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第五話 礼拝堂

「君にしては随分と、騒がしい礼拝だな。輝夜君」

 

「はぁ……はぁ……もう呼び捨ては、してくれないのね……」

 

 肩で息をしているが、一応冗談を言う余裕程度は残っているようだった。片目を瞑って口角を上げながら、いつもの仏頂面でこちらに振り返る時裂の目を見つめた。

 

 聖堂の最奥に位置する荘厳な扉を開けると、そこにあるのは巨大な女神像の安置された礼拝堂。ある程度の業務を終わらせたあとは、ここで一日を生きる感謝を告げる……それが時裂のルーティンだった。ループしていようと変わりはしない、一日と同じ時間は生きられているのだから。

 

「……あの日の黒鎧と交戦でもしたのかな」

 

「ええ、その通りよ……思ったよりも強かったわ」

 

 強いのは分かりきっていた。剣を弾き撤退した際の速度と判断力はこちらも見習うべきものであった。

 

 だが、予想外。こちらと同じように単独で行動しているのかと思ったが……仲間がいるとは。軍隊の異能に加えて、こちらの上下を反転させてきた異能。厄介極まる。

 

「そうか。大変だったようだな……水と、栄養剤。必要なら食事も用意しよう。何かお好みの料理はあるかな?」

 

「いいわよそんな、少し休めば治るから……」

 

「君の異能は便利だな。回復能力すら保有する。だが忘れてはならない、君は異能保有者である前に一人の人間だ。ちゃんと人間的な回復をしなくては壊れてしまうぞ」

 

「……そうね、ありがとう。いただいておくわ」

 

 壊れかけの銀翼を解除し、ドカリと乱雑な動きで食卓に座る。それを見届けた時裂も、「無茶の説教は食事中と相場が決まっているしな」と呟いて調理場へと向かった。

 

 やはり、優しい。生徒会長としてしか自分を見ない生徒や教師と違って、彼は姫魅輝夜を人間として見てくれる。そう考えると……もう一人、姫魅真昼。彼女も、姉としてという考えが混ざってはいるが人間として見てくれている。

 

「鮭の燻製だ。カルボナーラと混ぜると美味いぞ」

 

「どう考えても出来るまでが早すぎるでしょ」

 

「何、そろそろ来る頃合かと思って仕込んでいただけだ」

 

 ぼっ、と頬が赤くなるのを感じる。これはもしや、アレなのだろうか。両想い……ではない。以心伝心?

 

 いや確かにここ最近は暇さえあればここに来ているが、この時間は基本的に来ていないはずだ。何故予測出来ていたのだろうか……ふふ、本当に以心伝心なのかもしれないな。

 

「あれ、あなたは食べないのかしら、時裂さん?」

 

「……ん、ああ……用意し忘れていたな」

 

「そう……ふふ、嘘が下手よねあなたは、昔から……」

 

 少し残念だが、やはり彼の優しい面は好きだ。普段はどこか冷たい所もあるが、こういった時にどうしようもなく頬が緩んでしまうほどに暖かい……だから、好き。

 

 二人の間に皿を置いて、美しく盛られた燻製とパスタを切り分ける。時裂も少し躊躇った後……微笑んで口に運んだ。

 

「それで、ここに来た理由は何かな? 鐘を鳴らしてくれれば聖堂に赴いたのだが……わざわざここまで来るとは」

 

「優雅に食事をしておいて説得力がないかもしれないけれど一刻を争う事態なの。少しでも早く話しておきたかった」

 

 時裂はあくまで協力者のポジションであり、輝夜に全面的に協力してくれる訳ではない。だが、裏からであっても協力しくれる以上は情報共有の必要性を感じていた。

 

 黒鎧に仲間がいること、想定以上の戦闘能力を保有していること。高すぎる連携能力から察するにあの場にいた以外にも仲間がいること。……悔しいことだが、銀翼としての基礎スペックを生かすだけでは手も足も出なかったこと。

 

「目が覚めた時には学生棟はボロボロだった……多分、『天光』を使ったのね。そのレベルまで追い込まれたわ」

 

 時裂の眉が僅かに動く。『天光』を使うということは、戦闘状況を継続させたまま意識を失ったということだ。単純な接近戦では無類の強さを誇る銀翼がそこまで追い込まれるとは。あの黒鎧は確かに凄まじい強さのようだ。

 

「私は黒鎧が、このループの犯人だと思っている。集団で襲ってきたし、仲間もいるのは間違いない。何が目的かは知らないけど、あれほどの力があるなら……可能でしょう」

 

 そう言って輝夜は黒鎧との交戦に関してのあれこれを語り始めた。黒鎧の襲撃から始まり、軍隊の異能の出現。上下反転能力に銀翼に守られた輝夜が意識を喪失する程の攻撃。

 

