表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

第二話 聖堂

「それで……見られた。君にしては幼稚な失態だったな」 


「ええ、本当に。変な勘違いしてなければいいけど」 


「無理だろう。私でも“そう思う”よ、その光景ならば」 


 三名の生徒を惨殺した……と、真昼が思っている銀翼の正体は輝夜であった。真昼同様に進化する異能を保有する彼女は、その銀の姿を誰にも晒したことはなかった。 


 昨晩――ループを考慮するなら今夜――生徒たちを殺害したのは輝夜ではない。悲鳴を聞きつけて駆け付けた時には彼らは死んでおり、剣の先が血の海に濡れた。そこにあの黒い鎧武者がやって来て……見事に見られた、という経緯だ。 


「まあ、そうなってしまったことは仕方ない。迅速に鎧武者の正体を突き止め、誤解を解いておくべきだろうな」 


「正直……あの時間帯は誰でも動けるから犯人の見当もつかないわ。誰が生徒たちを殺したのかも……わからない」 


 聖堂、と呼ばれる施設がある。体育館横にひっそりと立てられた教会のようなものであり、主に生徒の異能が暴走した際に治療や鎮静を担当する医師が交代で勤務している。 


 ループが開始した日、学校にいたのは【時裂光貞ときさきみつさだ】。十字架に黒い修道服、黒寄りの茶髪は短く切り揃えられていて、常に胸の前で聖書を開いている深い堀りのある顔をした男性。三十代前半を自称している。 


 彼は常に冷静沈着で、以前爆発の異能を持つ生徒が暴走した際には、輝夜でさえ銀翼の能力全てを逃亡に使ったというのに彼は単身爆心地に飛び込み、制圧してみせた。  


 彼の異能は誰も知らぬ。だが、あの大事件の際も聖書片手に飛び込んでいたのを見ると、何か聖書に依存した異能なのかもしれない。あの現場を直接見ていた輝夜の見立てが正しいのならば……恐らくは、近接系のもの。 


 その事件がきっかけで、輝夜は生徒会長を目指した。逃げずに戦える、時裂のような人になりたかった。 


「あなたもできるだけ探してもらえないかしら」 


「私も人脈が広いわけではない。滅多なことがない限り人も寄り付かんからな……出来ることは極々限られるとも」 


 嘆息しながらのその言葉に、そうよねえと輝夜もため息を吐きながら答えた。結局、犯人を突き止めるための力を誰よりも保有しているのは輝夜だ。頑張るしかない。 


「好んでここに来る物好きは君ぐらいのものだ。それも私がいる時だけに限ってな。忙しいだろうに、ご苦労なことだ」 


「待っっっっ……て。なんで知ってるの」 


 飲んでいた茶を吹き出しながら、輝夜が赤面した。時裂に大きく手を突き出して、静止のポーズを取っている。 


 何かを理解した顔をして、時裂が名簿を取り出した。聖堂に訪れた生徒を記録しておくものであり、当然ここにある情報は全ての医師が共有している。時裂も例外ではない。 


「私以外の者が担当の時に君が来た記録はないな。言葉も感情も嘘だらけだが、後ろめたいもののないデータは嘘を吐かんものだ。く、く。伏せていた方が良かったかな?」 


「うっわあそんなのあるの……まあるわよねえ……うーわやらかしたわ。全部筒抜けだなんて、そんな……」 


 年頃の少女がこうも分かりやすく照れているのを見て、いつも仏頂面の時裂の顔面にも薄い笑顔が浮かんでいた。恥ずかしいことこの上ないが……それだけで、お釣りが来る。 


 この男の笑う顔が見たいと思い始めたのはいつだったか。それはもう覚えていないが……初めて聖堂を訪れた時の、あの笑顔だけは忘れていない。俗に言う作り笑いというやつだったのだろうが、あの安らかな笑みは忘れていない。 


 あの時の礼がしたい、と思ったのだ。彼は気にしてもいないのだろうが、それでも。予想通り「職務だからな」、と彼は言い放ったが……ふっと見せた一瞬の笑み。君はやはり美しい心根をしているな、という言葉と共に浮かんだ笑み。  


「いつになったらもう一度、あの笑みが……」 


「何か言ったかね? 君の声は時折……小さすぎるな」  


「なんでもないわ……そろそろ時間だから、戻るわね」 


 今更だが、輝夜はループのことを時裂に明かしている。彼のような冷静な大人なら、無駄な混乱を招くこともないだろうという判断だ。それだけ大きな信頼を置いている。 


 そしてその予想通り、時裂はループのことを一切口外していない。裏から捜査に協力してくれるだけで、一日一回……要するに毎日接触のある教員たちに気付かれる気配もない。いつもいつも、本当に頼りになる男だ。 


