テイマーは面白い? その1
シェーロ達と別れた二日後、ミナモは相も変わらずメルテトブルクの一角の裏路地で溶けるように横たわっていた。
「たちけてぇ…」
あまりの退屈さにそろそろ限界で、別窓を開いて、最初からパソコンにインストールされていたソリティアを無心でプレイしていた。
他にプレイしたいゲームも無く、ソリティアを極めんとただ指を動かしている。
そんな時だ、神風が吹いた。
「なんですか、その腑抜けた面は」
声は少女と女性の中間くらいの年頃の声色で、声同様に年頃の少女といった風貌であった。さらさらと明るい亜麻色の長い髪が光りに当たり輝く、纏っている衣装もきちっとした清楚なワンピースをファンタジー世界風に落とし込んだ着衣である。
彼女の近くには神秘的な純白の一角の馬ユニコーンと、骨を纏った毛並みのいい黄色のメスのライオンが並び立っていた。
「あ゛ぁ゛~」
ゾンビの様な声を上げるとさすがに眉をひそめて一歩引いて警戒しはじめる。
「お゛いでげぇ、面白いこと置いてけぇ゛~」
「か、変わった物乞いですね……」
少女はため息をつき、ごみを見るような目でミナモを睨む。
「そんなに退屈なら別なゲームでもしたらどうですか? 楽しく遊んでいる者達に失礼ですよ」
「面白そうなネトゲもオフゲもない、後二か月待たないと出ないよぉ」
「なら現実で身になることでもしなさい」
「うごぉぉ、至極真っ当な意見で耳がいだいぃ」
三流の苦しむ演技を見て、少女はミナモを見ないふりして過ぎ去ろうとする。
「うごごごごぉ」
「……もっとしっかりなさいな!」
振り返り叱りつける。
どうしても腑抜けているミナモを見過ごせなかった。
「うごぉ?」
「面白いことなんてこの世界に一杯あふれているでしょ! 貴女はそのすべてのことをやったのですか!?」
「やってないんご」
このゲームはだだっ広い、すべてを熟すことは難しい。
目についたことを一通りやってきたが、一人で細々とやっているだけで、そこに楽しみを見出す事ができなかった。
「ならやりなさいよ!」
「何をするの?」
その問いに答えようとしたのだが、開いた口から声が出ることはなかった。
「……て、テイマーになればいいではありませんか!」
そして自分が一番面白いと思っているを口にする。
「この子達は全て答えてくれる、最高のパートナーになります、…世界が変わりますよ」
「テイ、マー…」
「なんですか? 文句でもあるんですか?」
「ていまー」
ミナモの心に響くものはなく、変わらず腑抜けた面のままであった。
その表情に苛立ち頭を一搔き、足を鳴らして近寄り首根っこを掴んだ。そしてそのままユニコーンの背にふわりと飛び乗る。
「さあ、行きますわよ」
ユニコーンの背から純白の翼が生えてくる、羽ばたき見えない足場を蹴るように天を駆ける。
さらに傍にいたメスのライオンは子猫のような姿をとると少女の膝に飛び乗った。
「実際に何かをテイムすれば意識も変わるでしょ!」
「知らない人に拉致されるぅ」
「メイア!」
ムキになり街の外へと連れ去って行る。
飛ぶ鳥よりも早く飛び、最寄りにある近くの河川敷へとやってくる。
「さあ適当に好きなモンスターをテイムなさい」
「スキルつけてないよ?」
その言葉にメイアは凍り付いた。
そして冷静さを取り戻していき、自分が後先考えず行動したことに頭を抱えた。
「ふっ、つまりスキルなしでテイムしろということだな、無理難題をおしつけよる、実に気に入ったぞ」
「え? あ、え? あ、はい…」
「見ておれ、我に挑戦状をたたきつけたことを末代まで後悔させてくれようぞ!」
「意味が分からないですけど、絶対にキャラ違いますよね?」
ミナモは適当に小走りで川辺に近づいていった。
テイマーに興味は一切なかったが、この出会いを良い暇つぶしと捉えて行動する。
(わたくしは何故この様な行動に…、よく考えればいくら腹が立ったからと言っても、見ず知らずの相手を連れ去って)
普段ならばこういった突発的な行動はしない。
その様な行動に移してしまったのには理由がある。
(……あの腑抜けた顔、見たことありません、人ってあんなになるなんて。
だらける人や飽きてる人などは見てきましたが、あんな人として終わってるような顔をするなんて、ありえない)
お節介というより、人としての存在を否定している様な顔をされるのが腹立たしかった。
