テイマーは面白い? その6
無言で宿に戻った二人は酒場の席に座り思い思いの表情で時間の流れに身を任せる。
プリスターは何か方法がないかと一人ネットなどを眺めながら模索し、ミナモは退屈そうに足をぶらつかせてテーブルに突っ伏す。
「姫」
「姫じゃないけど、何?」
「姫は初心者じゃないですよね?」
初心者と言っていたが、その立ち振る舞いや言動は初心者のそれではないことは薄々察していた。
「初心者の定義にもよる、ネットゲーム歴はそこそこあるし、このゲームのプレイ歴は半年ほど」
「十分初心者じゃないですよ…」
「他のプレイヤーとの行動なんて殆どないし、このゲームの一般的な知識もそう多くない、そしてテイマーなんて初心の初心。そういう意味では初心者と何ら変わりないよ」
「そんなもんですかね?」
「知ったかぶりができないのさ」
「じゃあ綺麗な羽の正体を教えてください」
「言って信じるなら教えてあげるよ」
「信じます」
プリスターの表情は真剣そのもので茶化す事は無いだろう。
しかしミナモはそんな状態でも真面に信じるのか疑問に感じていた。
「噂程度でいいから、このゲームは他のゲームのストーリーやアイテムとか色々要素が入ってるって言うの知ってる?」
「え? ……確か、そういう眉唾の話は聞いたことがあります」
噂と言っても有名ではなく、とてもマイナーな噂の部類だ。即興で思いついた嘘の様な、そんな信ぴょう性のない話となっている。
「う~ん、ほぼ嘘みたいな状態なんだね…」
「本当?」
「さあどうでしょう」
プリスターは半信半疑であったが、話が進まないというならばそれを受け入れるしかなく、じっとミナモが話すのを待つ。
「まあ、信じるか信じないかは自由に、私は羽について話すから適当に聞き流してよ」
ミナモは羽の正体、天使について話すが、プリスターはやはりまだ半信半疑であった。
完全に信じられない理由はいたって簡単だ、証拠が無いからだ。そんな状態で話しても妄想の範疇を出ない。
「まあ、確たる証拠も無いからね、そう易々とは信じないのも頷ける」
「……正直、そうですね」
ミナモは一人立ち上がり宿の受付へと向かう。
「どうするんですか?」
「手っ取り早く証拠を突き付けて動いてもらった方が早いかもしれない」
何をするのか不安になり、プリスターはその後ろを追いかけた。
「店主~」
「なんだ?」
「ここ数月一日寝込んだ人どれだけいます? できれば接触したい」
「ん? …ああ、あの流行り病かって噂が立った時のか。
確か……」
店主は考え込み、一考すると難しい顔でミナモを見詰める。
「どうしたんですか?」
「い、いや、……う、う~ん」
言いたくても言えないのか、ミナモを見て話せずにいる。
「寝込んでる奴に殺意でも向けられましたか?」
図星のようで目を白黒させたが、次第に顔を伏せていく。
「……ああ、そうだ」
「やっぱり」
「なんで分かったんだ?」
「単刀直入に、子供たちが持っていた綺麗な羽は今誰が持っている? 行方知れずの子供の兄?」
「綺麗な羽? …羽?」
記憶を探り羽についての情報を思い出そうとするのだが、羽についての記憶はなく首を横に振る。
「分からない、俺はその羽というのを知らない」
「なら寝込んだ奴に会いたい」
「分かった、しかし一体何なんだ? 子供達はそれで解決するのか?」
「今は暗闇の中を藻掻いてる最中さ、一つ一つ潰していくしかない」
子供達を追うよりも、目の前の障害になるだろう事象を一つ潰す事を優先した。
店主に先導され、一軒の家に向かう。明かりが窓から漏れていて起きていることが伺える。
しかし扉の前でノックをして件の相手を呼び掛けるのだが応答がない。
「誰も居ねぇ、まさか探し回ってるのか? あの娘は外なんて出歩けるほど強くはねぇぞ」
「……次の家に行きましょうか」
「全部は知らんがいいか?」
「全員でなくてもいいよ」
さらに次の家に向かうが、その家にも寝込んでいた者の所在は無かった。
「ここも居ないんですか?」
プリスターはミナモの言っていることに信ぴょう性が生まれてきたことに不安感を大きく募らせる。
「ここの奴はガタイが良いから捜索に行ったかもしれん」
「じゃあ行ってない人で思い当たる人は?」
「……あの家なら」
「もう居ない気がする」
次の家へと向かうが、結果はミナモが予想した通りに、寝込んでいた者の姿が無かった。
「なんで居ないんだ?」
答えを求めるようにミナモに視線を向ける二人。