「ああ、一つ忠告しておこう。輝夜」 


「なにかしら……ん、待って? 呼び捨て? ねぇなん……」 


「嵐に備えることだ。静寂は、もうすぐ終わる」 


 突然の呼び捨てに戸惑っている輝夜の背中を押しながら、時裂はそう言った。その顔はいつもの仏頂面だ。 


 パタン、と聖書を閉じる。吹き込んだ風が教壇の蝋燭に灯った火を消して……聖堂は、暗闇に支配された。暗闇に縮小していく輝夜の瞳孔が時裂の表情を認識することは…… 


 なかった。 


「すぐそこに、終幕の時は近付いているぞ」 


 扉が閉まる。聖堂の鐘が鳴った。


 ――――――


「学園の外へは出られない。知らない人間は記憶のみループする。学園内は基本的に形あるものはループせず残り続ける。現状ループに気付いているのは姫魅姉妹だけ。分かってるのはこれぐらいです」 


 生徒会メンバーは、五人。生徒会長の輝夜以外のメンバーは副生徒会が二人、書記、会計。いずれも成績優秀、品行方正、運動神経抜群で強力な異能を保有している。 


 真昼は、あの銀翼に惚れ込んでいた。独り占めしたい、一人で対峙したいと思っている。しかし、冷静になってみればわかった。あの剣の反応速度と判断の速さを鑑みるに一対一は難しい。なら、頼れるのは……生徒会しかいない。無論、輝夜は除外するが。 


「それはまた……生徒会長、いた方がよくないかい?」 


「いいえ。姉は……関与させたくありません」 


 輝夜の妹ということで、真昼と生徒会にはそれなりの繋がりがあった。普通に出会えば会話する程度の仲だ。 


 (だって姉さんなら簡単に銀翼を倒して異変を解決して英雄になる。また、姉さん一人が輝くことになる) 


 母親の胎から生まれ落ちた時間は同じようなものなのに、輝夜が優秀だからと言って彼女ばかりが輝く。おまけみたいな扱いを受けて、表舞台には全然立てない。 


 これからもそんな人生が続くのか? いいや、そんなの真っ平御免だ。姫魅真昼は、太陽のように輝きたい。 


「私たちだけで、この異変を解決しましょう」 


 表向き、姫魅姉妹は仲が良いように振る舞えている。それも当たり前のことだ、敵意を持っているのは真昼だけで、輝夜は姉として当たり前の接し方をしているのだから。 


 だから、このことも姉を思っての行動だと勘違いしてくれるはずだ。危険を孕むこの異変解決に、姉を巻き込んで危ない目に合わせたくないという気遣いだと思ってくれる。 


 生徒会の面々は少し話し合った後に、頷いてくれた。真昼も感謝の言葉を告げ、頭を下げて応える。 


 壁が見えなくなるほどに貼られまくったポスターを指摘すればすぐに気付く辺り、頭の回転が早い。 


「頭をあげてくださいまし。それで、異変解決と簡単に言ってくれますけれど、何か解決の目処は立ってますの?」 


 高圧的な態度で問うのは副会長の一人、【エベーレ・ミレニアム】。海外からの留学生だが日本語が上手く、会議では誰よりも堪能な語学力で他のメンバーを圧倒している。 


「ええ……私が目星をつけているのは、銀翼です」 


 夜のことを話す。動かなかった一ヶ月が過ぎ去り、突如として訪れた転機。亡くなった三人のことは本当に残念だと思うが……同時に、きっかけをくれたことを嬉しく思う。 


 確かに銀翼が犯人であることを確定付ける情報はない。だが、それ以外の者が犯人であってはならない。あの胸の高鳴りは決して偶然などではない、姫魅真昼はあの銀色がなくては輝けない。ならば、銀翼を追う他ないだろう。 


「恐らくは、私と同じような鎧型の異能です。この学校の誰かなのは確定していますので……あとは、探すだけ」 


「お友達に心当たりなどいませんの? 同じタイプの異能ならある程度察しはつきそうなものですが」 


「……友達が、いれば良かったんですけれどね」 



「なんかごめんなさいですわ。いえ本当に」 


 まあ、理由はある。姉が“あの”姫魅輝夜であるということと、元々の陰に寄った性格だ。この二つが合わさって、真昼には友達と呼べる人がいない。当然陰寄りの性格の者が自分から友達を作りに行く訳がない。そう、詰みだ。 


