そして旅に出るその3
「む?」
急に遠くでけたたましい鳥の無きが声が聞こえてくる。今まで静かなだった森だけに、その不自然な鳥の鳴き声は一層強調されていた。
「……なんか、居るな。面白そうな臭いがするよ」
ミナモは口の端を吊り上げ、音のしたほうへと足を向ける。
奥へと向かっていくのを見て、フィーネも同じく後ろをついて行った。
「ねえ、なんで分かったの?」
「なにが?」
「あっちに何かあるって」
「そりゃ鳥の鳴き声が五月蠅ければ当たり前でしょ。
まあ、このゲームもアウトセンスが働くみたいだからね」
「アウトセンス……、心眼か」
心眼とはゲーム内で目を閉じていても周囲の状況などが把握可能な状態である。
システム的な欠陥と言うべきなのか、目を閉じていても『見ている』と『思えば』周囲の状況が見えるのだ。それは目で見える範囲ではなく、まるで見下ろしているかのように、そして第三者の様に見る事が出来る。周囲の状況が把握できるレーダーの様な物でもあった。
「というかどういう原理? まるで意味が分からない」
「撮影モードを操作する感じ。
撮影の時第三者視点で操作して角度とか変えられるでしょ? あれ」
「あれって言われても困る…」
原理は視界や空間のハッキングに近い。
目を閉じていても、目を開けているとシステムに認識させる事で、目を閉じていても見える様になる。
普通ならありえないが、人間の脳や思考を読み取るシステムの誤作動がアウトセンスの本質である。
「何処まで見えるの?」
「スペコンとロボゲーで鍛えたから、このゲームでは軽く1キロ以上は、…多分いけるかな」
「さらりと言うね…、アウトセンスってそこまでなのかい」
アウトセンス、アバターの性能を引き出す上で必要な技法である。
ゲーム内部での肉体、アバターは現実の肉体と比べ物にならないほどのスペックを秘めた超人である。しかしその限界はゲームの設定か『現実の脳』で抑制され最大出力を出せていない。
その理由は現実の肉体に慣れているからだ、だから無意識に脳が現実と同じと錯覚し限界を決めて最大限の力を発揮できない。
アウトセンスに至るには練習などして、徐々に脳のリミッターを外していくしかない。窮地に陥った時火事場の馬鹿力を発揮する時もあるが、慣れないとなかなか思う様には動けない。
心眼はそのアウトセンスの副産物であり、便利な裏技であった。
「シャル、じゃなくてフィーネも使えたよね」
「君ほどじゃないよ、……少し動きが良くなって、周囲のほんの少し把握できるだけ」
「軟弱者め」
「君が異常なんだよ、第一アウトセンス自体が世間一般じゃ都市伝説だよ都市伝説。
廃人の一部が存在知ってるだけでしょ」
「そりゃ訓練しないとできないからね。
おまけにリアルにまで影響が出るし、ゲームで逝かれた体感覚を取り戻す事も必要だし、簡単に広まっても困るよ」
ゲームの肉体に慣れたせいで、現実の肉体が重く気怠く感じるという状態になる可能性があった、だから癒里は常に日頃から運動を行い肉体の感覚を忘れないようにしている。
最悪ゲームの感覚のまま身体を動かし、肉体に強い負荷がかかるかもしれない。
アウトセンスは危険な技でもある。
「で、何があるの?」
「ん? なんか大きな猪が、多分プレイヤー4人くらいと戦ってるよ」
「大きい猪? ここにそんなモンスターは……、ジプシーモンスターか!」
フィーネは急に大声を上げ、走る速度がぐんぐんと増していく。
ステータスや体格的な差がありどうしても二人の差が開いていく。しかしミナモは現在の肉体がどれだけ稼働するのか試してみたくなり、深呼吸一回後におもいきり地面を強く蹴った。
