第12話◇私たちの、希望に満ちた夢
王太子殿下との会話を終えると、アメリアはウィリアムに伴われてバルコニーに出た。
その性格は比較的気丈なアメリアではあるが、さすがに王家の方の前に出ることにはまだ慣れておらず、ちょうど一息つきたいと思っていた。
「お疲れ様でした、アメリア」
「そうね。ようやくホッとしたわ……」
ウィリアムの手にはグラスがふたつ。
アメリアは吐息をつくと、差し出されたグラスのうち淡いピンクの液体の方を受け取って、口をつける。
桃の風味のシャンパンだった。
アメリアの好みぴったりの味だ。
鼻を抜ける甘い匂いとシュワシュワとした炭酸の舌への刺激が疲れた体に心地いい。
ウィリアムも残ったグラスを口元に運ぶ。
そちらは赤ワインのようだった。
アメリアは赤ワインも好んでいる。
好きなものふたつから気兼ねなく選べるようにと心を砕いてくれたと分かって、アメリアの頬はアルコールのせいだけでなく赤くなる。
結婚したとは言っても、まだこのようにウィリアムに尽くされることに完全に慣れてはおらず、未だドキドキしているアメリアだった。
衣装も含めて、文字通り、薔薇を背負ってますわね。
わたくしの夫、美し過ぎますわ……。
今日は夜会のためウィリアムも着飾っている。
アメリアの黒のドレスに合わせるようにジャケットには漆黒に銀の刺繍入りだが、それは薔薇の刺繍ではなく、もっと紳士らしいデザインだ。
しかし、一見真っ黒に見える部分の生地には光沢がある黒の糸で刺繍が施されており、光の加減で薔薇の模様が浮かび上がる仕組みだ。
ただでさえ美丈夫だというのにいつにも増して輝いているため、アメリアの胸の鼓動もとりわけ早まっている。
「今日のこの日は、我々の夢への第一歩でしたね」
ウィリアムのその台詞に、アメリアは遥か昔から心に願っている「世界に薔薇と笑顔を」という壮大な夢を意識した。
正直、彼がここまで真剣に薔薇について真正面から考えてくれるとは考えていなかったのだが、先ほど「我々の夢」と語ったように、ウィリアムは近衛の仕事の合間を見つけては日々積極的に薔薇関連の事業に参加し、たまにアメリアと一緒に土にまみれることさえある。
当初はアメリアだけの夢だったものを、今は「我々の夢」だと明言してくれている。
「本当に、まだ、たったの一歩だけれど……とても希望に満ちてるわ」
アメリアの返答にウィリアムは小さく頷いて、ワインを口に運んだ。
少し遠いところでさざ波のように人の話し声と音楽が響いているのを聴きながら、アメリアは愛する人の肩に頭を預けるようにしてその目を閉じてみる。
夜会特有の場の雰囲気と、お酒と、手にした成果と、ときどき瞼や頬に労うように落ちてくるキス。
それらが与えてくれる、ふわふわとした高揚感に身を任せる。
「ねぇ、わたくし……今とても、幸せよ、ウィル」
(おわり)
これにてアメリアとウィリアムの、薔薇にまつわる恋物語、完結です。
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