第7話◇抱きしめられたまま、動けません
◇◇◇
「はぁ……夢のようです。アメリア嬢、いや、アメリアが、今私のこの腕の中にいるなんて……まだ信じられません。本当に逃げてしまいませんか?」
「うう……逃げませんと、さっきから、ずっと言っておりますのに……」
すりすりと頬を寄せられてしまい、「うっ」とアメリアは小さくうめく。
プロポーズに応えたら、抱き締められて喜びを表現された。
そこまではアメリアも理解できたし、その嬉しさを共有できた。
しかし。
「ですが、さ、さすがにご当主様方の前でのこの状況は、夢と思いたいですわね……。少し逃げたくなってきたかもしれません」
「駄目です。もう一生手放す気はないので」
返答と共に腕の力はますます逃すものかと強くなり、アメリアは視線を漂わせ、赤くなったり青くなったりする。
何しろ、ウィリアムにぎゅうぎゅうに抱き締められ膝に乗せられた状態のまま、ゾクラフ家の当主と夫人の目の前にあるソファーに座っているからだ。
ただでさえ素晴らしい内装や美しい調度品がしつらえられた貴賓室の豪華さに気後れしているというのに、両親の視線もはばからずにウィリアムはやりたい放題である。
「あら、いいのよ。こんな状態の息子、二十年に一度あるかないかの珍事だから。来週の王妃様とのお茶会のいい土産話になるもの」
「は、はぁ……」
コロコロと鈴が響くような声で笑う女性はゾクラフ公爵夫人・ミリル。
この国の国王の妹、というとんでもなく高い身分の方だが、特に息子の有り様をたしなめることもなく、優雅かつ楽しげにこちらを観察している。
実際、本当に珍事のようで、さっきから当主であるベルナルドもソファーの手すりの部分に大きな体を屈めるようにして縋り付き、ピクピクと肩を震わせていた。
大ウケだ。
強面軍人の呼吸困難になるほどの爆笑、こちらもなかなかの珍事かもしれない。
「――いや、失礼した。私がゾクラフ家当主、ベルナルド・フォン・ゾクラフだ。私もこれを明日の王への土産話としよう」
やがて起き上がって、改めて真顔を作ろうとしたベルナルドだが、それでもまだわずかに肩口がプルプルと震えていた。
「ううっ……できれば、ご容赦頂けると……」
アメリアは何とか呟いたが、当主夫妻はふたりしてそれには答えずにただ笑顔で流したので、一週間以内に全てが王城に伝わることは確定したようだ。
現に両人ともに「こんな面白い話、誰かに伝えないわけがないだろう」と言いたげな顔をしていて、アメリアはせめて話の中身を知る人の数が少なめに収まることだけを祈ることにした。
当のアメリアだって、もし自分のことでなければ同じように爆笑、後に光の速さで噂していたに違いない。
あの何かと噂の「ゾクラフ家の凍らせ令息」が令嬢相手にしまりない表情でデレデレする話なんて、それはもう格好のネタだろう。
貴族の噂話は一瞬で千里を駆け抜けるものだ。
「それで、本題なのだが。婚約の話の前に、することがある。王家からこの書状を預かってきた」
いよいよ真面目な顔になり、ベルナルドは一通の手紙を差し出す。
テーブルに置かれたそれに、アメリアも真剣な顔で向き直った。
それは確かに王家の印がついた正式なものだったから。
相変わらず腰にはウィリアムの両腕がしっかりと絡んではいたのだが。
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