魔法紙
リアラスタは、ふわりと手を翳し、魔力でA4サイズの魔法紙を作り出した。
それにスルスルと必要な法律を書いていく。
羽のような形をした魔法ペンで書かれた文書は、キラキラと輝きを放ちながら、魔法紙を彩る。
まるで、初めからダビッドが、その提案をしてくるのが分かっていたかのように淀み無く描く様は、優秀な文官そのものだ。
先程の笑みを消し、真剣に職務をこなすリアラスタは、美しい。
思わず、ダビッドは見惚れていた。
鼻の下を伸ばしているとも言える。
多分、ダビッドは、リアラスタを第10夫人にする構想でも練っているのだろう。怠惰ではあるが、放蕩男でもある。
リアラスタが第10夫人になれば、トラアナ地方を取り戻そうと考えているのだろうが、まぁ、無理だろう。
今だけ、ありもしない未来を想像して現実逃避しといていれば、幸せか? まぁ長くは続かない。
リアラスタが、書き終えると、魔法ペンを消し、魔法紙がダビッドの前に置かれた。
既にリアラスタの名前は書かれているようだ。
ダビッドは、鼻の下を伸ばすのをやめて、魔法紙を見た。 リアラスタが信用出来ず、書類にしっかり目を通す。
しかし、途中で目線が止まる。
『あ……。途中から共通語になっているのは……?』
ダビッドは恐る恐る聞く。
ダビッドが目線を上げると、リアラスタの表情が今まで以上に、怖かったからだ。
鬼の形相…と言うわけではないが、すごい圧で、さっさとサインしろと、如実に語っている。
圧倒的な経験の差にダビッドは、震え上がる。
『何か、問題でも?
本来なら、全て共通語にしても良かったのよ?
法を変えるなら共通語のほうが、問題が少ないの。
ここは国境沿い。改正の際は、共通語が望ましいのよ?
それを、わ・ざ・わ・ざ・貴方にでもわかるように、重要な部分は、フラル語で書いてあげたのは私の温情よ。
ありがたく思ってちょうだい。
それに下部は、一般的な用語で、難しい法語は使ってないわ。それくらいなら大丈夫でしょ?』
そう言われても、ダビッドは躊躇した。
上半分はフラル語の部分は、先程の内容で間違いない。
ただ、下半分は共通語で書かれており、ダビッドにはよくわからない。法語以前に、共通語は殆ど理解できなかった。
理解できないのに、サインするのは不安がある。
魔法契約は一度結べば、再度、互いに合意ができない限り変更不可だ。
ダビッドは、ほんの数週間の領主代理で何度か痛い目にあっている為、契約書だけは隅々まで目を通すことにしている。
怠惰なダビッドだが、ここだけはちゃんとしてしていたのだ。ダビッドは恥を捨てた。
『申し訳ないが、私は共通語は読めない。
説明を頼む』
リアラスタは盛大なため息を吐いた。
さっさとサインさせてこの茶番を終わらせたかった。
辺境伯が、共通語を読めないなんて聞いた事ないが、わからないと言われてしまえば、仕方がない。
守法人は、文書に不明点がある場合は、きちんと説明する義務がある。
『トラアナ地方を割譲した後、私のモノになるわけだけど、トラアナ地方の魔物討伐は、私では出来ないから、委任する事が書かれているだけよ。委任先は、共通語の方が勝手がいいのよ。』
リアラスタは、魔法紙に触れながら、共通語部分の説明をする。説明している文章が白く輝く。共通語で書かれてあった部分だ。これは、リアラスタの説明が正しいことを示している。もし、文書と異なる部分があれば赤く光るのだ。
『そうか。分かった』
ようやく、ダビッドは、安心し、魔法紙にサインをし始めた。




