百歩進んでニ十歩くらい下がって その2
泡の中の肉塊、それはイトウであった。
不気味に脈打ち、ミナモは怪訝そうにそれを眺める。
「イトウ、……さん、だよ……ね?」
死んでいるのかも定かではない。
しかし素直な乾燥がポツリと漏れた。
「気持ち悪い…」
狂気に染まったその世界はイトウに耐えられない、特にミナモ達の様な異常な存在は、その狂気の世界という事を気付く事はあまりできない。
「お嬢様、…この世界は普通の生物には毒です。
発狂する可能性もあるかもしれません、もしかしたらそれが影響しているかと」
特に2人の漏れ出した異常な力も原因している。
トドメを刺したのミナモとカルフと言っていいかもしれない。
「え、こんな綺麗で過ごしやすいのに?」
「私も、ソレを見て今思いました」
「そっかぁ……」
ミナモは眼鏡を取ると、青い瞳に時計の数字や針が描かれていた。
凝視すれば、何時も通りに事の詳細を確認できる。
「うへっ、変異体って種族に変わってる。
大丈夫?」
種族名の後ろに(変異体)という表記が追加されていた。
泡を解こうとするが、カルフがその上から強固なバリアの泡を展開した。
「駄目ですよ、解けばもっとおかしくなるかもしれません」
「むむ、……回復魔法でなんとかならない、かなぁ?」
回復を施すが、肉塊は肉塊のままだ。
ぎょろっと目が動き、肉塊は脈打ち。
「ぎぇぎゃ」
不気味な鈍い声が聞こえる。動物の声をスローモーションにしたらこんな声が聞こえる。
地獄でも恐れるほどのホラー作品を見たら今の気分になるだろう。
「…失礼ですが、消して宜しいでしょうか?」
あまりの不快感にカルフが声を上げるほど。
ミナモは首を振り。
「ひ、一先ず、治そうかぁ。
この世界が問題って言うなら、この世界の住人が何か知っているかもしれないし」
飛び上がり、移動を始める。
しかし飛び去ってすぐに見かけた生物に予感を感じた。
「う、う~ん、これはぁ、…ひょっとして」
そこに居たのは犬の様な、しかし犬とは異なる蠢く肉塊が不規則に動き続ける。
森を抜ければ、煌めく穂波の海、青空は茜色に変わり、幻想的な世界をさらに生み出す。
さらにその奥にはメルヘンチックな可愛らしい平原が広がる、ハートでも飛ぶ様にポップな色合い。
山は黄金に輝き見える。
「良い所だと思うんだけどなぁ」
降り立った村はまるでお菓子の家の様に可愛らしい。
しかしそこもまた異様な生物たちの世界であった。
「こんにちはこんにちはこんにちは」
人型になりそこなった肉塊がそんな事を呟き練り歩く。
「今日もいい天気ですね今日もいい天気ですね」
壊れたラジオの様に、古来のNPCの様に同じセリフを呟き続ける。
それが与えられた役割だと言わんばかりに。ミナモは昔のRPGを思い出した。
(まんま姿形以外は昔のNPCだな。
ひょっとして適当に作った世界だな…)
普段は封印しているが、眼鏡をはずして村を『視る』。
「駄目だ、全員こんな感じになってる」
「やはりこの世界を作り変えた神のせいでしょう」
「ふ~む、幽かに感じるけど、そこまで強そうじゃないみたい。
けど、駄目だろうなぁ」
その存在をしばき倒しても、イトウは元に戻る事はないだろう。
口をとがらせて、店の中へ入ると、奥で鍛冶を只管繰り返す肉塊と、店番が居た。
「いらっしゃいませいらっしゃいませ」
耳障りな声に呼び掛けられるが、彼等はただ呼び掛けるだけだ。
そんな肉塊を無視し武器などを眺める。
「うわ、結構いい」
異常な生物ではあるが、風景と物品は真面だ。
これまで見た店売りの剣などと比べ物にならないほど良質な剣である。
「とは言え、ちと力不足」
「なんだとなんだとなんだとなんだと」
その言葉を聞いた鍛冶をしていた肉塊がそんな言葉を吐き出しながら近づく。
「…正気に戻ってる?」
確認するが、以前壊れたままだ。
「生前の反射的な反応なのでしょう」
「生前って、…まあ、死んでるような物か。
ごめんよ、質は良いから」
その言葉を聞き無言で再び鍛冶場へと戻って行った。
ミナモ基準で言えば良いものではないというだけだ。
「…どうしたもんかねぇ」
「とりあえず殴り込みに行きましょう」