(ふむ、思いのほか動くな)
ミナモもぐんぐん加速していき、同速からさらに加速していく。
腐葉土と木の根などで足場の悪い状況だが、まるで舗装されてる場所の様に走っていた。
ミナモはフィーネを抜き、さらに引き離そうとしたのだが、目の前に飛び込んでくる影に邪魔され速度を少し落とした。
「邪魔だっての」
即座に武器を構え、勢いを殺さずに戦斧を一薙ぎして吹き飛ばす。
現れたのは狼型のモンスターで、勢いと共に吹き飛ばされ樹木に激突する、衝撃と斧による一撃で撃破となった。
モンスターが撃破されると粒子となり天へと霧散していき、後に残ったのは戦利品である獣の毛皮のみであった。
「ここのモンスターを一撃って、やっぱりアウトセンスっておかしい」
「雑魚敵だろ」
「一応ここって敵が固い、動きが早い、経験値が不味いの不人気狩場なんだよね、だからここに人が全然居ない」
少しでも倒し易い身になる相手をしたほうが良い、そんな効率的な理由で不人気な狩場であった。
「お、レベルが2上がってる、意外と入るじゃん」
「一応1.5ランクくらい上の狩場なんだ、普通なら次の次くらいにくる場所、これで全然経験値が無いなら価値は無いよ」
「今度はネズミみたいなのだ」
「あ、そいつは」
フィーネが解説する前に、ミナモは斧を振り上げて攻撃する、しかし攻撃は当たったが撃破には至らず、宙で態勢を整えミナモへ鋭い視線を向ける。
しかしネズミ型モンスターがミナモを捕らえることはできない。
何故ならば切り上げたと同時に地を蹴り飛び上がり、頭上にあった太い木の根バネにし、ネズミ型モンスターの頭上から斧を振りかざしていたのだから。
「――当たり難くて、素早いし、軽いから……」
解説が終わる前に撃破し、ドロップアイテムのネズミの尻尾を無視して駆け出していた。
「体重軽いのは見てわかってたからね。
ああいう軽い敵は致命傷にもならんの知ってる」
体が軽いほど衝撃で吹き飛びやすく、致命傷にはならない。
振り下ろす攻撃が一番だが、走ってる最中はどうしても振り下ろす攻撃が難しく、振り上げ吹き飛ばし、頭上から叩き切るしかなかった。
フィーネは異常なアクロバティックな動きに呆れるばかりだ。
「で、ぼそって聞こえたジプシーモンスターって徘徊する強いモンスターって事で正解?」
「…正解、ユニークモンスターだったり通常の強個体だったりと、テイマーやドロップ狙いの人にはとても人気だよ」
「テイマーかぁ、テイムできるのか」
テイマーとは、モンスターを手懐け仲間にするジョブである。
仲間にしたモンスターを旅に連れて行き一緒に行動するもでき、旅の良きパートナーにもなるだろう。
「進化したり、モンスター専用スキルもあったり、陸空海の移動用にもありと、かなり人気のジョブだよ。
最初は不遇だったのにな」
テイマーは最初はモンスターが弱いという事で、その価値はとても低かった。
しかし時が経つにつれて攻撃行動を学習していき、無類の強さを発揮し、さらに進化と言う無限の可能性を披露した。
真価が発覚するとその人気は、なくてはならないほど爆発的な物となった。
「じゃあ何で精霊使いが不人気なんだか、もっと研究されれば良いのに」
対して不人気トップの精霊使いは最初こそ評価高かった。
「各属性の魔法攻撃が一つに纏まってて、精霊を憑依させて自己バフを付けれる、
こんなのが弱いわけがない、……と思ってたんだけどね」
「弱体化でも食らった、ってよりは周りの強化スピードについて行けなくなったのか」
「そう。
精霊との契約も大変だし」
「契約? なにそれ?」
「え?」
「え?」
