剣はない。
おまけに少女の身体がまだ動いており、切断したはずの腹部を取り付け回復魔法を施していた。
「そ、そんな状態で!」
シェーロが魔法を叩き込むが、その魔法は見えない壁に阻まれる。
「チッ、なんだぁ、治んねぇじゃねぇか」
少女は切断された場所が治療できない事に驚きながらも、良いハンデと割り切り治療を辞める。
「丁度良いよなぁ!」
少女が手を払えばシェーロ達が吹き飛ぶ。
吹き飛びながらもサコンはその口に魔剣を加えており、その一撃を振るわんと少女を睨み付けていた。
「いいねぇ! 良いねぇ!! その根性!」
意識が一瞬だがサコンへ向く。
その一瞬の隙が一つの勝ち筋へと繋がった。
「オオオ!」
トロロン太郎を拘束していた魔法を絶ったのだ。
「ああ!?」
何故、その心の問いは、自分が庇え切れず斬撃が届いていたからだとすぐに答えに辿り着いた。
そしてトロロン太郎は解放され、レーザービームの様な強力な一撃が少女へと突き刺さった。
角から延びたその一撃は雷を纏い、少女を焼き焦がしていく。
「ああああああ!」
太郎が叫べば、その出力は広がっていき、少女を光の中へと消し飛ばしていった。
息遣いだけが響くその場所で、サコンが吠えた。
「やってやったぞおおお!!」
それに釣られる様に他の者達も吼える。
そしてへたり込み勝利の味を噛みしめた。
太郎ですら肩で息をして、強敵の撃破に心の底から安堵していた。




