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プロローグ


 虚空の闇に閃光が走った。

 その閃光に笑みを浮かべ、手元にある何も無い空間に手を伸ばすと、その空間に文字やグラフなどの羅列が表示され、漆黒空間のコクピット内部に明かりが灯る。


「獲物発見」


 やけに楽しそうな野太い男の声がコクピットに響き渡り、現在乗り込んでいる宇宙船のステータスがコンソールに表示される。しかしそのコンソールが邪魔で手で払うと、空に浮かぶ文字が男の視界からそっと去っていった。


「砲門二番まで起動準備、準光速航行に移行」


 彼の声にアステロイドベルトの中で四角状の青い機体に火が灯る、大きさは80メートルほどの小型の宇宙船であった。

 小惑星の陰から少しずつ速度を上げて移動をはじめ、先ほど見えた閃光の場所へと移動し始める。


「最後の獲物はどんなもんか」


 周囲の景色がどんどんと後ろへと流れていく、コクピット内部の彼は透明な席に座りながら全ての方角に視線を向け、そして手元付近にある船の周囲の状況を表示しているレーダーを眺め眉をひそめた。


「……きな臭いな」


 本来であれば何時もと変わらないゴロゴロとした岩石が漂っているのだが、その岩石の数が妙に少ない。

 様子がおかしい事に気が付き周囲を慎重に確かめる、そしてある事に気が付いた。


「…罠、か」


 男が気が付いた時にはもう遅い。閃光が走った次の瞬間、コクピット内部に危険を知らせるブザーが響き渡る。


「げっ、駆逐艦じゃねぇか!?」


 ドーム状に表示されるレーダーの一部に楕円形の形をした宇宙船が突如として現れる。

 宇宙船艦の名前はデストロイヤー・ケルブムと表記されていた。駆逐艦の大きさは男の乗る宇宙船とは比べ物にならなく、蟻と象と言うほどの差が開いている。

 さらに少し離れた場所に同じ駆逐艦タイプの宇宙船が5隻ほど現れ、次の瞬間には駆逐艦から次々と周囲に男の乗っているクルーザー型タイプの宇宙船が複数現れた。


「……クッソ優秀なステルスを積みやがって。

 ひ、一人相手に、この物量って、…しょ、正気じゃねぇ」


 男は冷や汗をかきながら手元にあるボール状の物体を握りしめる、その物体はその宇宙船を動かすための端末でもあり、男の意思を読み取り自由自在に動かすことが可能でもあった。


『おい! 一人相手に何だこの物量は!』


 男は全方位、この空域の全ての人物に聞こえる様に全ての回線にそんな言葉を投げかけた。するとすぐに代表者らしき者から即座に返答が帰ってくる。


『ハッハッハッ、当たり前だ、君が海賊だかだよ、しかも厄介なタイプの。何よりもここまで生き残ってるから質が悪い、最後くらいギャフンと言ってもらわなければ私が困る』


 返答を返してる間にも、駆逐艦やクルーザーの武装が男の宇宙船を標的とし、夥しい数の火器が今にも火を噴こうとしていた。

 男の乗ってる宇宙船内部は、相手からロックオンされているという警告のアラートが鳴り響き、四方八方に警告文が表示される。


「……そろそろ覚悟を決めるときか」


 これまでやって来た自分の所業を思い出す、非道な事が頭を過り、思わず鼻で笑い自嘲した。


『こうなりゃ一機でも多く道連れだな…、悪党と一緒に旅立ってもらうぞ!』


『楽しみにしてるよ』


 男の乗っている宇宙船目掛けて駆逐艦から途轍もないエネルギーのレーザーが放たれる。それに交じり小型のミサイルまで男の宇宙船を落そうと放たれていた。

 男は下唇を噛みながらも口端を吊り上げ、襲い掛かるレーザーの光とミサイルの嵐の方へと楽しそうに飛び込んで行く。

 常にアラートが鳴り響き、攻撃の雨あられの中自機が舞う様に飛ぶ。

 攻撃をかすめれば振動が船を揺らす、被弾個所のブロックをパージしていき、周りの小型船へ攻撃を仕掛ける。


「一人相手に寄ってたかってからにぃ!!」


 下唇を噛みしめ、被弾で体をコクピットに打ち付けながらも大型船へ着実と接近していく。


『こんな戦力差で何をしようって言うんだ、貴様の機体はボロボロだろうが!』


『派手に打ち上げてやろうじゃないか、最後なんだ、お前も付き合ってもらうぞ』


『特攻を仕掛ける気か!? その程度でこの戦艦を落とせると思うな!』


『それは積み荷の機嫌しだいだ』


 機体のバリアを一点集中させて、攻撃を防ぎながら選管に突き進む、彼の顔にはこれまでにないほど笑みが浮かんでいた。

 帰り道などない、ただ進むだけ。

 そんな状況になり、やっと戦艦の艦長も相手の策に気付き始めた。


『…まさか!? つ、積んでいるのか! グラビティーパニッシャーを!?