走る速度が遅くなり、互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「君、ちゃんとジョブは精霊使いにしたよね? チュートリアルで契約した?」
「チュートリアルは飛ばした」
ミナモはチュートリアルをすることなくゲームの世界に飛び込んだ、本来ならば操作などを覚える為に行うのだが、ネットゲーム馴れしているミナモは不要と思い参加する事はしなかった。
「……ボクは詳しい事知らないから、自分で調べるか、スキルの詳細でも見て確かめて」
「そうする」
「ちなみに」
「ん?」
「契約しないと精霊魔法が使えないよ」
「私何も使えないじゃん。
ま、いいか」
フィーネは内心良くないと言いたかったのだが、異常なスペックのミナモならば無くても良いのではないか、そう思わずにはいられなかった。
そんなやり取りをしていると、木々の数が減り視界が開けていく。
茂みから飛び出すと、目の前には5mは超える大きな巨体の猪暴れている。
相手にしているのは1人のみ。他は既に力尽き消えていったようだ。
大きな盾を構えたプレイヤーを自慢の口端から伸びたつの様な牙で串刺しにする。HPが底をつきプレイヤーがモンスター同様に光の粒子となると蒸発する様に消えていった。
「居た」
「ふん、あまちゃんが、イクゾー」
「何様だよ、まあ、いい、壊滅してもらって助かった、許可が無いなら横殴りになるからな」
横殴りとは、モンスターと戦っている最中に、他者が割り込んで戦う行為である。
「横殴り? それ公式ルール?」
「ローカルルール、けどかなり浸透してるし、許可なしで戦うのは流石に問題ある」
公式が定めたルールではない為ルールを破ったところで罰則はない。
しかしプレイヤー間のトラブルは当人同士たちが解決しなくてはならず、争いを避けるために自然と横殴りのルールが生まれていった。
特にローカルルールがさも公式の様に広がってしまってる以上、破れば破るだけ厄介事は避けられない。
「他のゲームでもそんな雰囲気あったし、別に破るつもりはないけど」
ミナモは斧を構え真っ先に飛び出した。
猪が即座にミナモを視界に捕らえ突っ込んでくるが、ミナモは軽々と横に避ける。猪は即座に顔をミナモの方に向けて牙による攻撃を試みるが、空中で器用に体を曲げ攻撃が当たる事は無かった。
勢いで過ぎ去ろうとする猪に、空中であるにもかかわらず、回避した時の勢いのまま体を回転させて斧の一撃を叩き込む、のだが。
「硬ったッ! 刃こぼれしたぞ!」
まるで分厚い鋼鉄の壁でも殴ったかのような強度で、猪に傷一つ与える事は出来なかった。
「当たり前だろ! 武器にだって耐久はあるんだ! しかも初期装備で低レベル、攻撃なんて効くわけないだろ!
それに一撃で刃こぼれって君が異常だよ!」
いくら動きが尋常じゃないと言ってもミナモは低レベルの初期装備プレイヤーだ、格上の相手に太刀打ちできるはずがない。
(ぬ? 何か来る)
通り過ぎ様にミナモは猪から違和感を感じる。
その違和感はアウトセンスが掴んだものでゲームシステムのサポートではない、そしてその違和感はゲーム共通で悪い予感の前触れでもある。
(魔法か)
ミナモの予感は当たっていた、突然牙付近からバチバチと雷を纏い帯電し始める。
「まほ―――」
フィーネが魔法と分かり叫ぶが、次の瞬間帯電した電撃は放たれ、四方に散っていく。
(遅い遅い)
雷撃は刹那の速さ、しかしアウトセンスによる恩恵でまるでスロー映像の様な状態として映っていた。
自分の体もまた感覚的に遅く感じてしまうが、回避自体は間に合う。
(あー、これ次避けられんな)