カルフは意気込んでおり、その提案を拒否する理由もなく、早速この世界に居る神へ強襲をしかけた。
無論語る必要もなく、カルフは楽々と撃破した者を見下ろす。
そこにはぼろ雑巾の様になっている、歪んだ時計、そこから様々な生物の手足が生えた存在が居た。
「ねぇ、これ治らない?」
「す、すみません、ちょっと、そこまでなると、む、無理っすね…」
時計が声も無く意識を伝える。
そもそもこの世界に来たヤバい存在に驚き震えていたのだが、強襲されれば白旗すらあげる暇もない。
「お嬢様消しますか?」
「いんや、別に良いよ、八つ当たりしても何か変わるわけじゃないし」
完全にチンピラのそれであった。
「なんか解決方法知らん?」
「で、でしたら、その、存在進化、などはいかがでしょうか、へ、へへ」
ポンポンと時計を叩けば、時計は恐怖から勝手に笑みが漏れだした。
「進化、か。
ふ~む、なるほど、進化で脱却、ね」
結局育てないと行けなさそうであった。
「これを試練と受け取るしかあるまい」
腰を上げて肩を鳴らす。
そのまま去って行く、時計は開放感を感じた一瞬、ミナモの触手に絡み取られた。
「ひっ」
触れられその力の一端を感じて身が震える。
「そう怖がらないでよ。
少し聞きたいんだけどさぁ」
詰め寄る姿はヤクザそのものだ。
「この世界で真面な奴とか進化したって奴知らん?」
「い、いえ…、下、界は、最近確認、して、いない、ので…」
「そうかぁ」
触手から解放すれば落下して部品が壊れる。
「じゃ、まあ、頑張ってねぇ」
適当に言葉を投げかけ、ミナモ達の姿が消えた。
やっと訪れた静寂に安堵し、さらにその時計は引き篭もり始めた。
☆
ミナモはファンタジーとメルヘン世界を融合した世界へ再び舞い戻り、隅々まで確認していく。
「…あの街、…森、……おや? プレイヤー?」
真面な存在を探していたが、真面な人間は検索に引っ掛かる事は無く、代わりにプレイヤーを見つけた。
鼻を鳴らして早速そのプレイヤーの元へと転移する。
カラフルな屋根の街、その一角でプレイヤーがべちゃりと肉塊のまま転がっている。
ログインしていないようで、表示された名前が灰色になっていた。
(プレイヤーまで変わるのかぁ。
しかし、安全な場所だというのにログアウトできないのか)
ログアウトすれば肉体も消える、安全な場所ならばの話だ。
この世界は安全なログアウトすら許されない状態で、何処でも肉体がそのまま残る様であった。
(ログインはどれくらい、かな? 流石にこれは許しておくれよ)
プレイヤーのログイン状況も見れるその目は異常だ、自発的に使わない理由は、そう言った個人的な事まで確認が可能だからであった。
文句を言ったが仕様という事で片付けられている。
(うっそ、コイツ定期的にログインしてる、根性あるなぁ…)
一定の期間でログインとログアウトを繰り返しており、その感覚から現実時間で一時間程度で再びログインしそうであった。
「じゃあ、居ない間に、ちょっと改造してみようかぁ」
「はい?」
触手を伸ばし、肉塊に触れる。
秋の涼しい季節に温めていないぬるま湯に足を入れた様な暖かさ、触れた感覚も一瞬で思考を放棄するような程の気色の悪さ。
「うおわぁ……」
零れる愚痴すら吐けない。
粘土でもこねるかのように人の形を成形していく。
触手にも感覚があり、弄れば弄るほど不思議な温もりと柔らかさに変な笑みが漏れる。
(触手を慣らすには良いけど、……なんか精神がふやける)
只管まさぐり内部に転がる骨らしきものを取り出し確認する。
「骨ぽいのもあるし、これを、こっちで、ここが、これかな?」
「それは鎖骨ではありませんか?」
「う~ん、そうかな? 歪んでるけど、…ま、適当にくっ付けてみるかぁ」
グロテスクなパズルでもしている気分だ。
目玉を適当に取り付けたりと、ゲラゲラと笑いながらなんとか成形が完了する。
「ひー、粘土と思えば結構面白いねぇ」
カルフは自分がその肉塊だったさぞ快感を得られていただろう、と、そんな事を思いながらにこりと微笑む。
「内臓はないぞうだし、後はこれで動くかどうか。
