テイマーは面白い? その4
日が沈みだし、一行は近場の村に辿り着いた。
結局イトウが滝を登れることはなく、収穫も得られぬままであった。
「う~~~ん、ふぅ。
久しぶりにのんびりできた気がしますよ」
「それは良いことだ」
プリスターは休日を満喫したかのように表情が崩れていた。
しかしメイアだけは難色を示す。
「…良いことなんですか?」
「このゲームは自由なんでしょ? なら楽しんだ者勝ちだよ」
「実入りのない時間にしか思いませんが」
「メイアちゃんは生真面目タイプだねぇ、友達出来ずに孤立しちゃうよ」
その言葉に顔が引きつり口を閉ざした。
図星をついたのはミナモは分かっている、そもそもこの言葉は意地悪とメイアの性格の取っ付き難さ変えるためのアドバイスでもあった。
「休息は人の心に余裕を与え、蓄えた余裕で多くの事を成す準備になる。
余裕がないと考えも行動も窮屈になっちゃうよ」
「誰の言葉です?」
「知り合いの言葉と、実体験からくる言葉、つまり私のだ」
ドヤと誇る顔をするとプリスターはころころと笑いミナモの頬をぷにぷにと突き揶揄う。
今日出会ったばかりだというのに打ち解けるその姿を、メイアは少しだけ羨ましそうに眺めていた。
突然ミナモが立ち止まり、周囲を見回して腕を組む。
「あれ? どうかしたんですか?」
「ん~、何でもないよ」
ミナモはさらに天を仰ぐように眺めるが、瞼は閉じたままであった。
「そう言えばずっと目を閉じてますけど、…なんで?」
プリスターはミナモがずっと目を閉じている事に違和感を今になって覚えた。
目を閉じれば前が見えないはずだ、ゲームでもそれは変わらない。
アウトセンスがあり目を閉じていても問題なく見えるが、それでも普通は目を開けて見た方が現実への負担を考えるならば開けておいた方が良い。
「強キャラ感が出るでしょ」
「大変じゃないですか?」
「それは見栄え優先で高速で瞬きして把握だよ」
「めっちゃ努力してますねぇ」
さらに頬を突く弄り、ミナモはひょいひょいと避けて駆けだした。
「宿に行きましょ、宿」
宿、特にベッドで眠る事によりステータスを微々たるものだが上昇するバフ効果を得られる。
休める場所があるなら資金を払ってでも休む事を推奨するゲームの為、プレイヤーは癖のようにまずは宿を確保するようにしていた。
「あ、ちょっと雑貨屋」
三人が宿に向かう途中、ミナモは少し用事を思い出して雑貨屋へと向かう。
「何か必要なの?」
「桶」
「桶?」
「イトウさんを入れるための桶、ログアウトするとこの水球消えちゃうだろうし、念のためね」
「なるほど」
夜になれば店が閉まる、店が開いているうちに購入する事にした。
店番をしていたのは女性の店員だけで、ミナモは朗らかに微笑み話しかけて桶を購入する。
「丁度ですね、ありがとうございます」
「はい、どうも~。
…身形をとやかく言わないのは珍しいですねぇ」
そんな言葉を投げかけるが、女性の店員は表情を変える事も無く、そして返答も無い。
ミナモは相変わらず笑みを崩さぬままパタパタと店の外へ出て行った。
(あっ、宿代が無い)
桶を購入したのは良いのだが、これから泊まる宿代が無く一番星輝く空を仰ぐ。
「……最近稼いでなかったからなぁ」
旅すがら寝泊まりと食事代を自給自足で稼いでいた、プレイヤーに頼れない以上NPCに物を売り稼いでいたが、その売る物を現在所持していない。
「はぁ、仕方ねぇ、NPCから金を巻き上げるか」
即興で稼げる手段で、NPCから搾取することを決めた。
向かうのは酒場、と言っても宿も兼ねていて、そこには先に来ていた二人が受付を済ませてロビーで待っていた。
「桶はありました?」
「あったよ。まあ宿代が無くなったけど」
「え? ずいぶん金欠ですね、私が貸しますか?」
「貰うんだったらいいけど、貸し借りは嫌だから適当に稼ぐよ」
プリスターはさほど高くもない宿代を上げようと思ったのだが、声をかける前にミナモは宿の店主の方へと向かって行った。
数度会話すると店の店主は腕を組み少しだけ悩み。
「…まあ、いいだろう、下手なことはするなよ、駄目ならすぐ止めるからな。
子供だからって竜神様は逃さないぞ」
「竜神様?」
三人は首を傾げ尋ね返した。
「竜神様はここ等を守る守り神だ。
豊穣も司ってる凄い神様だぞ」
「ほぉん、なるほど。豊穣という事は雷の音を竜の咆哮と勘違いする伝承が多い、雨を呼ぶという事でそうされてるんだろう。
竜神の怒りは洪水を指すのかな?」
ミナモが一人そんな事を説明するが、店主は呆れたようにミナモの額をデコピンではじいた。
「罰当たりだなぁ」
「私が神だぞ」
今度は頬を引っ張られ、苦笑いをする二人にさらに説明をした。
「竜神の怒りは炎の海に沈める事だ、ちゃんと納める祠が西の湖に、…あるらしいから、そこに祈りを捧げるといい」
「火の海、雷が木の落ちたのかな?」
ミナモの頬を解放し背中を叩く。
「さて、やりますかぁ」
「何をするんですか?」
「私に惚れさせ、金を巻き上げるのさ」
「…惚れ? え?」
「惚れるなよ、むふん」
何か不穏な事を口にして店主と共に受付の奥にある酒場へと足を踏み入れていった。
(惚れ? ……ほ、ホステスみたいな事するんですか!? え? といか、その先まで!?)
