ただ羨ましく その1
ミナモは退屈そうに滝を眺める。その先にはイトウが必死に滝を登り続けていた。
その傍には目を丸くして眺める青年が釣り竿を握りしめていた。
「なに、してるんだ?」
「見て分からんなら聞いても分からん。
君にはなんに見える?」
「……滝を登ってる?」
8メートルほどの滝、流れ落ちるような滝ではなく、2~3メートルの段々となった滝であった。
頑張っても頑張ってもイトウは登れず力尽きては振り出しに戻される。
「登れるのか?」
「登るのさ」
「無理だろ」
「何故無理だと思う?」
「だって、ここを登ってもあの滝の最上部5メートル以上はあるぞ」
最後は途轍もないほど聳え立つ壁が待ち構えていた。
普通ならば登る事すら諦める壁であるが、何故それに挑むのか、釣り人であるトゥーフォが疑問に感じた。
「なんで挑むんだよ」
「そこに滝があるからでしょ」
「そんな山みたいに言われても」
「同じだよ」
「プレイヤーだって同じだろ、あの魚可哀そうだろ」
「手や頭があるプレイヤーならもっと余裕だろ」
ミナモは「どっこらしょ」と掛け声を入れてゆっくりと立ち上がり、まるで階段でも上るかのように手も使わずに滝の上へと移動してしまう。
その様子を見てトゥーフォは幻覚かと何度も自分の目を疑う。
滝から軽々降り立ち、トゥーフォの額を指で小筒いて。
「君、全ての事を諦めてない? それ、絶対にやめた方が良いよ、可能性まで潰しちゃうから」
「っ―――」
図星を着かれてトゥーフォが唖然とした。
☆☆
トゥーフォが手作りの毛鉤を垂らして魚が食いつくのを待つ。
ミナモは進展もなく釣りをする姿に眉をひそめた。
「それで魚は食いつかないよ、釣り糸を垂らしてのんびりするのが好きなの?」
「……釣るに決まってるだろ」
トゥーフォは苛立ちを隠しながらそれに答える。
「そうなんだ、じゃあ自分で試行錯誤してるんだね」
「…垂らせば釣れる」
「ふーん」
ミナモは道具欄から釣り竿を取り出すと毛鉤を着け糸を垂らす、そしてまるで毛鉤が羽虫の様に水面の上を動き回り、水面に落ちると川の流れに流れるだけで糸が張り沈み込む。
引いた所に合わせて竿を上げると、余計に糸が張られるが、ミナモが力を調整しながら水面へと徐々に魚を移動させ、クッと竿を上げると軽々と水面から魚が飛び出した。
「…偶然だろ」
「へっ」
ミナモは厭らしくトゥーフォの事を鼻で笑い、再び移動すると同じように糸を垂らしては上げ、再び垂らして二度目で釣り上げる。
「意地っ張り釣り初心者にイキリ散らすのたのちー」
「グッ」
トゥーフォが腹を立て道具を仕舞い、その場を立ち去ろうとした、しかしミナモがその後ろ姿に言葉を投げかける。
「そうやって不貞腐れるから何時まで経っても何もできないんだよ」
「お前に何が分かるんだ!」
「君みたいな人ゴロゴロ見てきたからね、すぐ分かるよ」
ネットゲームをしていると様々な人と接することが多く、トゥーフォの様に諦めて関係のない事を適当にこなす人を多く見てきた。
「すぐに出来る事も考えずに行動して、少しくらい頭を使わないと」
「考えて行動してるだろ!!」
勢いよく立ち上がり睨み付ける。
ミナモはその威勢を涼しい顔で眺めていた。
「考えてたらそうはならん、君は頭でっかちかもね、…考えてないのにでっかち?」
「じゃあどうしたらいいんだ!」
「君がどうなりたいのか、何をしたいのか分からないよ」
本人にしか目的、成し遂げたいのかが分からない。
だがミナモには思う事があった。
「夢見てこのゲームに飛び込んできたってのだけは分かるよ」
誰もが多かれ少なかれ自分の活躍を夢見て始める。
楽しく遊びたい、そこで自分を上げて見せることが出来たなら。
「格好をつけても上手くなんてならないよ」
トゥーフォは心のすべてを見透かされたかのようで、居心地が悪くなり逃げるようにその場を去っていった。
「……はぁ、腹が立ってるからって、何当たってんだか」
ミナモはムキになり八つ当たりしていた。
その理由は一つ。
「……リアル三日居るからって、何なってんだよ私」
あまりにも退屈過ぎて、人に当たってしまった。
三日間見守るだけという虚無感を味わってしまったのも原因である。
「やっぱり最後の壁は大きいのかな」
イトウは巨大な壁の前まで辿り着けているのだが、それ以上昇り詰めることが出来ずにいた。
ミナモも諦めればいいのだが、意固地になってしまい、イトウを見守っていた。
自分が努力する分には良いのだが、何もしないというのが苦痛で仕方がない。
