第9話◇まだまだ止まらない溺愛
……まんまと逃げられましたわね、これ。
アメリアはちらりと腰や背中に絡み付く腕に視線をやり、次にウィリアムの顔を見る。
まるで、大人におもちゃを取り上げられずに済んでほっとしている子供のような瞳をしていた。
改めてにこりと笑いかけてくるその表情の作り方は、どことなく母であるミリルに似ている。
先程までこの身を包み込むかのごとく取り巻いていた冷気も完全に去り、「なるほど、確かにベルナルド様が言う通りに威嚇だったのね」とアメリアは納得した。
「ふふ、やっとこの手に届きました。私の『希望の薔薇』そのもの」
念願の二人きりの状況を当主夫妻に許されたからか、ウィリアムは安心して満足げに頬に触れてくる。
その手つきはやはり優しいが、何でかどんなに暴れてみても全く逃げられないのが不思議である。
腕を押し退けようとしても微動だにしない。
数刻前の馬車の中で「自分はゾクラフ公爵家でやっていけるだろうか」と不安になっていたアメリアだったが、今は全く別の意味で心配な気分になってしまう。
もしかして、かなり厄介な人に捕まってしまったのかも?などと考えて。
無駄に顔が美しく魔力も格式も高い高位貴族令息なため、貴族令嬢の結婚相手としては最高ランクであるところが、成り上がりの立場では全く逆らえなくて悔しい。
……いや、もうどうせそれ以外の精神的な部分でも、全く逆らえはしないのだけれど。
アメリア自身が「この人なら」と思ってしまったのだから。
「……ウィリアム様は、意外と強引だったり、そんなふうにニコニコと笑ったりもするんですのね。わたくし、全く知りませんでしたわ。だって、これまで泣き顔しか見ていませんものね」
ただ負けず嫌いではあるので、アメリアは意趣返しのつもりで少し皮肉を言ってしまう。
だが、ウィリアムにはさして効いてはいないらしい。
「今やその泣き顔を覚えているのは家族と貴女くらいですよ、アメリア。それと、どうか私のことはウィルと呼んで頂きたいです」
笑顔は崩れぬまま、いつの間にか取られていた右手の甲にキスをされる。
手強い。
逆にアメリアの方が動揺して赤面することになった。
「ず、ずいぶんと調子に乗っているのでは?」
「貴女に許されているらしいと知った今、乗らずにどうするんです」
完全に心を許している、と既に伝わってしまっている。
あっさりと指摘され、恥ずかしさに任せて思わずじろりと強めに睨んでしまうが、ウィリアムはそれさえも楽しんでいるようだ。
しかし、ただ黙ってじっとしてしまうとより強く抱き寄せようとしたり体のあちこちにキスを落とされたりするため、アメリアはなるべく普通の会話を試みる。
「ウィリアム様は……」
「ウィル、で」
早速アメリアは強めに訂正されてしまった。
なので、言われるままに従うことにする。
「ウィル様は、女性にはかなり当たりが強い方なのだと噂では伺っておりましたが、本当はそうでもなかったんですね」
アメリアが問うと、ウィリアムはきょとんとした顔になる。
意味が分からない、と言いたげに。
「アメリア以外の令嬢と何か会話したり、あえて笑いかけたりする意味があるんですか?あれだけ過去に冷遇しておいて、私が近衛に入り王太子殿下の側についた途端、過去を忘れたかのように態度を変えて寄ってくる、まるで羽虫のような女たちに?」
「……なるほど」
色々と言うべきことが大量にある気がしたアメリアだったが、今は触れないことにする。
とても傷ついた過去がある、ということだろうから。
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