プリスターは想像を発展させ、如何わしい事を妄想すると、慌てて後ろを追っていく。
何をやらかすのか不安になったメイアはため息をつき無言で後を追って酒場へ足を踏み入れる。
(賑やか)
メイアは普段立ち寄った事すらない酒場を見て、飲んだくれの親父などが騒いでいる事に呆れる。
何がいいのか理解できず、ゲラゲラと笑う姿に嫌気すら湧くほどだ。
町の喧騒は嫌いではない、だが下品に笑う姿などは好きにはなれず、ただただ不快感という言葉しか浮かばない。
「あわわわっ、お、大人の階段っ」
プリスターは一人泡を食ったように一人慌てているが、その理由がわからず首をかしげる。
ミナモに視線を向けると、部屋の片隅にある窓際へと立つと、ヴァイオリンと一つの楽器を取り出した。
(ヴァイオリン? ……それにあれはピアノかしら?)
取り出したのは小さなグランドピアノであるが、ピアノは小さくおもちゃのようであった。
二つの楽器は宙を浮きふわふわと浮かんでいる。
(一体何を?)
そんな疑問を抱いていると、ミナモは口をゆっくりと開いていき。
次の瞬間、小さなミナモの体から旋律が鳴り響き始めた。
「え?」
静かに、しかし透き通ったその声は全てを静止させるほどの声と音色を醸し出し人を惹きつける。
驚いたのはメイア達だけではない、その場にいた全員が静まりミナモへと視線を注いでいた。
ミナモはその視線を物ともせず奏で続け、人の心を捕らえる。
音の波が全てを覆いつくす、先ほどまで騒いでいた者たちは言葉を失い、その旋律に飲まれていた。生唾すら飲めないような雰囲気にただ聞き入る事しかできない。
(ど、どういう事なの?)
