第6話◇世界中に薔薇と笑顔が満ちるまで
まるで宝物に触れるかのようなその触り方に、彼の気持ちの全てが込められているようにアメリアは感じる。
そろりと指が動くたびに冷気もすっと肌を撫でていく。
いちいちびくりと肩を震わせていることが、「わたくしは今、貴方の一挙手一投足、全てを意識しています」と明確に示していて、アメリアはひどく恥ずかしい。
思わず頬を赤らめてしまった彼女の反応を楽しむように目で追いながら、ウィリアムは毛先に口づけてくる。
「……っ!」
息を詰めてしまったその瞬間、ふ、とウィリアムが小さく笑った。
耐えきれず、といった様子で。
「そんなに可愛い顔で睨まれると、困りますね」
そんなことを口走り、笑っている。
羞恥を味わうと同時に、その笑顔にドキリとしてしまうアメリア。
その銀髪に涼しげなグレーの瞳という容姿の寒色の色合いもあって、真顔でいる時のウィリアムは増して冷酷で非情に見えてしまう。
そもそもこの男が人前で笑うこと自体が珍しいのだ。
しかしその笑顔はまるで幼い子供がいたずらを仕掛けた時のような無邪気さに満ちていて、彼が普段公的な場で見せている姿と比べるととても意外なものだった。
怖い方と聞いていたけれど、笑ったりもされるのね。
ああ、どうして、胸が痛い、破裂しそう……。
アメリアが動揺を隠せないままぷるぷると肩を震わせているうちに、懐かしいあの日と全く同じ位置、アメリアの右耳の上に「希望のかけら」が飾られた。
これも魔法なのかしら。
わずかに指が触れた場所全てが、異様に熱い気がするわ……。
文字通り「希望」を与えられたような気持ちになり、アメリアは思わずじっとウィリアムの指先を見つめてしまう。
離れがたい気持ちで。
「あの時、我が家の薔薇を手にした方には笑っていて欲しいんだと、貴女はそう仰いましたね。実は私も今、全く同じことを思っています」
全て覚えていらっしゃるのね、とアメリアが思った時、ぱたりと涙が自分の足元に落ちていくのを認識した。
いつの間にか泣いてしまっていたのだと気付いて意識して止めようと試みるが、止まらない。
悔しくても決して泣かない、とアメリアは誓っていた。
けれども、これは悔しさから出た涙ではない――きっと喜びの涙だ。
「このゾクラフ家で、私の妻として一生を笑顔で過ごして頂きたい。薔薇と共に。貴女には、もっと希望に満ちた強気の笑顔が似合う」
続けられた言葉に、本当はずっと誰かにそう言って欲しかったのだ、とアメリアはようやく理解した。
アメリアは「ルーカスが言わないのなら、そのように言ってくれる殿方なんて、きっとこの世のどこにも存在しないのだわ」と思い込んでいて、だからこそ、自分の恋愛への興味も結婚への執着も、全てないものと認識していた。
けれども。
「私と、結婚して頂けますか?」
胸に手を当てて、ウィリアムは真摯な瞳でアメリアを見つめて言う。
その熱に満ちた響きがじわりと心に沁みていく気がする。
もはや決壊したかのように涙は止まりそうになかった。
既に家同士の話は済んでいる。
たとえここでアメリアが嫌がったとしても、ウィリアムは強引に結婚に持ち込むことができる立場にいる。
それでも、ウィリアムはアメリア自身の真意を確認して立場を尊重しようとしてくれている。
彼女はそれが本当に嬉しかった。
だから、笑ってみせる。
彼に望まれた通り、そして自らのあるべきと信じる通りに、強気に。
胸元でわずかに震えているウィリアムの手にも気付いて、アメリアは大丈夫だと伝えるように両手でそっと包み込むように握った。
「はい。末長く……よろしくお願い致しします。いつかこの世界中に、わたくしたちの薔薇と笑顔があまねく満ちるまで」
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