湧きあがれ、内にあるかもしれないやる気よ その3
聖都ゴルシホル、宗教国家の都市。
そのゴルシホラの大聖堂の地下で苦虫をかみつぶしたような表情で、宗主オーディンが玉座に座っていた。
純白のトガの上には黒い装飾を身にまとう、彼の姿は若々しく子供と勘違いしそうであるが、その雰囲気はどの存在よりも威厳を放っていた。
「失態の責任はどうとる?」
傅くのは表上その宗教国家を取り仕切っている偽りの法王であった。
法王カドエル六世は頭を垂れて、ゆっくりと口を開く。
「座天使の座を委任します」
「それが私に何か得になるのか?」
「必ずや作戦を続行できるように尽力致します」
「成し遂げなければ困る、私の気が変わらなうちに行け」
「ハッ」
するとカドエルが消えて行き、代わりに別な人物がやってくる。
「やあ、随分ご立腹だね」
「…ガブリエルか、大天使が何の様だ?」
「ご挨拶だね」
ガブリエル、中世的な顔立ちの羽の生えた天使が肩をすくめる。
その様子は宗主のオーティンを下に見ている様であった。
「面白い物が開発できたんだ、使ってみたいだろ?」
「面白いもの?」
オーディンは苛立たし気に睨みつける。
計画が頓挫するかの矢先に、楽しそうにするガブリエルがとても気に食わなかった。
「困っているのだろ? 計画が破綻になりそうで。
それをどうにかする道具さ」
「申せ」
「これだよ」
取り出したのはグロテスクな肉塊だ。
オーディンは苛立ちを募らせて睨みつけるが、飄々としているガブリエルが笑った。
「ハハッ、そう怒るなよ、第一君はこの肉塊が何か分からないだろ?」
次の瞬間オーディンの腕が伸び、体積から乖離した太い腕がガブリエルを奥の壁に叩きつけられる。
しかしガブリエルはまだ笑みを浮かべたまま、肉塊の説明をし始めた。
「この肉塊はね、煩わしい眷属の制限を取り払う画期的な発明品なんだ。
余計に眷属を増やして意識が共有できなくなったり、命令が届かなくなるなんてなったら面倒だろ?」
それを聞きオーディンは腕を戻す。
ガブリエルは涼しい顔をしたままついた埃を払い、再びオーディンの元へ向かった。
「使い方は?」
「使い方? それは新たな天使を作るのと一緒だよ。
ボク達が使いたいなら取り付けるだけでいい」
「ふん、カドエルに与えてやれ」
「カドエル? ああ、さっきのか、仕方ないなぁ」
ガブリエルは渋々と去っていく。
静かになった玉座でオーディンが溜息をつき、計画を破綻に追い込んだ存在を憎々しく思いながら目を閉じた。
「おい」
そして小さく呟く。
「何でしょうか?」
まるで最初から居た様に、柱の陰から一人の執事姿の男性が現れる。
「気色の悪い奴らを動かせ、あの国に関係しているのだろ?」
「かしこまりました」
その男が消えて行った。
そしてその大聖堂の上では、オーディンが口にした気色の悪い者達が会議をしている。
「ロードシャスティナ、忌々しき事態です」
「分かっている」
Lo10のシャスティナは苛立たし気にため息をつき、必死に頭を巡らすが解決策など思い浮かばない。
「あのミナモという存在の仕業でしょうか?」
「分からない、だが、私が知る限りその力があるのはその者だろう。
目撃証言は無いのか?」
「いいえ、何処にも」
そのとき一人のシスターフェルトが頭を垂れた。
「申し訳ございません、捜索はしているのですが、見つかる事はありませんでした」
「広い世界で特定の誰かを見つけるのは難しい」
平然を装っているものの、今回の事はあまりにも大事であり煮え湯を飲まされた様であった。だからこそ無性に人に当たりたくなった。
何故なら従う主、法王にも危害があり、現在治療に専念されているというのだ、失態を放っておくことは出来ない。
不甲斐なさは自分にもあるが、他の者にもまた向けていたが、それを表に出す事はない。
そんな時、会議室の扉を開ける執事の姿があった。
「皆さんお揃いですね」
「ペルンズ様」
執事ペルンズは周りを見渡し、シャスティナへ命令を下した。
