タイトル未定2024/07/19 17:55
「どうしよう、これから……何もする気が起きない……」
失意と悲しみで動きたがらない体を無理やり動かして、学生棟に戻る。死人が出ても変わらなかった以上、輝夜がいなくとも日常は変わらないのだろうが……それでも、生徒会長として学生たちの面倒を見てやる義務がある。
どこにいても、生徒たちの喧騒が聞こえる。もう十分すぎる文化祭の準備を続けて、いつもいつも同じように顔を輝かせている。夢中になって、体をぶつけても気付かない。
「真昼……そう、真昼と情報を共有しなくちゃ……」
黒鎧との決着は延期だ。こんな精神状態で臨んだ所で勝てる訳がない難敵であることぐらい分かりきっている。
時裂の上着を握りしめながら歩く。輝夜に似合わないソレを羽織った姿にはかなりの違和感があるのか、道行く学生たちはたまに二度見したりするが……話しかけてくることはない。何か、近寄り難い雰囲気を感じているのだろう。
随分と長い間、真昼と接触していない気がする。そうだ、黒鎧と対峙した時からだ。あの夜から、状況が動いた。確証はないが、黒鎧たちが何かしている可能性は極めて高い。
「いない……どこに、いるのかしら」
彼女の教室を覗いても、真昼はいなかった。『天光』により破壊された校舎は完全に元通りで、生徒たちの動きに変化はない……ただ、そこに真昼がいないだけで。
彼女も彼女で忙しいのだろう。あの夜、黒鎧以外の何者かが出現していた可能性は否めない。だとしたらどこに……
『あーあー、マイクテスマイクテス』
少しザラついた音と共に、放送用の機材から声が聞こえてくる。誰が間違えるだろう、この声は……輝夜のものだ。若干の違和感はあるが、これは紛うことなき輝夜の声。
思わず物陰に身を隠す。生徒たちは皆突如聞こえてきた放送に気を取られていて、輝夜には気付かなかった。
『生徒会長、姫魅輝夜です。突然で申し訳ありませんが、皆さんにお伝えしなくてはならない問題が発生しました』
生徒たちの間に衝撃が伝播していく。
『直接話したく思いますので、生徒及び教員の皆さんは至急体育館に集まっていただくようお願いいたします』
あの姫魅輝夜が、集会を開いた。孤高にして絶対、最高の生徒会長が生徒たちに伝えねばならないほどの問題を発見し解決出来なかった。それだけで、恐るべきことだ。
焦燥、好奇心、或いは恐怖を抱いている者もいるだろう。なんにせよ生徒たちは、心の底から湧き上がる大きな感情に突き動かされて体育館へと向かい始めた。全ての作業を放り出して、学生棟は耳が痛いほどの静寂に包まれる。
(どういうこと? 何故私はここにいるのに、私が放送をしているの? マイクの向こう側の私は……誰なの?)
一瞬の内に無数の可能性と選択肢が浮かび上がり、排除されていく。兎にも角にも、今は体育館に行ってあの姫魅輝夜の正体を確認する方が早い。私も向かうとしよう。
どうやら、本格的に動き出したらしい。黒鎧の陣営か、生徒三名を惨殺した何者か。はたまた彼ら以外の陣営か。学園のために動けるのは銀翼陣営だけ……いいや、時裂に拒絶されてしまった以上、銀翼一人だけか。随分と、心細くなってしまったものだ。
窓から体育館周辺の様子を確認しながら走り出し、全員が中に入ったと同時に体育教官室に駆け込んだ。
ここからなら、誰にも発見されずに体育館の中の様子を確認出来る。何がなにやら分からない以上、極力姿は晒したくない。ひとまずはここで状況が動くのを待とう……
「……ん? 何これ……って、ええ!? エベーレ!?」
「ふんす! ふーふん! ふんすー!」
時裂の上着を綺麗に畳んで窓の外に視線を向けようとした時、暗がりに人影を見つけた。何故かロープでぐるぐる巻きにされているソレは、間違いない。エベーレだ。
見慣れた金髪縦ロールに彼女が無断でカスタマイズしたフリルのついた制服。誰が間違えるというのだろうか。
「ど、どうしたの……他のみんなはどうしたの?」
「ぷはっ……げほ、げぇーっほげほ!」
複雑な結び方をされたロープで、エベーレは雁字搦めにされていた。猿轡を噛まされ、鋼鉄の手錠を使って柱に繋がれている。流石にコレを外すのは不可能だ。
息を整えたエベーレが、動く方の手を使って輝夜の肩を掴んだ。こんなに乱れた彼女の表情は……初めて見た。
「か、輝夜様。一大事ですわ。秋月以外の生徒会役員は全員私と同じように拘束され、“学園のどこかに”放置されています。そして、真昼様も同じように……!」
どくん、と。心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。戦闘経験はなくとも生徒会の異能は一騎当千、凡百の打ち破れるものではない。それが副会長一人を除いて無力化、更に愛しの妹も同じように危害を加えられている可能性がある?
