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第九話 紫炎の戦場

 銀翼の装甲は、それそのものが武器であり防具。【三日月】も少なからずその要素は受け継いでいるが、銀翼のそれには遠く及ばぬ。全て、児戯に等しいものだ。


 左翼展開。刃の羽が豪雨の如く降り落ちて、真昼の行動範囲を大きく狭めた。銀翼の行動範囲に一切の制限はない。


「ジリ貧……にはさせない、銀翼……!」


 宙に浮く銀翼の翼目掛けて、大きく肩の後ろに回した下弦を振り切る。月の出ている夜限定ではあるが、【三日月】は振った刀の刃から斬撃能力を持つ光を放つことができる。


 【三日月】はそれ以外の遠距離攻撃を保有しないが、これ一つで余りある火力を持つ。それは鋼すら裂く絶刀。


 光の粒子が飛翔する。大きく弧を描いた【三日月】が銀翼の翼を狙い、その付け根を切断せんとする……が、黙ってそれを食らうほど銀翼も大人しい戦い方はしていない。


 背面に向けて展開した翼を自身の体を抱き込むようにして折り曲げる。光の入り交じった空気が飛来する光波を包み込み、数瞬の拮抗の後に霞の如く霧散した。


「なに、それは……どんな原理で……!」


「対消滅……詳しい原理は私も分からない……」


 接触と同時に反粒子へと変化し、触れた物体と共に消え去る効果を持った光の粒子である。翼に格納しているため、一定以上の大きさのものには効果がなく、また確実な固体にはまったく無意味という弱点は当然あるが……


 それを差し引いても尚強すぎる防御性能。加えて【三日月】の光波はこの粒子が最も得意とする分類に相当する。


 近接しか、ない。この距離を詰めるしか。


 銀の翼をはためかせ宙に浮く銀翼は、しようと思えばいつでも降下し得意の近接戦闘に持ち込めるのだろう。こちらが空中を攻めれば即座にそうされるのかもしれない。


 戦闘において上を取るというのは圧倒的なアドバンテージではあるが、ただ跳んでいるだけでは無防備の極み。銀翼のような継続的な飛行機能を持たない限り、焦って上を狙うのは愚の骨頂であるが……今は、そうする他ない。


 ひび割れるほど強く踏み込み、跳躍。銀翼は真っ向から受け止め、夜の闇に眩い火花を散らした。


 落下、上昇。剣戟を踏み台にしての上下運動を繰り返す。攻撃を途絶えさせてはならない……隙が生まれるのを待っていてはどうしようもない。無理やり、隙を作る!


 (空がこちらの主戦場なのは分かっているはず……)


 思考する。黒鎧は、何を考えているのか。


 時折光波を混ぜながらの超近接戦闘。上下の利点は入れ替わり続け、危機に陥ることは何度もある……けれど、その“危機”のレベルは黒鎧と銀翼では比べ物にならない。


 銀翼は多少鎧が破損する程度でいい。だが、黒鎧は一度でも隙を作られれば下方に吹き飛ばされて……詰む。


 (ま、戦闘ド素人の予想なのだけれど……)


 戦闘訓練は積んでいるが、実際の命のやり取りをしたことなど皆無に等しい。こんな予測、なんの役にも立たないのかもしれないが……それは、黒鎧とて同じこと。


 この学校の人間だ。ならば、条件は対等。低レベルな予想はするし、それに翻弄されることもあるはず!


 大技で、一気に決める……!


「宵、闇の虹に駆ける龍雲の渦中に謳う」


 銀翼のくぐもった声が響く。


 (あの大技か……いや、詠唱が違う……!?)


 銀翼は、詠唱を敵に聞かせることを条件とした大技を複数保有している。威力、射程全てにおいて『天光』は隔絶したものであるが……決して、他が弱いというわけではない。


「汝、天翔る黄金。純黒の朝に啼く狭間の鴉」


 マズい、ということだけが分かる。


 【三日月】によって強化された身体能力をフル活用しながら攻める。明らかに詠唱に意識が寄り、銀翼の攻撃は緩んでいるが……何故か、それでも均衡は崩れない……!


「我、瞳の王。十刻を刻み刃となる。其は救世の断頭台」


 採るべき選択は……攻撃、ではない!


