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05 泥灰の中の星座


「イザベラ様。ビル様とグレイス様のお姿が見えないようですが、お二人はいかがされたのでしょうか」

「二人は後から来ます。それまでは、私たちもここで待ちます」

「承知いたしました。……あの、この灰離原ハイリゲンの変わりように、何か関係があるのでしょうか」

「ヴィアー家たるもの、常に役目に徹しなさい。あなたの使命を弁えなさい」

「……出過ぎた真似をいたしました。申し訳、ございませんでした」


 神殿の外で待っている時間は、それはもう、鈍く感じた。


「それよりも、あなた方に聞かなければならないことがあります。儀式の前に、獣人の姿をした何かが現れて、剰え、ハワードの尊厳たる儀式を乱しました。おかげで今宵、ウィリアムは眷属になれなかった。事前の通告もなく、いきなり獣王の代理を名乗り、ハワードへの冒涜ともとれる行動をとった不埒者を通したあなた方に私は責任を問うべきか、否か。答えなさい」

「……不審者を神殿へと入れてしまったことは未練ながら、万全を期して、儀式場へと至る道の入り口は守護しておりました」

「ヴィアーの薔薇に誓いますか?」

「はい」

「それでは、あの者がどのような暴挙に出るかしれたものではない。ですからビル様とグレイスが無事に帰ってくるまでは、私よりも子供たち重点を置いて守りなさい」


 イザベラの纏う空気が重かった。

 誰もが、そう感じていた。

 俺も、そう感じていた。


 だが、しばらくすると、イザードあたりは、灰離原の変わりように気を落ち着かせられないようで、ソワソワと、星を散りばめたように煌めく星雲に興味を示し始めた。


「なぁなぁ、なんかさ、すごいよ。オースティンはどう思う」

「どうもこうもない」

「つれないな。でさー、灰離原はどうして光ってるんだろう。さっきの女の人のせいかな」

「気になる?」

「だってすっごい綺麗だったし。結婚してるのかな。結婚するなら、あんな人がいいなぁー」

「私は西南のワーズワース家の令嬢と婚約が決まっているが……ぶっちゃけ、好みだった」

「だろっしょー!でさ、あの人と同じくらいミステリアスな輝く灰離原のことも気になる。だからさ、ちょっと見に行こう」

「せっかく話にのってやったんだから、大人しく、ここで妄想に焦がれてろ」

「相変わらず、見透かされてる」

「弟だからだよ」

「そっかー、ならさ、僕が考えていることはわかるでしょ」

「私は離れないよ。兄として、側にいる」

「……ケチ」


 頭にフワリと感じる手が触れる柔らかさ。


「輝く灰離原に下手に触ると、もっと大火傷しますよ。坊ちゃん」


 この優しい感覚には、不覚にもとても落ち着いた。


「ウィルから離れろ!」

「うわっ!いつの間に!」


 意表をつかれて話しかけられたオースティンとイザードが、膝を伸ばして飛び上がった。


「私の息子たちから離れなさい……下がってきなさい、オースティン、イザード」

「二度目ともなると捉えられましたか。ヴィアーらしい」


 今度はイザベラを中心とする護衛団が彼女に杖先をむけて、牽制する。


「私は侯爵家ハワードのイザベラ・ギルマン・ハワードと申します。アウストラリアのヴィアー家より、あなたのおっしゃる通り、嫁いでまいりました。あなたのお名前と出自をお聞きしてもよろしいですか?」

「出会って間もなくお互いが真実を話している確証もないのに、それでも真実を求める。ヴィアーの家の出身の方らしい立ち居振る舞いで、随分と、荒々しいご対応をなされる」

「ここは灰離原。私たちハワードの名に忠誠を誓う者とあなた以外の誰が見ているというんですか」

「違いない」


 オースティンとイザードを下がらせると、イザベラは攻勢に転じた。

 彼女の正体を暴くとっかかりを探しているようだ。


「温かい対応を求めるのなら、その手に抱えるウィリアムを今すぐにこちらに引き渡しなさい」

「なぜ。この状態でこの子を放置するあなたがそれを言えるのでしょう」

「その子はビル様の血をひくハワードの血筋。人質をとっておいて、どうして歓迎しろだなんて言えるのでしょう」

「そうですか。あなたは実によく育てられた騎士ですね。ハワードへの忠誠だけが、生き甲斐なのでしょう」

「部外者に生き方を問われるのは、不快なものです。私は信条に従う……これは絶対なのです」

 

 イザベラは、己の生き様を否定されてもまったく折れることなく、むしろ、気丈にも信条を更に固めた。


「ウィリアム。起きなさい。楽になってきたはずです」


 そんなイザベラを目の前にして、彼女は俺に起きるように言った。


「ウィリアムに何をしたのです」

「治療してあげただけです。私の使命は、先ほども申し上げたでしょう」


 彼女が俺のおでこに触れてからというもの、体の気だるさは抜けていき軽くなっていた。


「どうして、助けてくれたの……」

「行きなさい。家族の元へ、お戻りなさい」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 なんて、優しく微笑むのだろう。

 俺は、彼女とは初めて出会ったはずなのに、どうしてそんなに親しげな声で、送り出してくれるのだろう。

 