有り得ない。生徒会に入る条件の一つに、国立異能機関からの異能強度判定がAクラス以上であるというものがある。四人束になれば、敵う者などいようはずもない。
「誰が……誰が、そんなことをしたの!」
「それが、そう……輝夜様。輝夜様と瓜二つの女が、私共を攻撃し始めて……混乱している中、秋月以外の全員が気絶させられていきました。秋月は最後まで、私たちを……」
マイクのスイッチが入る音が聞こえ、輝夜は窓の外に視線を移した。ステージの上に、確かにいる。姫魅輝夜と寸分違わぬ姿をした紫髪の長身の女が……堂々と立っている。
エベーレの話は嘘ではなさそうだ。外見、雰囲気、何もかもが同一。そのような所業が出来ても不思議ではない。
姫魅輝夜の異能強度は国内唯一のSである。
「皆さんにお話したいことというのは他でもありません」
輝夜(仮)が、手に持つパソコンのキーを叩く。すると彼女の背後にあった巨大なスクリーンに映像が映し出された。そこにはあの夜の映像……折り重なった三人の生徒の遺体と銀翼が映っていた。黒鎧の姿はどこにもない。
生徒たちが騒めく。彼らから離れた場所にいる輝夜とエベーレも、声には出さないが驚愕に心を支配されていた。その感情の由来は……二人とも、異なるものだが。
「お気付きの方もいるかもしれませんが、我が校の大切な生徒が三名亡くなりました。見ての通り、犯人は……」
銀翼がズームアップされる。亡くなった生徒たちの友人らしき者たちの声にならない声が聞こえてきた。
「この、銀翼。“私たち”生徒会はこの鎧を銀翼と呼称し、当学園に在籍する何者かの異能であると睨んでいます」
目眩がする。何がなにやら分からないことの連続だ。突然自分の偽物が現れたかと思えば自分の異能に生徒たちのヘイトを向け、更に生徒会全体を巻き込み始めた……!?
あの偽物は何を企んでいる……どうする。エベーレが動けない上に秋月以外の生徒会役員も同じ状況、希望である秋月はどこにいるのか分からない。そして偽物が壇上にいるのならここで出ていくのは得策ではない……! まさか、聖堂に赴いている間にこうも不利な状況を作られるとは……!
「これは由々しき事態です。生徒の皆さんが安心して文化祭を迎えるために、そして亡くなった三名の生徒の仇を討つために。我々には銀翼を排除する義務があります」
一部の生徒を中心として、賛同の声が上がる。あまりに突然のことすぎてついていけていなかった生徒たちも、その熱意と勢いに後押しされて同じように声を上げる。
それを見て、輝夜(仮)は満足気に頷き懐から歯車のような道具を取り出した。確か、生徒会室に置いてあった……
(強制異能顕現具……マズい、まさか、そんな!)
輝夜(仮)が、それを破壊した。同時に輝夜の全身を爆発的な光が包み込み……銀翼が、彼女の体を纏うようにして顕現した。体育館にいる全員の視線がそこに集中する。
強制異能顕現具。国立異能機関が一定以上の異能強度を保有する者に対して作成する道具であり、事前に登録している人物の異能を無理やり発動させる。
主に国家の敵となった異能保有者の居場所を特定し、その力を使い切らせるために用いられるものであり、これを使って発動させられた異能は自身の意思で停止させることが出来ない。生徒会の金庫に全員分保管していたはずだが……いつ、持ち出された!?
「輝夜様、まさか……その、お姿は」
マズいマズいマズいマズい。思い付く限り最悪の状況だ。生徒三名を殺害した罪を銀翼に擦り付け、その上での銀翼強制起動……頼れる者は、つい先刻別離したばかり!