 撃ち落とせ! いや、回避しろ! FTLで退避しろ!!』


 誤射しない様にと戦艦は極力攻撃を行っていなかったが、味方を巻き込むような大火力を集中して打ち込み始める。

 回避など到底できない弾幕攻撃であったが、幽かな隙間を縫うように潜り抜けていく。


『遅かったなぁ!』


 次の瞬間レーザーがコクピットを直撃して蒸発し消し飛ぶ、しかし機体は真っ直ぐ戦艦へと突き進み、そして閃光が迸った。

 その宙域に存在している全てが消え去った、ひしめいていた艦隊は無く、岩礁すら存在しないただただ暗闇の空間だけが広がっていた。



 男は不快そうに大きくため息を吐き乱暴に椅子に座ると、目の前のテーブルに片足を上げて天を仰ぐ。

 男の向かい側には三人ほど男が居て苦笑していた。

 その四人が居る場所は武骨な鉄板が剥き出しの倉庫にも見える飾り気のない空間であった。あるのはテーブルと椅子、その近くに怪しく光るネオンの光と扉くらいなものだ。


「無敗記録も終わりか、ま、仕方ないさ」


「そうだぜ、最後だから誰もが本腰入れてきたからな」


「僕達もそのとばっちりは受けましたけどね」


 男の無敗記録を打ち砕こうと、敵対する組織の者達が本腰を入れてきた。と、言っても彼等は海賊であり、襲ってきたのは宇宙軍、つまり相手は正義の味方と言うべき存在である。


「…最後かぁ、感慨深いなぁ、ほんと」


「このネトゲ結構気に入ってたんだけどなぁ」


「ほんとだよ、半年も続かなかったな…」


 さきほどの戦闘はすべてゲーム内の出来事、そして今居るこの空間もすべて仮想世界に過ぎない。


「他にこういう系統のVRゲーって今は無いよな?」




「俺が知ってる限りでは無いな」


 VR、バーチャルリアリティ、仮想現実と謡う通りにデータ世界に現実のような世界が作り生み出し体験できる場所である。さらにそのデータの海に自分の意識を投影させることが可能であった。

 VRは医療技術から発展していき、今日日娯楽にまでその波が押し寄せていた。仮想空間の中では、プログラムに従った事の範囲内なら何でもできる。そしてこの技術を利用してゲームが開発がされた。


「宇宙船に乗って戦闘、SF好きって人は多いだろうに、なんで過疎ジャンル扱いなんだか。

 納得いかん」


「30年前くらいまでは腐るほどあったみたいだが」


「そんな昔の事なんて知らん、今欲しいんだよ」


 ゲーム、特にVRデバイスなどを利用してプレイするゲームや周辺機器は80年以上前は高級品であったが、今は一月もアルバイトすれば購入できる、お手軽な値段となっていた。

 安価に手に入ると言ってもVRデバイスは高性能な品物で、装着者の思考などを読み取り手足の様にパソコンを操作できる。そんな高価な品が今は楽に手に入る世の中であった。


「はぁ、なんでサービス終わってしまうんや」


「そりゃ人が居ないからだろ」


 このゲームはすでにサービスの終了が決まったネットゲームである。その決定は覆る事は無く、このゲームをプレイしている者はそれを受け入れなくてはならない。


「でも今日はくっそ多かったじゃねぇか」


「そりゃスペースコンバットシム系のジャンルはこれだけだから」


「最後だからって…」


「最後だからっていうのが宣伝になったんだよ」


「やっぱ数あるネトゲの中で輝くのは宣伝に仕える財力、そして話題性がないと駄目だな」


 今日日ネットゲームはありふれている。

 そんなありふれたネットゲーム業界を生き残るには話題性と財力が物を言う。だから今プレイ人口が増えても線香花火の最後でしかない。


「ま、どうせまたこれ系のゲームは開発されるだろ」


「それまで待てと? どれくらい待つんだよ」


「このご時世AI発達してるからすぐだろ」


 AIテクノロジーの進化により、少数の人間がAIに指示して、ある程度のアイディアやゲームの方向性などを設定すればゲームを作ってくれるのが大きい。労力が少なくなりつつも大作にも引けを取らないゲームが完成する事が出来る様になっていた。

