そして半年後その4
円卓とでも言いたげな、大きな丸いテーブルを中心に聖職者のプレイヤー達が真剣な表情で会談していた。
「まさか無限牢獄のアーティファクトが破壊されるとは…」
「何かの間違いであることを願ったが、…やはり脆弱性があったのか」
その場にはミナモ達を襲ったシスターの姿があり、申し訳なさそうにしながら顔を伏していた。
「内部から破壊が可能と分かったのが救いという事にしましょう」
「しかし、おいそれと無限牢獄を使えなくなったぞ、どうするんだ?」
「それは常に考えなければならない議題です、しかし今はそれ以上に彼女達を一瞬で倒し、無限牢獄から抜け出したというプレイヤーが問題です」
「確かミナモと言ったが、聞いた事が無いな」
「SSも無い為、似顔絵を描いて指名手配、いいえ、異端者として排除する方針にします。
異論は無いですね?」
「無論」
異端者は排除しなければならないというのがこの場に居るプレイヤー達の総意だ。
さらに全プレイヤーに指名手配する手筈も整っていた。
「ロードシャスティナ、貴方の方から指名手配の方はお願いします」
「…出来るか分かりませんが、良いでしょう」
それまで一言もしゃべらずただ目を閉じていた少年が口を開く。白髪の神秘的な少年であった。
少年はLo10の一人であり、シャスティナと言う名前のプレイヤーである。
彼はLo10という事もあり、通常のプレイヤーとは違う権限も持ち合わせていた。その権限の一つが対象のプレイヤーに賞金を懸けて指名手配する事だ。
シャスティナはミナモにやられたシスターの傍に向かい、Lo10の権限を執行する、彼女のログからミナモの記述を選び執行するのだが。
「……駄目です、正当防衛扱いになっています」
条件が当てはまらなく、ミナモを正式に指名手配する事が出来なかった。
「ならばこちらから異端者として追いましょう、ギルドにも指名手配申請を行います」
Lo10の権限を使えば簡単なだけで、冒険者ギルドから申請するのが通常のやり方であった。
「…あの」
「なんですか? シスターフェルト」
フェルト、それはミナモにやられたシスターの名前である。
彼女はおずおずとしながらミナモから言われた言葉を伝える事にした。
「我々ケーントゼッハ教団に、そのミナモという人物から言伝があります」
「ほう? 言ってみなさい」
「えっと、粗製のホムンクルスしかできないのか、肥えて来たから狩ると、そんな事を言ってました」
「…どういう意味だ?」
全員がその言葉に首を傾げた。
「ホムンクルス、漫画やゲームでは錬金術師が作る人造生命体ですよね? …粗製? 意味が分からないですね」
彼等は知らない、ケーントゼッハ教団を立ち上げたのが、ミナモが冒険へ繰り出す事になった切っ掛けの存在だとは。
「どちらにしろ、私達は無駄に増長するプレイヤーやNPCの防波堤にならなければなりません」
ケーントゼッハの活動目的のその一つが、取ってつけた様な世界平和という目的であり、彼等はそれに従い活動していた。
「ですが、新たな脅威、異端者が見つかりました、まずはその異端者の対処も考えなければなりません。
一騎当千に匹敵するスペシャルアビリティ所持者…」
「まあ、対策は見当がつきました、何時か僕が戦う事になるでしょう」
名乗りを上げたのはシャスティナであった。
「ロードシャスティナ、話では全員が停止したという話ですよ」
「スペシャルアビリティと言っても万能ではないです、範囲があり、その範囲外を保って戦えば良いのです。
時間を止めてしまえば、後は強力な魔法で一撃で倒したという事にも説明が付きます、シスターに言った言葉も出まかせの時間稼ぎなのでしょう」
「なるほど、確かにその可能性は大いにありますね」
「で、でしたら、もう一度私に汚名返上のチャンスを頂けませんか!?」
さらに名乗りを上げたのはフェルトであった。
このままでは引き下がれず、シャスティナに言われた方法でなら自分にも対処が可能と思ったのだ。
「やれるのですか?」
「聖遺物を使います、それにシャスティナ様にお手間をかける事はできません」
「聖遺物を…、分かりました、本気なのですね」
