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二話 ようこそオカ研へ

 放課後。


 僕はオカルト研究同好会、オカ研が部室としている教室に来ていた。


 もちろん、布瀬さんも一緒だ。


「ここが部室!すごいでしょ!」


 胸を張る布瀬さんの言葉通り、部室内はある意味、圧巻の光景だった。


 中央に長机が置かれ、パイプ椅子が数脚。部屋の両端には狭いとはいえ、天井に届かんばかりの本棚に囲まれ、本棚にはオカルト関連の雑誌や文献がぎゅうぎゅうに押し込まれている。


 どうやらオカ研というのは、僕の想像以上に歴史と伝統ある同好会らしい。


 この部室をなくしてしまうのは惜しいと感じてしまうほどの存在感が、この部屋にはあった。


「活動日は月・水・金だけど、鍵はわたしが持ってるから、入りたかったらいつでも言ってね!」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 布瀬さんは上機嫌を隠そうともせず、軽い足取りで部室へ入り、慣れた様子で椅子に腰掛けた。


「どうしたの?ほら、頸木くんも座って座って!遠慮なんてしなくていいから!」


 促されて、僕も適当な椅子に体を預ける。自然と、彼女の対面に座る形になっていた。


「それで、オカ研では普段なにしてるんだ?」


「んー、蔵書を読んだり、映像を見たり、先輩がいる時はお喋りしたり、とか?」


「そ、そんな活動内容で認可されてるのか……」


 思わず口にしてしまうほどの適当ぶりだ。


「ま、まあ古い同好会らしいからね。今から同じような同好会を立ち上げようとしても、無理だと思う。歴史に感謝だね!」


 ニコニコと目元を緩ませる布瀬さん。


 今更だけど、狭い部室で女子と二人きりなのか、この状況。


 彼女は気にしていないようだけど、妙な噂でも立ったら迷惑だろう。気にしておく必要があるな。


 その後は彼女の説明通り、蔵書を読んだり、駄弁ったりして過ごした。


 思わぬ形で憧れていた青春らしいことができて、不覚にも、頬が緩んでしまう。


「そういえば、さ。頸木くんは知ってる?」


 唐突に、布瀬さんが口を開く。


「……なにを?」


 何やら重い口ぶりに、わずかに警戒心を抱く。


 僕の異常性に気がついた?そんなことはあり得ない。少なくとも僕には、ボロを出した記憶はない。


「我らが芽野高校の不思議だよ」


 警戒心を手放して、僕は首を横に振った。


 それもそうだ。気づくはずがない。気を抜いていたとしても、長袖なのだから。


「芽野高には魔性が潜む、って噂。知らない?」


「初耳。どんな話?」


「それがね、詳しいことは誰も知らないの。とにかく、この学校には魔性が潜んでいる、って話だけが代々オカ研に伝わってるんだって。先輩が言ってた」


「魔性。魔性か……」


 ずいぶんとざっくりした噂だ。


 正直、深掘りのしようがない。


 それよりも、先輩の方がずっと気になる。


「その先輩は?」


「受験生で忙しいから、もうほとんど出られないんだって。でも面白い人だよ。風呂井(ふろい)先輩っていう、男の先輩」


「へえ」


「それより魔性だよ!魔性!面白そうじゃん!」


 僕とは違って、彼女の方は噂について興味津々らしい。


 下校まで時間があるため、このまま聞いてみようと、僕は先を促した。


「実はね、その魔性なんじゃないかっていう候補がね、あるんだよ」


「ほう」


 少し興味が出てきた。噂の噂だ。どんな虚構が飛び出すか、気になった。


「美術部の部室にね、女子高生の自画像があるんだけど、それが魔性の正体なんじゃないかって話」


「……なんで?」


「すっごい綺麗なんだって。美少女って言葉がぴったりなくらい」


「え。それだけ?」


「まさか」


 彼女は精いっぱい、不気味な声色を作って続けた。


「動くんだって、その自画像」


「わあ」


 なんというか、チープだ。どこかで聞いたことがある。2000年代以前にあったというオカルトブームに乗っかって作られた都市伝説の焼き増しみたいな話だ。


「む、さては信じてないな」


「信じたくはあるよ。ちょっと衝立の乙女みたいな話だし」


「なにそれ?」


 衝立の乙女。小泉八雲による作品集『影』に収録されている話だ。


 衝立に描かれた乙女に恋をした男が、彼女と結ばれるために学者から聞いた方法を実践し、ついには衝立から出てきた乙女と結ばれるという、世にも珍しいハッピーエンドの怪奇譚だ。