 統率の取れすぎていた動きと、他の階にも被害が出ていたことを考えるとあの場にいる以外の仲間すらいる。敵はかなりの大人数であることを想定するべきで、それだけの大派閥ならば世界をループさせられる者も……いるかもしれない。

 

「ふむ……中々だな。では、そろそろか」

 

「……そろそろ? 何かあったかしら」

 

「ふむ、いや……君には、預かり知らぬことだったかな」

 

 時裂が窓の外を見つめる。ループし続けるせいであの日から変わらない夜空……けれどその日の風は、少し強いような気がした。時裂の仏頂面は……僅かに、険しくなっている。


 ――――――


「ハーイ、やっぱりジャパンはカスデース!」

 

 ヘリは侵入出来なかったので置いてきた。学園の正門付近に丸々放置しているが、まあどうせ辻褄を合わせられるのだから気付かれて問題になることはないだろう。良し。

 

 学園全体を覆う見えない壁に触れる。母国からかっさらってきた死刑囚の死体を押し付けても弾かれるばかりだが、彼女の肉体はなんの抵抗もなく透過した。予想通り、異能保有者のみを通す結界の類なのだろう。相も変わらず狡猾。

 

 肘まで侵入させ、曲げる。内側から結界を叩くと、今度は透過しなかった。内側からの干渉は不可能なのか。

 

「コッソコソ隠れやがって反吐がでマース! 隊長もあの頃から一切変わってませんネ! やり方が陰湿デース! 隠すならもっとやりようがあるでしょうに! ワーッハッハッハ!!」

 

 結界の性質をある程度確認してから全身を潜り込ませる。内臓が鷲掴みにされた後鎖で縛られるような感覚……なるほど、これを感じているものはループに巻き込まれないと。

 

 ループに気付けたのは偶然だった。単純に、軍の任務でここ周辺をヘリで巡回していた時……ヘリが侵入出来ない場所があった。学園上空は何をどうやっても通れなくて……不思議で不思議で、死んでしまいそうだった。だから必死に調べた。

 

 と、いうのが元々のヘリの持ち主の経歴。なるほどなるほど、この身に宿る異能がランダム性を有していなかったら辿り着くことはなかっただろう。改めてこの異能に感謝だ。

 

 周囲の行動がおかしいと思っていたのだ。だからヘリの持ち主の情報に加えて、自分でもある程度の調査はした。

 

「んー、もう少し調べてて欲しかったデース! 分かってる情報が【この学園ヤベェ】だけとか終わってマース!」

 

 あながち間違ってはいない。ヘリで飛んでいたら突如突破不可能な謎の透明な壁に阻まれ、触れる以外の何も出来ない状態で分かることなどたかが知れているというもの。

 

 だが、そんなこと知ったこっちゃない。

 

「私に感謝デースね! 少しでも役立ててあげますよ!」

 

 ヒラヒラ手を振って、あの操縦士に別れを告げる。とうの昔に知覚機能は停止しているが……知ったこっちゃない。やりたいからやる。そこに理由もクソもないだろう。

 

「さーて、隊長はどこですかねェ……」

 

「……ここだ。お前は何も変わらないな、イデアール・バルバリア。あの頃から一貫して我儘で孤高で孤独だ」

 

 明日に向けて休むという輝夜を寝かしつけ、夜の散歩に出ていた時裂がこのタイミングで正門を訪れたのは決して偶然ではない。懐かしい戦と死の臭いが、彼の足を突き動かしたのだ。お前はまだ、逃げられないぞと。

 

「おやおや隊長ォ……何やらすっきりした顔……いいえ、違いますねェ。“これからすっきりする顔”ですねェ〜!」

 

「黙れ。お前は、今の私の世界には美しくない」

 

 イデアールの言葉は止まらない。一度こう言うと決めたら何を言われようと突き通す。例え銃を突きつけられようと、首筋に刃を添えられようとやめることはない。

 

 時裂の顔が不快げに歪む。彼のことを知らぬ者は軽い不快感か何かだと思うだろうが……イデアールには分かる。

 

 殺意すら、抱いているだろう。

 

「勧誘に来たんですよォ〜! 一緒に再開しませんか!」

 

 正拳。相変わらず、視認すら出来ぬ速度の踏み込み。

 

 あの時代から変わらぬ装備だ。全身の筋肉を僅かに動かすだけで体内に挿入している武器を射出することが出来る。

 

 肩口から針を射出。正拳の軌道をズラす。

 

 (分かってますよォ〜貴方の正拳……)

 

 防ごうとしても、接触部分から衝撃を流され内部崩壊が進む。避けようとしても、緻密極まる彼の筋肉は一度決定された筋肉の動きを途中で変更することが出来る。

 