「法王からの直属の命令です、王都メルテトブルクで治安維持に務めなさい、メルシュ王国は次の王、マグナ王を主軸として活動する事になります。
何としても連携しマグナ王をお守りしなさい。
これは法王からの任命状です、それを見せて行動の制限を解除しなさい」
「ハッ、必ずや」
「そして我が国の法具の使用を許可します、肌身離さず使うのです」
「ありがたき光栄、必ずや命令を遂行させていただきます」
ペルンズの後ろから法具を持った僧侶たちが現れ、その場に居る者達全員に手渡した。
全員恐縮な様子で、去って行った後に嬉しくて表情が思わず笑みが浮かぶ。
「浮かれるな、気を引き締めろ、それが手元にあるのだ、失敗は許されないぞ」
そのシャスティナの一言で全員の気が引き締まった。
☆☆☆
暗闇の中で囁く声が聞こえる。
近くでは小さく水音が流れ、滴る水音に声がどんどんかき消されていく。
「それで、『アレ』に見つからなかったんだな?」
「当たり前だ、気配を殺しているんだぞ、そこで見つかったなら俺達は終わりだ」
「はぁ、近くで冥王殺しが居たとね、計画が破綻したのかと思ったわ」
「ケッ、俺達は誰かしらねぇ奴らの計画に便乗しているだけだ、破綻も何もないだろ」
「ククッ、違いねぇ、まあ、こんな地脈を見つけたら利用しない手はないからな」
「その為に下準備してるんだ、貴方達、絶対に見つかるんじゃないよ。
まあ、こういうゴミが紛れ込むから、あまり留まるのも困るけどさ」
ある女性の下には白い翼を生やした人型、天使が転がっていた。
体が消滅しかけていて、消えるのも時間の問題だ。
「けど結局情報を一切吐かなかったね」
「人工物だからだろ」
「ちゃんとこいつ等の感覚遮断はしてるんだろうな?」
「もちろんよ、ここに来る前から既に術中」
「何か言ってなかったのか?」
「熾天使の私が、とか言ってた気がするけど、直ぐにボロボロになっちゃったからねぇ」
「熾天使? 人工物の階級だとすると、熾天使は第一位か。
たいした奴らじゃなさそうだが、……どの道近くに来られるのは気分が良い物ではない」
「じゃあ探し出して殺るか?」
「止めろ、死神に見つかる」
「チッ、しばらく退屈だな」
「その後で好きなだけ暴れ回りな、今は一泡吹かせる事が大事だよ」
「その為に大量の血肉が必要だがな」
「早く同族同士で醜い戦いでもして欲しいものだよ」
彼等は戦争になるのを待つ、それは自分達の為に、住みやすい世界の為に。
勢力は入り乱れる、プレイヤーもその一つの流れにしか過ぎない。
☆☆☆
ミッドレアはヴァルハラアクセスのwikiを眺める。
そこには壮絶なストーリーや設定が書かれており、天使という存在が人工生命体で人々に襲い掛かり、プレイヤーがそれとは別にラグナロクを止める為に戦っていると言う事を知った。
(ラグナロク、もしも、存在しているならば、この世界に起きたりしてもおかしくはないか。
最悪俺達が食い止めないといけないのか)
発動条件も不明、本当にあるかも不明、どんなことが起こるかも不明、今の所たらればの状況だ。
(いや、そもそもラグナロクが起きた後が今じゃないのか?
ダメだ、この世界とつながってるみたいだが、意味が分からん。
誰かと接触出来れば良いが、……多分誰も会いたがらないだろうな)
過去の出来事が、互いの接触を阻んでいた。
詳しい状況を知れないのが歯がゆいが、今は攻略サイトの情報を熟読するしかなかった。
(竜? ドラゴンか。
関係してるみたいだが、この世界でドラゴンって希少だし、なんなら太刀打ちできずに負けてるしな)
ドラゴンが何の関係しているのか、それを調べると天使への特攻と言う事を目にする。
(対天使、だが、ドラゴンなんて手にできるのはテイマーくらいなものか。
テイマー、目星は一つあるが、どうも最近動きが無い)
思い当たるテイマーとはメイアの事だ。
彼女は最近人目に付かない場所で行動しているのか、活動目撃が無かった。
(流石に引退とは聞いてないし、何処かで何かはしているのだろうが。
…人に頼らずに自分で頑張るか?)
