ベッキーと私~魔導甲冑兵戦記
包囲戦三日目、とうとう王都を守る城壁の正門が破られました。
「百年ものあいだ王都を守った門が……」
「聖堂に逃げこんた市民を連れ出し武装させろ。生き残った王国軍兵士と合わせて、乗り込んでくる帝国軍と一人十殺の覚悟で市街戦を行い奴らに出血を強いるのだ」
城壁の内側ではあちこちで悲観的な声があがっていました。
愚にもつかない言葉を発しているものの多くは自分で武器も持たないような連中です。
王族や有力な貴族はすでに国外へ逃亡しています。もはや王都に残っている人は、敗残兵、逃げきれなかった人々、そして逃げるということを知らない人たちだけでした。
「大変な時に王都に来ちゃったわね、ベッキー」
「西部戦線に残っているべきだったでしょうか。いえ、御嬢様。これも運命でしょう」
私付きの侍女、ベッキー。ふらりと我が家にやってきて、もう三年ほどになる付き合いです。ただ、ベッキーという名前は偽名でしょう。本名は私も知りません。まあ、この子とはいろいろありました。でも今では私の親友です。その彼女が自分はベッキーだと名乗るなら、彼女はベッキーなのです。
「……ヴィクトリア御嬢様、敵本陣を確認いたしました。二時方向、廃屋のある松林の丘の上です」
会話しながら合成魔眼鏡で敵陣営を監視していたベッキーが声をあげました。
「えっ、本当にみつけたの?! さすが私のベッキー。そう、帝国将軍『黒い悪魔』エーリッヒ。とうとう出てきたのね。ここまで待った甲斐があったわ。ふふ。よし、やるわよ、みんな。手はず通りによろしく頼むわよ」
開戦以来負け続けの王国軍、いえ、もう王様も逃げてしまったので王国軍と呼ぶのもおこがましいですが。それでもここには残って王都を守ろうという、逃げることを知らない変わり者たちがいるのです。
「了解っ!」
「へい」
「へへ、承知」
「合点でござる」
装備はバラバラ、塗装もまちまち、いかにも寄せ集めの王国魔導甲冑兵たち。私の家臣でもなんでもありません。義理か私情か、人情か。ただ絶望の淵にある、ここ陥落寸前の王都に集まったというだけの仲間です。
ですがその眼だけは、ここで帝国に一矢報いようとみなギラギラしていました。いえ、甲冑の下ですから見えないんですけど、そんな眼が見える気がしたのです。
私はいつの間にか彼らのことがたまらなく好きになっていました。
「このヴィクトリア・アヴロー、命に代えても必ず敵将の首を獲ってくるわ」
「まさに武門の誉れなり。御武運を」
「頼んます、アヴローの御嬢様。俺らが城門で暴れているうちに」
「うむ、本懐を遂げられよ」
「あの帝国の先陣の連中は俺らに任せてくだせえ。よし、行こうぜお前ら!」
それぞれの明日への夢を、今日限りの勇者の夢に持ち替えた者たち。逃げて、というのが正しいのでしょうけど。
西部国境では、我が父アリオット・アヴロー伯爵がいまだ戦線を維持しております。魔導甲冑で王都を脱出し、西部へ向かって合流できれば命だけは助かるはずです。
仮想聖人回路の祝性ピストンが奏でる滾るような脈動音を聞きながら、魔導甲冑の中でひとり目を瞑りました。
誰だって死にたくはありません。しかし。
王都には逃げ切れなかった市民がまだたくさんいます。
王国に戦士のあるは、ただこの一戦のため。
みんな、この王都を捨てて逃げるわけにはいかないのです。
意を決して目を開く。
「みなさん御武運を! 王国万歳」
「王国万歳!」
「じゃあなお嬢さん! 王国万歳!」