…って言っても筋肉とか神経無いし、困ったもんだ」
これで真面に動くとは思えないが、時間が来るまで今度はイトウのレベル上げをする事にした。
適当に街の外に出て、動き回る魔物という役割をした肉塊へ攻撃をしかける。
「イトウさん、攻撃だ」
「ぷぎゅるる!」
不気味な声を上げて魔法による攻撃を行う。
水の刃が肉塊へと当たり。
「…ちょっと強くない?」
吹き飛んだのは肉塊ではなく、水の刃の方であった。
「この地の全てが影響を受けているのでしょう」
「むむむ、じゃあどこもそこそこの強さって事か」
イトウはそれでも攻撃を続ける。
細い針が相手を貫こうと迫るが、軽く刺さり何事もなく襲い掛かる。
しかし泡の幕が攻撃を防ぎ、イトウにダメージは入らない。
「ちょっと駄目そうだねぇ…」
レベルを上げる事を断念し、渋々と――。
「早速あの世界(最初の世界)に行ってみよう!」
「え、流石にそれは早計かと…」
「大丈夫大丈夫、そんな気がする様な気がする」
根拠のない自信で聞く耳も持たず、最初の世界へ転移した。
何処かの山奥、そこで早速周囲を確認するが影響はない。
「やったぜ」
「まさかこんな事が…」
「自分で完結させてるし、こんなもんよ」
身体や服が幕に包まれ隔離されている様なものだ。
断絶されており、力のない者が見ればごく普通に見える。
しかしカルフは少し懐疑的であった。
「…力を使えば少し危なそうではありますが」
実際にちょっと力を込めただけでこの世界に影響を及ぼしてしまう。
あくまで分身体の時同様に入り込めるだけである。小さな魔法、それ以上の行為は完全に厳禁だ。
「その時はその時、さ、ちゃっちゃと強くなってもらおうかねぇ」
イトウを引き連れ、森の中を彷徨う。
しかし気配を探ってもモンスターの気配はなく、首を傾げた。
「なんか居ない、少し下山しようか」
大抵何かしらのモンスターが居るはずだが、この山は不気味なくらいモンスターが居ない。
(…違和感が凄い)
周りを見回して不思議に思いながら下山していくのだが、その時感じた違和感に気が付く。
「ああ、虫も小さい系のも居ない」
鳥のさえずりも虫も何もかもが居ない。
ただ静かな山の中にミナモ達は居る。
「確かにそうですね、珍しいです」
「ふむ、なんでだろ」
謎を前にするが、目はつぶったまま開こうとしない。
レベル上げも良いのだが、この山の違和感の方が今は重要度が上がった。
意識を集中し範囲を広げてみると、こまごまとした気配と強い気配が一つだけ見える。
(こっちの小さいのは多分プレイヤー、こっちの大きいのはモンスター系?)
どちらへ向かうか一瞬だけ悩み、プレイヤーの方へと足を向けた。
木々の枝から枝へと飛んで行き、崖を飛び降りて姿を隠す。
そして近寄って行くと、見た事のある姿に思わず、何かの介入があったのかと疑いたくなる。
(あの子、メルテトブルクに誰かと一緒に居た時以来か。
話しかけようとして結局ああなっちゃったし)
目の前にはシェーロとサコンの姿があった。
奇妙な縁を感じるが、彼等の前に降り立つには聊か躊躇する理由があった。
(う~ん、接触するのも無粋な感じ。
何か探してる様子だし)
彼等の前に現れれば、渋々と謎を問う為に問いただす。
その真剣な様子を見れば、茶化すには聊か雰囲気が合わない。
(しばし様子見でもするか)
面白そうな匂いを感じ、そのまま透明化した状態で彼等の傍に忍び寄る。
浮かんだ状態の為足音も気配もない、彼等が察知する事はないだろう。
「そろそろでしょうか?」
シェーロは周りを見回しながら訪ねる。
「目撃証言ではそろそろだが…」
サコンは片手しかない状態で、剣の柄に手を置いて警戒していた。
なにかを探し探しながらより一層警戒を強めていく。
そんな中、彼等の中に混じる三人が同じ様な様子で周りを見回すが、視線が少しだけ違う。
(あの三人、なんか違う、……ふむ)
三人の視線は周囲へ向けているのだが、一番はサコン達である。
時折口を開けて何かを話しており、口の動きから内密に、そして遠方に居る誰かという事が分かった。
(ま~たこの子達裏切られそうな気配。
そう言う星の下に生まれたんだろうか?)
