再出発は痛みを伴って その4
爆発音が断続的に鳴り響く、夜もこれからだというのに光が各場所から放たれる。
『な、なんだ!?』
花鳥風月のクランチャットからは驚愕の声が溢れていた。
周囲から巻き起こる悲鳴が狂乱を呼び、辺りは一斉にパニックを起こす。
『マスター! 何か起きてる!』
『そんなのマスターじゃなくても分かってる! 状況を知らせて! 空いてる人は控えてる人に連絡!』
クランメンバー達は各々行動を起こし始めたが、クランマスターだけはそれに応じることは無い。
『マスターはどうした!?』
ナガレからの返答は無くその代わりにエルニカが答えた。
『人に化けてたモンスターと交戦中! ……劣勢』
『っ!?』
ナガレとエルニカは交戦中であった。
対峙している相手は筋肉質で大人の身長二倍はある背丈の白い人型、清廉の化身であった。
「ハーケンッ!」
ナガレが剣劇を放つが、化身はそれを回避することなく攻撃を受け入れる。
「ソノ程度カ」
只管攻撃を入れるが、化身の体に傷一つ付くことは無い。
エルニカが渾身の力を込めた居合による抜刀を試みてやっとその表面に傷が出来る程度であった。
「フンッ」
小賢しいと化身が腕を振るうと回避が遅れ、エルニカは建物に叩きつけられて壁を突き抜け室内に転がる。
「なんて馬鹿力…」
死ぬほどでないが、今までに対峙してきたモンスターとは一線を画す相手であった。
ポーションを体に振りかけ、即座に戦線に戻ると、ナガレが封具を構えて意識を集中して対峙していた。
「エルニカちゃん、発動させるまでの時間を稼いで」
「え?」
「お願い!」
「分かったわ」
正確な事は分からないが、何かをしようとしている事が分かり、エルニカは集中して化身に攻撃を再開する。
「イイ、イイゾ」
相手は言葉を話すが、その内容が理解できない。
何かをしたいのか、しようとしているのか、化け物だからと切り捨てるのも違う為、戦闘に集中しながらも相手の言葉などを伺う。
(くっ、発動までもどかしいっ、皆は無事かしら…)
行動出来ない事に焦り、剣を力いっぱい握りしめる。
そしてクランチャットに耳を傾けると。
『コイツやば―――』
『遠距離に離れても―――』
『前衛が壊滅した! 早く援軍を呼んでくれ!』
酷い惨状であった。
花鳥風月は自他共に認める実力者集団だ、トップかと言われれば違うが、それでも実力は確かなものであった。
だというのに今はそれが嘘の様に劣勢に立たされている。
(どうして…、思いあがっていたの?)
周りからも言われて思いあがっていたのか、自信が無くなってゆく。
(…こいつは、一体何が目的なの?)
自分たちが生きているのが不思議なほど、クランメンバー達は壊滅状態に陥っていた。
何故今生きているのか、遊ばれているのか、相手の思惑が見えない。
(けど、その余裕が貴方の仇になる)
封具から光が発しまとわりつく。
ナガレの腕は震えだそたが、それは刀身が振動しているからだ、それを必死に力で抑え込む。
「もう少し持ちこたえて!」
ナガレの言葉にエルニカは返事が出来ないほど追いやられていた。
(真面に攻撃もできない、食らえないッ!)