ちぐはぐな集まりの魔導甲冑兵たちは、歓呼の声をあげて崩れかけた建物の向こうに消えていきました。行く先は、今まさには突破されつつある城門。
「さて、ベッキー?」
「はい、我々も行きましょう。背後はお任せください。御嬢様、御存分に戦働きを」
「あなたにも戦神の御加護を」
ドン、と地を揺るがす埋設地雷の轟音。続いて城門のほうで激しい戦闘が始まりました。
みなさん役割を果たしていますね。
いっぽうここは城壁の上。
あらわれたのは、二体。
白銀の魔導甲冑と漆黒の魔導甲冑。その大きさ、人の背丈の三倍はありましょうか。
魔導甲冑とは魔法で駆動する動力鎧のことです。大きすぎるので、鎧として装着するというよりは背部から操縦系ユニットの隙間に入り込む、という感じです。
白銀の魔導甲冑、搭乗者は私、ヴィクトリア・アヴロー。王国貴族、アヴロー伯爵家の長女です。武器として、右手と左手それぞれに対魔導甲冑兵用の貫通剣。
漆黒の魔導甲冑には、我が親愛なる侍女、ベッキー。ベッキーは右手に高初速魔弾砲、左手に貫通剣。
どんな装備でも使いこなし、なんなら帝国の武器まで扱えてしまう彼女がもっとも好む装備です。
「跳ぶわよ」
「はっ」
一気に白熱化する合成愚石。仮想聖人回路の過祝福圧力で盛大に強制昇天した従魔単子が、後部排気管から派手な昇天炎を二本噴き上げました。さあミリタリースロットルです。
「け、警報! 城壁上に魔導甲冑兵二体!」
「おい新たな魔導甲冑兵だ! 左城壁の上、小銃兵、狙え!」
「距離を詰められる前に集中射撃で頭部の光学シーカーを潰せ!」
「伝令二名、こちらの魔導甲冑兵を呼べ」
さっそく見つかってしまいました。まあそこは織り込み済みです。
「アヴローの御嬢様、思いっきり暴れてきてくだせえ!」
「なあにここは俺らで守り切って見せまさあ!」
飛び交う小銃弾の中、城壁上にまばらに残っていた兵が拳を振って激励してくれます。
「あなたたちもご武運を」
そう答えて、跳躍。
城壁を蹴って塹壕内の帝国兵たちのド真ん中に飛び降りてやりましょう。
この高さ、普通の魔導甲冑なら脚部が破損するところですが、我がアヴロー家の魔導甲冑は身軽さが身上。他家の甲冑ではできない動きでも可能なのです。
「うわあ!」
着地。と、同時に近くにいた兵の小銃を剣で跳ね飛ばす。
「こいつ跳びやがっ……ぎゃっ」
「撃て、撃て!」
「待て、発砲待て、ここでは味方に当たるぞ!」
「近すぎる! 分隊退避、退避ー!」
大混乱。狭い塹壕は楽しいですね。ここからは運動性だけが頼みです。走り続けるしかない。でも、そういうの案外好きなんですよ。
「小銃兵は下がれ! 魔導甲冑兵小隊、前進!」
「第一分隊、たかが二体だ、正面からすり潰せ!」
「第二分隊、連絡壕にて側面に回れ」
魔導甲冑兵の装甲に通常の小銃ではまったく効果がありません。まあ、その装甲も貫通する魔弾を発射できる特殊な小銃もあるにはありますが、重いしかさばるしであまり普及しません。さらに、人の三倍もある魔導甲冑兵を前に冷静でいられる歩兵は多くありません。なので結局、魔導甲冑兵の相手はやはり同じ魔導甲冑兵がやるのです。
のそのそ敵魔導甲冑兵の小隊が塹壕を進んできました。動きが鈍い。こちらをたった二体と侮っているのでしょうか。
ならば潰してやりましょう。
敵は四体と四体、計八体いるようです。
腰を落として構える。お尻の下、動力ユニットの中で回転数の跳ね上がった仮想聖人回路が振動しながら狂ったように絶叫しているのが心地よい。
まずは。
「ぐわあ!」
「分隊長!」
一体。
