この世界〔リデルフルール〕の【理】
ランソワー辺境伯は、リアラスタの態度に激昂した。
自分の息子と変わらない娘に、横柄な態度をとられ、尚且つ自分の思い通りにいかないだけで、この様である。
お子ちゃまなランソワー辺境伯は思わず、目の前にあったグラスをリアラスタに投げつけた。
本来なら中の赤ワインがぶち撒けられ、リアラスタの顔が赤く汚れる所ではあるが、寸前の所で見えない何かに阻まれた。
グラスは、割れてテーブルと床に散らばり、赤ワインが床を濡らす。だが、リアラスタには何の被害も無かった。
リアラスタもそれが分かっていたので、避けようともせず、憐憫の目を辺境伯に向けた。
「お子ちゃま以下ね。この世界の理も知らないの?」
思わず、リアラスタは声に出た。
この世界はリデルフルールと呼ばれている。
そして、リデルは、この世界を統治する女神である。
リデルの【理】によって作り出された世界だ。
リデルは争いを好まない。
皆が、満足する世界を望んでいる。
しかし、そんなものは幻想だ。
皆が満足する世界など夢物だ。
肉食動物は、獲物を狩る。弱肉強食……これも争いの一種だ。
全ての争いを無くすことは出来ない。
それでもリデルは、願う、求める。
リデルの願いが、この世界の【理】なのであるから。
リデルは考えた。
争いが、無くならないのであれば、せめて同じ種族同士だけでも争わないでほしいと。
そして、それは【理】になった。
同じ種族同士での殺傷行為は、どんな小さい傷であれ、身体的には無効になると言う【理】だ。
リデルの【理】は、この世界の秩序となる。破る事は許されない。
ランソワー辺境伯とリアラスタは人族に分類される。
故に、ランソワー辺境伯の行為は、リデルの【理】によって、キャンセル【拒否】され、リアラスタに届く事はなかった。
これがリデルの【理】である。
『ぅっ…!!』
ランソワー辺境伯は、右手の甲を左手で庇い疼くまる。
更に、うめき声をあげた。
左手の隙間から、赤い光が漏れている。
その光が、ランソワー辺境伯を、攻撃しているのだろう。
手を庇った所で痛みは、変わらないのだが、そうせざるを得ないくらいの痛みなのだろう。
リデルの【理】によって、リアラスタには被害はない。しかし、リデルの【理】を犯した者は、【審判】が下される。
全ての者たちの右手の甲に、審判印【シイル】と呼ばれる斑文がある。月と太陽を模した美しい斑紋だ。
国毎に、斑紋の周りの模様が少しずつ変わるが、大枠は変わらない。
審判印は、様々な役割を果たす。
今回の罰もその一つだ。
本来なら、法律を犯してしまう前に【審判印】による審判【ジャッチメント】が行われて【警告】が為される。
が、ランソワー辺境伯の行為は、突発的で間に合わず、【警告】ではなく、【審罰】が下された。
リデルは争いを好まない。
争いの元となる行為は、許さない。
リデルの【理】に反する行いは、リデルが罰を下すのである。




