ただ羨ましく その2
近くに誰かが居ると暇つぶしには丁度いい。
とは言え、トゥーフォの方はなかなか生意気で打ち解けたいという様子はなく、ただ強さだけを追い求めていた。
「もっと早く強くなれないの?」
「だから強さに近道なんてないよ。
才能が無いなら、地道にやってくしかないんだから」
慣れてきたのかオート戦闘をしながら話しかけるが、戦闘について考えている様には見えない。
「ちゃんと相手の動きとか観察してる?」
「見てる」
「じゃあ、オート戦闘切って、同じ敵と戦ってみてよ」
「やってやるよ」
現在戦っているモンスターを倒し、同じモンスターを探して挑む。
「……ふーむ、まあ、そうだよな」
いざ戦闘になると、トゥーフォは上手く戦うことが出来ずにやられていた。
ただそのやられ方も手足が出ずやられてるわけではなく、頭を働かせているからこそ、考え過ぎて行動出来ないといった様子であった。
「こ、ここで、あれを、え? ち、違うの!?」
相手がとる行動を間違え、直撃し倒れる。
焦りながら振り払い、距離を詰めておもいきり斧を振り回して攻撃を当てる。
最初の時より動きが良いが、やはり少しマシになった程度である。
「攻撃食らってても良いからオートしなさいな」
「オ、オート…オート」
メニューを開き慌てて設定しオート攻撃を始めた。
トゥーフォは不機嫌な様子であるが、黙って今の状態を受け入れているようであった。
「最初の時よりは良いぞ」
「…嘘はいらない」
「嘘じゃない。
相手の動きとか分かって、対応は出来ないけど戦えるようにはなってる」
「本当か?」
「あくまで最初の時よりは良いってだけ。
もっと相手の動きも自分の動きも考えられるようにならないとな」
「…うん」
再び戦闘に戻り、ミナモは寝転がりイトウを眺める。
イトウは難関に差し掛かり、飛び跳ねた後滝の流れに逆らいながら泳ぎ。
「お?」
三分の一程度の高さまで届いたが、水流に負けて流れて行った。
「こっちも進歩ありか、少し豪華な餌でもやるかぁ」
変化があると嬉しく、それはトゥーフォも同じであった。
☆☆
トゥーフォとの関係は三日目に突入する。
「オート戦闘飽きた」
「飽きても自分でできないだろ? 相手の筋肉の動きを覚えろとは言わんが、攻撃の把握はした方が良い」
「うぅ……」
トゥーフォはミナモの隣に座り休憩しつつ、イトウを眺める。
「…アイツ、あんなところまで登れるようになったのか」
「そりゃ今日でリアル時間で6日目、ゲーム内時間で24日だからな」
「……そんなやってんのかよ」
「無論私もログアウトするが、それ以外ほとんどここでイトウさんを鍛えてる」
「あの魚ってそんな強いのか…」
「え?」
ミナモは無言でイトウのステータスを見せる。
「えぇ!? レベル17でなんだよそのステータス!? 30も超えてないじゃないか!?」
「ステータスなんて飾りだ」
ステータスは重要だが、今は飾りという事にしてトゥーフォにやる気を出させる。
「嘘だろ…」
信じられないのか何度もイトウと交互に眺める。
「アイツの努力は間違いなく実っているよ。
ステータスでもレベルでもない、強くなるにはそれ以上に時間が必要なんだよ」
「……分かってるよ、お前に何度も言われてるし」
人間ではないが、ステータスが途轍もなく低く、トゥーフォの足元にも及ばない。それなのに滝を登る凄さはトゥーフォ以上の力強さがあった。
努力と時間、どちらも必要という事をイトウから突き付けられ、トゥーフォはそれを深く実感した。
「そろそろセミオート戦闘に移るか」
「セミオートってどういうのなんだ?」
「確かオートと変わりがないが、自分の意思が優先される。
つまり右手を動かそうと思えば、オート戦闘中であっても動く様になる」
「なるほど。
…で、何をすればいいんだ?」
「撃破タイムをオート戦闘よりも短く、かつノーダメージでの撃破をする」
「え? ノーダメージって、攻撃食らわないで回避するって事か?」
「そうだよ」
「やれるのか?」
今まで攻撃を受け撃破していた、さらに撃破タイムの短縮、それは困難というしかない挑戦だ。
「だってよ、回避してたらその分遅くならないか?」
「最小限の回避と的確な攻撃、それをすれば必ず短くなる。