相手の想像より早く近づき、愛用の貫通剣で急所を貫く。と、同時に横へ、塹壕の外へ跳ぶ。集まる敵弾をかわし、そしてまた塹壕の中へ。
重防御といっても鎧というものには隙間がどうしてもあります。そこを狙われて、内部の中枢部分を破壊されるとあっさり無力化されてしまうのです。それはもちろん私も同じ。うかつに動きを止めてしまったら、そこで終わりです。
「分隊長が!」
「くそ、こいつ速いぞ!」
「あいつの足を止めろ! 足を狙え、俺たちで仇をとるぞ」」
足を狙って発砲してきました。危ないなあ、味方に当たるのに。
「待て、第二分隊に当たる! まっ――」
発砲を制止しようとする魔導甲冑兵の影にベッキーがひらりと飛び込み、至近距離で放った魔砲弾が命中。ビクンと痙攣すると、白い煙を立ち昇らせてゆっくり仰向けに転倒。
その横であわてて次弾装填中の一体も流れるような動きで脇腹からの貫通剣刺突で仕留めます。
「う、うわああ!」
恐慌をきたして、うかつにベッキーの正面に躍りかかってくる一体を私の貫通剣が背後から貫きました。
これで四体。
あと残りは四体です。そちらはすでに全員抜刀していました。隊伍を組み、接近戦で圧し潰そうというのでしょう。正しい判断です。
ベッキーの漆黒の魔導甲冑に一瞬目を向け、合図を一つ。あうんの呼吸、即座に合図が返ってきました。
互いに狭隘な甲冑の中にいて顔も見えないのに、あの、つややかな黒髪を肩で切りそろえた彼女の不敵な笑顔を見た気がします。
次の瞬間には二体とも破られた城門に向かって駆け出していました。
「に、逃げ出しやがった!」
「違う! 城門から突入した突撃隊を背後から襲撃する気だ! まずいぞ! 突撃隊が挟み撃ちに……」
あっけにとられる敵甲冑兵を尻目に走る。
走りながら後ろ向きにベッキーが放った魔砲弾が追いすがる魔導甲冑兵を倒す。
「うまいわね、ベッキー」
「……いえ、飛び道具などでお目汚しを」
近接通信送受話器からいつもの彼女の声。ベッキーは常に冷静です。
右に左に、ランダムに小さく跳躍しながら二体は戦場を駆ける。
周囲は敵兵であふれていました。
背後からかすめてくる敵弾。突然現れた私たちに驚き飛びのく敵歩兵。人の背丈ほどもある長大な魔弾銃を敵の方向もわからずでたらめに発砲している魔弾銃兵。
別動隊の敵魔導甲冑兵を発見しました。うかつにもこちらに気付いていない。足元に焼夷手榴弾二つを投げ込み、駆け抜けました。背後で起こる爆発音。完全破壊は無理でも高温の熱で動きを止めることはできたでしょう。
ベッキーの魔弾砲がその混乱に向けて放たれます。一発、二発。撃つたびに魔導甲冑兵ががくん、と倒れていきました。撃ち尽くしたのか、ベッキーは魔弾砲を捨て、倒した帝国魔導甲冑兵の魔弾砲に手を伸ばしました。敵からの捕獲兵器ですが、それで彼女の射撃精度が落ちることはありません。ベッキーは帝国の魔弾砲にも精通しているのです。さすがは我が侍女です。
ここで進路をまたぐるっと変更します。
そう、私たちが目指すべきは、敵本陣。
そこには、今までの戦場のことごとくで王国軍を打ち倒してきた常勝将軍、黒い悪魔こと帝国将軍エーリッヒ・ナヴァト・クレツェックがいるのです。
迂回して本陣に突撃する手もありましたが、左翼右翼には敵の強力な騎兵、魔導甲冑騎兵が控えていますので避けたかった。むしろ中央、攻城戦の主力たる歩兵の壁を破った方が突破成功の目はあろうと考えました。