6本持っていた刀は残り二本にまで減っていて、すでに現在持っている物も刃こぼれがひどい状態だ。
攻撃するたびに阻まれ刃が損傷していく、しかし攻撃の手は休めるわけにもいかずにエルニカは死に物狂いで肉薄する。
「千恋歌ッ!」
いくつもの斬撃が化身に襲い掛かるが手ではねのけ、エルニカ目がけて拳を突き出す。
エルニカは即座に体をひねらせ回避し、化身の周囲を伺うように走り回る。
(…多分遊ばれてる)
エルニカを容易に仕留める事は分かっていた。
目的が分からないが、今はナガレの時間稼ぎが目的だ、ならば逆手に取り必死に時間稼ぎを行う。
(悔しいなぁ……)
強くなったと思っていたエルニカであるが、強敵と対峙し遊ばれ手も足も出ない事が悔しくて仕方がない。
(だから、せめて)
せめて相手を少しでも焦らせたくなる。
「本気で行きます」
刃こぼれして使い物にならなくなった刀を二本殴り捨て、左手を鞘に、右手を柄に手を当てる。
そして一呼吸後、エルニカの速度はぐんぐんと増していく。
「ホォ?」
動きが変わったことで化身が声を漏らす。
どれほどの力があるのか試すために攻撃を仕掛けるが、先ほどの拳のスピードではエルニカにぶつける事は難しかった。
「エルニカちゃん、それは!?」
「反動がきつくても!」
エルニカの今の状態はアウトセンスに片足を突っ込んでいる状態だ。
(私は知った、アウトセンスを)
エルニカがアウトセンスを知ったのはミナモと別れた後だ。
エルニカはあの後ミナモと話すために姿を探したが、その姿を見つけることは出来なかった。
そんな時に馬車を護衛していた男の子の一人、セブラにアウトセンスの事を尋ねられた。
『アウトセンスって知ってるか?』
『アウトセンス?』
『知らないのか、……俺はそれを会得する、絶対に強くなってやる』
ミナモの事を訪ねたのだが、帰ってきたのはそんな言葉、それが気になり調べてみると、アバターの性能を引き出す事と判明した。
そして自分が護衛の時に陥った状態なのではないかと、そんな推測をした。
(あの時は無我夢中だったから分からなかったけど、多分アウトセンスの領域に入ってた)
レベルの違いやブランクで勝てる相手ではなかった、しかしミナモに背中を押されて、本当にバフをかけられた気で思い切り動いたのだ。
結果確かに通常より何割増しで動くことが出来たのだが、その後動いても通常通りにしか動けなかった。
(だから私は何時でもあの領域に入れるように頑張った)
化身が拳を突き出したのを見て切りかかる。
その拳の速さが少しだけ遅く見え、自分の動きがいつもより早くなっていた。
先ほどまでなら切り傷がなんとか入る程度であったが、明確な傷が化身に付く。
(けど、反動が大きい…)
何度も何度も練習し、そしてやっと領域に入る事が出来た。
しかし入った反動が現実に伸し掛かる。
(体の感覚がおかしくなった、ずっとこのままなのかと怖かった……)
アウトセンスが何故広まらないのか、話題にならないのか理解した。
次第に体が正常に戻ったが、その後アウトセンスの領域に足を踏み入れることを躊躇する様になってしまった。
(だけれど今回ばかりは、私はこのまま何もできないのは嫌だ!)
踏み入れるのは怖い、しかし相手に好き勝手されるのが許せない、そして相手に一泡も吹かせられない事が耐えられない。
(けどあまり長くはもたないッ)
心拍に異常を知らせる警告が表記され視界を塞いでくる。
それでもエルニカは止まらず、駆け巡り相手の肉をそぎ落としていく。
「イイキニナルナ!」
その言葉を聞きエルニカは嗤う。
化身は腕をまるで鞭の様にしなりながらエルニカに襲い掛かる。
「その言葉が聞きたかった」
その一撃はとてつもなく早くエルニカに襲い掛かり、成すすべなく叩きつけられてしまう。
しかしエルニカの目は相手を睨み揺るがない。
「閃光…ッ、穿てぇぇぇぇ!」
口に咥えていたエリクシルの瓶を放り捨て、化身の懐に潜り込むと全身全霊、渾身の一撃で相手に切りかかる。
その一撃は脇下から肩まで一直線に切り裂いた。
「私を、――舐めないでッ」
真面もな生物では致命傷の一撃、例え強敵であってもこれだけは堪える。
残心、刀を鞘へ仕舞い。
(え?)