ミナモは街であった協力者らしき人物を思い出し、その三人の関係者ではないかと推測した。
(まあ、別な感じかもしれないし、何するか見るだけでいいか)
手は出さない、彼女達の成長と動向を知る為にしばらく眺める事にした。
「聖獣、本当に何処に居るのでしょう」
(聖獣?)
ミナモは早速攻略サイトなどを眺め、聖獣について調べる。
(この世界には十の聖獣が存在する。守護獣とも言われているが、近年人々を襲うという報告が多く)
というのが簡素な説明であった。
(聖獣と守護獣ってあるし、襲うって言っても何か誤解みたいなものじゃない?)
聖獣、守護獣、そう言ったものは一般的には刺激しない限り攻撃的にはならない、縄張りに入らなければ大人しいという印象がある。主に他のゲームなどからの印象だが、聖獣などと名付けらるならそれなりの理由がある。
(けど襲われるなら、…何かあるんだろうか)
それでも突然プレイヤーやNPCに奇襲を仕掛ける事もあり、ただの強力なボスモンスターという位置づけになりつつあった。
(テイムすれば面白そう。
……けどこの子達)
彼等が向かっている先は全く別な方であった。
聖獣らしき存在は向かう先ではない、完全に別な方へ移動しているのだが、彼等はそれに気が付いていない。
ミナモは手を叩き、一つの案が浮かんだ。
「きゃっ!?」
「な、なんだこいつ!?」
突然目の前に肉塊の泡が現れる。
それはイトウだが、周りにはそんな事分からない。
おまけに偽装されており、敵かすらも分からないのだ。
そのグロテスクな肉塊が彼等の周りを徘徊しだす。
全員が武器を引き抜くが、一人だけただ警戒したままであった。
「待て、攻撃はしてきてない」
サコンがそれを宥めた。
そしてイトウを彼等の前に移動させ、ゆっくりと聖獣らしき気配のする方へと移動させる。
「付いて来いって、事か?」
「け、けど、変だぜ、あれ」
「…しかし何かしらのイベントだろ、…行かない手はない。
正直聖獣の居場所も定かではないんだ」
「た、確かにそうですね。
この聖玉を持っているから起こった事かもしれません」
シェーロが緑色の玉を取り出す。
ミナモはそこから幽かな力を感じた、たいした力ではないが、彼等よりも存在感が大きい。
「…使役しているって事か? にしてはちょっとまがまがしいと言うか」
それでも警戒しながらイトウの後ろを歩いていく。
ゆっくりと離れない様に、しかし少し小走りで。
(ちんたら遅い、もっと早く移動してくれないからなぁ)
急かしながらも、日差しが差し込む開けた場所へと辿り着く。
森とは違う清涼感のある雰囲気の場所で、神聖さがにじみ出ている不思議な空間。
「ここ、は…」
「やっぱりここじゃないか。森とは違うぞ」
謎の肉塊がスッと消えていき、彼等が近づき周りを見回す。
「何も、ないが?」
「いや、流石にそれは無いだろう。
多分…結界かなにか、不思議な力で聖獣が隠れているのだろう」
その推測通りであった。
「じゃ、じゃあ。
これで」
聖玉と言われている緑色の石を取り出し、それを掲げた。
「聖獣様、どうか、どうかお力をお貸しください!」
シェーロが声高らかに呼ぶと、少し離れた場所から青い稲妻がバチバチと火花を散らし照らす。
そしてゆっくりと、その聖獣と言われる巨体が顔をのぞかせた。