 そんな話を、彼女は目を輝かせて聞いていた。


 どうして彼女のような人がオカ研なんかに身を置いているのか疑問だったが、本当にこの手の話が好きらしい。


「いい話だねえ」


「そうだな。同じ八雲の話でも、雪女みたいなビターエンドもあるから、余計に」


「詳しいねえ。あ!同じ八雲だから?」


 当たりでしょ、と言わんばかりに人差し指をつき上げている。自信に満ち溢れた推測を、敢えて否定するのは躊躇われた。


「まあ、ね。あとは、母さんが好きだったらしいから、その影響もあるかな」


「へ〜。お母さんもかあ。いいなあ。ウチはあんまりそういう話できないからなあ」


「………………」


 手にしている本に視線を落とす。


 題は『小泉八雲作品集』。蔵書ではなく私物だ。指は自然と、話題にした『衝立の乙女』のページを開いていた。


「ねえねえ、頸木くん。頸木八雲くん」


「……なに?なんでフルネーム?」


「呼びたくなったから。それよりさ、確かめたくない?絵画の乙女」


 なんとなく、そう言い出すような気はしていた。


 だから多少、話を逸らそうとしたのだが、無意味だった。むしろ興味を助長してしまったような気さえする。


「衝立の乙女は出てきたんでしょ?試してみたくない?」


「その絵って美術部の部室にあるんだろ?なんて言って見せてもらうんだよ」


「う。う、噂の真偽を確かめたくて……?」


「不審がられて入れてもらえないだろ。それに、乙女を衝立から出すには酒が必要なんだ。僕ら未成年じゃ無理だよ」


「い、家から持ってくるんじゃダメ……?」


 未成年が酒を持ち歩くつもりか。けっこう見境ないな、この子。


「百軒の違う酒屋から買ってきた酒を使うんだ。未成年には売ってもらえないし、そんなお金もない」


「うぅ〜……」


 布瀬さんは眉間にシワを寄せて、不満を見える範囲の顔いっぱいに表している。


 本当に感情表現が豊かな人だ。見ていて退屈しない。


「噂の真偽なんて確かめなくても、こうして布瀬さんと話せるだけで、僕は十分楽しいよ。布瀬さんは僕と話してるだけじゃ、退屈?」


「うお……や、やめてよいきなり。さては顔に違わず女誑しだな……?」


「まさか。彼女なんてできたことないし、女の子とここまで話したのも、久しぶりだよ」


 妹から教わった女性と接する時のコツも、ここ三年活かす機会がなかった。


 これでけっこう不安なのだ。


「……わ、わかったよ。絵画の乙女は気になるけど、問題起こして廃部なんてことになったら、八雲くんを誘った意味がなくなっちゃうもんね!」


 まったくもってその通……あれ、いま。


「名前」


「? ダメ?」


「いや、ダメってことは……」


「ならいいよね!わたしも夜須美でいいよ!だってもう、友達だし!」


 友達。


 彼女は確かにそう言った。


 なんて、なんて甘い響きだろう。


 彼女に許された通り、そう呼んでしまえたら。


 きっと、心地良いことだろう。


 きっと、歯止めが効かなくなるだろう。


 今ですら瀬戸際にいるというのに、それ以上を許容したら、後戻りできなくなる。


 先生の忠告が無意味になる。


 耐えきった三年が無意義になる。


 新たな決意が無価値になる。


 だから、それだけはできなかった。


「改めて、よろしく!そしてオカ研にようこそ!八雲くん!」


「……よろしく、布瀬さん」


「…………せめて、“さん”は外してよ」


 不満げな彼女の顔を、僕は直視できなかった。

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