04 過去からの遺言
「次は、オースティンがウィリアムの火に己が火を灯し、採火して継続の聖火台へ点火する段取りだが、番狂わせが起きた」
「……パワーズよ。なぜ諍いがおきなければならない。お前が予定調和を乱して、どうする。それとも、私の息子たちの将来を狂わせようとしているのは、お前か!」
「予定調和は何も、乱れておりません。それよりも、選択をしていただきたい。儀式を続行するか、中止するか。どちらを選んでも、私たちには、最後まで見届ける覚悟があります」
「アウストラリアの貴族の家督の継承は、世襲性であって、能力主義で語られるものではない!それをよくも、議論の余地などあると語るなど、苛立ち甚だしい!」
「あなたが選択の機会を放棄し決められないと言うのなら、いいでしょう。立会人として、儀式の行く末を見届けるために、継承者に信仰を問うことを認めていただきたい。パワーズ」
「私は儀式の恙無い進行を望む」
父やパワーズと話していた獣人の女性マルクトが、俺の前まで来て、こう問いかけてきた。
「ウィリアム・ギルマン・ハワード。あなたが選びなさい。儀式を中止するか、儀式をこのまま進めるか」
「……僕が選ぶ?どうして?僕は眷属になれないの?」
「残念ながら、あなたを眷属とすることはできません。それでも、儀式を続行するか、中止するか、選ぶ権利は、シュテファン=ボルツマンで聖火台に火を灯したあなたにあります」
急に、不安が俺を襲ってきた。
これまでどうやって、呼吸をしていたのか、足に力を入れて立っていたのか、口を動かして笑って、遊びはじめた視界を安定させていたのか、まるで、俺が最も恐ろしいと思う恐怖と直面していて、そのまま終わりの道に進むのに、必死に抵抗している感覚だった。
心の底から、血液が抜けたような感覚だった。
「ウィリアムの親は私だ!幼い子供に短絡的に将来を決めさせるな!」
「能の継承の選択を迫る私と眷属という道を示したあなたが取り持つ責任の差とは、なにか」
「私は、家族を守るために今回の儀式の段取りを取りまとめた右か左かと急かし弄ぶお前と同じではない」
「では、主契約者たるあなたに今一度、問いましょう。儀式を続けますか?中止しますか?」
「パワーズ、主契約者として、私の意に沿う形での契約の書き換えを伴う儀式の強制執行を求める」
「これは、私がハワードに求めたルールだ。私はハワードにそこまでの裁量をもたせていない」
「ならば、しばしの時間を……シュテファン=ボルツマンの貸出によって想定外の魔力を持っていかれた。私の判断能力が鈍っているようだ。儀式の延期を──」
「ならば、中止ということか」
「いや、だから、少し時間をとって考えをまとめたい」
「いいか、ビル。目の前の事実は覆らない」
「それは……」
「ビル・ギルマン・ハワード。立会人として求めます。選びなさい」
「……酷いことを言うな」
「選びなさい」
速まる鼓動に合わせて呼吸をとっていた俺には、3人の会話がとてつもなく速く感じる。
「儀式を、中止する」
……本当に、こんな会話をしていたのかも、怪しく思える。
だけど、その後の仕打ちが、その人生を生きてきたんだから事実だ。
父は、俺をハワードの輪の中に加えることを、早々に諦めた。
「ウィル!」
「母様……」
ここまでの道程の疲れや眷属契約が失敗したことによる虚無感が混じって、足元がおぼつかない俺を、母さんが抱き止めてくれた。
自分と同じ匂い、いつも感じている温度……安心する。
あぁ……もっと、もっと、もっと、甘えて、頭を撫でてもらって、抱きしめてもらっておけばよかった。
「では、ここからは私の契約を履行する」
契約の不締結を見届けたパワーズが主契約の聖火台の前まで移動し、混沌とする儀式場へ向けて、召喚されてより一貫して変わらない温度を言葉に乗せて、宣告する。
「灰色の銃身を象る者が現れた。したがって、ここに、前契約者ギルマン・ハワードより預かった遺言を授ける。受遺者は、銃身を発現したウィリアム・ギルマン・ハワードの父親ビル・ギルマン・ハワード、そして、母親グレイス・ハワード。また、私が遺言執行者としての役目を果たしたことを見届ける証人として、儀式の立会人を務めたマルクトを引き続いて指名する。なお、この3名以外は速やかに聖火神殿より退場せよ」
パワーズの宣告で、ハワード一家には戸惑いが走る。
「父の遺言。初耳だ」
「お義父様の遺言……パワーズ。私はハワード家の正妻です。同席を求めます」
「先達したビル、グレイス、マルクト以外の受遺は許されない。繰り返す。速やかに退場せよ」
「なんですって?」
イザベラは、パワーズの対応に不快感を示した。
「謹んで、役目をお引き継ぎいたします」
唯一、他人の彼女だけは、淡々と話を呑んでいた。
「パワーズ。我々がその遺言を聞いた後に、私が任意で誰かに内容を話すことを禁じる意向は含まれるか」
「ない。私が託されたのは、発現者へ血を分け与えた者に遺言を伝えることだけだ」
「……イザベラ。子供たちを連れて先に儀式場を出ていてほしい。今日は不可解なことが多すぎる。もし、答えがあるのだとすれば、その遺言の中か、あるいは、謎が増えるだけかもしれないが、頼む」
「……わかりました。オースティン、ウィリアムを支えてあげなさい。イザードも。これにて本日の眷属契約の儀式は終わりです。いきますよ」
「はい」
「えっ、マジで終わりなの?」
ハワードにとっての重大な機であることを察したイザベラは、気丈に振る舞いを正し、俺と母さんの側で板挟みになっていたオースティンに指示を出しつつ、光の魔法で神殿の階段を照らして先導につく。
「預かります」
「ウィルをお願いいたします」
「任せてください」
俺は、母さんから預けられ、オースティンに背負われて儀式場を後にした。
イザベラの魔法だけが足元を照らす階段を降りる。
しばらく時間をかけて降りた階段の中途、イザベラは足を止めて振り返り、オースティンに背負われる俺に向かって、こう言った。
「ウィリアム。あなたが体調を崩しているのは、魔法に慣れていないにも関わらず、巨大な魔法を構築する一部へと組み込まれ、あなたにかかった負担が大きかったからだと推察しています。おそらくは、魔力回復のポーションを飲めば症状は緩和されていくでしょうが、今は我慢なさい。自分の力を信じて、気を強く持ちなさい。自分の中に眠る魔法の力を恐れないことです。いいですね」
「は、い……」
「オースティン、イザード。あなた方も、儀式場であったことの口外を禁じます」
「いやでも、母様、魔力回復のポーションなら僕が持ってるから、それをウィルに」
「なりません」
「なぜでしょう、母様」
「ウィリアムを守るためです。それが、ハワードを守ることにつながるのです。いいですね」
オースティンとイザードは、実の母からの忠告に逆らえるわけもなく、首を縦に振った。
イザベラは、俺の味方がいないところで、母親の立場も利用して態々、釘を刺したんだ。
あぁ、こんなことなら、もっと、母さんにしがみついて、駄々をこねればよかった。
そうしたら、俺はもっと、吹っ切れた人間に育っていたかもしれない。
ギルマン・ハワード……じいさんの遺言って、なんだ。