 死力を込めた一刀、銀翼の片羽を穿つ。落下しながら繰り出した一太刀は、銀翼の右の翼に在る浮力を奪った。


 存外の幸運。あれほど狙っても傷一つ付かなかった翼が、回避を選びながらの苦し紛れの攻撃で堕ちるとは。視界に映る銀翼は、確かに半身が傾いで落下を始めていた。


 だが、剣は。円を描いて、刻む――――――


「『嫦娥・じょうが・つきこもり』」


 悪手であった。銀翼は、翔ぶが宿命であるのだから。


 黒鎧が地に着くより先に、銀翼は下方へ翔ぶことで推進力を得た。本来、そうするつもりもなかった……だが、翼を断たれた動揺が無意識下で最善の行動を選択していた。


 すれ違いざまに斬撃。黒鎧の脇腹を剣が裂き、遅れて……校舎全体を両断した。跡形もなく、塵となる。


「がっ……は……!」


「月は奪われ、消え、いずれ不死へと至る」


 銀翼の切り札が一つ、『嫦娥・晦』。対象は一、時間の逆行をすら操る絶技。全てのダメージは黒鎧へのみ流れる。


 校舎を破壊した衝撃も。全て塵と化した極撃も。その全てが黒鎧を襲う。到底、耐え切れるものではない……


「堕ちよ。月は人に死を与えた」


 逆行。『嫦娥・晦』がもたらした全ての現象は逆行し、何もなかったことになる……ただ一人、黒鎧を除いて。


 ――――――


 (強すぎる……あそこで追い込めたのは、奇跡だった……)


 朦朧とする意識の中でそう思考する。


 時裂は、大勢で銀翼を仕留めようとするよりも単独で決着を付けようとする真昼の意思を尊重してくれた。現に、扉の向こう側からは誰も訪れる気配がない。


 こうなると、分かっていたのだろうか。彼は、かくも隔絶した銀翼の強さを理解していて、こんな……


「負けを認めなさい、黒鎧。あなたは私に勝てない」


 僅かに動く視界を向けると、剣を自身の喉元に突き立てられているのだと分かった。月光を背負った銀翼は、やはりあの夜のように美しくて……見惚れてしまいそうで……


 嗚呼、やっぱり。結局変わらないんだ、そういうとこ。


「誰が……認めるか、そんなもの……!」


 勝ち目がこれ以上ないほど薄い。それは分かっている。いくら刃を交わした所で、埋められない差を見せつけられるだけ。それも分かっている。その上で、敢えて言おう。


 だからどうした。


 そもそも銀翼を討ち果たさんとする理由はなんだ。輝くためだろうが。今度こそ姉に手柄を譲らず、自分が輝くためなんだろうが。単純に勝ちたいなんて、そんな理由じゃない。


 そんな生易しくない! ずっと奪われてきたんだ! 自分が輝ける場所……だけじゃない! 自分が自分の道を進むための人生を奪われてきたんだ。ずっとこのことだけ考えてきたんだぞ! 私は、私の全てをかけて、こうしてるんだ!


「姉さんを越える、それだけに!」


 素直になれない自分がいた。あなたのせいだ、あなたのせいだと怨嗟の声ばかり漏らしている自分がいた。


 この世で一番気高く美しい紫髪が薔薇のようだった。華のように笑うあなたに見惚れていた。暗い昏い黒髪の私が、あなたを目指して出来ることなんて何もなかった。


 だからせめて、あなたの傍に。横にいたいと、思った。


「姉さんと並び立つために、ここにいるんだ!」


 姫魅輝夜は、きっと銀翼すら容易に打ち倒す。いつか見た姿よりも更に美しくなって、華麗に。こんな泥臭く戦うこともなく銀翼を倒し、無限ループすら解決する。


 なら自分も、そのぐらい。この世界で一人しか立てない場所にいるあなたの横に立つためには……そのぐらい。


 やってみせなくちゃ、いけないんだ。


「っ……これは! まだ手を隠していたか、黒鎧!」


 何もせずとも、体が立ち上がる。燃え盛る炎が背中を押している。たった一つの背中を追いかけるために。


 紫炎、絶刀。夢幻の彼方。それは、いつか辿り着く夢。弱い自分を隠して、強い彼女から目を背けて。屈強な鎧で身を隠した……彼女が、最後に辿り着く夢の果て。


 成長の止まっていた黒鎧の姿が変貌していく。何もかもを呑み込むような黒は紫へ、二振りの刀は一つへ。触れる全てを拒絶するような装飾は、やがて咲く薔薇のように。どこまでも美しく、誰もが焦がれる極地へと至る。