ベッキーに合図を送る。漆黒の魔導甲冑が小さくうなずくと、敵本陣の方向へと姿勢を変えます。捕獲した魔弾砲を前方に向け発砲。進路上にいた魔導甲冑兵を撃ち倒しました。倒れたその先にあの丘が見えます。
敵も意図を理解したようです。本陣めがけ走る二体に集中射撃。押し寄せる敵兵たち。
もう周囲には構っていられません。
追いすがる敵を振りほどき、立ちふさがる敵を蹴散らして走りました。
小銃弾を弾く装甲が奏でる小気味よい音。高回転で吹きあがる仮想聖人回路、大きく聞こえる自分の鼓動。高揚感。
やれる。
近づいた丘の上でたなびく帝国旗を目にした瞬間、背筋を走る悪寒に思わず飛びのきました。
コンマ数秒先の自分の未来位置に巨大な戦斧が、ブン、と通り抜ける。
来た。これは強敵だ。
「御嬢様、騎兵です。三騎。こいつは倒しましょう。左翼側へ回り込んで」
「わかったわ!」
近接通信の声もさすがに張り詰めてしまいます。
視界の隅から巨大な影が三つ、接近してくるのがわかりました。
魔導甲冑騎兵。四足で、巨大で、人馬一体の形をしています。魔導甲冑兵よりも速く、魔導甲冑兵よりも膂力が強い。できれば相手にしたくないのですが。
「死ねい、王国の雑兵めが!」
外部スピーカーから罵声を浴びせながら戦斧を振り回してくる敵魔導甲冑騎兵。わざわざ聞かせてくるとは、周囲の士気を上げるためにそんなことをしているのでしょうか。
「喰らえいっ!」
振り下ろされる戦斧を直前で避け。
左に走ります。
「待てぇいっ!」
叫んで進路を変更した敵騎兵の背中に、ドン、とベッキーが放った魔弾砲が命中します。
「ぐがっ、き、貴様ぁっ!」
振りむこうとするその横腹に二発目が着弾。衝撃で上半身の装甲をもがれるようにして大地に転倒。半壊した鎧から地面に転がり出た男が肩を押さえながら何か叫んでいますが、内容までは聞き取れませんでした。
私はすでに二騎目の懐に飛び込んでいたからです。
「ぬん」
振り下ろされる戦斧をすんででかわし、貫通剣で脇腹の急所を刺突。敵魔導甲冑騎兵の上半身に腕を回し、支柱にして跳躍、馬体を超えて反対側へ。着地する前に貫通剣は敵のもう一つの急所を貫いていました。
「ぬあっ……」
活動停止。
あと一体。
「御嬢様、後ろです!」
ベッキーの声と敵の斬撃は同時に私に届きました。跳躍は。いや、間に合いません。
強烈な衝撃で地面に叩きつけられました。貫通剣を持った右手が空高くに舞っているのが見えます。
やられた。
異常を知らせる警告音がいくつも鳴っています。出力も低下しています。眩暈がしました。
でもまだ。まだ動ける。
「御嬢様、右側に」
「ありがとうベッキー、油断したわ」
「こいつは帝国騎兵のエース『鉄のガイアール』。ギオール・ガイアール侯爵です。ちょっと本気を出す必要があります」
なんでそんなこと知ってるの? とは思いましたが、ここが正念場、切り抜けるしかありません。
しかし、敵を見て驚きました。
「これが鉄のガイアール……」
通常の魔導甲冑騎兵だって大きいのに、これはさらに一回り大きい。そのうえ、腕が四本もあるのです。どうやって操縦しているのでしょうか。
「御嬢様、うかつに間合いに飛び込まないでください。私が隙を作りますから、それまで攻撃は御控えを」
「わかったわ」
「では」
そういうなりベッキーは魔弾砲を撃ち込みました。それを跳躍でかわすガイアール。しかし宙に上がった瞬間に、二発目を撃ち込まれます。腕が一本、吹き飛びました。さすがです。それが王国製の銃でも帝国製の銃でも、ベッキーが二発目を外すことはありません。
「来なさい、鉄のガイアール」
