そして旅に出るその4
ヴァルハラアクセス。
それは二年前、ミナモとフィーネがプレイしていたネットゲームの名前である。
ミナモにとっては非常に嫌な記憶の残るネットゲームであり、ファンタジー作品から一度身を引いた作品でもあった。
その切っ掛けを生んだのは神器と言われるアイテム、ゲーム内で一つしか製作できないアイテムだ。
寝る暇を惜しんで作り上げたが、作り上げた後に根も葉もない噂をたてられ引退する事となった。
「わりと酷いストーリーだった気がするよ」
ヴァルハラアクセスのストーリーは至って単純だ。
天使と言われるヴァルハラからの使いを討つため、そしてラグナロクという終末を阻止するために、プレイヤー達が日夜遁走する物語である。
「天使は天使以外の生命体を殺害して、魂を掻き集めてはヴァルハラで新しい天使の肉体を作り出すための素材にする。
だったっけ?」
さらにラグナロクを阻止する過程で、天使という存在が牙を剥き襲い掛かって来る。
天使は天使以外の生命体を認めず排除する事を目的として活動していて、必ずぶつかり合う存在であった。
「正解だよ。
というか傀儡の聖痕の事よく覚えてたね」
「だって聖痕イベマップの端から端まで往復させられて覚えてたし」
「そういえばそうだったね、言われて久しぶりにその時の事思い出したよ」
どんなに忘れていても嫌な記憶というものは奥底でこびり付く。
沸き上がる思い出に花を咲かせたいが、ミナモは目の前で気絶して倒れるエルフの事について話し合う事にした。
話し合うと言っても、エルフは気絶していて話などは聞けない。
「傀儡を使ってたって事はこの子、使い捨てだよね?」
「多分ね」
「なんでこのゲームにあるんだか」
傀儡の聖痕とは、その聖痕を付けられた対象の影に潜り込み、対象を意のままに操る外道である。
方法としては簡単であるが、聖痕自体の強度が低く問題となる為、その弱点を突いて無効化するのがヴァルハラアクセス内での攻略方法であった。
「はぁ、このゲームがまさかヴァルアクと関係してるだなんて……、めっちゃ憂鬱」
関係が無いと思っていたゲームが何かしらの繋がりがあると思うと、これからプレイするのは憂鬱である。
「開発会社が同じなんだろうか? 全然調べてなかった。
でも違ったような気がするんだけどなぁ」
「あるならあるって運営が言ってほしいもんだ」
「調べた」
「早い」
「ボクが調べた限りじゃ、別会社だ」
「ええ?」
WLMとヴァルハラアクセスの運営を調べるが、同じ会社ではなく、別な会社となっていた。
しかし別会社の場合、同じ魔法がある事が不可解であり、必ず何処かに繋がりはあるはずだ。
「…ヴァルアクの会社って潰れたとかない?」
「う~ん、ちょっと待ってね」
さらにお互い調べ始めるが、ヴァルハラアクセスの開発会社や運営会社を調べるが開発運営が同一で、活動を停止しているという情報しか出てこない。
「もう活動してないぽい、けど、これってどういう事?
パクリ?」
「パクリではない、と思うけど、そもそも話を聞かないし。
WLMの運営開発に吸収されたとか? 権利貰ったりもしくは使用許可を貰ったとかもある」
「スタッフが移動したとか引き抜かれたとか、開発AIとかデータ提供の可能性もあるかもしれんね」
ネットゲームの開発に専用のAIを利用し、ゲーム開発を補助や委託をしながら制作している。高品質でそこそこ面白いゲームが量産可能であるが、同時に乱立を招き、人数が分散や、名作などが埋もれて花開かない事などしばしばあった。
開発AIはただ使うだけでは高品質な作品は作れず、ノウハウやデータを必要とする。その為過去に有名ゲームの開発データを蓄積したAIと共に制作したという事を売りにしているゲームも存在していた。
「そっか、そういうのもあるか。
スタッフのクレジットとか見れば分かるかな?」
「開発AIとデータを利用した場合は載らないよ」
「う~ん、じゃあ直接運営にメールか?