人としての教示を示し、一人前にしたいという気合だけが先行した。
(まったく、どうしたらあんな感じに育つのだか)
呆れていると、先ほどミナモが向かったほうから大きな水音が聞こえてくる。
「……あれ? まさか、落ちたんじゃ?」
現実の川同様に川の流れや深さを再現されている、おまけに泳ぐのも本人の力が必要で勝手に浮くわけではない。
窒息して死亡ということもあり、メイアは草をかき分け焦りながら走り抜ける。
急いで周囲を見渡すがミナモの姿はなく、川に落ちたのは明白である。
自分もまた急いで飛び込もうとしたのだが、その時6メートルほど先から勢いよくミナモが飛び出した。
「テイムだー」
「え?」
ミナモの右手を天へ突き出し無表情でガッツポーズをしていた。
そしてゆっくりとメイアの方へと泳ぎ、長い雑草をロープ代わりに陸へと這い出た。
「取った」
ミナモは左手には魚が握られており、それをメイアへと突き出す。
「……魚を取ったからと言って、それはテイムではありません。
そもそもそこら辺の川魚をテイムなんてできません」
「モンスターだから大丈夫でしょ、後は根気よく洗脳とかするんでしょ?」
「せ、洗脳? い、いえ、そもそもモンスターじゃなくて、ただの魚」
「この世界の人間以外の生物なんて全部モンスターでしょ、動物なんていないし、そこらへん飛んでる鳥だって現実にいるような鳥でもない」
価値観の違いのせいか困惑してしまう。
ミナモが言っていることは正解だ、危害があるかどうかの線引き程度しかなく、人以外の生物は魔物という括りになっている。
一般的なプレイヤーにはその考えが浸透せず、このゲームについて雑学などを調べてる者たちにとっては常識であった。
「ま、まあ、詭弁は置いておいて、洗脳というのが謎です」
「詭弁じゃないけど。
テイムって要は洗脳でしょ、洗脳して自分の物にする」
さらにメイアは衝撃を受けた。
野生の生物を洗脳して我が物にするというのがミナモの感覚である、だがメイアは逆にテイムで仲良くなるという『魔法』の様なものとしか認識がない。
「つまり物理的、脅したり死の淵に立たせられればテイムが可能なはず」
魚はぴちぴちと暴れるが、陸に挙げられたことで鰓呼吸が不可能になり苦しんでいた。
そろそろ頃合いだと思いミナモは魚を川に漬けるが、その手を放そうとはしない。
そしてしばらくするとまた宙へと引きずり出し眺め始めた。
「や、止めなさい! 可哀そうでしょ! 貴女はサイコパスですか!?」
「これもスキルなしテイムの為、この魚は犠牲になったのだ」
「わ、わかりましたから、街に戻ってセットしましょ、そして戻ってきましょう、だから元に戻しなさい!」
「えぇ、人類発展の一歩を踏み出すんじゃないの? それともスキルなしテイムって方法が確立されてる?」
「未解明ですがちゃんとあります! 自然と仲良くなることでテイムに成功はします!」
「むぅ、じゃあ苦しめてっていうのはまだ確立されてないってことだね」
「あなたのその考えは人として異常です!」
「人の範疇の考えだと思うけど、道徳的には私もどうかと思うけど」
「分かってるなら――」
「おっ」
そうこうしているとミナモがピクリとも動かなくなった魚を見て満足そうにうなづく。
「し、死んでしまったんですか!?」
「そもそも食料にしたりするんだから、死んでも大丈夫でしょ」
「ぐっ」
メイアはミナモの言葉に反論ができずに苦虫を噛んだような顔になる。
今までもモンスターを狩り食料や素材にしてきたことを思うと、その一言が一番心を抉った。
「死んでない」
「じゃ、じゃあ、弱ってるのでしょ」
「弱ってはいるけど、しばらく連れまわしてみるには丁度いい」
ミナモは魔法でサッカーボールほどの大きさの水球を作り上げると、そこに魚を放り込む。
魚はぐったりとしていたが、数秒すると動き出し、その水球から脱出を試みようとするが、水の膜から抜け出すことができずに水の中で動きを止めた。
「な、なんですかそれ」
「これなら便利」
見慣れない魔法に戸惑うが、ミナモはその魔法についての返答は無かった。
「それで、どうやってこれから面白くしてくれるの?」
「え?」
ミナモの言葉に本来の趣旨を思い出し、今後の展望を悩み始めた。
(ど、どうやって、……ど、どうすればいいの?)