「……これ以外に何もできないからなぁ」
イトウが何かできるようになるまで耐えるしかなかった。
☆☆☆
トゥーフォはとぼとぼとメルテトブルクへの帰路についていた。
移動経路は決まっていて、敵の出ない、出現しても弱い敵が出る場所だけを移動していた。
その弱い敵でもトゥーフォは苦戦するありさまだ。
「出たな…」
出現したモンスターは一般的な犬ほどの大きさのイタチ型のモンスターであった。
足が短いが動き早く、軟体な体で攻撃を回避してくる。
「クソッ」
トゥーフォは片手斧を取り出すと、接近し斧を振りかざす。
イタチは静かに体当たりをして吹き飛ばし、さらに馬乗りになり攻撃を仕掛けようとするが、トィーフォが斧を思い切り振るい近づかせない。
トゥーフォは急いで起き上がると出鱈目に振り回して攻撃を仕掛ける。
「ああああ!」
トゥーフォは頭の中が真っ白であった、ただ攻撃を当てる為に我武者羅に振り回すだけで、狙いを定めるようなことはしない。
本当に死に物狂いで暴れているだけだ。
「当たれよぉ!!」
出鱈目な攻撃はどれも大振りで当たることは無い。逆にイタチはその隙に攻撃を叩き込み距離を取る。
トゥーフォのレベル的には相手は格下で装備も整っている為ダメージは殆どない。
「くそっ、…くそっ!」
手数でトゥーフォが押しのけた。
「はぁ、…はぁ」
出鱈目な攻撃を続けてやっとモンスターを撃破することが出来た。
その戦い方は誰もが酷いと言えるほどで、本人もそれは自覚していた。
「…畜生」
惨めで仕方がなく、トゥーフォは再び逃げるようにその場を後にする。
やっとの思いでメルテトブルクに戻り、しかめっ面のまま門をくぐる。
そんな時フレンドチャットが鳴り響く。
『お、ログインしてるじゃん、今暇?』
相手はトゥーフォの現実での知り合いであった。
『い、今遠出からやっとメルテトに帰ってきたところ。
ど、うしたの?』
不機嫌を悟られないように、そして旅に誘われないように。
『あ、なんだ、誰かとやってたのか?』
『さっきまでそうだったけど、今は一人、解散したから。
…どっかに行くの?』
『そうなんだけど、一人くらい足りなくてさ、けどその様子だと時間かかるか?』
『…ああ、そうだな。
装備の手入れとか補給とかあるし』
『そっか、じゃあまた今度な』
『また今度』
今度が来ることは無いと思いながらフレンドチャットを閉じる。
「はぁ…」
友人に誘われるだけで心はどんよりと曇り、気分が悪くなっていく。
(なんで、あいつらは一緒に始めて上手くなってんだよ…)
自分だけが周りから置いていかれる、それが辛くて仕方がない。
惨めで惨めで仕方がなかった。
『君がどうなりたいのか、何をしたいのか分からないよ』
ミナモの言葉を思い出し、トゥーフォが心の中で答えた。
(そんなもん友達と遊びたいからに決まってるだろ、……確かに活躍する夢は抱いていたけどさ)
思い描く未来は何時までもやって来ない。
来ないなら掴み取るしかないのだが、トゥーフォは出来ない事が多すぎた。
『すぐに出来る事も考えずに行動して、少しくらい頭を使わないと』
再びミナモの言葉が反響する。
(考えてって、考えてどうするんだよ)
考えるという事に疑問を抱く。
考えて上手くなるなら考え続ける、だがミナモの言う考えるはそういった意味ではない。
(分かんねぇよもう…)
不貞腐れながらトゥーフォはログアウトしていった。
☆☆
その翌日。
ミナモは頬杖をつきながら、近づいて木々に隠れる人影に呼び掛ける。
「どうした、また釣りか?」
呼び掛けた相手はトゥーフォだ。
トゥーフォは何故ばれたのか分からず驚愕しながら、恐る恐る表へと出てくる。
「……なんで分かったんだよ」
「こちとらネトゲ廃人だ、来ることぐらい分かる」
「なんだよそれ…」
言っている事が支離滅裂だが、トゥーフォは確信したことがあった。
「あんた、強いんだろ?」
「そこそこ強いが」
「なら、俺を強くしてくれ」
「……どういう風の吹き回し?」
「考えて来た。
お前が考えろっていうから、考えた」
「…頓智じゃないんだから、…というか人に頼む態度じゃないな」
小声でツッコミがそれがトゥーフォに届くことは無かった。
「まあ、いいか。
良いよ、昨日私は虫が悪かった、その謝罪も兼ねて鍛えてあげる」
「本当か? 強くなれるんだよな?」
「君の努力次第だよ。
じゃあ君が釣りしているところ見せて」
「え?」
「何?」
「釣りじゃなくて」
「え?」
「戦いで強くなりたい」
「……そっちか」
ミナモは釣りを会得したいとばかり思ていたが、どちらでも退屈しのぎにはなる。