魔弾砲を捨て、抜いた貫通剣を両手で持ったベッキーもまた外部スピーカーで敵を煽りました。こういうの、最近流行っているのでしょうか。
「試させてもらいますぞ、名もなき黒の騎士よ」
ガイアールのよくとおる低音が響きました。さすがに凄みのある声です。
「いざ」
そこから交わされた両者の動き、私の目ではすべてを追えませんでした。
一瞬で間合いを詰めた二人が落雷のような轟音を発し、ぶつかった、と思ったらすでに勝負は終わっていたのです。
ガイアールの一本目の手には戦斧が、二本目の手にも戦斧が、三本目には盾がありましたが、今や盾を持った三本目の手を残して二本は切断されてしまっているのです。
「見事、感服した」
武器を失ったガイアールは四本の足を折り、膝をつきました。
周囲はなぜか静まり返っています。
ベッキーは剣を鞘に納め、
「さ、御嬢様、首級を」
そんなことをいってきます。
「私は何もしていないわ。ベッキー、あなたの武勲じゃない」
「では私の好きにしてよろしいですか」
「当然よ」
くい、と振り返る魔導甲冑越しにベッキーの微笑が見えた気がしました。
「ならば、『鉄のガイアール』よ」
「はっ」
「そなた、この瞬間から我がしもべとなれ」
「御意」
「えっ」
どういうことなのでしょうか。
「このガイアール、黒の騎士のしもべとなりましょう。して、貴殿の名は」
「……ベッキー」
「ベッキー殿に忠誠を誓おう」
ガイアールは立ち上がり、周囲の兵にあれこれとなにやら指示を出しています。
妙に舞台劇じみたこのやりとり。私は今、何を見せられているのでしょうか。
「ではついてまいれ、ガイアールよ。御嬢様、本陣へ向かいましょう。我らが倒すべき敵はそこにいます」
* * *
本陣といっても兵はほとんど出払ってました。近衛と思われる魔導甲冑兵十数体が天幕周辺で待機しているだけ。だけ、といってもこれらに一気に躍りかかられればひとたまりもありませんが、彼らはなぜか動きません。よもや敵襲だなどとは思えないのでしょう。
「静まれい! これよりエーリッヒ・ナヴァト・クレツェック将軍と王国伯爵令嬢ヴィクトリア・アヴロー嬢との決闘を執り行う!」
「何かと思えば決闘だと? 気でも違ったのかガイアール伯爵」
天幕の中から、きんぴかに飾られた魔導甲冑が出てきました。
「アルバ公爵、古来、決闘の掟は神聖なもの。これを軽んじるわけにはいきませぬぞ」
「今は戦争中である。たわけを申すな。そもそも貴公、なぜここにいる。敵前逃亡は死罪ぞ」
にらみ合う両者。
「なんの茶番だ。騒がしいぞ」
漆黒の魔導甲冑が現れました。これも大きい。通常より二回りは大きそうです。
声はガイアールさんと違って軽そうですが、底に邪悪を感じるような声色でした。
「将軍。ガイアール伯爵が敵前逃亡を」
「なんだと」
将軍。ということはこいつが黒い悪魔、エーリッヒ・ナヴァト・クレツェック。
いよいよ私の出番ですね。こちらも外部スピーカーを使うとしましょう。
「初にお目にかかる。これなるはヴィクトリア・アヴロー。王国、アヴロー家長女である。そちらの偉丈夫は帝国将軍エーリッヒ・ナヴァト・クレツェック殿とお見受けいたす。ならば今日まで我が王国に投げられた数多くの侮辱、ここに果たさんとする。尋常に勝負せよ」
「なんだこいつは。決闘だと? バカバカしい。そもそも利き腕がついておらんではないか。そんなボロ甲冑で俺に勝負を挑むとは、笑止千万。出直せい」
「いや、これで十分」
「おいガイアール。おまえの差し金だろ。なんのつもりだ」