「大丈夫か、ウィル!?」

「はい」

「楽になったのか?」

「……はい」

「……そうか、よかった」


 送り出された俺を、イザードとオースティンが迎え入れてくれた。


「冗談ではない。ウィリアムを治療したのだから、見逃せとは、言いませんよね」

「そちらの要望通り、ウィリアムは返した。これ以上の暴挙に出るのであれば、私もあなた方への対応を考え直さなければならなくなります」

「……ビル様とグレイスは」

「戻ってきますよ。私は遺言が最後まで授けられたのを見届けて降りてきました。お二人は、遺言を受けて非常に動揺しておられましたから、今頃は、パワーズに遺言の意図等を尋ねているのでしょう」

 

 受遺後の解決は、彼女の役目ではないらしかった。


「さてと、契約者が自ら先陣を切って帰路を引くのが常なのですが、今回は眷属契約の失敗。このままでは、灰離原を渡れませんね。少しだけ、お力をお借りいたします……」


 ひだり肩に右手のひらをあてて、彼女は神殿へと黙々と一礼を重ねると、灰離原へと向き直るとその縁に立ち、これまで一度も引き抜くことはなかった帯剣していた剣を抜いた。


「ハワードの次の担い手たち。もうすぐ100年、そう遠くない過去、聖戦が勃発し、運命の歌が歌われ始めた。焼香の残り香ただよう幻日幻月げんじつげんげつの時代が終わり、また、星が世界を見守る時代が近づいている。刮目しなさい。かつて、ベルと共に聖戦の戦場に立ったギルマン・ハワードは、熱線で竜の胴体を貫いた」


 どうしたことだろう。

 彼女の尾骶から真っ赤な尻尾が一本、生えてきた。 

 黒い髪のところどころも赫く染め付き始める。


「あなたには、パワーズの正体を見せてあげます」


 灰離原の輝きが、吹子の風にさらされるように、息吹いた。


「私は引き続く星座の歌を(あざな)う結び手の調べ。楽曲星座コンストレーション


 星を繋ぐ詩を口遊むと共に、上段に構えた剣が縦一直線に振り下ろされる。


 切っ先が灰離原の地をあざなうと、紫原(しげん)の中に、落ちた剣筋に沿う、月明かりにのみ照らされた果ての見えない灰色の道が滅入(めい)る。


「地に足をつけて星を結んでなぞる。そうして宇宙そらの底をなぞっても、人には地上の星座を観測することはできない。土の上に足跡を残して、人生という道で描かれた星座。精霊は、そんなあなた方の道の周りを彩る存在。そんな精霊たちの王の強大な力を授かれば、灰の上にもあなたの華が咲く。迷うことがあれば、一歩、二歩と下がりやり直しなさい。空を見上げて、紫微垣しびえんを歩いて……そうして、一歩いっぽくと歩いていく先で、再び私とあなたの星座が糾うことを願います」


 そんなもの、こちらから願い下げる。

 灰の上で咲くからと、美しいとは思わない。

 誰かの助けがなければ、すぐに枯れる力なんて、俺は……いやだ、この先は見たくない。


 誰か止めてくれ……止めてくれ!!!


「さようなら」


 頭の中を溢れる願いを聞き取るように、彼女は俺の胸を剣で刺した。


「……ありがとう」


 星空の下で転がりながら、痛みなど感じるはずもなく、とにかく、筋道が変わったことに安堵した。


 触れるところにある、小さな幸せの方が美しいと思う。

 俺は、ハワードに汚れたくない。

 遠ざかっていくほど、心が明るくなった。

 あの日みた、紫の火花ほど気持ち悪い色はなかった。


 泥の中に沈まないように、顔を上げても、上から灰をかけられる。

 そんな目で、そんな表情で俺を見ないで……母様……母さん。


 い、嫌だ……離れたくない!


 いかないで!


 俺だけ置いて、俺だけ過去に置いていかないで!


 ……悪いのは、俺なんだ。


 俺は、俺が家族の関係をボロボロに燃やさなければ、今だってきっと灰離原なんかで迷わずに、未来へ──。
















「ウィル」
















「ウィリアム!」






















「起きろ寝暗ねくらァあ!」








「……まぶしい」

「やっと起きた。何回も声をかけたのに……どんな夢をみていたんだか」

「キスの一つでもしてくれたら、飛び起きるんだけどな」

「だったら、してやろうか?」

「えっ、冗談本気にすんなよ」

「で、どうした。なんか、スカッとしない顔して。あ、いつもか」


 青空の下で、ついにあの日の夢をみてしまったのだから、いよいよ俺も大物になってきたのかもしれない。


「部屋では寝れないのか」

「気が抜けると、あの日の光景が頭から離れない……どころか、ついに今も、お前にはじめて会った日のことを思い出してしまった」

「だったら外で寝ても部屋で寝ても一緒だな」


 このうるさい赤色の髪と目で寝起きにガンガン話しかけられると、ムカムカする。


「ウルセェよ!毎日毎日、起こしに来るたびに怒鳴りやがって!!!」

「ならもう少し探しやすいところで寝てろ!ついには屋根の上にまで進出しやがって!どうせ寝顔を誰にもみられたくないとかそんな理由だろ!悪口に反応するくらいには一丁前のくせして!」

「お前、俺の従者だろ!」

「毎回お前のことを起こしにくる私の身にもなれ」

「ったく、おちおち寝られない」

「昼間っから寝てるな!」


 冷ややかな風と太陽の温かみの糾いを浴びながら、苛烈な目覚ましにウンザリする季節を過ごしていた。

 ウィリアム・ギルマン・ハワード、カミラ・ド・ヴィアー、12歳の春だった。

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