「さあ? でも出払ってるっていう事は何かしらの行動をしようっていうのは分かる」
その行動が知りたいのだが、ミナモも詳細は分からない。
「それを一番知りたいのだが」
「分からん、しいて言うならろくでもない事なのは間違いない、ひょっとしたら子供達はそれに巻き込まれたのかも。
……このタイミング出払うっていうのもタイミングが良すぎる」
偶然にしてはあまりにも事態が噛み合い過ぎていた、偶然ではなく必然と考えるのがもっともな考え方だ。
「…もしも、洗脳されてるとして」
「洗脳!?」
プリスターの言葉に店主が驚愕するが、プリスターはそれを説明せずにミナモに尋ねる。
「解決するにはどうしたら? 解除方法は本当に無いんですか?」
答えを求めるが求めている解答を出す事は出来ない。
「肉体の変異が始まる前は殺しやすい」
「ころ、す?」
プリスターは困惑する、洗脳はされていても捕らえて拘束すればいいのではないかと、そんな考えしかない。
それなのに突然殺害と言われれば嫌でも頭が混乱する。
「殺すって、え? なんで? 捕らえて何とか洗脳を解くようにすれば」
「肉体の変異が起こるんだ。
最初は思考が、そして次第に肉体が変わっていく、そうなれば多分手の着けようが無くなる」
「変異って…」
「幸い羽一枚じゃ10人、状態によっては20人程度しか眷属を増やせない」
そしてプリスターに向き合い。
「覚悟を決めなくてはならないよ、無論、逃げるのも一つ」
「逃げる?」
「逃げればそれで君は手を汚さずにいられる、苦しい思いはしなくなるよ」
プリスターは間違いなく村人に攻撃することを躊躇うだろう。
攻撃できても殺害までに至ることできない、それは想像に難くない。
逃げる事でそれ等を回避できるのならそれも選択の一つである。
「無論変異体はこれからもこの村に潜伏し続けるか、もしくはどこかへ向かうか、あるいは」
「あるいは?」
「この村から人が居なくなるかもね」
「……この村で何が起きるんだ」
ミナモは拳を握り親指だけを下げて首元に持ってくる。
「これさ」
そして首を切るように動かして見せた。
惨状になるのは避けられない。
さらに選択させるのは、話を聞いた店主にまで及ぶ。
「さあ、店主、私の話を戯言と切り捨てるか、信じて何かしらの行動に移すか。
選択の時だ」
突き付けられた言葉のナイフに二人は黙り頭を悩ませるしかできなかった。
突然そんなことを言われても対処など難しい。
しかしこのまま手をこまねいていても見えない所で事態が最悪な方に転がっていくのも確かだ。
「姫は、どうするんですか?」
「私はどうもしない」
「どうもしない?」
「正確に言えば何かをしようと言う時は、誰も手を付けられなくなった時だけ、例え奴らが暴れだしても何もせず静観する」
「そんな…」
「いざ戦いとなるならば、君が頑張るか、あのテイマーが戦うしかないよ。
幸いここから街は近い、プレイヤーでも呼んで対応してくれるだろう」
「私も半信半疑なのに、……来てくれませんよ、洗脳されて暴れるかもしれないから助けて? 私が正気を疑われます」
「なら子供が行方知れずだからと、それで呼べばいい、大事なんだろNPCが」
「そ、それなら」
何をするにもプリスター一人では対処に困る。
人が多ければそれだけ案が増える。
急いで公式掲示板で人を募ろうとした、のだが。
「ま、待ってくれ、さっきの洗脳や変異って、も、もしも本当にそうなったら、その人達はどうなるんだ? 家族が居るんだぞ、殺さないだろ?」
店主がすがるように訴えかける。
「私以外の人達が妙案を思いつくかもね。
と言っても、タイムリミットはもう過ぎてるとは思う」
「タイムリミット…、に、肉体の変異は?」
「洗脳後半月から一月くらいで肉体の変異は終わる、潜伏してるという事は人間に化けてるんだろ。
羽の持ち主か天使は相当したたかで用意周到なのだと想像できる」
ミナモが一人納得しているさなか二人は必死に知恵を巡らせていると、突然ミナモが立ち止まりプリスターと店主がぶつかり立ち止まる。
「……あの山の頂上付近で戦ってる」
「え?」
「あそこ」
ミナモが指さす場所は山の一角であった、一見何の変哲もないはずなのだが、二人が目を凝らしていると。
「光った!」
パチパチと光が何度も迸る。その光は山の木で邪魔されて何の光なのか分からないが、激しく何度も点滅していることから松明などの光ではなく戦闘により発生した魔法などの攻撃にしか見えない。