「必ず仕留めます」
「対処法を確立できれば、無限牢獄の代用が見つかるまで対処できる、それでいいかもね」
「では、無限牢獄の代用品についての話をしましょうか、とは言え、ある程度策はありますが」
「むっ、流石我らが頭脳」
この円卓を取り仕切っているのは一人の少女であった。
長い銀色の髪を靡かせる、神秘的な少女が、この場の代表であった。
「国などが犯罪者を流刑にする時の転移魔法陣を使います」
「確かにそれが良いが、魔力を多く使うのであろう?」
「それは魔石などで対応します」
「かしこまりました、ではその手初で」
「ええ、ですが無限牢獄の代用品は必須です、話を続けましょう」
彼等達は今後の為にあれやこれやと話し始めるのであった。
☆☆☆
シェーロは王座の間で、皇帝とその娘、第二皇女の元一連の出来事を話し終えた。
豪華絢爛な王座の間、其処に居る者達は全て上質な素材で作られた着衣を纏っており、その場に似つかないのは旅装束のシェーロくらいなものであった。
「…操られるドラゴンに勇猛果敢に挑んでいったと」
皇帝サントラードは訝しむ様に傅くシェーロを睨む、それに対して何も言う事は無かった。
サントラードはシェーロを排除する様に極秘裏に動かした立場である、排除しきれないシェーロに何も言う事は出来なかった。
例えこの場で別な罪を作り出してシェーロを排除に動いても、シェーロはまた自分達の目の前に現れる危険性を孕んでいる、迂闊な行動が出来ない。
そして国で一二を争うカザカリー兵長を失った事がサントラードの中で一番大きな事件であった。
「もうよい下がれ、お前も下がってよい」
一礼後、シェーロとその仕える第二皇女が下がっていった。
二人は王座から離れ、第二皇女が自由に利用できる客室へ向かい、兵を下げさせて密談し始めた。
「何があったのですか? わたくしに全てをお話しください」
「ベスティート様、…かしこまりました」
第二皇女ベスティートへ、嘘偽り無く状況を話した。
「…なるほど、ケーントゼッハ教団と兵長が組んで貴方達を排除しに動いたと。
何かあるとは思っていましたが、お父様もこれ以上に無いほど手も出せないわけですね」
「申し訳ございません」
「貴女が謝る事はありません、顔を上げてください。
寧ろ感謝するほどです、国で1、2を争う者を失ったのです、人数としては少ないですが、暗部の者も交じっていたでしょうし、出鼻をくじく事が出来ました」
ベスティートはほくそ笑むが、手に持ったセンスを展開して口元を隠した。
「…ですが、交渉も上手く行きませんでした」
「それも予測していました、相手の出方で確信に変わった事が一番の収穫です」
シェーロはベスティートの言葉に内心驚き、そしてミナモの言葉が頭を過る。
政治とは駆け引きであり、ベスティートはシェーロの様に何も考えずに交渉に向かわせたわけではなく、相手の心意を知る為に向かわせただけだったのだ。
自分が利用されていた事にも驚き、何故心意を話してくれなかったのか、そこにもショックを受けた。
そんな事を気にもせず、ベスティートはセンスを畳みシェーロに次の命令を与えた。
「しばらくは自由に動いてくださいまし。
ただし、先に話したことは他言無用、貴方の仲間達にもかん口令を敷いてください」
「…かしこまりました」
ベスティートの表情を覗き見れば、今後の為に企みを考えている様子だ。
シェーロは一礼後にその場を後にして、離れた所で大きくため息を吐いた。
(利用されていた…、しかも、使い捨ての様に。
ベスティート様はきっとこれから私の知らない人達を使って『裏工作』をするんだ…)
信用されていないと思うとショックであったが、彼女が平和の為に動く事は間違いない。
しかし疑念が生まれた以上、ベスティートの真意が分からず、これまで通りに盲目的に信じるわけにはいかなかった。
(…私達もちゃんと考えて動かないと)
シェーロは流されるだけでは駄目と自分に活を入れる。
城の外で待っているサコン達と合流する事にした。
待ち合わせのギルドハウスへ向かい、帰ってきたことを仲間達が喜び迎える。
「よ、良かったなぁ、マジで、何事もなく返されて」
