おい、今この情報特価セール中だぞ! その5
街を外を隔てる外壁付近、そこには中堅層の一般市民が暮らす普通の家々が立ち並ぶ。
ただ街の様子はさんざんたるもので、アンデッド化した市民がジャンルを変えた風景を作り出している。
迷路の様な隙間から亡き者達の存在に怯え、逃げ惑う事すら難しいだろう。
「聊か匂いがキツイですね、お掃除致しますか?」
「匂いを消し去る程度で良いよ、下手に暴れると目につく」
「かしこまりました」
カルフが匂いだけを魔法で消しさる。
無臭の世界が広がるが、視覚だけは混沌とした世界を映した、その落差に鼻で笑い空を眺めるしかない。
「お嬢様」
「ん?」
「世界を救うという行為はどういう気分なのでしょうか?」
「使命感でしょ、自分の居場所を守る為であったり、正義感か欲望とか」
守るという行動の根本は生存本能からくるものだ。他に付加価値を追加して理由を絶対のものとして出力する、それが正義か悪か。
「カルフ、君が何故世界を海の底に沈めたり、破壊したりしようとしたか、そう言う理由と似たような物だよ」
「自分の為、ですか」
「結局そういうもの。
勿論誰かの為という行為を否定はしないけど、その根本は結局自分の為であると思う」
「善性などないと?」
「いんや、要は折り合いが良いだけだよ。
欲望の無い者は果たして何者なのか」
「ではお嬢様もこの世界を救うのですか?」
カルフが見たのはただの笑みだ。
その笑みを見るだけでカルフはミナモに襲撃された時を思い出し、ゾクゾクと震え軽く身を悶えさせる。
「うっ、…あっ、ああ、嗚呼、嗚呼! 滅びる様をただ眺めるのですね! 善性を信じ有していてもその身を形作る混沌は―――」
感極まる様に語り始める。
カルフは悶える。その内に秘めた情欲と混沌は抑えようとしているが抑えられずにいた。その様はまるでウジ虫が蠢きビタビタとゆっくり動く様だ。
ミナモはそんなカルフを死んだ魚の目で眺め、その視線だけでさらに悶えるカルフから目を背けた。
「カルフ…」
「申し訳ございません」
一瞬で落ち着くが、恍惚とした雰囲気は幽かに残っている。
紅茶の匂いを嗅ぎ空を眺め心を落ち着かせるのは2人同じであった。
丁度見上げた空には所々に雲があり、魚の様な形の雲もある。
「…イトウさん育てるのも一つだったか。
毒の川で環境に適応する為に進化さえたらどうなるんだろうか」
その呟きにカルフは混沌を感じて澄ましながら身悶えしていた。
一日が経過し、二日目ミナモの元を尋ねる来客があった。
見知らぬプレイヤーで、前線で動く様な立派な装備とどことなく不愛想な顔をした男性である。
プレイヤーネームはグレースという名前であった。
「…ここに情報屋が居ると聞いたが」
「いらっしゃいませ」
まず初めにカルフが出迎える。
人を模した歪な姿を見てぎょっとするが、グレースはここに来る前に注意事を言われていた。
(絶対に深堀しない事、……だったよな)
その身形を聞きたい事を抑え、押し黙りカルフの後ろを付いて歩く。
「お嬢様、御客様です」
「いらっしゃいませ、どの様なご用件でしょうか?」
グレースはNPCから訝しみながらも、事情を話し始めた。
「エルデリーデという情報屋からここを紹介された」
エルデリーデとはハルシーの偽名である。変装なども行っている為見抜けるものでなければそれが本名だと思うだろう。
「この街を救うための情報が欲しい」
「珍しいですね、カタギの方が情報屋を頼るだなんて」
その発言にグレースは顔を曇らせ俯く。抉られたくない跡傷に触れられた顔であった。
「…街がほぼ壊滅、戦争が始まって劣勢、俺達プレイヤーは何の力にもなれない」
「それは大変でしたね」
他人事のセリフにグレースは違和感を覚える。
NPCでこの街に住んでいると言うのに出てく言葉がそんな態度は異常である。
「…平和になって欲しくはないのか?」
「それは私が決める事ではありません。
当事者たちが決める事です」
「この街の者ではないのか?」
「はい、出張してまいりました」
「貴方は遠くの国で何が起きても関係ないというのか?」
「あくまで私個人はです。
少々人と外れているとお考え下さい」
それで少し納得したのか、グレースは早速必要な情報を尋ねた。
「まずこの街に敷かれている結界を解除したい」
「そちらはこちらの金額になります」
用意していた金額ボードを見せる。
それを見て若干顔が険しくなるが、渋々と異国の金を取り出して数えて手渡す。
