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03 灰離原の蓮華


 聖火台の儀式場は、黒い4本の柱とそれらをつなぐ黒い4本の梁が聖櫃を象っていたが、壁も天井もなく空へと吹き抜けていた。


「私がパワーズを聖火より呼び出すのが儀式の手順だ。その後は、パワーズの指示に従い、儀式を恙無く終えることができるだろう。できるな」

「はい」


 もうすぐ日も完全に沈む。


「では、オースティン、ウィリアム、共に前へ。これより眷属契約の儀式を──」


 日没とともに、彼女はやってきた。


「こんばんわ」

「どこに潜んでいた。下には私たちの護衛がいたはずだ。通すはずがない」


 目の前で儀式の手順を説いていた父は、俺たちの前から姿を消し、階段の方から声をかけてきた訪問者に人差し指を突きつけていた。


「今しがた、飛んできたのです」

「お前に翼はない」

「翼がなくとも、飛ぶことはできます」

「闘気で戦う獣人は魔法を使えないはずだ」

「私は魔法のような力が使えるのです。精気という力です」

「そんな力があるとは、聞いたことはない」

「知を司るハワードだからこその自信でしょう。話があらぬ方向へ逸れる前に、申し開きをさせていただきたい。私はプライドテイルの代理です」


 闇と聖火の明かりに溶け込む妖しさのある黒毛の耳を豊満にたくわえた尻尾を持つ、獣王の代理を名乗る訪問者。


「信用できない」

「あなたでは、私の正体を見極めるのは難しいでしょう。ですが、パワーズは私が何者かを知っています。彼を喚んでいただきたい。その銃口は、私に向けたままで構いません」


 訪問者へと向けられた父の指先から、種火が吹き上がる。

 種火は指先から父の腕、そして、全身へと伝い足に到達すると、床を這い、燃え続ける主契約の聖火へと、一直に火線を伸ばした。


「汝、我が叡智を求める者よ」


 俺はこの時、初めて奴と出会った。

 聖火が深い未明のコートを身に纏った。

 一歩、一歩と、一歩ずつと、聖火台より降り立つ。


「聖火から現れたパワーズは、体の中の温もりを吹き消すと同時に、真新しい力の源を焼べてくれているような畏怖を抱かせる」


 オースティンがつぶやいた畏怖など、感じなかった。

 むしろ、全身の血が冷たいぬかるみに置き換わったように、ゆっくりと死んでいくような感覚だった。

 生きる命という凍結状態から解放されるような感覚。

 俺の血は、パワーズの静謐な息吹と呼応していた。


「……黒いな。焦げ尽きる寸前の瞬く灰のようだ」

「もうすぐ馴染ませます。ご心配は無用です」

「お前の行く末などに興味はない」

「そうでしょうとも」

「私の契約者が答えを求めている。趣向を凝らせ……」

「火は星に呑まれた」

「……ならば、汝は、暗い時代に星を見捨てる私に何を望む。地平の彼方へと身を隠した私に」

「あなたが太陽なら、私にあなたが必要なことは、ご存知でしょう」

「いいだろう……立会人として認める」


 いったい、なんのウタだろう。


「夜の向日葵の歌。それをあなたの言葉で諳んじた」

「おっしゃる通りです。例え、明日が来なくても、私は私の使命を全うするために動きます」

「……パワーズ。更なる答えを求める」

「何について、答えを求める」

「彼女の使命について」

「もし、ウィリアムに何かあれば、そいつが真っ先に身を挺して守るだろう」

「……答えになっているとは言い難い」

「命に代えてでも、私の使命を果たします」

「パワーズともあろう者が、ハワードに害する存在か、害しない存在かの明言を避けるのか」

「お前がウィリアムを害しようとしない限りは、ありえない話だ……まだ問答を続けるか。続けるのなら、日を改めろ。お前の問題だ」

「……お前を信じる」


 パワーズの答えを聞いて、父は深く目を瞑って瞬いた。


「今一度だけ、問いたい」

「私に答えられることならば」

「もしや、あなたは──」

「違います。私はあなたが思っている方ではありません」

「ではなぜ、執拗に名を名乗らない」

「儀式が始まれば、名乗ります」

「……わかった。あなたを立会人として認めよう。パワーズ。このまま儀式を進めるが、いいか」

「よかろう」


 話が勝手に進んでいく。

 結局のところ、彼女は何者だったんだっけ。


「ウィル。いよいよだ。気を引き締めろ」

「はい」


 話が一旦、止まったところで、オースティンは正面に向き直って姿勢を正すように言った。


「……」


 父の石床を擦る足音だけが後ろから近づいてくる、静かな時間が流れる。


「これより、眷属契約の儀式を始める」


 パワーズが主契約の聖火の前に立つ。

 その隣には、父が控え、儀式を見届ける。

 既に、パワーズが顕現しているため、召喚は略式となる。


「契約の核となるオースティン・ギルマン・ハワードは主契約の儀式を済ませていないため、主契約の聖火台ではなく、継承の聖火台を代用し現主契約者立会いの元、儀式を行う。立会いを務める者は、名を名乗れ」