しかし乱れる雷撃は一度だけではなく、回避した先にもまた飛んできていた。
体が動くならば回避は可能だが、精一杯の状態でこれ以上の回避行動は難しい。
(避雷針になってもらうか)
ミナモは即座に右手に持っていた斧を目の前に投げつけると、雷はそちらに少し折れ曲がり、ミナモ自身への一撃を免れた。
(よけ易い方に避けてしまった、もう少し先を見て避けないと駄目だな)
自己反省しつつ、雨の様に降り注ぐ雷撃を回避していき難を逃れる。
砂煙が舞い見辛いが、アウトセンスを使えるミナモには関係ない。むしろ自分よりもフィーネの心配をするが、フィーネはすんでの所で盾で防ぎ難を逃れていた。
「はぁ、一撃が1ダメとしてどれだけ叩き込めばいいんだか」
「……君、化け物にでもなったの?」
フィーネは人外魔境な動きをするミナモを畏怖し始めた。
しかしミナモからすれば朝飯前であり、誇れる事では一切無い。
「おいおい、この程度の動きなんて超人ゲーじゃ普通」
「なんだよそれ、それがどうしたっていうの!」
フィーネの方へ襲い掛かる猪。
盾で受けながらもミナモと会話を続ける。
「超スーパーZ級の超人格闘ゲーム」
「だから、なんなの!」
「…クソゲーの様な、神ゲーの様な」
超スーパーZ級の超人ゲーとは対人ゲームである。アバターのスペックが尋常じゃなく高く、本気を出して操れる者は少なく、それ故に最終的に60人を切る人数しか残らない過疎ゲームであった。
ミナモの動きはアウトセンスを使う中では普通よりも強い方だ。あくまで強い方でミナモ視点から見た時異次元の強さの人間は多い。
当時よりもアウトセンスを磨き強くなったつもりでいるが、当時の動画を見て自分はまだまだ未熟だと思い知らされることもしばしばである。
因みにランキングがあり15位が最高到達順位だ。
「どっちなの! うわ、また攻撃…!」
「プレイする人にもよる。
けどダメージの1くらいは食らってるだろから、何発入れれば良い事やら」
「ダメージは0にできる、それに自動回復が有ったりするんだよ」
ゲームの仕様を知り、ミナモの眉間に皺が寄る。
つまり現時点でミナモが猪を撃破する事は不可能に近い。
「はぁ、…あほらしぃ、ワンチャンがないのかぁ。
ポーションで飲んで落ち着こ」
「コーヒーみたいに飲むんじゃないよ!
君は何でポーション飲んでるの、回避しきったんでしょ?」
「……このゲームアウトセンスのデメリット仕様があるみたい」
相手を警戒しながらミナモはゲーム内のシステムログを確認していた。
「これ肉体が限界以上の動きした時に出るダメージみたい、ログに肉体負荷限界ダメージって出てる」
運営はアウトセンスの事を理解してか、肉体に高負荷がかかった時にダメージを受ける仕様を取り入れていた。
最初に気が付かなかったのだが、視界の四隅に表示される体力数値が赤く点滅していることに気が付き、ログを確認して初めて気が付いたのだ。
「…アーツにある攻撃力を上げる代わりにダメージを受けるってのに似てるね」
「へぇ、そんなのあるんだ。
で、どうしよう、武器もさっきの雷撃で融解してるし、囮くらいにしかならんのだが」
ミナモの視線の先には先ほどの攻撃で溶けた戦斧が転がっている。
その光景を見てフィーナは自分の盾に視線を向けると、防いだ部分がボロボロに焦げて、耐久が予想以上に低下していることに気が付く。
「……想定以上に強い。
ボクは前衛の盾だぞ、火力出せない」
「武器無いの? 武器、数値高い奴、頂戴、くれくれ、くれくれ厨だぞ」
「五月蠅いよ」
対抗するための武器は必要だが、フィーネはミナモに譲れる武器を一切持っていない。そもそも友人と会うために最低限の物しか持ってきていなかった。