「全校生徒の皆さん及び教員の皆々様。今の光は銀翼の居場所を示しています。どうか、どうか皆さん! 最高の文化祭のため、どうか! 銀翼討伐に力を貸してください!」
強制異能顕現具の存在は、ソレを渡されるに値する者にしか知らされない。生徒会以外の誰も、この状況そのものがおかしいということに気付くことは出来ない。
姫魅輝夜ならなんでも出来る。そんな、生徒会長となってから築き上げた信用と実績がアダとなった。彼らには理解の及ばぬことであっても、彼女ならば容易に為して見せるという盲信にも近い信頼が今回ばかりは痛すぎる。
生徒会は機能停止状態。学園の全員が自分を狙う。疲れ果てて自然消滅するまで、異能の停止は不可能。黒鎧と交戦してからの数時間で、正体すら掴めていない偽物にこうまで完璧に“詰まされた”状況を作られるとは……!
残された可能性は秋月と真昼……だが、とてもじゃないが期待値が低すぎる。結論、“どうしようもない”!
(ここは逃げる、何とかしてどこかに……!)
可能だろうか。二百人近い異能保有者は、その全員が学園の構造を熟知している。フィールドは全くの互角、戦力は向こうが圧倒的に上。分散して襲撃してくるにしても……殺さずに逃げ切ることは、果たして可能だろうか。
(いいえ、出来るかどうかではない……!)
するしかない。学園のために動けるのは自分だけだ。一切の損害を出さずにこの状況を覆し、見えぬ敵を討つ。そんな荒唐無稽な偉業を……独力で、為す必要がある!
やれるだろう。私は、巡華学園歴代最高の生徒会長だ!
輝夜(仮)が手を振ると同時に生徒たちが走り出し、輝夜も同時に駆け出した。舞台は学園……逃亡劇。
「いやはや、滑稽。身の丈に合わない恋にうつつを抜かすからこうなる……そう、思いますよネ? ミレニアムの女」
誰もいなくなった体育教官室に、僅かに弾んでいるようにも思える不快な声が響く。どこかひび割れて聞こえるその声は……果てしなく歪んでいる。
「これは、どういうことですの? あなたに言われた通り輝夜様の複製体の発言権限は移譲しましたが……」
「どうもこうもありまセーン! あなたは、尊敬する生徒会長を完全に詰ませるための駒として利用されたのデース!」
不規則な足音を立てて姿を現したソレは、背中に大きな穴の開いた機械の鎧を纏っている。息は乱れていて、満足に動ける状態ではないのに……不快な笑みを崩さない。
「それはそうと? そろそろ我慢しなくていいデスよ?」
時裂もイデアールも例外ではない。異能狩りから遠ざかっても尚、彼らの内側には異能のエッセンスが残った。時間と素質さえあれば……開花は時間の問題だった。
イデアールの異能は権限の強奪。体を操る権限、言語中枢を操る権限、自身が制圧したと認識したものならば奪えぬ権限はない。彼女らしい、傲慢極まる異能だ。
また、イデアールは現代の特異点と言ってもいい精神の異形性を保有している。時裂を追って日本の自衛隊に潜り込んでいた彼女は、ループしていながら毎日違う人物の思考権限を強奪していた。そう、時間が巻き戻る度に“前回と違う行動を選択していた”。彼女にしか為せぬ異常行動である。
そしてイデアールは、それを自認していない。自分の異能にランダム性があるのだと思っている。
自身の異常性を認識せぬ、究極の生きる特異点である。
「泣き叫び、問いなさい? 私の弟はどこですか、と……」
時裂との交戦をどのようにして生き延びたのか……それは実に簡単なこと。自身から、“死亡する権限を奪った”。これにより彼女は、彼女自身が絶対に勝てないと心の底から認識する敵の攻撃かどう足掻いても生命活動を維持出来ぬほどに破壊され尽くす以外の方法で死ぬことはなくなった。
輝夜(仮)はエベーレの作り出した複製だ。彼女がこんなことに手を貸したのには……当然、訳がある。生徒会の状況を輝夜に伝える役目を担ったことにも、だ。
「愛しの弟は、どこに行ってしまったのデスか、と!」
人質。ラグナロが、人質に取られている。
どれだけ強い眼光で睨みつけても、イデアールは高笑いするばかりだった。ものの数時間、更に単独で異能保有者に溢れる学園を落として見せた。たった1人を人質にするだけで良いのだから、随分と簡単なものだった……
教員すら動かす姫魅輝夜の権力。便利が過ぎるエベーレの異能と家族愛。利用するものなど、この程度で良かった。
「さて、まずは生徒会長から殺すとしまショウ!」
異能狩りの時間だ。前菜は、最強の異能から食らう。