「ああ、良かった、…指名手配でもされるんじゃないかと冷や冷やしたぜ」
不安に思っていた彼等は最初こそ喜んでいたが、今後の事を思うと憂鬱になり、次第に影が差していく。
「…これからどうするんだ?」
「分からない、…けど、今のままじゃいけない」
今まで通りに浮かれた事ができない、この事だけは全員の心の中で強く思うのであった。
「何をすればいいんだろうな…」
道しるべが無い、暗闇の中に放り出された様な気分であった。数時間前まであった熱意は無い。
「…サコンさんもこんなになってしまった」
視線の先には利き腕を失ったサコンが空を眺めている。
振り落とされた剣は傍に置かれており異彩をさらに放っていた。
「サコンさん、治せなかったのですか?」
「…ああ」
静かに振り向き、腕を眺めて頷く。
「これは呪い、らしい」
「呪い?」
「その呪いを解かない限り腕の再生はできない」
街に戻り色々と駆け巡り、呪いにより腕の再生ができないことを教えられた。
「じゃ、じゃあこれから呪いを解く旅に出ましょう! 姫様に自由にして良いと命令がありましたっ」
「それは、逃げる事になる」
「え? 逃げるって、私は、そんなんじゃ…」
治したい、その気持ちはある。
しかし逃げると言われた時に心臓が飛び跳ねた。
「これで、良かったんだ」
再び空を眺める。
その横顔は絶望や途方に暮れているという様子はない。
「サコン、さん?」
まるで暗闇の中で一人光を見ている様だ。
この失意の中で光を放っているのはサコン一人だけだろう。
「でも…」
「良いんだよ。
それにすぐに治療なんえ絶対に出来ない、そんな気がする」
誰もが現実味の無い光景を見て、そしてその原因から与えられた道具が普通なわけがない。
その力が自分達に向けられたらと思うと気が気でない。
「あれは、力なのか?」
ミナモの力は理解が追い付かず力と言う認識ができない、今でも夢か幻の様だ。
「あの白い空間に入れられて、俺達は何も分からないままだった、アイツが居なかったら間違いなくあのまま彷徨っていただろう…。
今後あれを使われる可能性もある」
謎の空間に入れられるアーティファクトか、それともそこにある剣の様な物で襲われるか。
「だからこそ力を付けないか?」
迷っているからこそ、一つの道しるべとして、サコンの意見が光り輝いて見えた。
NPCや不測の事態に対処できない自分達の不甲斐なさと、力への憧れから、強くなりたいという意欲が湧いてくる。
「そうだな、俺も強くなりたい」
「…私もです」
今ほど力が欲しいと思った事はシェーロには無かった。
今まで仲間達と行動を共にして何とかなっていたが、仲間の力だけでは乗り越えられない壁という物を認識させられた。
「サコンさん、是非私達に強くなる秘訣という物を教えてください」
「あまり強いとは言えないが、それでもいいのならな」
サコンは自信を無くしていた、サコンの実力は間違いなくプレイヤーの中ではトップクラスと言って良いほどだ、しかしそんな実力があってもミナモの力の全貌が把握できない。
(初めて、人の力に頼りたいと思った…)
サコンの言う人に頼りたいというのは、ミナモに頼りたいという気持ちではない、仲間、シェーロ達に頼りたいと思った。
頼りないが、自分もミナモの目から見れば同じ程度なのだと理解したのだ。
(最初はやっぱりアイツの言っていた通りに、自分よりも弱い相手が集まって強敵を倒す姿を見て感動したから…)
サコンがシェーロ達と行動を共にする理由は、サコン一人で倒せる強いモンスターを、シェーロ達が必死になりながら多人数で倒した所を見て感動した。
一人で努力していたサコンではあるが、人恋しさもあり、必死に戦い強敵を倒したときに喜び合う姿を見た時、純粋に惹かれた。
それ以降共に活動する様になり、シェーロ達の頑張りを見て自分もまた頑張っているのだと錯覚していた。
(多分これで良かった、…やっと、こいつ等と対等になった気がする)
失った腕は戦闘で一番役に立つ。
しかしそれを失った事でやっとシェーロ達と並び立てる気がしていた。
(…まさか、これが狙いでこれを俺に渡したんだろうか?)