自分がテイマーをやれるかどうか、想像しても良い未来が見えない。
「失礼します」
大きくため息をついていると、エルニカが部屋にやってくる。
「どうした?」
「街の様子の報告と、…あのサイトの事」
街という話を聞き二人の顔はさらに暗くなる。
聞きたくないが、ミッドレアは渋々と尋ねた。
「…で、街は」
「変わらず、…毒物でも空気に含まれているのかしら?」
「ないだろ、解毒の魔法ですらNPCの様子が変わらないんだ」
巷では具合の悪いNPCが多くなっている。
戦争がはじまりそうという事で、敵国の毒による攻撃を疑ったが、解毒の魔法などで効果が表れず、手の打ちようがない。
ミッドレアは話を変える。
「街はもういい」
「もういいって…」
「お手上げな物はお手上げさ」
エルニカもこれ以上手を打てないと分かっており、申し訳なさそうにしながら話題を変えた。
「……あのサイトの情報だけど、これからどうするの?」
「それに困ってるから、今現実逃避しながら熟読してるんだよ」
「…公表しなくても良いんじゃないかしら?」
「俺もその方向で考えている、公表したところで手の打ちようがないのは変わりがないからな」
噂が広まればそれでいいが、自分達から明かす事はしない。
知っている者が噂を流し、後はプレイヤーが勝手にさらに広めて知れ渡る事だろう。
「それで、ドラゴンが云々って書いてるんだが、目撃証言は無いか?」
「その記述は見たわ。
けど残念ながら、それとは別に情報があるのだけれどいいかしら?」
「なんだ?」
「ミナモちゃん、…さん、から勧められた情報屋の話」
「ああ、そっちだな。
どうなったんだ?」
「私は良いけどLo10は駄目だって。
多分ミッドレア、貴方も大丈夫なはず」
「当人たちは駄目なのか」
「そうみたい。
理由は分からないけど、私達だけでも接触できるのは大きいわ。
早速会ってみようと思うの、…他国の資金に変換してから」
「…そうか、だがレート、下がってるだろうな」
「ええ、…ハッキリ言って全財産投げうって他国で一軒家程度って所まで落ちぶれるでしょうね」
メルシュ王国の資産はあくまでこの国限定だ。
物から金に変換すればもっと増やせるが、それをしている余裕はない。
「姉さんも荒ててアバター削除試して出来なかったって言うし、その件も聞きに行かなきゃいけないし…」
「混迷を極め過ぎだろ」
「健全な情報屋が無いのも痛いわね…」
情報屋は基本的にアウトロー扱いであった。
合法非合法関わらず情報を集め、それを売る生業をしていた。
情報を売るだけで公表はせず、手の内に表には出回らない情報を幾つも秘めている。
それ故に表で真面目にプレイする者からは疎まれていた。
「はぁ、…俺達は本当にただの道化、思い上がりの塊だ。
世界のせの字も知らんとは」
ミッドレアは顔を伏せる。
自他ともに認める『前線』での活動者だった、しかしそれが茶番だったと思うと精神的なダメージは大きい。
「気持ちは分かるわ。
けど私は何となく覚悟してた」
「塞ぎ込んでる場合じゃないか。
今この場を離れるのは得策じゃない気がするが、情報屋との接触が最優先」
「…今回の山を解決できたとして、それで終わりなのかしら?」
「終わらんだろ、根本的に見ている物が違い過ぎる。
あのミナモっていう存在も、あれは別なゲームの存在が紛れてる様にしか見えなかった」
同じプレイヤーであっても、話がずれており、そのずれで異星人を相手にしている様な感覚すら覚える。
「…本当にただのピエロだな、アンダーグラウンドじゃさぞ俺達を笑いものにできていただろう」
「アンダーグラウンドねぇ」
そこでふとエルニカはある存在の事を思い出した。
「そう言えばちょっと前にオルバが銃を使ってたわね」
「オールワンか」
オールワンというのは異名だ。
彼の戦闘力はこのゲーム一と言われるほどで、何をしても上に君臨する為オールワンと言われていた。
「アイツは確か銃を使ってたな、今更思い出した」
「銃自体は存在してても、壊れるものね」
「…あのデカい銃も壊れてたというよりは、熱が放出してただけか」
「どの道、私達では到底知り得ない力。
追いつく事すら出来るのか…」
「結局その考えに落ち着くか。
…そこで提案なんだが」
「はい?」
「テイマーにならんか?」
「テイマー? 何故?」
「録音してて何度か聞いてて、…アウトセンスによる限界の突破とレベルアップの関係性。
これを聞いてたじゃないか」
「そ、そうだっけ?」
他に情報が多すぎてその話は抜け落ちていた。
言われてみれば思い出せるが、他の情報がかなり大きい。
「アウトセンス、それが従魔に適応されるのか、それが気になる。
正直今すぐどうこうできるわけでもない、俺にできるのかも分からない、それなら従魔を鍛えて人を越えた存在にするしかない。
それに件のドラゴン、そっちも必要な気がしてならん」
「確かに、人間以外、AIなら肉体に掛かる負担はその限りじゃないですものね。
けど私は専門外、出来るかどうか…」
「そこでLo10のメイアを使おうと思ったんだが、肝心の奴は居ない。
そこから新たに独立してクランを立ち上げ、検証すると言う事も考えたんだがなぁ…」
「…そう言えばミナモちゃんもテイマーしてたっけ。
何故か魚引き連れてたけど」
「魚ぁ?」
何か理由があるのか、考えるが答えは出なかった。