真夜中にそういったやり取りがあるのは珍しく、野生のモンスター同士でそういった戦闘はあり得ない。
「あのテイマー、子供達を守りながら戦ってる、私達よりも早く行動してた様だね」
「子供達が!?」
「ど、どうしてわかるんですか!?」
ミナモはアウトセンスで見つけたが、原理の分からない二人は困惑するしかない。
「相手は、ふむ、……じゃあ私達は村を行こうか、その方が良い」
「村にって、こ、子供達なら助けに――」
「一瞬であそこまで行けるならそれでいい。
私達は全て後手に回ってしまっているからね」
「後手って、……まさか!?」
「覚悟を決める時間もなかったね」
足取りは変わらずミナモは村の中央の方へと足を向けていった。
☆☆☆
時間はミナモ達が寝室でログアウトした時に後、メイアも少ししてログアウトしたのだが、その30分後に再びログインしていた。
メイアはイトウの教育方針の話で、指示待ちという言葉に悩まされていた。
その事が頭から離れず再びゲームの世界に舞い戻ってきたのだ。
(指示待ち人間、……わたくしが何度も言われた言葉)
その言葉は自分に向けて言われた言葉。
メイアは自分を指示待ち人間だとは思っていなかった。
しかし教育された環境のせいか、両親の言葉をただ聞いてその通りに行動していた。
(お父様やお母様の言葉を聞いて、自分なりに考えて行動していたのに)
自分が考えて行動していたはずであった。
『言われたこと以外もちゃんとやってよ、こっちにもやる事あるでしょ? みんなやってるよ、何もできない指示待ち人間なの?』
その言葉は文化祭があった時の事だ、学園に入学後周りと馴染めぬまま時が過ぎていき、団体行動となった時に全員が自主的にやっていた時自分は何もできずにただ立ち尽くしていた。
同じく何をやるのか分からない者も居たが、そんな人間も近くに居た者に話しかけて行動していた。
(初めての学園祭なのに、みんなきっちりしてた)
人に尋ねて行動しようと思ったが、教師からの指示以外の行動に驚きを隠せなかった。
何故行動しているのか、本当に教師の指示以外の事をしてもいいのか、そんな疑問が浮かんでは消えて行動にすら移せなかった。
『ガチガチのお嬢様育ちみたいだし、所詮ただのボンボンよね』
メイアの育ちは良くも悪くもお金持ちの父母による教育だけで、娯楽に手を伸ばす事よりも勉学に励ませるタイプのものであった。
学校でもそういった自主性を高める様な教育ではなく、知識を増やすだけの授業ばかり。身なりの良い生徒だけという事もあり授業内容も凝り固まっていた。
周りの人間も、親同士が交流による繋がり、決められた相手以外の交流は出来ず、似たような人間ばかりしか接してこなかった。
(…まったく合わなかった、別な生物が話してるかのようだった)
高校に入学するにあたり、メイアの両親は世界の広さを伝える為に多種多様性を重んじる学校に進学させた。
そこは完全に異世界、知らない者達が会話し、言語が同じなのか意味不明な話題をする者達ばかりであった。
(だから、必死に話を聞いて、自分を変えるためにゲームをプレイし始めて…)
飛び交う言語にVRやゲームという単語を聞き、普通の人間はゲームなどをして遊んでいるという事を知った。
現状誰かと話を合わす事すら難しく、そして話すこともできない為、切っ掛けを求めてゲームを始めた。
そして飛び込んだゲームの世界でも困惑することになる。
何処を見ても人、人、人、翻訳されて同じ言語を聞いているはずなのに、高校に入った時同様に異世界の言葉ばかりだ。
荒波に飲まれたが、平然と、しかも楽しそうに話す者達に負けじとその言語の解読を始めた。
最初は騙されてテイマーをし始めた、お勧めとされていたが当初は不遇でしかなかったテイマー、メイアは仲間になったモンスターをどうすればいいのかも分からず強くなるために只管戦ってきた。
メイア自身強くないという事もあり、的確な指示は出来ないが、情報を次々と仕入れて自分なりに考えて育ててきた。
知れば知るほど世界が広がっていき、プレイヤーが話す言葉の意味も理解し、現実での教室での会話というのも理解できるようになってきていた。
サブカルチャーに触れてメイアは成長はしているものの。
(それでも友達は出来なかった……)
いざ話しかけようとしたとき、声が出せずに話すことができなかった。
いつしか臆病になり、そしてゲーム内部でも只管一人で行動してしまっていたというのも裏目に出てしまった。
(それでも上手くはやってきていたけど)