ヴァルアク運営の許可取ったのかとか」
「そう、なるよね。
けど答えてくれるかどうか」
「答えてくれないなら拡散して炎上させるだけだし。
見出しは、有名タイトルまさかの無断盗用、とか」
「怖い事をさらりと……」
「このままじゃスッキリしない。
一応聞くけど、他のゲームとかの要素はないよね?」
「分からない。
似通ったのはあるけど、他のゲームでも同じだし、ここまで明確なのは知らないよ」
フィーネの知る限り他のゲームに関する情報は無く、今回の事が初めてであった。
二人は運営へのお問合せフォームに疑問を書き込み送る。明確な答えが返ってくることがあるかは不明だが、今は運営の返答だけが唯一の答えであった。
「ところでさ」
「何?」
「袋ってプレイヤーのデスペナ品?」
「ん? ああ、そうだよ」
戦闘中に拾った武器を思い出して尋ねるとフィーネが頷いて答えた。
「四時間以内に拾った貴重品じゃないアイテムすべてばらまいちゃうんだよ」
「へぇ、じゃあ取っても問題はないな」
「……まあ、問題はないけどさ、トラブルの元にはなる」
「またローカルルールかい。
知らんがな、自己責任だろ、死にたくなければ触らなければ良いだけ」
「確かにそうなんだけどね、まあ気づかれないようになら」
そんな事を言いながら袋の場所までかけて行き即座に全てを回収し始めた。
さほど量は無いが、プレイヤー達が持っていた資金の一部を回収すると、初心者では到底稼げない額にはなる。
「いやあ、がっぽがっぽ、しかし武器が無いのが難点か」
「デスペナのアイテムは武器とか防具とかそういうアイテム系は落とさないよ」
「なんだ、そういう仕様か」
「当たり前だ、もし落とすなら即PKして奪い合いが発生する。
…けど、まあ例外もある」
「例外?」
「封具だよ」
「封具?」
「耐久の無い、封印された装備、解放条件が不明で誰も本来の力を出し切った人が居ない、そんな装備だ」
「その封具だけはデスペナで落とすのか」
「封具に関しちゃ例外だよ。
あれは時間関係なしに持っているだけでデスペナルティで落としてしまう」
封具、それは単体で決して強い物ではなく、装備しても初期装備かそれ以下の性能しかない。
しかし耐久が無く、使っていても壊れないという特徴がある一方で、プレイヤーが死亡時に自動的に装備が解除されアイテム欄から排除される仕組みとなっていた。
「何処で手に入るの?」
「遺跡とかからの出土品。
他にも一度きりのユニーククエストで入手くらいかな」
入手手段が限られ、ユニーククエストというゲーム内全体で一回限りのクエストを達成しなければならない。ユニーククエストが発生したからと言っても必ず手に入るわけでもない為、相当なレアリティであった。
「貴重品って事か」
「貴重品なんてもんじゃない、喉から手が出るほど欲しい人が居るくらいだよ。
地雷武器種類でも値段は高い、大きなホームが買えるくらいにはね」
「ホームは多分プレイヤー個人の家だよね? 値段は分からんけど高い事は分かったよ」
「一先ずここから逃げようか、回収しに来られたら困る」
「んじゃ行こうか」
駆けだそうとした段階で思い出したかのように立ち止まり、倒れているエルフに視線を移した。
「あ、あのエルフ」
「どうせあれは使い捨てよ、良い様に洗脳されて利用されただけでしょ」
「確かに、傀儡のデメリット知ってるならまず影に潜り込もうとは思わないからね」
「傀儡の聖痕は単体じゃ脆いし、操ってたモンスターが死んじゃうと本人も死んじゃうし、長時間影に潜んでると同化しちゃうし、好き好んで乗る人は居ないでしょうね」
「プレイヤーならワンチャンあるか」
「扱えなくて袋叩きにあいそう」
「けど同化時どうなるか見てみたいな、誰かやってくれないかな」
「そもそもストーリーで、天使の……、天使の血肉が、……必要で」
歩む速度が落ち、ミナモは腕から抜け出て天を仰いだ。眉間にしわを寄せて不快そうな顔をしている。
「この世界に天使が居るのか。
複雑な気持ちだ、関係のない普通のゲームで良かったんだがなぁ」