メイアが驚くのはミナモの声だけではなく、小さなおもちゃの様なピアノから響く重厚な本物のグランドピアノの音だ。
ピアノはその大きさだからこそ弦とそれを叩く音が綺麗な音を奏でる事ができる、しかしその小さなピアノからは普通ならば重厚感のある音は奏でる事はできない。
(吟遊詩人の能力に自動演奏はありますけど、楽器が浮くことは無いはず、……それにこの歌声、一体)
声であり旋律でもある歌声は、聞く者を魅了する。
その一つ一つの音の粒は細く、しかしそのか細さに濃密なほどの情報が膨れていて溺れてしまいそうなほどだ。
音色により歌詞の中にある物語の主役になったかのように配役を置き換えていく。
(嗚呼、まるで、夕暮れの中一人で寂しく歩いてる様……)
奏でる音色や歌詞はとても寂しく孤独を感じるものであった。
自分が哀愁漂う雰囲気に包まれ胸を締め付けられる感覚すら覚える。
奏でれば奏でるほど歌の中の物語は進んでいく。
最初は夕暮れの中を一人寂しく歩いていく物語であったが、時間は過ぎ夜闇に飲み込まれ、夜の中を彷徨う。曲が終わりに近づくほど闇は浅く、彼方から朝日が見え隠れしていた。
最後の一音が響くと光が差し込みその場にいた者たちは安堵し、平穏を手にしたように心が落ち着いた。
しかし一息ついたのもつかの間、朝焼けと共に清々しさも含まれた歌声が次の物語へと誘ていった。
「終わってしまった……」
それは誰の言葉か、自分かはたまた近くにいた人物か、どちらにしろミナモのコンサートは4曲で終わってしまう。
誰もが名残惜しく視線でアンコールを訴えるもミナモは胸元に手を当てて一礼をすると。
「金入れろ」
雰囲気をぶち壊す一言を呟くのであった。
雰囲気を壊す言葉を言われても、自分の内にはまだ余韻が強く残り、操られるようにお捻りを用意された桶へと入れていった。
ほぼ全員から入れたのを確認したミナモはお捻りを回収し、メイア達の元へと戻り。
「金」
「おいくらでも」
「ちょ、ちょっと、しっかりしなさい」
ずっと口元を押さえて感動していたプリスターが資金を投入しようとしたところでメイアがそれを取り押さえる。
「離して、推しが推しが、求めてくるの!」
「推しは分かりませんが、今の貴女は正気じゃありません、少しは落ち着きなさい!」
プリスターを抑えつけたところで金貨が舞い込んでこないと悟ったミナモは桶を仕舞い、名残惜しそうにして宿の受付へ向かった。
受付を済ませて戻ってきたミナモは。
「現実2時間休憩ね、じゃお疲れー、時間はこれ」
全世界共通の時計があり、その時計での時間を伝えて寝床へと向かった。
「姫ぇー」
プリスターは名残惜しそうにしながら見送り、強制的にメイアに席に着かされる。
「なんですそのアイドルを追っかけるみたいな感じは」
「何も見たまんま、私が知りえる以上の最高のアイドルだぁ」
「アイドルというよりは歌手でしょ」
「歌手ってアイドルでしょ?」
「同一視しないでください」
「どっちでもいいです、嗚呼、とても素晴らしかった、今まで見てきたアイドルが全員霞んで見える、どんなライブであってもあれを超えられない、嗚呼、嗚呼」
興奮に混じり、恍惚とした表情を隠すことなく露にし、ただ只管感動に浸る。
「……まあ、確かに最後と衣装以外は間違いなくそうかもしれませんが、……釈然としません」
間違いなく今まで見てきたアイドルより輝いて見えたが、見た目と性格が受け入れるのを許さない。
他にも派手なパフォーマンスや踊りはないが、その抜群の歌唱力が全てを許せる。
「嗚呼、やっと理解しました、私の追っかけはこうやって――」
「追っかけ?」
「え? あっいえ、なんでもないです。
それよりも私は姫を出迎えるために寝ます、でわ!」
ミナモにほれ込んだプリスターは待ち合わせ時間に絶対に遅れない為に急いで寝室へ向かっていった。
「……あの子、少し前までわたくしを様を着けて慕ってくれていたのに、戦ったり付きまとったり、しつこかったのに、なんですかこの気持ち、釈然としない…」
何かをミナモに取られた様で釈然としないメイアである。
☆☆☆
2時間もせずにミナモは再びログインしイトウと共に寝床を出る。
イトウを育成しようと早めにログインしたのだが、外の様子が少しおかしいことに気が付いた。
「騒がしい」
夜だというのにバタバタと足音が響く、そして窓の外からは松明に火をともして動き回るNPC達の姿があった。
ミナモは不思議に思いながら受付へと向かうと、受付をしていた店主が駆け寄ってくる。
「お客さん、お話があります」
「話? この騒ぎと何か関係がある」
「ええ、そうです。
お客様は冒険者とお見受けしますが、依頼を受け付けておいででしょうか?」
「内容にもよるけど」
こちらへどうぞと酒場の席へと招かれミナモはその席へと座る。
店主の表情は真面目で内容が深刻な事を物語っていた。