ゲームにおいてはNPCやプレイヤーと話す事が多い。
話は事務的な事ばかりで盛り上げる事は無かったが、同じような人種がそこそこ居たため無駄な会話もなく。
(戦ってばかりだった、それしか知らなかったから)
ゲームイコール戦闘という考えの人が多いせいで、活気ずくWLM内の情報は戦闘面の話題が多く、メイアはそのことばかり仕入れて戦いに明け暮れていた。
最初は苦手であったが、ストレスの発散や従魔達が強くなって進化していくのを見て一喜一憂し楽しくなっていた。
戦う事ばかりだと思い込んでいたからこそ強くなり、そして『仲間』ができると思って一心不乱に頑張ってきた。
何時しかトップテイマーという名前を頂き。
(けど、友達は出来なかった)
逃避と同じであった。強くなることでそういった仲間や友達が増えると思い込んでいたのだ。
心を許せる友達や仲間というのに巡り合うことは出来ず、頭を悩ませる。
そんなある時、ゲーム内の喫茶店で複数人で談笑している会話が耳に飛び込んでくる。
『だっる、もっと楽に稼げないのかなぁ』
『それな』
『なら俺の体を売るよ、安いぜ』
『要らねぇ…、会ってそんな経ってねぇだろ、第一男だろ俺たち』
『俺ならいいぜ』
『うわ、きもっ』
下らない談笑と下品な会話、ゲラゲラと笑う声はメイアにとっては不快としか感じれない。
だというのにそのやり取りに心は惹かれる。
(どうしてあの人たちは会ったばかりなのに仲良くできるんだろ…)
自分になくて他にあるもの、手を伸ばせは届く気がするが、どうしても手を伸ばせずにいた。
(わたくしもあんな親密に会話なんて…)
フレンドリー対応というのがどうしてもできずにいた。
これだけはどう頑張ってもできる気がせず、時間が経つほど難易度が上がっていく。
『つーか、ほんと、親しみやすいよなお前』
『当たり前だろ』
『どういう意味だよ?』
それはメイアが知りたかった事、自然と彼らの話に意識を集中して聞いていたのだが。
『素を出しているからだよ、一々へつらってても合わないやつとは合わないから、素を曝け出していくのさ。
そうすりゃ気の合うのしか残らんからな』
それはメイアが求めていた答えではなかったが、それを参考にして出来る限り思った事を口にする事にした。
とは言え、それをして今に至る為効果があったわけではなく、むしろ孤高、悪く言えばコミュニケーション能力の欠如、所謂コミュ障を発症した人物でしかなかった。
(どうしてあの子たちはすぐに打ち解けられるんだろ……)
ミナモとプリスター、その二人を見てメイアは打ち解けの速さに驚かされた。
(そもそもあの子、ミナモっていう子はあまりにもだらしなかったのに、…一番何かを考えてる風で、……悔しい)
あまりにもだらしなく、しかし柔軟に態度を変えて潜り込む、飄々としてしかし実力を示し、羨ましくも腹立たしく嫉妬を抱いてしまっていた。
「はぁ」
ため息をつき酒場を後にして外の空気を吸いに行く。
星々の瞬きと近くから漏れる生活の光が心地いいのだが、この時ばかりは雰囲気に浸ることが出来なかった。
宿の裏にある従魔達の宿舎に向かうと、二匹の従魔はメイアの姿を確認して立ち上がる。
(……わたくしはこの子達にも間違った育て方をしてしまったんでしょうか?)
自主性を重んじる、その育て方を知りメイアは自分の行動が間違っているのではないかと強く不安を抱く。
従魔達の顔をそっとなでると従魔達はメイアに頬擦りをして返す、その行為に不安が少し取り除かれるが、すべてを拭い去ることは出来ない。
(今からでも、遅くはない、わたくしだって変わりたいから)
自分を変える為従魔達の為にも、何度目かの再スタートを切ることにした。
自分に気合を入れたところで、ふと従魔達がメイアではなく、一斉に別な方へと視線を向ける。
「どうかしました?」
釣られてそちらの方を見ると、そこには小さな人の影がいくつか建物の影から顔だけ覗かせいる事に気が付いた。
(子供達? こんな夜に?)
子供達が不安そうにしながら眺めていたが、意を決した一人の子供が恐る恐るこちらへと近づいてくる。
「どうしました? もう夜ですよ?」
「た、旅の、姉ちゃん、って強い?」
「え?」
質問の意図は分かるのだが、何故それをこの時間に脈絡もなく聞かれるのか意味が分からず首をかしげる。
「一応は、強いつもりですが」
「じゃ、じゃあさ、お、俺たちを、この、村を救ってくれ!」
突然ことにさらに首を傾げることになった。
色々投稿時間弄ってます