「負けを認める……そんなもの、クソ喰らえ」


 刀を振る。紫炎が屋上を包み込み、輝いた。


 この二人の因縁が今宵終わる……双方、無言のうちに理解した。この夜に、炎に、燃え尽きて消えるのだと。


「足が折れても、朝が終わっても。私は走らなくては」


 踏み込み。変わらず剣戟の威力は互角……けれど、速度が違う。黒鎧、否、修羅だ。修羅が一度斬り、銀翼が反撃しようとした時には、次の太刀が別の角度から襲い来る。


 後手に回る……防戦一方。


「あの人は、今も見えない場所にいるのだから!」


 そして、終わる。大上段の振り下ろしが入る。


 一瞬の攻防だった。実際に撃ち合っている銀翼でさえそう認識するほどの……瞬きのような、決着だった。


「負け……私が、負け。は、はは……始めて、よ」


「銀翼。あなたは先程、姫魅輝夜に追われていた。あそこで反撃することだって出来た。何故そうしなかったのですか」


 憤りすら感じている。この銀の翼に。


 顔も見えないが……必ず、そう出来た。姫魅輝夜と真っ向から戦うことが出来た。何故そうしなかったのか?


「無駄、だから……彼女は、偽物だもの……」


「……やっぱり。生徒会長があんなことするはずない。あの人はいつもいつも、大切なことは自分で終わらせる」


 ため息混じりにそう言うと、銀翼が立ち上がった。修羅の一刀を食らい、鎧は大きく縦に裂けているが……その威容は一切揺らいでいない。斯くも美しい銀の翼のまま。


 向かい合う。身長は同程度で、その目に宿した眼光も、今ならば……同じぐらい、輝きを放っている。


「ねえ……一つ、聞きたいことがあるの」


「奇遇。私も、あなたに聞きたいことがある」


 不思議と、確信があった。きっと二人の異能は同じようなもので、互いの正体を認識させない能力がある。だから“正体を知っている”二人は声がしっかりと聞こえない。


 もう、無限ループの犯人かどうかなんてどうでも良かったのかもしれない。今この時だけは、二人だけの世界。やっと想いに気付けた、仲良しの姉妹しかいない世界。


「「あなたは、私の大切な人?」」


 笑みが零れる。あなたは、私の――――――


「それにはまだぁぁあああああ!!!!!!!」


 咄嗟の判断で銀翼を押しのける。握手のために差し出した手を堅牢な鎧に当て、全力で押した。銀翼の弱点……突発の事態において臨機応変な対応が出来ない。


 しかし、それをカバーする本能が備わっている。銀翼は輝夜の思考が停止している状態で行動を選ぶ……それが最善と無意識下で判断し、修羅の力に身を任せる。目の前で、黒い何かの濁流が修羅の全身を包み込んでいった。


「まひ……」


「早いんじゃないのかなああああ!!!???」


 時裂が通してしまったのではない。校舎の壁を駆け上がりここまで到達したのだ。まだ怪我が完治してもいないというのに、鍛え上げられた肉体は万全に動く。


 銃弾……否、空薬莢の渦。どのようにして動かしているのかは知らないが、それは意思を持つ津波のようにして。


「君たちはさァ……一番、厄介なんデスよォ……」


 波は校舎の下方へ流れていって、第一特別棟のどこかに流れ込んでいるように見えた。膨大な力と、狂気に動けなくなる。この女は、なんだ……どこから、現れた。


「コース料理の順番を乱すのは好きじゃありまセンが……」


 イデアール・バルバリア。何故国内最強の異能を保有する輝夜を前菜に据えたのか……それは、彼女の観察眼あってのこと。姫魅輝夜にこれ以上の成長は有り得ない。


 一人では何も出来ない無能、それが姫魅輝夜。任務があるから、仕事があるから、しなければならないから。そんなしょうもない理由でしか動けない。自分の内側から湧き出る衝動も、感情的な、幼稚とも言える義務感すらない。


 どこまでも惰性……熱がない。生徒のため、という名目を剥がせば……姫魅輝夜はただの一般生徒だ。


 最強として生まれた、凡人。


「メインはあちら……前菜には元より期待していませんでしたが、今はコレっぽっちも魅力を感じナイ……」


「黙れ」


 先刻より精彩を欠いた斬撃。イデアールは当然のように受け流し転ばし、踏み付け……肺から空気を奪った。


「がっ」


「いきり立ったところで意味はナイ。あなたは食後のコーヒーで十分デス……悪い意味で、予想外デスよ」


 顎を蹴られる。意識が落ちていくのを感じる。


「ジャパーン最高の異能もこの程度デスか」


 待て、と。頭ではそう言っているのに……口が動かない。声帯が震えない。修羅をどこにやったと叫びたいのに、肺の中には何も残っていない……お前は、誰だ。


「残念デスよ。あなたにトキサキ隊長は似合わない」


 その言葉の意味を考える間もなく、闇に包まれた。


 一つの決着が付き、また一つの戦場が生まれた。


 時が戻る。

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