「とりあえず戦っているところを見せてくれ」
「…見せないとダメなのか?」
「見ないと分からない。
もしかしてかっこ悪いから見せたくないとか思ってない?」
図星のようでトゥーフォはばつが悪そうにそっぽを向いた。
「恥は捨てろ、泥水でも啜ってみっともなく戦え」
「そんなのかっこ悪いじゃん」
「かっこ悪くてもかっこよくなる一歩になるんだから、今はかっこ良さなんて捨てろ」
「……分かったよ」
口を尖らせ、渋々と斧を取り出す。
構えるがその構えは頼りない。
「私じゃなくてモンスターにだ」
ミナモは周囲に居るモンスターの一体の方へ指さす。
「あっちに居るから」
「え? 何処だ?」
「そっちに行けば居るから、戦ってみて」
トゥーフォがそちらの方へと向かうが、一度立ち止まり。
「なんで来ないんだ?」
「行かなくても見えてるから、さっさと行ってこい」
ミナモが急に胡散臭く見え始めた、それでも言われた通りに向かうと、確かにそこにはモンスターが居て、驚きながらも戦い始める。
しかし昨日のイタチ同様に酷い戦い様であった。
「酷い戦い…」
ミナモの感想はその一言。
一戦でボロボロになりながら戻ってきたトゥーフォに、ミナモが初歩的な事を述べた。
「君さ」
「…酷いっていうんだろ?」
「頭真っ白になって何も考えてないよね?」
「いや、……考えて」
「意地を張るな、見てれば分かる」
ムスッとした表情を隠すことなく露にする。しかし声に出して抗議することは無い。
「私に頭を下げに来てるんだから、そういう小さな意地を張るな。
一体どういう心理で来たんだか」
もごもごと口を動かし、そして恥を晒した。
「……学校で」
「ん?」
「みんな、仲良いし、俺と、付き合い、無くなってきたし……」
「…嗚呼、そういう」
トゥーフォとその友達はゲーム内での付き合いが減り、現実までその影響が出てくるようになっていた。
このままではいけないと危機感を覚えたトゥーフォは考えなしにダメ元でここまでやってきた。
「君さ、オート戦闘やったことある?」
「オートって駄目なんだろ? 皆言ってる」
「その話前にも聞いたことあるな…」
オート戦闘が使い物にならないというデマは、ゲームを始めた時にシャルロッテから聞いていた。
理由は至極単純、有名実況者が流布していただけであった。
実際は強力な敵などは立ち回りが重要な為、オート戦闘には不向きなだけだ。
「オート戦闘に任せてみな、今の君より何十倍も戦える」
「…けど、それじゃ俺が上手くなったわけじゃないじゃん」
「オート戦闘で相手の動きや、自分がどう攻撃するのかを見るんだ」
「相手の動きに自分の攻撃?」
「一先ず頭が真っ白にならずちゃんと戦えるようになるまで、オート戦闘を設定して戦ってみろ」
「……分かった」
渋々頷き、再び戦闘を行うためにモンスターへと向かっていった。
「え?」
ガタイの良いサル型の魔物を相手にオート戦闘を行うトゥーフォは、その動きに驚き戸惑う。
スキップをする様に近づくサルに斧を構えて近づいていく、相手が襲い掛かると、トゥーフォは横に飛びのき一歩踏み出して正確な間合いから斧を叩き込む。
苦しがるサルが逆襲の為に飛び上がり攻撃を仕掛けると、トゥーフォの体が勝手に防御態勢に入り、左腕を盾にして受け止め、攻撃の衝撃を受け流して斧で攻撃をする。
「へぇ、意外と動くじゃん」
オート戦闘が強すぎると自発的に行動しなくなるため、完璧な戦闘にならない様にしている。そして慣れてくるとその行動の粗いうのにも気が付いてくる。
その為に次の段階、セミオート戦闘というモードも存在していた。
「やっぱり攻撃できるタイミングでもしなかったり、受けの戦闘が目立つなぁ」
ミナモはオート戦闘の欠点などを見つけるが、普通に遊ぶ分なら十分有効的だと思った。
相手の行動に合わせて行動するパターンの為、相手の動きを把握し、戦闘に慣れてほしいという運営の意図に納得した。
「どう、オートで十分でしょ?」
「あ、…うん」
釈然としないようで眉間にしわを作っていた。
「オート戦闘の欠点を自力で気が付くまではオートで十分」
「けど、…俺が上手くなってない」
「だからオートで戦闘に慣れる事が大事なんだよ。
自動で動くから相手の動きも自分がどう行動してるのかも分かるだろ?」
「慣れれば動けるようになるのか?」
「慣れる為の一歩。
上手くなるのに近道なんてないよ」
「…分かった」
素直にそれを受け入れ、再び近くに居るモンスター相手に戦闘を始めた。
次から三日後更新!