魚を捕まえたがテイムしたわけではない、テイムしたならば先輩テイマーとしての指南をできるのだが、それの指南もできそうにない。
「テ、テイムしたわけではありませんから、どうも言えません」
「ならテイムするしかないなぁ」
(ほ、本来ならこんな展開では…、周囲にいる猫ちゃん型のモンスターをテイムさせて愛でさせるつもりが)
かわいいモンスターをテイムさせて母性本能に火をつけようという計画であった、予定というのはうまく行かないものだ。
こうなれば魚だろうがテイムさせるしかなく、スキルをセットさせようと近場の町を探しに地図を引っ張り出す。
(メルテトブルクよりも近く、ありました、ここなら三分程度で辿り着きそうですね)
帰るよりも早い場所を見つけ、メイアは再びミナモの首根っこを掴んでユニコーンの背に乗る。
「では早速テイムしに近くの町にいきますよ」
「うぃ~」
飛び上がり向かう先には小さな民家が点在している長閑な村があった。
穀倉地帯の為獣除けの柵に囲まれているが、柵の中だけでは安全地帯と認識されず、小さな店などがある村の中央付近が安全地帯となってた。
現在は青々とした麦が風に靡き海の様な波間に輝く光を放っていた。
村の中央付近に降り立つとミナモを地面に置き、ミナモはスキルをいじり始めた。
「魚なんてテイムできないわ、またあの場所に――」
「テイムできたよ」
「……え?」
きょとんとして首をかしげるメイアだが、目の前の魚を調べると確かにプレイヤーにテイムされたという証が表示されている事に気が付く。
「う、嘘でしょ?」
「いやいや、できてるから。
そんな珍しいことなの?」
ミナモはネットから検索をかけると、ミナモ以外にも釣りで釣ったただの川魚をテイムした報告がいくつかされているのを見つける。
「なんだ、やっぱり誰かがもうやってるじゃん」
「嘘でしょ? そんな奇行をする人が居るなんて……」
「先駆者のチャレンジを奇行と言うんじゃない。
まあ、戦力にすらならなくて殆ど志半ばで挫折してるみたいだけど」
チャレンジャーの記した書き込みをななめ読みで確認していると、魚をテイムしたが魚は自力では何もできずに育てることを諦めたという書き込みばかりであった。
メイアも慌てて調べ始めると、確かにチャレンジ記事を見つけて愕然としていた。
「うっわ、HP以外のステータスが全部一桁、HPもギリギリ10だし、STRが3が最高でそれ以外ほぼ1じゃん」
「え!? な、なんですって!? じょ、冗談でしょ!?」
「本当だって、ステータスオープン状態だから見てみて」
メイアは慌てて魚のステータスを確認し始めた、食い入るように確認するが言うとおりのステータスだ。さらに何かのミスかと表示されたステータスウインドーを閉じたり開いたりしては何度も確認するがステータスは変わらない。
「ス、スキル、すらない…」
「本当だ、ざっこ」
スキルやアーツが表示される場所には空欄となっており何もできないことを示していた。
メイアを頭を抱えてその場に塞ぎ込んでしまう。
「なぜこんな、あまりにも酷過ぎます、可哀そうです…」
基本的にモンスターなどに情をかける事はしないが、テイムしたモンスター従魔については別だ。テイマーで歩む者として自他共に愛でるものとメイアは思っていた。
だからあまりにも惨いステータスに頭を抱えるしかない。
しかしその横でミナモは一人。
「面白、うける」
ころころと笑っていた。
「な、なにが面白いんですか? こんなの、ただ可哀そうです」
「面白いじゃん、これからどうするのか、どう育っていくか、育てるか、考えるだけでこれはこれで面白い」
ミナモはまるで新しいおもちゃでも見つけたように喜んでいた。
対してメイアはその喜びが全く理解できず、ミナモのことを完全に別な生物か何かにしか見えなくなっていた。
(一体この子、なんなの?)
得体の知れない存在を知り、初めてこの世界は自分が想像するよりも怪奇的な存在がいることを実感するのであった。