「単刀直入にお伝えします、子供が複数突如として行方不明になりました、それを探してほしいのです」
「…ふむ」
奇妙な事件の幕が開き、ミナモは内心刺激的な内容にほくそ笑む。
この村にある複数の特徴ある気配が存在している。その事はこの村を前にすぐに分かった。
その気配が関係しているかもしれないと思うと、事件の内容に期待していた。
「できる限りの事はしますが、絶対的な保証はしません」
「お願いします」
解決後の報酬の話をしたかったんのだが、その話は心の中に止め、ミナモは詳細を訪ねることにした。
「ではまず、行方知れずの子供たちの人数、それと関係、後は家を教えてほしいですね」
「分かりました、できるだけお教えします」
店主の話を纏めると、行方知れずの子供たちの人数は8人、男6女2,年齢はまばらだが歳の差は上下4年程度。
男の子達は仲は良好で日頃遊びまわっている、女子はたまに遊ぶが、女子は女子で遊ぶことが多かった。
行方知れずになる前までは、しっかりと家に居て眠ったのを確認したが、気が付いた時には全員が居なくなっていたそうだ。
「ふむ、この村に他に子供は?」
「まだ居ますが、比較的に仲の良い子供達が…」
「う~ん、子供心からくる家出とか、肝試し? どちらにしろ情報が無いからその行方不明の子たちの家に行かないとダメか」
得られる情報が無いため、店主を引き連れて聞き込みに向かった。
手始めに男子達のリーダー格をしていた家へと向かう。
家は村の中でも至って普通であり、大金のある家といった様子ではない。
(金目的の誘拐、ってわけじゃなさそう。
奴隷とかにする為? う~ん、まだまだ分からないな)
家のドアをノックすると慌てた様子で30代ほどの女性が飛び出てくるが、店主と知ると肩を落とす。
「あ、あの子は…」
「奥さん、しっかり、まだ見つかっていませんが、こちらの冒険者さんが力を貸してくれます」
店主は落ち込む男の子の母親を励まし、ゆっくりと家の中へと入っていく。
その後ろ追いミナモも中へ入り、男の子について話を聞き始めた。
「まずはじめに、お子さんは何か隠し事をしていませんでしたか? こそこそと何かをしていたり、そんな様子とか」
母親は慌てながら必死にこの一月にの事を思い出し始めるが、慌てている為か一月の記憶をうまく引き出せない。
「大丈夫です、ゆっくりと一つ一つ思い出していきましょう」
焦らせることなくじっと待ち続ける。
しっかりとした様子のミナモを見て、次第に落ち着きを取り戻していき、ミナモへとぽつりぽつりと話し始めた。
些細な事でも小さな事でもミナモに伝え、その思い出す過程で別なことを思い出してはミナモへと伝える。
そんな話のさなか、ミナモがとても興味をそそるような言葉が飛び出してくる。
「そうだ、天使の羽を見つけたと」
「天使の、羽」
「そうです、白くて宝石みたいな羽だと」
「その羽は?」
「えっと、確か、あ、そうだ、それも隠しておくと、内緒だから誰にも言わないでくれって」
「ふむぅ」
天使の羽と聞いて、いち早く思い浮かんだのは一つだけ。
そして関連した確信的なデータをミナモは持っている。
(普通の誘拐じゃなくて、アレ関係か?
…ただのミスリードの可能性もあるけど、……ふむ)
ある程度の情報を仕入れたが、当人たちにしか真実は分からず、どれもこれも確定的な情報ではない。
まだ拾いきれていない情報を得るためにさらに尋ねる。
「…この家、もしくは物置で子供が物を隠す場所ってありますか?」
「物を隠す? 一応は」
「少しそこを探したいのですが」
「わ、分かりました、息子が見つかるなら」
ミナモはさらに情報を得る為に子供がよく出入りする部屋へ向かう。
ベッドの下や子供が仕舞うおもちゃ箱、それらを等しき探し、ミナモは少しだけ足をまげて、視線の高さに手を置く。
「どうしたんですか?」
「子供の視線になって見てるだけ……、あ」
周囲を見渡してみるとタンスとその上にある小物入れの間に隙間があるのを見つける。
その隙間は子供の手がギリギリ入るほどで、その手前の場所にたまっていただろう埃が子供の手ほどの大きさに消え去っていた。
隙間に差し入れたミナモの手に紙らしきものに触れて、それを指と指の間で挟み取り出す。
「……地図?」
子供の落書きなのだが、家の様な形と大きな木など地図の様なものが書かれていた。
大きな木の近くにバツ印が記されていた。
「これは?」
母親は地図の様なものを知らないようで首を振っていた。
「これはこの家で、この木は?」
「多分東の森にある大木じゃないか、あそこは子供の遊び場になっているからな」
「このバツ印は?」
店主が代わりに答えたが、バツ印だけは首を横に振り答える。
(片っ端から調べるしかないかな)
さらに情報を仕入れるために他の子供たちの家へ向かうことにした。