だが仕舞おうとした際に刃が半分消え去っている事に思考が止まった。
「ソノテイドカ」
まるで先ほどまでの事が芝居だったと言うように、化身の体は一瞬にして再生してしまった。
あり得ない回復速度はプレイヤーの魔法やポーション以上で、これまで対峙してきたモンスターではありえない。
「――――は」
絶句し、押し寄せる絶望に次の行動に移せない。
「少シハ驚イタガ、値シナイ」
閃光が走る、次の瞬間にはエルニカは火の粉舞う夜空だけが視界に入り、宙へと投げ出されていた。
何が起きたのか理解できぬまま崩れ落ちた建物の中へと叩きつけられる。
(なに、が、起きて……)
ぼやける視界で必死に相手を捉えると、体躯がほっそりとし2.5m程度の背丈となった化け物が立っていた。
「天、使…」
その姿は人間としたらとても不気味なのだが、それを取り払うくらい神々しく美を感じるほどの体であった。
綺麗な純白の翼を生やし、温かさを振りまく。
この時初めて心の底から挑んではいけない相手に挑んだと後悔した。
しかしそれでも諦めない者が居た。
「無理してくれてありがとうエルニカちゃん」
ナガレは神々しい光を纏い剣を化身へと向ける。
「今度は私の番」
地を蹴る、すると地面を削り足の跡が残る。
次の瞬間には化身に体当たりをしており、ナガレはなんとか態勢を整えようと身をひねると、その捻った勢いで化身を吹き飛ばした。
(制御しきれないッ!?)
軽い行動のはずが、ナガレの体は一切の制御が効かず困惑する。
ただ走ろうとして一歩踏み出しただけ、だというのに全ての力を出し切った以上の力で飛んでいた。
(敵は、何処?)
制御しきれない事に困惑している時間はない、吹き飛んだ相手を探し目を動かして確認する。
ところが探る必要はなく、突然目の前に肉薄してくる化身の姿が映り込んだ。
(やられるっ!?)
攻撃が来る、そう判断したナガレは直ぐに防衛本能に従い手を振り上げる。
腕と相手の拳がぶつかり合うが、まるで見えない壁にでも弾かれたかのように腕が何事もなく攻撃を受け止め、代わりに化身が上方と吹き飛んでいった。
ナガレは衝撃でほんの少し下がるが、簡単に踏みとどまりダメージすらなかった。
(……あれ? ダメージが、ない、それに、この力は!?
これが、覚醒だというの?)
ナガレは封具にあるアーツが備わっている事に気が付いていた。
そのアーツの名は覚醒。
いつの間にかアーツが追加されていて、そのアーツの詳細を知り最初はその本質を理解していなかった。
(ただ、真なる力を目覚めさせて強化されるって、だけだったのに、まさかこれほどまでとは)
強化と言っても期待するものでないと思っていた、しかし今は違う。
(これなら倒せる!)
制御しきれない力が不安であるが、ナガレは空に吹き飛んだ化身を睨みつけ目標を絞る。
化身は宙で立ち止まると滑降し、旋回後に勢いよく降下してくる。
(来た、…けど、遅く見える、警戒してるの?)
スローモーションの映像を見ている様だ。
ナガレは剣を構えると一歩軽く踏み出す、今度は勢いよく飛び出すことは無く、地響きが鳴る程度だ。
「つむじ風!」
そして勢い良く剣を化身目掛けて振るう、すると風の刃が目にも止まらぬ速さで駆けぬけていく。
化身はその攻撃が危険と判断したのか、慌てて回避しようとするが、回避しきれず左翼の半分を失った。
顔を歪ませ体勢を崩して落下する化身は、左翼に力を入れて無理やり再生させると、さらにスピードを上げてナガレに攻撃をしかける。
(遅い…)
ナガレには相手の速度がさらに遅く見えていた、その光景が奇妙で気味が悪い。
遅い世界の中足に力を入れて地面を思いきり蹴る。
先ほど自分の移動にすら何が起きたのか分からなかったが、今は飛び上がった速度が相手と同じように遅く見える。
(嗚呼、そうか…、この速度に私が付いていけてるんだ)
周囲の光景があまりにも遅く見える事に気が付き、ナガレ自信が速度に適応したのだと気が付いた。
(やれる)
剣を構え、化身とすれ違いざまに一太刀入れる。
切り裂かれた腕を見て次の攻撃を行おうとすると、化身は体から無数の突起を生やしナガレへと迫る。
ナガレはその『遅い』攻撃を剣で切り裂いていく。
「オォオォォォオォッッ!!」
叫ぶ化身は勢いよく再生し、肉弾戦を強いる。
