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第11話◇その薔薇の名前は「リセット」





 ◇◇◇



 数か月後、武家のゾクラフ公爵家が全く畑違いと言える薔薇を売る事業を始めたという噂に、国中の貴族たちは軒並み腰を抜かすことになった。


 それは当初、元王女である公爵夫人・ミリルの提案によるものかと思われていたが、夜会での「いいえ、これはわたくしでなく、息子夫婦の事業ですの」との発言にますます人々はその目を見開く。


 息子?

 あのゾクラフの凍らせ令息が、薔薇を?


 いやいや、奴はそこにいるだけで空気さえ凍らせると評判の冷徹近衛騎士だぞ。

 一体どんな顔で花なんて売るつもりだ。


 そうちょうど場の人々の疑問が最高潮になったところで、件のゾクラフ公爵家の跡継ぎが妻を伴って会場に姿を現す。

 アルウィン王太子殿下と挨拶を交わす夫妻の姿に、またどよどよと人々はざわめいた。


 男はこれまで一度も公的な場で見せたことのなかった、非の打ち所もない笑顔をしていた。

 無邪気にも見えるその表情が逆に邪気そのもののように思えて恐ろしすぎたようで、ヒッ、と一部の夫人や令嬢が息を詰めて卒倒しかける。

 各貴族当主や令息たちも背筋が凍ったかのような顔で固まっていた。


 とりわけ彼と同じ時期に魔法学園に通っていた者たちほど、衝撃は大きいようだ。


 そして衝撃から意識を取り戻した者たちは、やがて男の隣にすらりと立つ美しい女性に意識を移すことになる。

 凛とした黒髪は艶やかな直毛で、決して控えめで女性らしいとは言えない少し勝ち気にも思える視線は、しかし強きゾクラフ家の嫁としてはかなりしっくりと馴染んでいる。


 その髪には一輪の薔薇。

 黄色の花弁の縁に紅色が映えていた。


 一見シンプルなデザインに思える黒のドレスにも、呼応するかのように銀の刺繍で見事な薔薇が描かれている。

 だが、あくまでも髪に飾られている薔薇の鮮やかさの方を強く引き立てるための装いだった。


 ある薔薇好きの令嬢が「あれは少し前に見たことがある薔薇だわ」と気付き、そしてその時の騒動とひとつの断絶した家門のことにも思い至った頃には、会場の誰もがその女性の名を正しく言い当てることができた。


 あのゾクラフ公爵家にマクファーソン伯爵家の娘のアメリア嬢が嫁いだらしい、という話は本当だったのか――あれが噂の「ゾクラフの薔薇」か。


「ははは、君ってば、本当すごいねぇ、ウィル。ただ笑っただけで、ここまで皆を大混乱させるとは。凍らせ令息の本領発揮、といったところかな」

「そうですね、またつまらぬものを凍らせてしまった模様で」

「おや。笑顔で冗談まで言えるようになったようで、本当に何よりだよ。絶好調じゃないか」


 そんな混乱した周囲の雰囲気を堪能し、アルウィン王太子殿下は非常に楽しげだった。

 困った困った、と口では呟きながらも「期待通りで大変愉快だ」と満足げな表情だ。


 こういうところに、殿下とミリル様――お義母様との血の繋がりを感じるわね、とアメリアはご婦人スマイルを作りつつも考える。


「やあ、アメリア夫人。その髪の薔薇、初めて見るよ。新種かい?見事な美しさだね。名前は何というのかな?」


 王太子殿下はアメリアにも、にこやかに声をかけてきた。


 そしてこの瞬間、「その薔薇は今回の夜会で初めて披露されたものだ、という事実が王家の認識として示された」。


 断絶したどこかの家門の男が以前の夜会で披露し登録申請していた花、などという不名誉な話はこれでこの可憐な薔薇から完全に消え去った。


 なにせ王太子殿下自らが公的に「初めて見る」と発言したのだ。

 誰も文句は言えまい。


「はい、殿下。こちらの新種には『リセット』と名付けましたこと、改めてご報告致します」

「へえ、素敵だね。いい名だ」


 アメリアの紹介に、王太子殿下はしっかりと頷いた。


 よかった、これでようやく「リセット」は無事に新種として正式に登録され、量産・販売のルートに乗せられることが確約された……。


 やっと肩の荷が降りたような気持ちになるが、アメリアは「いけない、顔が緩みすぎよ、まだ殿下の御前、他の家門の皆様の目もあるのだから」と意識して気を引き締める。


「うちの城の庭にも欲しいな。こういう美しいものを是非とも自慢したい人がいてね」

「と言いますと?」

「そうだね、どこかの薔薇好き女帝の人とか?高く買ってくれるかもねぇ。正規ルートで」

「アルウィン殿下のお力添えでそれが可能とあらば、我が家としても嬉しいお話です。ねぇ、アメリア」

「ええ、是非」


 完全に茶番ではあるが、これで「横行していた薔薇の悪質な転売・詐欺行為や正規でない他国との商取引には、王家とゾクラフ公爵家が目を光らせていますよ」と周知できたと思われた。


 しかし実際は、会場中の人々がそんなことより「ねぇ、アメリア」とウィリアムがアメリアに呼び掛けた時の微笑と声の甘ったるさに気を取られて阿鼻叫喚になってしまっていたため、この件については再度の国からの通達が必要かもしれなかった。残念ながら。


 ただ間違いなく、「ゾクラフ公爵家と薔薇」という異端の組み合わせだけは参加していた全ての貴族の脳内に強烈に刻み込まれることとなった。


 それを悟り、アルウィン王太子殿下は「結果的にいい宣伝になったようでこちらも色々とやりやすくなりました」などと国王夫妻に報告したという。





 ここまでお付き合い頂きありがとうございました!!


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