「敵強いし長く耐えられない、これ予想以上に危ないよ…」
「なんかないのか」
周囲に武器になりそうな物を探すが、麻で作られた袋の様な物しかなかった。
「あの袋何?」
「袋? ッ!? また来た!」
答える前にUターンしてきた猪がフィーネに襲い掛かる。
フィーネはアーツを使い突進に備えて攻撃を防ぐ。対格差があるのだが、物ともせず受け止めその堅牢さを知らしめていた。
「一気に削れた!」
しかし防ぎ切ったわけではなく、使用しないMP、魔法などを使うときに必要なポイントを体力と肩代わりして受けきっただけである。
残された時間は少ないと察し、ミナモは起死回生をかけて周囲に落ちている麻の袋へと急いだ。
(これはあのパーティーが落としていった物、遺品か、こういうシステムがあるんだな)
遺品、つまり最初に猪と戦っていた者達の私物である。
デスペナルティーとして、四時間以内に入手したアイテムが死亡時に放出され、麻の袋となり地面に転がる様になっていた。
落とすアイテムの中には装備などの貴重品などはなく、採取やドロップした物が主に入っていて、一部所持金も含まれる。
(ぱっと見何かの素材だけだ、いらん、別なやつ)
一袋目に希望が持てず次々と袋を漁っていくが、武器は一切無い。
「駄目だ、無い」
「もういいから、これ使って良いから何とかして!」
そう言うと槍を投げ、ミナモはそれをキャッチすると駆けだした。
(軽い、不安な軽さだ、遠心力とかも必要なのに、大丈夫なのかこれ……)
初期に持っている戦斧よりも軽く、すぐに折れそうで不安を感じていた。
しかし職人の匠の技とデザインの逸品とも言える品である。
これはフィーネが自分用に作って貰った武器である、誰にも触らせたくないほどの高級品であった。
「デスペナで失う物ないけど、…ないけどこんなところでやられるのは嫌!!」
「なら少し耐えろ」
攻撃を受け流し、アイテムや魔法で回復しながら泣き言を言うフィーネの脇をすり抜け、正面から迫っていく。
猪は突き上げようとするが、それを利用し牙に飛び乗り、しゃくり上げると同時にその力を利用し、縦に身体を回転し遠心力をつけて猪の背中へと攻撃を叩き込む。
「お」
手に伝わる衝撃がビリビリと体を突き抜ける、弾かれるとばかり思っていたが槍は背中に突き刺さっていた。
燃えるような痛みが猪の中を駆け巡り、けたたましい雄たけびをあげ体をよろめかせ暴れ始めた。
「うわっ」
暴れる猪に振り落とされないよう必死に槍にしがみつき落ち着くのを待つ。
「大丈夫!?」
「魔法が来るかも、まあ来ても問題はないけど」
慣れたもので、暴れている最中でも平然とフィーネの呼びかけに答える。
(踏ん張れないし、槍も抜けない、雷撃が来ると危ないけど、避雷針代わりになるし自滅は避けられんだろ。
…どうするかな)
背中に突き刺さった槍、そこに雷撃が放たれれば内部に伝わりタダでは済まない。
知ってか知らずが雷撃は飛んでこない為、次の手が撃てずに周囲を確認するしか選択が無かった。
(ん? なんだこれ?)
そんな時、背中の一部に毛に隠れた場所にちらりと赤い何かが見えた。
赤い何かは血液ではなく、毛の隙間から皮に何かを描かれた様に見える。
(血管? いや、違う、人口のものか)
集中して眺めると、毛で隠されているが、何かしらの紋様が描かれているのが分かった。
さらに全体像を確認すると、その紋様に記憶の中で琴線が触れ、不思議と懐かしさを覚えた。
(あれ? これって、なんだったっけ? どっかで見たことある様な……)
記憶の奥底、そこに紋様の記憶が眠り刺激してくる。
(どのゲームだったか?