近接戦は獲物が長いほど不利なのだが、ナガレはお構いなしに剣で受け止めては切り裂いていく。
「……す、すごい」
ナガレの空中戦を見上げるエルニカは、その戦闘に見惚れていた。
戦いの細部まで目視することは出来ないが、圧倒的な力の敵をさらに圧倒する力で制する。
その姿にまさに救世主、絶望の淵から救い上げてくてれる様だ。
「これなら」
『助けてくれ!』
敵を倒せる、そう思っていたのだが、ナガレが相手にしている敵だけではない。
街にはまだ17体の清廉の子兵が残っている。
「……そうだ、まだ他にも」
エルニカが立ち上がろうとするのだが、肉体がぷるぷると震えてうまく立つことが出来ない。
別に恐怖を抱いてるわけではない、アウトセンスによる肉体の反動、それがVRデバイスに影響を及ぼし行動に制限をかけていた。
肉体が落ち着くまで制限が解除されず、現実時間で30分程度かかるだろう。
「お願い、動いて」
よろよろと立ち上がり、なんとか瓦礫の中をゆっくりと歩いていく。
「姉さん」
そして叫ぶ。
「姉さん!」
(分かってるわ)
ナガレも状況を理解しているが、化身との戦いが長引いてしまっていた。
(だから、そろそろ終わらせる)
落下しながら戦い、その短時間で少しだけ体の感覚に慣れてきていた。
まだまだ力の制御は出来ないが、相手を切ることなどは容易い。
(何時までも相手にはしていられないわ)
ぶつかり合う攻撃はナガレに分があり、化身の命はナガレに握られていた。
ナガレは攻撃の合間、化身の隙を見破り、相手の攻撃をわざと誘い込む。
(やっぱりバリアが張られてる)
攻撃はナガレに当たる事はなく、薄皮で止まりナガレにダメージが入ることは無かった。
それを利用し、ナガレは振り上げた剣を思いっきり振り下ろし、化身を地面へ叩きつける。
「これで……、終わりよ」
剣を握りしめ、弓を引くように矢の変わりに剣を背よりも後ろの位置へ。
狙いは一点、胸元の中心ただそこだけ、そこへ渾身の一撃。
「ワンズ、レインッ!」
接近するさなか、剣が神速を超え化身に肉薄する。
突き抜ける剣は衝撃波を広げて化身の内部を削り取る様にダメージを与えていった。
これで終わった。
はずだった。
(え?)
ナガレは見た。
化身が不気味に微笑み、そして腕を大きく開く姿を。
そしてこう呟く。
「タダイマ」
言葉はナガレに戸惑を与える。
何故「ただいま」なのか、何故このタイミングでそのセリフなのか、何故手を広げたのか、泥の様に遅い周囲の時間でナガレは考える。
(え? なにが、どうなって、るの?)
そして気が付いた。
何故今これほどまでに周りの時間が遅いのか。
(分からない…)
衝撃波がゆっくりと広がっていく、周囲の煙は静止画の様に止まって見え、衝撃で飛んだ物体はスローモーションよりも遅い。
そんな世界でナガレだけが一人普通に物事を考えられる。
(おかしい、これは絶対におかしいわ)
ナガレの言うおかしいは、現状の状況だけではない。
(だって、この剣もこの化け物も、この強化も時間の遅さも、絶対におかしい)
冷静に考えればすぐにわかるはずだった。
しかし状況がそれを阻害していた。
(最初はこのモンスター、絶対に倒せていたはずなのに、まるで力を試すみたいに手加減して…)
その疑問は最初に思ったが、それはあくまで強者ゆえの余裕であり、弱いナガレ達を弄ぶ為だと考えていた。
(そして私がこうなってからちゃんと戦い始めて、……あれ?)
ナガレはふとそこで今回の事件の事を思い出す。
化け物が人間に化けている。
しかしある可能性に気が付いた。
(もしも、これが人間に寄生するタイプだったら…)
人に寄生し乗っ取るのだとしたら。
(……ま、まさか、コイツ、……わ、私が、狙いだったッ―――)
ここでやっと化身の思惑に触れた。
(に、逃げ)
逃げる、その判断はすでに遅かった。
静止したような世界で、変化が起きる。
(ッ!? か、変わっていく!?)
気持ちの悪いほど時間が遅い世界、そこで粘土の様に化身が柔らかく太い紐状に変わっていく。
剣を中心に空間をあけて取り巻いていく。
(剣が!?)
さらに剣は化身と同じ白い色へと変わり、剣の先から細い糸状になり、太い糸と絡み合い始め、ナガレを飲み込むように取り巻き。
(遅、かった―――)
ナガレのすべてを飲み込んでいった。