その為に今までオートで相手の動きを観察していたんじゃないか、何も考えなかったわけじゃないだろ?」
「…ちゃんと考えてた」
少しの沈黙がミナモを不安にさせるが、二日目の戦闘を見る限りトゥーフォも考えるようになっているのは間違いない。
「ちゃんとやるからちゃんと見ておけよ」
「おう、頑張ってこい」
ミナモはトゥーフォを見送り胡坐をかいて頬杖をつく。
「……まあ、撃破タイムを早くノーダメになったところで、まだまだこれからなんだけど」
ミナモが提示した条件はあくまで強くなるための『一歩』でしかなかった。
まだスタート地点から殆ど進んでいない状態だ。
ミナモはトゥーフォをどのように仕込んでいこうかと、不気味に笑い思考するのであった。
☆☆
セミオート戦闘にトゥーフォが苦戦を強いられる。
「え? うわっ!?」
何もしていないと確かに戦ってくれるのだが、いざ行動しようとすると迷いが生じてしまい、行動したのちにまたオート状態に戻ってしまう。
焦ると勝手に行動し、今までのオート戦闘と変わらなくなっていた。
(見ていたつもりなのに、自分で動くと全然違う…)
動くと見ている世界が違って見えていた。
それを見透かしたようにミナモが口をはさむ。
「完全に自分で動くとまた違うから、セミオートで慣れておけー」
「何で僕の心が分かるんだよ!?」
「一人称が僕に戻ってるぞー」
「うるさい! くそっ、絶対に何も言えなくしてやる!」
意地になり、ミナモにダメ出しをされないように集中し始め、セミオートの練習を始めた。
ミナモは行き詰まるまでヒントを出さずにトゥーフォに任せる。
トゥーフォは考えて覚えるタイプだ。失敗しては次の行動を模索していき答えを出す。
「ど、どうだ、攻撃を食らわなかったぞ」
「4分かかってるね。
そのモンスターをフルオートだと最速48秒だったよ」
「え? 4分もかかってたのか?」
「逃げ腰だったし仕方がない」
集中していたせいで時間間隔が無かったのだろう、思いのほか時間がかかったことにトゥーフォは驚いていた。
「けど、貴重な第一歩だ、偉いぞ」
「そ、そうか」
褒めると照れ臭そうに視線を逸らす。
ただセミオートの戦闘でノーダメージを達成するのに二日かかった。
それからどんどんタイムを縮めて見る見るうちに一分台まで縮める事が出来た。
「くっ、なかなかタイムが減らない…」
「ふむ……、一度オート戦闘でもして考えてみろ」
「え? なんでだよ?」
「初心に帰るって奴だよ、何戦かして何故オートが早いのか見てみろ」
「攻撃を受けるからだろ?」
「それを確かめてみろ」
渋々とオート戦闘に切り替え、早速ターゲットに挑む。
(一体何を見ろっていうんだ……)
懐疑的で、オート戦闘を眺めるが、学べる事がないとトゥーフォは頭から決めつけていた。
しかし二戦目に突入した時、ふと気がつく事があった。
「…ん? あれ?」
相手の攻撃を受け止め攻撃を叩き込む、それは綺麗なもので、自力ではまだできない行動であった。
そこにトゥーフォは違和感を覚えていた。
何かある、だというのにその何かが分からない。
(なんか、気になる)
三戦目に突入しさらに気がつく事があった。
(…距離だ、この距離を保っている)
相手の間合いを保ちながら的確に相手の行動に合わせて行動している事に気が付いた。
何時でも攻撃を叩き込める間合いを保ち、相手の出方を伺って攻撃していた。
「距離だろ!」
「距離以外は?」
「え? 距離以外?」
距離以外に何があるのかと、再び集中して眺める。
「分かんねぇよ! 教えてくれよ!」
「教えん、自力でその答えに辿り着け、これも特訓」
「特訓?」
何故トゥーフォ自身に考えさせているのか、それについては教える。
「考える力を養う為だ」
「考える力、前にも自分で考えろって言ってたな」
「分からない事は調べてもいい。
調べるのも自分でできるから、けどそれとは別に考える力も必要だ」
「具体的には?」
「今は同じ敵ばかりを狙ってるけど、違う敵が出てきたら対応できないだろ?」
「…そうだな、動きとか違うもんな」
「そういう時一々泣きつかれても困る。
対処方法を自分で考えて、攻略するためにその考える力を身に着けてほしいんだ」
「自分で対応するって事か」
「そう。