「いいですけどね……私が悪いんですし……」 


「いえあの本当、悪いとかではなく……」 


「エベーレ、後で生徒会室の掃除三時間な」 


「酷い! わざとじゃないのに!」 


「それ以前に、異能を公開してる方が珍しいよね。見当ついてたら逆にストーカー疑惑すらあるよ」 


 書記、【ラグナロ・ミレニアム】。エベーレの弟で、この中で唯一の五年生。何だかんだでその場のノリで動く姉と違って冷静沈着、生徒会のストッパーを担っている。 


 彼の言葉通り、異能は公開するものではない。三日月のように“進化”などという特異極まるものは尚更だ。基本的には秘しているもので、実際生徒会内でも互いの異能は把握していない。真昼と輝夜は幼少期に限っては円満な仲だったので互いの異能を把握しているが……それも、現在どんな進化を遂げたかの共有まではされていない不確かなもの。 


「地道に探すしかないよ。何、時間は無限にあるんだ」 


「そうですわね。焦る必要はありませんわ」 


 嗚呼、この人たちもだ、と思う。焦って早く犯人を突き止めることしか考えていない自分とは違う。無限ループという状況を最大限活用して対処しようとしている。 


 こういう所から違うのだ。目の前だけに囚われない、未来を考えて行動できる人種……やはり、好きにはなれない。

 

「……それなんですが。私に一つ案があります」 


 全員の視線が真昼に集中する。見つめられることに慣れていない真昼なすぐに視線を逸らしてしまうが……なんとか、言葉だけは止めないようにする。喉が、締まる。 


「その為にはまず、私の異能を開示しなくてはなりません」 


 生徒会の面々に【三日月】の説明をする。必要な部分だけなので進化云々は説明していないが……まあ、特に問題はないだろう。別に役立つ訳でもない。 


「へえ……多彩ですわね。汎用性が高そうですわ」 


「というか開示に躊躇がないね。それだけ犯人を突き止めて倒したいかい? そんなに文化祭が大事かな」 


「当然。私は私が輝ける……失敬、なんでもありません」 


 まだ肝心の案を話していないことを思い出し、口を噤む。自分の心情を話している場合ではないのだ。 


「先程も言いました通り、私の異能はごく短時間……と言っても10秒程度ですが。単独行動させることが出来ます」 


「それがどうかしましたの? 十秒で出来ることなんて」


「姉者。人の話は最後まで聞くものと父上も言っていたよ」 


「エベーレ。後で一人でトイレ掃除、四時間な」 


「なんで増えてるんですの! しかもお便所なんて!」


 ラグナロと生徒会書記の華麗なるコンビネーションにより一瞬でエベーレの罰が決定した。熟練の早業だ。


 ごほん、と真昼が過去最高に大きな咳払いをした。以前交流した時も思ったが、この人たちは自由すぎる。我が強いのは良いことかもしれないが、少し噛み合いすぎている。  


 ただそれでも優秀なのが……苛立つ。どうしてこうも、大きく開きすぎている差があるのだろうか。 


「私が銀翼を探しているとバレれば狙われる可能性があります。ですので、この能力を使って襲撃します」 


 自分でも物騒だと思うが……これぐらいしかない。階の端で能力を発動し、【三日月】の単独行動で突っ切らせる。銀翼がいれば間違いなく反応を示すはずだ。 


 問題は、この学園の階が多すぎること。本来サブ能力である単独行動を使いすぎると、体に何らかの影響が出る可能性も高いが……一週間近く頑張るしかない。 


「多目的室のある別棟も含めなくてはなりません。狙う校舎は四つ……皆様には、その後のお手伝いをお願いしたい」 


 銀翼を釣り出すことが出来れば、あとは交戦して勝利するだけ。生徒会の精鋭四人の力が加われば、倒せない者などいないと言っても過言ではないだろう。 


 無論トドメは自分が刺すつもりでいる。譲りはしない。 


「……いいえ。そんな非効率的なことをする必要はございませんわ。是非とも私の異能を役立ててくださいませ」 


「姉者。正気……本気かい? 君も異能の開示なんて……」 


「頑張る者には応えませんと。一度協力すると決めたのですから、この程度どうということはございません」 


 エベーレは、貴族のようだと言われることが多い。民のためにあり、頼られれば可能な限り手を差し伸べる。ただ甘えてくる者を突っぱねるために高圧的な態度を取っているが。 


「私の異能は簡潔に言えば複製。あなたの鎧武者、私が限界を超えればいくらでも複製することができましてよ」 


 そう言って笑う。他の生徒会メンバーも、銀翼を攻撃する部分には納得してくれたようだ。同時に頷く。 


 真昼は再度頭を下げて応え、次の朝を待つことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