しかしその考えを振り払う。
(俺はもっと頑張らないと、これから力を付ける為に、もっと)
近くにある不気味な剣を見て眉をひそめる。
(この剣は使わない、これは力じゃない、ただの理不尽だ)
それが力を与えているのか、それとも彼女自身の力なのか、その疑問も尽きない。
(例えあれが素の力だったとしても、一体どれだけ強く、鍛えないといけないんだ)
あそこまでの力を手に入れるにはどうしたらいいのか、自信を持ってあれはプレイヤーの所業とも言えない。
(それに、…全然NPCへの躊躇も無かった、あんな非情になれるものなのか?)
NPCへの慈悲など無い、その姿勢に無邪気な冷酷さを感じ、その牙が誰に向けられるのか想像すると怖くなるほどだ。
何を考えているのかも理解できない、ミナモという存在が混沌と同意なのではないかと妄想してしまう。
(…考えるだけ無駄か)
首を振って気分を変えようとするが、サコンの中ではミナモの姿が恐怖の象徴として焼き付いていた。
何もサコンだけがトラウマになっているわけではなく、口に出さないがあの光景を目撃した人間の大半はトラウマになっていた。
「けど、恐慌状態ってバステは一体なんだったんだろうな?」
「え? 突然なんですか? 恐慌状態?」
話題を出して欲しくないと思っていたが、突然その話を振られて半数が目を伏せる。
「いやさ、全員が動けなくなったときに、バステがついたんだよ、恐慌状態って、そんなバステあるんだなって」
バステとは、バットステータスの略称で、状態異常を指す事が多い。毒や火傷、寝不足などの状態異常があるが、恐慌状態という状態異常は見た事も聞いた事も無い。
「…それが特殊能力なんだろ」
その一言で納得するしかない。
しかしミナモに特殊能力など所持してはいなかった。
☆☆☆
ミナモはスキル欄を眺めて溜息をつく。
「なんだよスペシャルアビリティなんて、ねーぞこのやろー。
はぁ、どうやったら取れるんだろ?」
ミナモはメルテトブルクの片隅で壁に寄りかかりながらやる気なくメニューを突いてため息ばかりを吐き捨てていた。
しかし突然別な事をポツリと呟く。
「ん? ああ、…いいかいカルフ」
それは誰かに言う様に。
「私はあの時あの瞬間の最善の選択をしたと思っているよ」
シェーロ達に対する選択。
NPCを無駄に殺害して、復活するプレイヤーを生かした、ある意味愚かな行動。
「曲がりなりにもあの考えなしの小娘たちに協力すると決めたんだ。
そして解決に時間はかけたくはない」
ミナモは間違いなく最善の選択をしたのだ。例えそれが取り返しがつかなくても。
「別にハッピーエンドを目指しているわけじゃない。
私は彼女達に自分達の立場を理解して、その上でしっかりと考える為の力を養ってもらいたいと思った。
なら、私の選択が一番心に刻まれるとは思わないかい?」
ミナモの目的はシェーロに一歩を踏み出してもらう事だ。
自分達で思考し、その力で立ち上がる。
「私一人で解決しては意味が無い、ただ敵を排除しても意味が無い」
力で解決は容易いが、それはミナモだからだ。
「なら究極系はこの世界から思考する者、知的生命体の排除が一番早い」
ミナモの耳に別な者の言葉が届く。
「カルフ、君は私を何だと思ってるんだ…」
呆れたように溜息を吐く。
既に言葉を聞く気はなく、空をただ眺めて再び考えを纏める。
(…しかし、戦争になるかもしれないとは、面白い事になってる、色々知れたし、これから楽しくなるのは間違いないか。
なったらどうしようかな、どう立ち回るべきか)
少なくとも戦争を止めようと思う気はなく、そしてメルシュ王国側に付く事は絶対に無い。
その気になれば一人でも戦争を止める事も可能であり、滅ぼす事も可能だが、それすらもする気は無い。
(とは言え、あの教団が介入してきている以上、争う事に何かしらの企みがあるはず。
…けど、私一人それを調べて独り占めするのもなぁ)
ミナモの行動理念は楽しい事を優先する事だ。
しかしその楽しみの為に、これから起こる『祭り』を独り占めする気は無かった。
(はよ、プレイヤーちゃん達頑張って欲しいもんだ。
私はこっそりと裏で影響のない範囲で楽しませてもらう事にしよう)
傍観者気取りに続けたいのだが、聊か問題があった。
(……暇、あ~、何か時間を潰せる面白い事ないかな)
現状ミナモの最大の敵は、事が起きるまでの退屈であった。