「決闘の掟は神聖である、それは戦場にても同じこと。受けるべきでございましょう」
「しょうがねえな。だがこいつ一体じゃ話になんねえ、そこの黒いのもまとめてかかってきな。なます切りにしてやるよ」
「二対一になるが」
「構わねえ。これが終わったらすぐに戦場に戻れよ、ガイアールのおっさん」
「承知した」
近衛の魔導甲冑兵が並び、大きな輪になって決闘場の仕切りとなりました。
相手は常勝将軍、エーリッヒ・ナヴァト・クレツェック。その手には、愛用の得物なのでしょう、大きなカタナ。いっぽう私は残った左腕の貫通剣一振り。そして私の傍らには侍女であり、友であるベッキー。申し分ない決闘です。
確かにこの機体には左腕しか残っていませんが、敵が一体ならそれで十分です。アヴロー家の身上は身軽さなのです。ちょっと出力落ちてますけども。
ベッキーは、どこでもらったのか帝国製魔弾砲といつもの貫通剣を構えていました。
「始めるぜ」
「いつでもどうぞ」
「……はあっ!」
いうがはやいか、鮮やかな連続突きが飛んできました。一つ二つ三つ。目にも止まらぬ速さ……といいたいところですが、見切れます。
体を回してかわし、その大きな小手に一突き。
「がっ?!」
カタナを落としたかったのですが、これぐらいでは取り落とさないようです。頑丈ですね。
背後からベッキーが発砲。背部装甲に命中。横に滑って次弾をかわす、エーリッヒ。しかしかわした先を私の剣が襲います。見えました。ここが急所。
「ぐがっ! くそ!」
左腿内側にある指先ほどの隙間。そこに狙いを定め、突き入れました。手ごたえあり。切り捨てようと振ったカタナは空を切り、私はいったん間を取ります。
エーリッヒの魔導甲冑は左足から蒸気を噴き始めていました。かなり出力も下がっているはずです。
「おい、話が違うぞおっさん! 決闘はやめだ! 近衛兵、こいつを射殺せ!」
激昂しています。ここまででしょうか。敵陣の真ん中で生き残れるとは思っていませんが。
いえ、せめてこいつの首は取らねばなりません。みんなに約束したのですから。
「お、おい、なんで近衛は動かん!? まさか……き、貴様ら、俺をハメやがったな!」
撃たれませんでした。事情は知りませんが死んでもらいます。
ベッキーの魔弾砲がしつこく左足を狙って動きを止めさせ、その隙を狙う……と見せかけて最後の焼夷手榴弾投擲。燃え上がる炎。
「ぐああ……卑怯だぞてめえ」
「奇法は兵法の常、ですよ」
いいながらカタナを持つ手首を切断。ゴッ、と音をたてて将軍の重く巨大なカタナが地面に転がりました。
「近衛! は、早くしろ! てめえら殺すぞ!」
完全に左脚は機能停止しています。罵倒を繰り返すだけで動けなくなったエーリッヒの魔導甲冑の急所に剣を突き立て、完全に無力化しました。
あっけない。実にあっけない。これがあの常勝将軍でしょうか。この人、戦働きはガイアールさんにまかせていたのではないでしょうか。
「くっ……殺せ」
「そのつもりです」
「ま、待て! 助けてくれ! 俺は騙されたんだ」
甲冑から引きずり出されたエーリッヒは命乞いを始めました。
「俺はかわいそうな男なんだ。皇帝一家が暗殺されて、なぜか担ぎ出されて将軍だ。今度はやむなく帝国の運営までやらされて……あれから俺は酒浸りの日々だった。何もかも、周りにやらされてたんだよ!」
「よくもまあそこまでスラスラ嘘がつけるものですね」
「え、ええと、あんたは?」
「ベッキーと申します。エーリッヒ、この顔に覚えはないでしょうか」