だから何が足りないか考えてみろ、強さに――」
「近道は無い、泣き言言う前に考えて行動しろ、だろ、昨日も聞いた」
トゥーフォは駆け出して実践に移った。
5~6戦と戦い続ける。
「分かった! あのモンスター距離で攻撃する体勢とか方法とか変わってる」
「分かったじゃないか、相手の動きを観察っていうのはそういう事だよ」
「もう少し見てみたい、良いだろ?」
「好きなだけやれ、誰も攻めたりはしない」
「分かった!」
嬉しそうに戦い相手を観察し続ける。
そしてミナモはそれに満足し、イトウが三分の二にまで到達しているのを見て頬が緩んだ。
トゥーフォの動きが変わった。
相手の攻撃を見て最小限で行動して回避に移る。
「あだっ」
「最小にするのもいいが、獣って動体視力が良いから修正されて攻撃を食らう事があるよ」
「もう少し大きくか」
ダメージは受けてしまったが、話しながらも攻撃を加えて撃破する。
「今の倒せてたら50秒をノーダメで行けそうだったな」
「かーっ、おしい! もういっちょ」
諦めることなく次の行動をとり行動していく。
その姿の成長に満足はした、のだが。
(流石にこのまま野に放つのもなぁ)
目標タイムを切ってやっとひと段落ではあるのだが、問題はトゥーフォの性格だ。
(口は悪いし、絶対にPTの時問題を起こしそうだな。
これが終わったらPT関連を叩き込まないとヤバいだろ)
悪い人間ではないが、集団行動などが苦手そうだ、その粗暴な口調で問題を起こしそうであった。
(けどPTにはPTの問題もあるし、実際に組まないとちょっと教え辛い)
口だけですべてを理解するのは難しい。
実際に人と組んでみなければ、実感は出来ない。
(ふ~む、困った)
滝の前でどしっと構えて見上げる、イトウが三分の二の位置を保ちながら必死に昇っている姿が見えた。
後一歩、しかし踏み留まっているのが限界。
「もう少しだ」
力が保てなくなり、イトウが水の流れに逆らうごとが出来ずに滝から投げ出される。
「お疲れ様、休憩しようか」
水球に包みイトウを救出する。
だが。
「ん?」
イトウはその水球から抜け出して泳ぎ、再び滝へと挑み始めた。
「根を詰めるとやれる事もできなくなるぞ、少し休憩しなさい」
呼び掛けても聞こえていないため挑み続ける。
「ま、疲れるまで付き合うか」
やる気があるのは良い事だと、見守る事にした。
そしてその翌日、事態が動く。
「お、おお」
トゥーフォは前のめりになりながら、手に力を込めて見守る。
「君ね、そろそろ戻ったら?」
「も、もう少しなんだろ? 俺にも見せてくれよ」
トゥーフォが熱を上げてるのは自分の事ではなく、ちょくちょく見守ってきたイトウの事だ。
安定して三分の二の場所に辿り着けるようになっていた。
「ここからが長かったりするんだ、後一歩、だというのに壁になって挫折する」
「そうなのか?」
「そういうもんだよ。
ただ諦めると絶対にその壁を乗り切れない」
「そんなの当たり前だろ」
それが最初の君だと、ミナモは心の中で突っ込んだ。
「でもそういう時どうするんだ?」
「そのまま頑張るか、気分転換に違う事するか」
「違う事する余裕があるのか?」
「無いからする。人によっては別な事をする余裕すら無い奴も居るから、程よいところで気分転換は必要だよ。
もちろん気分転換を言い訳にしてやることから逃げない事、勉強とか勉強とか勉強とか」
心当たりがあるのか、トゥーフォは勉強と言われて視線を逸らした。
気持ちは分からなくもなく、現況についてのアドバイスも送る。
「勉強は考える力を養う為にする事、らしい」
「そうなのか?」
「という話だよ。
まあ、それに将来必要ないって言っても意外な所で役に立つから覚えていて損はない」
「例えばどんな時?」
「ゲーム」
「え? ゲームで?」
「数学や化学とか、歴史や国語とか、かなり役に立つ。
歴史をパロディーしたりしてるから、そこから先の物語が分かったり。
化学とか数式が必要になったりもする、言語が捩って別な言語にしたり、意外と必要だよ」
「全部ゲームなのか?」
「面白いだろ?」
「まあ、そうだけど」
ミナモが勉強に励み知識を得ているのは全てゲームへの熱意だ。
無理やりでも結び付けて覚えることが多かった。