二人の知る天使はとても強力な存在だ、相手にするのも面倒で存在してほしくないと思えるほど。
今度はミナモがフィーネを持ち上げ、木々をかき分け森を進んでいった。
「なんだか色々あり過ぎた」
新規のゲームでなら当たり前だが、情報量と言うのはゲームシステム以外の事で、2人には内容が衝撃的な事ばかりだ。
その証拠に今まで入れ込んでプレイしていたフィーネの自信が喪失していた。
「ボクまたあのゲームしたくない」
「奇遇だね、私もだよ」
ヴァルハラアクセスとは違う世界、しかし同じ魔法が登場し、繋がりがあるのではないかと不安になっていた。
さらに追い打ちをかける様に運営からのメールが今まさに返って来てしまった。
二人同時にメールを確認し、内容を確認すると。
「仕様やストーリーはすでに権利をいただいております。問題は一切ございません。今後ともワールドライクメイクをよろしく云々かんぬん。
……まじかよー」
似せて作られたけではない、そしてWLMの世界がヴァルハラアクセスと繋がっている事が完全に判明してしまった。
ミナモはこのゲームを続けるかどうか、迷い始めており、7割ほど辞める気持ちが強くなっていた。
「する……」
「ん? なんか言った?」
「徹底的に調べ尽くす」
「は?」
「気持ち悪い、こんな臭わせておいて、詳細が無いのは気持ち悪い。
納得いくまですべて調べ尽くす!」
フィーネは自暴自棄に近い状態になっていた。
気持ちよく続けていたゲームが、完全に別なジャンルのゲームに変ったかのような状態だ、そんな状態で楽しく遊べるはずも無く、何処まで『ヴァルハラアクセスに汚染』されているのかが気になってしまった。
ゲーム開始直後から始めた古参プレイヤーだからこそ、このゲームを捨てれず、そして気に入ってるからこそこれからもプレイしていたいという未練が強い。
「あ、そう、じゃ、がんば――」
プレイ歴の浅いミナモ執着もなく、逃げようとしたのだが逃げる事も叶わずフィーネに肩を掴まれた。
「頼む、ボクと一緒に調べてくれ!
リリーだって気持ちよくなりたいだろ!」
「語弊がある言い方止めろ。
というか別にそこまでこのゲームに入れ込んでない」
「君だって気になるはずだ」
気にならないというのは嘘になる、フィーネ同様にこのゲームがどれだけヴァルハラアクセスの内容が関与しているのかが気になっていた。
しかしプレイを続行したいという気持ちがあまりなく、踏み込めない状態であった。
「そりゃ、そうだけどさ」
「頼む! こんなの人に言えないよ、手伝ってくれ!」
「言えないってどういう?」
「信じてもらえない、他のゲームの内容と言われても絶対にそんなはずないとか否定されて、最悪アンチ扱いされる」
「んなあほな」
「信者が多いんだよ」
WLMを神聖視し、まるで自分の居場所かの様な人物が、自分の居場所を守る様に、少しでも否定的な人物を疎まい攻撃する。
自分が好きな物を汚されない様に、泥を付けない様に、そんな思いが暴走し、盲目的な存在を生み出してしまう。
このWLMとって駄目な部分はしっかりと存在する、それを話せばアンチとして排除される傾向にあった。
「頼む!」
フィーネの熱意は本物だ。
今のミナモはその熱意に毒されるほど気薄で、雰囲気にのまれてしまい、無言で頷くしかなかった。
ため息一つ吐きVRデバイスを剥ぎ取り起き上がる。
背を伸ばし、姿勢をそのままにベッドの上で軽くストレッチしてから立ち上がり再びため息を吐いた。
「あー、プレイしなければよかった。
せめて日付を変えるべきだった」
今日WLMをプレイしたことに後悔しつつ、癒里は自分のパソコンのモニター前まで移動する。
モニターに指で触れ、ストレージの中にあるゲーム内画像を漁り始め、未だに残っているヴァルハラアクセスのスクリーンショットを見つけた。
「……はぁ、ほんと、こうしてみるとどんどん記憶が蘇る。
乗りかかった以上気合を入れるしかないか」
過去に背を向けず、不快な記憶を思い出しながらも、当時の記憶とゲームのストーリーを調べ始めるのであった。