ファクター、は、違う。アーティベル…周りに円があった気がする。ファンタジスタ、は単純なのだけ。サプクエ、…これ魔法陣ぽいのがあっただけだよな。モント…)
ネットゲームの名前を思い浮かべつつ、その時遊んだ事を思い浮かべて記憶を蘇らせる。懐かしさと当時の思い出が思い起こし記憶の小道にそれそうになるが、違うと判断したらすぐに次に遊んだゲームの名前を思い出し、記憶を掘り返していく。
そしてあるネットゲームの名前が浮かんだ。
(嗚呼、そうだった)
完全に記憶が蘇る。
それと同時に暴れていた猪が、これ以上暴れていても無理だと悟ったのか、戦闘を辞めて目の前の森目掛けて走り始めた。
「思い出したよ」
その声はひどく冷静で落ち着いていた。
猪の背中に両足が着地し、力む事が出来る状態になる。片手で槍の柄を掴み、そして『傀儡の聖痕』目掛けて飛び出した。
『ガアァァァァアアアアァァッッ!!!!』
槍を体から抜いた瞬間猪が吠える、だがその咆哮は長くは続かず、聖痕目掛けて振り下ろされた槍により途切れる事となった。
「リリー!」
リリー、その名前は現実でのシャルロッテが癒里を呼ぶ時の名前であった。
制御を失い勢いよく森の中へと突っ込む猪から飛び降り、受け身を取って猪の方へと走り出した。
木々がクッションとなり勢いよく転がる猪を受け止め、少し転がったところで猪が横たわる。
「リリー、やったじゃないか」
「ゲーム内はゲームの名前じゃなかったの?」
「ミナモ」
「うん」
「もう少し嬉しそうにすればいいのに、どうしたんだい?」
「……傀儡の聖痕があった」
ミナモの表情は難しい顔をしていて、達成感など無く、むしろ新たな問題に直面したと言わんばかりだ。
「え? なんだって?」
言っていることが理解できず首を傾げるが、もう一度同じ言葉をぶつけられると、フィーネの中にもある過去の記憶が呼び覚まされていく。
名前を言うまでは忘れていた、しかし完全に記憶から抹消されたわけではない、嫌でも記憶がこびりついていた思い出だ。
「嘘でしょ?」
「本当だよ、……ほら、出てくる」
ミナモは倒れている猪の腹部付近にある影を指さした。
そこにあるのは陰から這い出る人型であった。
「嘘……」
這い出た影が色を帯び、どんどん輪郭がはっきりしていくのを見て目を疑った。
そこに居たのはエルフだ、金髪のまだあどけなさ残る女性のエルフ。長く少し汚く見える焦げ茶色のローブを纏い、額に手を当て目をつむっていた。
そのエルフを見るなりミナモは近づき、槍の刃を首元に近づける。
「やあ、こんにちは」
出来る限り気さくな声色で挨拶すると、エルフは眉をしかめ目を吊り上げミナモを睨みつける。
「お嬢さん、挨拶をしたまえ」
しかし無言のまま睨みつけるばかりで声を上げようとはしなかった。
首元に刃を当て気さくに話しかける、常識を問われるのは間違いなくミナモの方ではあるが、現状の力関係から間違いなくミナモがこの場の支配者であった。
「ほい」
「あっ、ちょっ!?」
ミナモは返答を返さないエルフの太ももに、刃を食い込ませて傷をつける。
一瞬やられた事が理解できなかったエルフは目を見開き驚いたが、痛みに悲鳴を上げて転げまわる、が、ミナモに蹴り飛ばされて木の根に転がると、再び首元に槍を突きつけた。
「リリーNPCは死んだら終わりだ、リスポーンしないんだぞ」
NPC、ノンプレイヤーキャラクター、つまりゲーム内部の存在だ。
一般的にゲームを盛り上げるガヤ的な存在ではあるが、このゲームに至ってはかなり特殊な存在であった。
NPCは高性能なAIにより、まるで生きているかのように知能を持ち行動する、いわばゲーム世界の本当の住人であった。
故に一度きりの命、死んだ場合はゲームだからと復活する事は無い。
プレイヤー達は一度きりだからこそ、NPCの殺害を畏怖し、犯罪者であっても極力は殺害せずに捕らえる方針を取っていた。
「さて、それで君に聞きたい事があるんだ。
次は片手を飛ばす、直に答えるといい」
ミナモはフィーネの話を聞かずに脅し続ける。フィーネもミナモの事を知っているから何も言わず、そしてエルフの動向を見守った。何故ならフィーネ自身も事の真相を知りたいのだ。
しかしエルフの次の言葉で理解してしまった。
「この命、どうか清きヴァルハラへと召されますようにッ、どうかこの穢れ切ったこの世を清浄な世界へと浄化されますよう、どうかヴァルハラの威光で全てをお救い下さいッ!」
彼女なりの辞世の言葉が零れる、それは二人には十分なほどお釣りくる情報であった。