「確かに。
では結界の中央、そこに騎士団があります。
その騎士団にある第二騎士長、確かアルガッド公爵の個室、その床を徹底的に調べてくださいまし。
魔法陣が見えない場合は見える者に破壊してもらってくださいませ」
「え」
ダメ元で聞いたはずであったが、胡散臭くなるほど具体的な方法を提示された。
一瞬呆け、その真偽を確かめようとする。
「う、嘘じゃないのか? それにそんな詳細まで知ってるのに、何故…」
「例え知っていても私は何もしませんよ、必要性を感じません」
彼は怪しさ漂ミナモを強く訝しみ始めた。
「…犯人じゃないのか?」
「犯人でしたらもっと厳重に結界を張ります、こんな分かりやすく簡単に破壊出来る様にはしません」
「なら一体何のために犯人は…」
「そこからは別料金になります」
グレーズは恨めしがるように睨むが、ミナモは答える事無く涼しい顔をして訪ねた。
「払いますか? 払いませんか?」
「もう金は無い」
「あら、残念ですね、貴方達にとってもっと重要な情報があるのですが」
「重要?」
「お教えは出来ません、それを知る為にも追加料金が必要ですよ」
これ以上話しても無駄だと悟り、グレーズは去って行く。
「またのご利用をお待ちしております」
絶対になんとかなると息巻いていた、。ームだから甘い、NPCもその一端に過ぎない、しかし最後にかけられた言葉は商売の言葉、甘い考えすら打ち砕かれる。
グレーズはかつて前線で活躍していたクランのリーダーである。今回は救うためにクラン丸ごとこの街にやって来たのだ。それが思い通りにならない状態に梯子を外された気分である。
「お嬢様」
「ん?」
「教えなくても良かったのですか?」
「何を?」
「結界の意味を」
「お金も支払わないなら教える必要はないよ。
それに普通は考えるでしょ、何故入れて出れないのか」
「そうですね、普通なら考えますからね」
「流石に大型クランで来てるみたいだから誰かが口を出すでしょう」
その発言がフラグになってないかと思ったが、例え結界を解除するようなことになってもその楽しみを想像してほくそ笑んだ。
☆☆
シェドは騎士団の敷地内を攻略しようと奮闘するが、ゾンビとなった騎士に追い返されされ続ける。
同じく結界の中心と分かり挑む者も居るが、襲い来る敵の強さに攻略は難航していた。
「護衛は必要ありませんでしたね」
ゴトウがへらへらと笑い揶揄うと、シェドは歯を食いしばり恨めしい視線を向ける。
「人外魔境をしてた奴等は何処に行ったんだよ…」
「さあ? 護衛も打ち切られましたし、あっちからの接触も全くと言っていい程ありませんからねぇ」
「くっそ、俺が何をしたって言うんだ」
「やれることはやった、胸を張れ」
「もう終わりみたいな雰囲気だしてんだよ…」
「ハハハ、その通りですよ、流石ごすずんです」
「…奇跡でも起きないかなぁ」
祈りが通じたのか、その場に駆け付ける者達が。
街を拠点に守るLo10を総括役白狼近衛騎士団、そして同じくLo10のエンパイアがやって来た。
他にも名だたる者達がぞろぞろと、そこにはミナモの元を尋ねたグレーズとそのクランの姿もあった。
「アイツ等…、まさか戦場から戻って来たのか」
神々しく見える彼等の姿、誰もが喜び沸き立った。
しかし実際は戦場で何も役に立てずボロボロになって逃げてきただけだ。
「シェド、なんてざまだ」
「マシュイ」
エンパイアの作戦参謀を務めるマシュイという男性はシェドを見つけると真っ先にやってくる。
「戦争を防げず、混乱をもたらし、一体なんの為に大臣なんかになったんだ」
「…そうだな」
直接ぶつけられる嫌味に同意するしかなかった。
一蹴し、マシュイは直ぐに仲間内へ紛れ込んでいった。
「聞け! この場所にはこの結界の発生源がある! 我々白狼を含め複数のクランがこの結界を破壊する為に立ち上がった!」
白狼近衛騎士団のリーダーが声を上げる。
周りは一瞬で静まり、彼の言葉に耳を傾けていた。
「ついに戦争は始まった、悔しいが我々だけでは手も足も出ない…」
その場に居る拝聴者から言われる前に自ら明かした。これにより少しでも今後の信頼を勝ち取ろうという打算があった。
「我々少数ではこの大きなうねりに立ち向かう事は出来ない。
だからこそ手と手を取り合い、小さな力を大きくさせプレイヤー全てが一丸となり立ち向かわなければならない」
そして頭を下げた。
「頼む、私達に力を貸してくれ」
沈黙が声援に変わり、そしてプレイヤー達の熱気が場を満ちて行った。