 唯一の対処法は、正拳そのものをズラすこと。時裂の筋肉そのものに接触し、その行き先を強制的にズラす。

 

「はァ……鈍ってますね、やっぱりィ……」

 

 まさか、そうなるとは。

 

 メジャーリーガーの投球速度を大きく上回るスピードでの、筋弛緩剤の塗布された極細の針だ。常人ならば命中部位周辺すら吹き飛ぶほどの威力を孕んでいる。

 

 だが、時裂にはこの程度の攻撃では蚊ほどのダメージも入らなかった。確かに、そう記憶している。

 

 だが、今は。正拳を構えていた時裂の右腕がダランと下がり、一切の力を感じられない有様となっている。

 

「……」

 

「鍛え直した方がいいんじゃないですかァ? ジャパーンでの平穏平和、退屈平静極まる生活に毒されて」

 

 正拳。有り得ぬ。

 

 まるでリプレイのような動作。時裂の拳は正確にイデアールの顔面を狙い、銃弾か何かのように突き出されている。

 

「ッとォ! 危ないじゃないですかァ隊長!」

 

 舌なめずり。風圧だけで頬の皮膚が切れる……速度は落ちていても技の切れ味は変わらぬ技術……恐ろしい。

 

「ねえ、隊長……もう一度だけ勧誘しますけどォ……」

 

 西暦二千年。世界初の異能発現。対象は異能が暴走し、某国の都市を焼き尽くした。以降世界各地で異能が観測され続け、“異能開拓時代”は現在も続いている。

 

 当初行われていた異能開拓は非人道的なものであり、国連は批判を続けた。結局は異能開拓委員会が開かれ、組織が募った異能保有者に最大限の安全と人道的な扱いを約束し異能の解明を進める方針となっている。非常に、遅々としたものだ。だが、これ以上急がせることは決して出来ぬ。

 

 だが、まあ。それはそれとしてだ。

 

 待てぬ者もいるだろう。

 

「楽しかったでしょう? 生きていたでしょう? あまりにも甘くて理想的な、倒錯と狂気の世界にいたでしょう?」

 

 異能開拓黎明期、非人道的な異能開拓。その際、“異能狩り”と呼ばれる武力集団がいた。人の身に最大限適応させ身体能力に影響を及ぼすよう改良された“薄い異能”を投与され人外の感覚と運動能力を手にした者の総称である。

 

「ジャパーンのぬるま湯では最早足りない。我々のヴァルハラが、今も戦火を忘れぬ我々を待ち侘びている!」

 

 嬉々として“ソレ”を行う者が果たして何人いたか。何も知らず己の内側から溢れ出した異能などという訳の分からぬ力に困惑する中、他の例は見つけられない。

 

 そんな異能保有者を嬉々として襲い、極悪な研究施設に連れ帰りあまりの負荷に死亡するまでその体を弄ぶ。

 

 その現場を直接見ていなくとも、それに加担したという現実に変わりはない。自分たちのせいで何も知らぬ人が死んでいく現実を、上書きする行為を、誰が喜べたのか?

 

「私はもう忘れたとも。無力な民が泣き、喚き、疲れ果てて死ぬまで踊らされる。あんな世界はもう懲り懲りだ」

 

 時裂は間違いなく日本の生まれであるが、その人生の大半をこの国で過ごしてはいない。某国の軍隊に所属し戦闘訓練を積み、絶対的な力を以て選ばれてしまった。あの地獄のような異能狩りに。望まぬ紅蓮の戦場に。

 

 一度は記憶に蓋をした。あの降り止まぬ絶望の雨を忘れようとして、何度も何度も悪夢を見て、あの世界から逃げ出した。

 

「だから、頼む。帰ってくれ。お前は必要ないんだ」

 

 結局異能からは離れられなかった。日本が異能を保有する若者を守るために就学期間を長くして創った巡華学園の聖堂管理者に選ばれた時は、黒い運命すら感じていた。

 

 しかし、ここの生活は素晴らしいものだった。姫魅輝夜を筆頭とした愛らしい生徒たちの生き様が、荒れ果てていた心を安らかな世界へと連れてきてくれた。異能を持つ者でもこんなに幸せに生きることが出来る希望を示してくれた。

 

 だから、もう。その世界を、見せないでくれ。

 

「いいえ。私はこの為に、こんなクソ国に来たのデス!」

 

 血塗れた刃を、頭蓋を砕く弾丸を。皮膚を裂き骨を断ち命を壊すこの四肢を。目覚めさせないでくれ。

 

「再び“異能狩り”を始めましょう! トキサキ隊長!」

 

 どうしてこんなに、魅力的なんだ。

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