 しかしそれ故の問題も発生してしまう。


「すぐ始っても長く続かなくちゃつまらんだろ」


「この世の中簡単に良作が作れてしまうのが悪い」


 無名のネットゲームの運営期間はだいたい三か月前後である。

 何故そこまで短命かと言われれば、ネットゲームを開発する環境があまりにも楽になったからだ。

 ネットゲームが乱発されて飽和状態になっており、いとも容易くサービスが打ち切られるという事態になっていた。

 その状況を生き延びる為に財力から繰り出される宣言、そしてゲームプレイヤーのニーズに合わせたジャンルである事が大事であった。


「じゃあ今流行ってるネトゲするか? もう半年は続いてるぞ」


「今流行ってる? なんか流行ってるの?」


「ファンタジー系MMORPG、ワールドライクメイク。WLMって最近聞いたことないか?」


「なんだファンタジー系か…」


 ワールドライクメイク、通称WLMと言われるゲームは、MMORPG、『M』assively 『M』ultiplayer 『O』nline 『R』ole 『P』laying 『G』ame、と言われる部類のゲームであった。

 今年になりベータテストが決行され急激に話題となり人気を博した名MMORPGである。すでに正式サービスが開始され半年も経過しているが衰えを知らなず、そのプレイ人口は60万人とまで言われるほどの大きなタイトルと急成長していた。