「今はこの楔を解き放ち、全員で街を守るのだ! 安息の地であり母なる楽園、メルテトブルクを救うんだ!」
雰囲気は全て掴み流れを勝ち取った。
演説をしたリーダーの名前が連呼される中、シェドは冷めた様子で見ていた。
「……何か慌ててるな。
人気取り? いや、何か別な事があるのか?」
「やっとエンジンがかかってきましたね」
シェドの様子を見てゴトウは満足していた。
一心不乱に頑張っていたとは言うが、現実逃避をしていたとも言える。
スイッチが入ったシェドは、大臣をしていた時、余裕があった時同様に一歩引いた位置から状況を見て分析している。今は余裕が少しだけ垣間見えていた。
「マシュイが余裕もなく突っかかって来た、遠回りな分かりにくい嫌味を言ってくるはずなんだが、何か戦場であったな」
違和感を感じて彼等の動向を眺める。
「情報が足りんな…」
そんな疑問を考察していると、シェドの耳元に小さな声が聞こえてくる。
「資金分の情報は提供しますよ」
「…ん?」
シェドは幽かな声に首をかしげて周りを見回すが、傍には誰も居ない。
しかし再び声が聞こえて更に周りを見回した。
「落ち着いてください、個人チャットみたいなものです」
「…情報屋のリベンジャーさん?」
「……ふふ、正解」
名前を聞いて首を傾げたが、偽名を使っていた事を思い出して取り繕う。
「一つヒントをあげようと思いましてね」
「ヒント? 突然なんだ?」
「どうして結界は外から入れるのに中からは出れない様にしたか」
「……まさか」
「それじゃあ支払った分のヒントは出したよ」
囁き声はそれ以上はなく、シェドは只管頭を回して考える。
「ごす?」
「最初から違ったんだ、これは俺達を閉じ込める結界じゃない、いやその可能性もあるが、ただ閉じ込めてるだけじゃないはずだ!」
「んん?」
「俺達はあくまで副産物だ、何か、…何かを封じている可能性があるんだ」
「…確かにそう言う考えもできますね。
けど、……何故? 結界を壊されてしまうなら入れなくするのが普通じゃ?」
「それまでは分からない、けど物によっては条件を付ける事で強固になるんとは思わんか?」
「自傷ダメージを受ける代わりに力が増すという感じですか」
「ああ、それが良い例だ。
結界にもそういうのがあって、それがこの結界だとすると結界を破壊が不味いかもしれない」
「でも突然結界が発動した理由が分からないですよ」
「それも何かしらの条件があるんだろう。
…ああ、糞、金ならあるのに情報が無い、…そして調べる術も無いのがここまで酷いとは」
「ならまた情報屋に連絡を入れて購入するしかないですね」
「頼めるか?」
「勿論旦那の頼みならね」
ゴトウは知り合いの伝手を伝い連絡を試みるが、一つの警告をシェドにした。
「あっと、そうだ」
「なんだ?」
「止めれますか? この流れ」
ゴトウの視線の先には既に突撃を敢行する者達が居た。
慌ててシェドは白狼近衛騎士団の長の元を尋ねる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ん? シェドか。
何故ここに居る? お前は裏方が専門だろ」
「もしかしたらこれは何か封じ込める為の結界かもしれない、結界の破壊は情報が出そろうまで控えてくれ」
「戯言に耳を貸さなくても良いですよ」
警告に割って入ったのはマシュイであった。
「マシュイ、今は待ってくれ、お前の所にも何かあったのだろうが、下手にこの結界の解放は危険だ」
「なら証拠を提出すれば良いだけです、根拠のない提言はただ場を混乱するだけにすぎません。
それは貴方が一番理解しているでしょう」
証拠がないのはお互い様だが、この流れを作ったのは彼等、そして周りのプレイヤー達も間違いなく彼等に味方するだろう。
説得に必要な証拠を出さなければならないのはシェドである。
「クッ、確かにそうだが。
だが証拠も根拠もないのはそちらも同じだろ?」
「こちらはとある筋から情報を得ています」
「とある筋? 何処だ?」
「教える事は出来ませんが、我々はその情報の元に動いております。
ですから情報があるならば貴方もそれを示してください」
「…分かった」
これ以上食って掛かっても相手は退かないことを察し、シェドは離れてゴトウの元へ戻る。
ゴトウはまだ会話が終わっておらず、幽かに眉間に皺を作っていた。
「駄目か?」
無言で頷くゴトウ。
完全にお手上げの合図であった。