「学校で好成績を取って自慢できるんだ、ゲームにだって活用できる、将来良い会社にだって入れる、かもしれない。
それで十分」
「確かに、…俺出来る限り覚えてみる」
半信半疑であるが、話を聞いているとやれそうな気がしてきた。
多少なりとも勉強についての興味がわいてきた様であった。
「お?」
ミナモは会話を程よく切り上げ、イトウを眺めると、イトウは三段目を飛び上がり、ついに頂上付近にまで辿り着いていた。
「あ!? も、もう少し!」
トゥーフォも気が付き再び熱を込めて見守る。
「頑張れ!」
意気込み応援し始めた。
「頑張れよ!」
熱く熱を込めて応援する姿は、まるで自分の従魔の様だ。
そしてミナモを見ると。
「お前も応援してやれよ」
「え?」
「ほら!」
「お、おう、…が、頑張れ」
「もっと大きな声じゃないと水の音にかき消されるだろ、頑張れ!! ほら」
「が、頑張れ!」
ミナモは気恥ずかしくなりながら大きな声で応援する。
「頑張れよ! もう少しだ!」
「…頑張れ!」
「いけー!!」
本当にあと少し、少し力を入れるだけ。
「……、っ、頑張れ!! 行けーー!!!」
力を込めてミナモは叫ぶ。
するとその思いが通じたのか、イトウが最後の力を振り絞り上り詰めた。
「っしゃぁあぁ!!」
ため込んだ歓喜が噴出しトゥーフォが飛び上がり満面の笑みで喜ぶ。
ミナモはほっと一息つき、小さく微笑みぐっと拳を握り喜んだ。
さらにミナモは滝の上へと一飛びで登りイトウの様子を確認する。
「俺も連れてけよ、…とに、アイツ表情結構変わるじゃん」
トゥーフォはミナモの仏頂面しか見たことが無く、初めて嬉しそうにする表情を見た。
喜ぶ顔を見て少しだけ気恥ずかしくなりながら、トゥーフォは登れる急斜面から草木を掴み必死に上を目指した。
登り詰めたトゥーフォは、ミナモがイトウを水球に入れて、餌を楽しそうに与えているのを目撃する。
「俺も負けてらんねぇ、頑張るか」
イトウがやり切ったのを見て、トゥーフォのやる気が漲る。
ただ今は頑張ったイトウの姿を間近で見たく駆け寄り。
「やったな」
「うん、…ついに昇った」
「で、どうなんだ?」
「何が?」
「強くなったんだろ?」
「……見てなかった」
ミナモは登り切ったのが嬉しく、イトウのレベルアップを確認していなかった。
「レベル20になってる。
ステータスは、力とか体力とか伸びてる」
「どれどれ?」
公開されてるイトウのステータスを確認すると、思いのほかステータスが上昇している事が分かった。
「前は30行ってないのもあったのに、50行ってるじゃないか」
「うん、強くなった」
「じゃあ進化は?」
「……進化?」
「え? お前テイマーなんだろ?」
「そうだけど、そう言えば進化するんだったね。
…どうやって?」
「俺は知らないよ、ってか強いのにそんな事も知らないのか」
「強くても知らないものは知らない、調べてくる」
ミナモは進化の方法を確認する、進化の際にステータス欄にある名前の横に進化という表記のボタンが表示されるという事を知った。
「……ステータスに夢中で見えてなかった」
トゥーフォは意外と抜けてるなと思ったが口にしない、口にすると逆に自分が責められる可能性をミナモとの活動で察していた。
「よく見ればログにもあった。
早速してみる」
進化のボタンを押す、すると選択肢が飛び出した。
進化するかの有無ではなく。
「進化先が3つある」
「多い人は6も7もあるっての聞いたことあるぜ」
進化する種類は一つではなく、複数存在する。
進化先は、カナスハベスズ、シルベランドハーゼ、オボーコ、それが進化さきであった。
「どれにするんだ?」
「……分からん」
ミナモはテイマーや釣り系の攻略サイトで名前を調べるが、そういった名前のモンスターの該当は無い。
名前で想像するしかなく、とても難しい状態であった。
試しに名前をタッチすると。
「情報が出た」
名前を触れるとその生物の情報が表示される。
しかしどれも何処に生息して、どの様な物を食べているといった簡単なもので特徴という特徴が無い。
ミナモは固まり続けた。
「…お、おーい」
トゥーフォが呼び掛けるとミナモはハッとなりやっと動き出す。
「き、決まったのか?」
「……決めた」
そしてミナモが選択した事は―――。