 舞台は中世ヨーロッパ風の風情ある建物が並ぶ世界で、魔法や剣を操りモンスター跋扈する世界に冒険に繰り出すという、古典的なファンタジーゲームである。


「はぁぁっ、ファンタジーかよぉ」


 連敗記録を破られ、今まで敗戦の録画を見直していた男がやっと口を開く。

 しかし出たのは大きなため息と呆れであった。


「ファンタジー嫌いなのか?」


「…嫌いってわけではなかったんだけど、……はぁ」


 先ほどの大立ち回りとは打って変わり、誰が見ても嫌な顔をしていて、凛々しい男の表情は何処にもなかった。


「何故かファンタジー系が飽和してるから、その気持ち分からんでもないぞ」


「そういうんじゃないけど…」


 ファンタジー系のVRゲームは根強い人気のせいか飽和していた。不人気ジャンルをプレイする層からはその数に妬みなどもあるが、男の呆れはそれとは別にある。


「なんでそんなファンタジー系ばかり多いのかな?」


「そりゃ手っ取り早くVRという快感を体験できるからだろ」


「五感を全て体験できるっていうのは強みだよな」


 現実では味わないスリルや快感、そして体験、それらは老若男女問わず各層に刺激を与え、心を掴み捉える。

 その体験を生み出しているのは、仮想世界だからといっても現実と劣らないリアリティが溢れる世界だからだろう。

 仮想世界というにはあまりにも生々しく、しかし夢の様な場所である、だから人々の心を掴んで離さないのだ。

 元々現実では体験しえないファンタジーというジャンルは、VRの普及により爆発的に人気を発揮した。


「ってかよ、WLMって何がそんなに人気になる要素あるんだ? 運営開発が大手企業なのか?」


「いいや、運営開発は聞いたことないな。

 ただかなりの自由度があるとかって話」


「自由度ねぇ、一体何が自由なんだか」


 WLMをプレイした事の無い四人は想像を膨らませるが、自由と言うのが何処まで自由なのか分からず首を傾げるしかない。


「…少しだけならやってみようかな、どうせ時間はあるし」


「そうだな、食わず嫌いもなんだしな、次のスペコン系が来るまでの繋ぎにはいいか」


「興味あったし、そうだ、この四人でやれるならやらないか?」


「お、いいね」


「一人でするよりはお前達とやるのが楽しそうだ」


「お前も一緒にやろうぜ」


 話が勝手に盛り上がり、その内容で不貞腐れる男にまで振られるのだが。


「…すまん、パス、気が向いたらする」


 「えー」という声が漏れるが三人は必要以上に誘う事はしなかった。


「ま、連絡手段あるし、気が向いたら俺達に連絡くれよ」


「そうする」


 男が呟くと突然ゲーム全体にアナウンスが流れ始めた。

 それはこのゲームを運営する開発チームの人物であり、ゲームをプレイしていただいた事に対する感謝と、サービスを続けられない事に対しての謝罪であった。


「後5分でサーバー閉じる時間か」


「早いもんだな」


「んだな」


 決して長い事プレイしたわけではないが、このゲームをプレイした記憶が蘇りしんみりとした空気が包み込む。


「はぁ、何度味わってもこの空気は嫌だ」


 男が立ち上り今日何度目かも分からない大きなため息を吐き出す。


「なんだサーバー閉じるまで居ないのか?」


「この空気が嫌なのは分からんでもない」


「ネトゲ廃人でも嫌なものは嫌か」


「そ。嫌なものは嫌、だからログアウトさせてもらうよ」


 男は最後に三人と向かい合い。


「お疲れ様でした」


 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をして、右手を刺し伸ばすと表示されたウインドー内部のコンソールを弄り、このゲームから姿を消した。



 VRデバイス、パソコンからケーブルで繋がれたゴーグル型のヘッドデバイスである。ゴーグルは半透明な緑色のサングラスの様で、耳元はヘッドホン型の機器が付いている。


『バイタル正常、お客様の健康を維持するため、これからこちらの指示する様に体を動かしていただき――』


 視界に表示された人型が体を動かし始める、それに連動してVRデバイスを装着したその人物も真似して体を動かし始めた。

 ベッドの上で小柄の少女が身を起こしストレッチをし続け、指示が無くなるとVRデバイスを取り外しベッドの片隅に置く。


「はぁ、ファンタジー系かぁ」


 ゲーム内ではただの武骨な男、しかしそれはゲーム内部だからで、現実ではそのゲーム内の男の2/3程度しかない身長であった。

 髪は寝癖と癖毛が混じり波打っているが、相貌がそれを引き立たせるような童顔の可愛らしい容姿、体型も見た目同様子供らしく控えめ。しかし欠点というものがあり目元は気だるげで疲れを感じさせる様な表情をしている、それがデフォルトであり、ダウナーな見た目が好きな人にはチャームポイントでもある。

 ゲーム内と現実の姿など当てになる物はない、性別も自由に変更でき、見た目だって変えれるのだから。


「って言っても何か面白そうなのもないし」


 12畳ほどの部屋にはベッドと机、そして洋服ダンスなど女子らしい部屋にしては殺風景な場所である。

 少女はベッドから降りて一度背伸びをしてから外を見れる窓に近づく。


「うぅ、見るからにさむっ、雪がめっちゃ降ってる」


 室内は気温が自動調整されているのだが、しんしんと降り続く雪を見て寒さを視覚から感じ身を震わす。

 少女の着ている衣服は決して厚くはなく薄い生地の秋に着るには丁度いい物ばかりだ。


「除雪車出るくらい振ってたのか…」


 見下ろせば道路を除雪車がゆっくりと移動している姿があるが、その除雪車の運転席には人が居ない。


「乗んなくて大丈夫なのか? いくらAIが進歩してるからって、この間雪の影響で車事故って言うのあったばかりなのに、数年ぶりの自動車事故だっけ?」


 AIの進化は人が操作せずに乗り物を動かすまでになっていた。お陰で国内の事故は減り数年事故が起こる事は無かった。

 時は西暦2608年。

 平和な日々は続きながらも、しっかりと科学は発展していた。衛星軌道上を周る巨大な観光スポットと化した宇宙ステーションに気軽に行ける様になっていた。だが高級クルージング船で国内の端から端まで移動できる金額を支払えるのならば。


「電気付けて」


 薄暗い室内が気になり、少女はそんな事を呟くと、突然天井の電灯が光部屋を照らす。

 家庭内では音声認識により、家電の操作が簡略化されている。

 言葉が不自由な人の為に手動で各家電を動かす事も可能であるが、基本的に音声認識が主流であった。


「あ~、明日から何のネトゲしよ、……やっぱりファンタジー? …けどなぁ」


 そんな世界で少女、佐藤 癒里ゆりはネットゲームにどっぷりと浸っている、所謂ネトゲ廃人という生活をしていた。

カクヨムに投稿しているものです

こちらは少し遅れて投稿しております

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