甲冑から降りたベッキーがエーリッヒの顔を覗き込みます。
「ええ……? ひっ、あ、おっ、おまえは、し、死んだはずだろ……?」
「ヴァルハラからよみがえってきましたよ、エーリッヒ。そなたを地獄に堕とすためにね」
周囲が唖然と見守る中で、ベッキーがパチンと指を鳴らすと、漆黒の魔導甲冑がすっくと立ちあがりました。そしてその胸部装甲にぼうっと光が灯って――三つ首の龍、帝国の紋章があらわれたのです。
「な、なにぃ!?」
ざわめく周囲。
「雪崩返し。あの剣技を見れば一目瞭然。ギアッツェ姫殿下でなければあれほどまでに美しい剣さばきはできぬ」
ガイアールさんが、カカ、と大笑しました。続いて、
「皆の者、頭が高い! 畏れ多くも第一皇女ギアッツェ・ハルティナ・ローゼンシルト殿下の御前である!」
大音声で一喝しました。途端に静寂が周囲を支配します。
「うむ。大儀であった、ギオール・ガイアール伯爵。皆の者、わらわだ。いま、帰還した。皆には苦労を掛けたな」
あっけにとられる人々の中で、きんぴか魔導甲冑のアルバ公爵が最初に声をあげました。
「ギ……ギアッツェ姫殿下万歳! 帝国に栄光あれ!」
乗り換えが早い。さすがは公爵です。
「ば、万歳! 帝国に栄光あれ!」
みんながつられて万歳三唱です。何がどうなっているのでしょう。
しかし、そうなれば私にはやるべきことがあります。
「ヴィクトリア嬢。なぜわらわに剣を向ける?」
私の貫通剣はベッキーに向けられていました。
「ベッキー……いえ、帝国第一皇女殿下。つまり間抜けな私を三年間、騙しておられたわけですね。心からの友人と信じておりましたが、ええ……まことに……まことに、御見事でございました」
「わらわ以外の皇族を全て暗殺されて逃げる場所がなかった……名を秘したこと許せ。宿飯の恩、御苦労であった、我が友、ヴィクトリア・アヴロー嬢」
「決闘を申し込みます。魔導甲冑にお乗りください。私はあなたを斬らねばなりません。私は王国の民なのですから」
「それがそなたの望みか」
「そうです。それが、王国と帝国の運命です」
こうするしかないのです。ベッキーが帝国皇女だったとは驚きですが、それは同時に帝国の新たな支配者の登場でもあるのです。相容れない二国がある限り、戦いは終わらない。
「運命か」
「運命です」
こんな私が泣くなんて、自分でも驚きです。
もちろん、誰だって友と戦いたくはないでしょう。
産まれを呪うほかない。
ここが、私の死に場所です。
そう思って彼女の魔導甲冑を見ました。片手には魔弾砲、片手には貫通剣。
それが王国製の銃でも帝国製の銃でも、彼女が二発目を外すことはありません。同じように、一度狙いを定めた私の貫通剣が的を外すこともないのです。これは運命なのです。しかし。
「双方、そこまで」
ガイアール侯爵のよくとおる低音の声がすべてを止めました。
「アヴロー殿、貴公は勘違いされておる。もう戦闘は終わっておるのだ。帝国軍は私の指示で戦闘行為を中止している。正式な講話はこれからとなるであろうが」
その日、王国と帝国の戦争は終わりました。
それからもいろいろありましたが、彼女と私の友情は永く永く、続くことになりました。
* * *
刑場にて。
「なあ。最期に教えてくれ、ギアッツェ。なんで『ベッキー』だったんだ?」
「ベッキー。正しくはレベッカ・ローゼンクランツ。あの日、そなたがわらわと誤って殺めた少女の名だ。地獄の底で悪魔に詫びよ」
「ああ……なんだ、そんなことか。そうか、遠くからの狙撃だったんでわからなかったよ」