「立会いを務めるは、現、主契約者 ビル・ギルマン・ハワード!」

「見届けるは、獣王グローヴァン・ハート代理 マルクト・ピクシス!」 


 そうだ……獣王代理の彼女が名乗りをあげると、父の目が大きく見開かれた。

 

「マルクト……」

「イザベラ様、彼女はいったい何者なのでしょうか」

「……見守りましょう。儀式はすでに始まっています」


 儀式は既に始まっている。


「君主オースティン・ギルマン・ハワード、眷属ウィリアム・ギルマン・ハワード。お前たちの身分に一切の嘘偽りはないか」


「「ございません」」


「立会人、兄オースティン・ギルマン・ハワード、弟ウィリアム・ギルマン・ハワードの身分に相違はないか」

「ございません」

「主契約者 ビル・ギルマン・ハワードの言葉に、準じます」


 立会人と契約者以外、見物人の誰にも、この流れは止められない。


「ビル、貸し出しを認めろ」

「認める」

「よし」


 パワーズが、主契約の聖火台の前から、一歩、前へ出た。


「眷属の宣誓を行う。眷属は中央へ」


 ついに出番が来た。

 眷属契約の聖火台(こちら)から、歩みを進める。


「今一度、汝の名を」


 両膝を地につけて見上げる俺の目とパワーズの顔が合わさる。


「ウィリアム・ギルマン・ハワード」

「ウィリアム・ギルマン・ハワード。汝はこの儀式を終えれば、火の精霊王に座す我が眷属として名を連ねる。宣誓を捧げよ」

「はい。慎んで、宣誓を捧げます」

「汝に我が能の本質を象ったシュテファン=ボルツマンを預ける。この銃を手に取り、お前の身の程に向けて、引金を引け」


 パワーズの火の腕が差し出される。

 つられて見た手の形を象った火の翳された真下には、自分の手がすっぽりと収まりそうな深い窪みがあった。

 おそらくは、ここが神殿の中央ということなのだろう。

 

 その窪みを、パワーズの生み出した火の渦が隠し、象られしシュテファン=ボルツマンの銃口が突き刺さる。


 俺は黙り込んでしまった。

 こちらの心情を察したパワーズは、一言、合理的に言葉をかける。


「使い方はわかるだろう」

「はい」


 燃え盛る得体の知れない火と触れる銃を受け取ることを躊躇った俺に気を悪くしただろうか。


 だが、お前に、立ち上がって、顔を近づけて、手を伸ばすのは、勇気がいる。


「お預かりします……」


 恐る恐るでもなく、ソッと滑らかに、絹の生地を撫でるように手を銃を纏う火の中に入れた。


 そうして、受け取った銃は火の形を潜ませた。

 銃身は黒く崩れ落ち、灰と化した。

 残ったのは、引金と持ち手だけ。


「……パワーズ、どういうことだ」

「黙っていろ。ビル。儀式の最中だ」


 幼かったからか、その時は疑問を抱かなかった。

 この時から、河港ハワードに繋ぎ止めていた俺の船の縄は引きちぎれ、航路が狂い始めた。 


「僕の時はこんなことなかった……母様、どういうことでしょう」

「主契約者が象った銃身が崩れ去った……何かがおかしい」


 俺はこう感じた……手に収まりが良くなったこの銃は、冷たすぎる。

 銃把は俺が頭の中で想像していた熱さよりも、ずっと、冷たかった。

 冬の冷水に触れているように、冷たく、指が痛い。


「構えろ、そして、引き金を引け」


 本当に、これが、こんなものが、伝説で語り継がれる精霊界の至宝の一つなのか。


 各属性の精霊王たちが持つ、女王の色階(ベルシエル)を語源とする精霊たち(ベルシエル)()超弦フィドルと呼ばれる、パワーズの超弦"シュテファン=ボルツマン"。


 祖父のギルマン・ハワードは、この銃と共に史を紡いだ。


 こんな、小さな銃把と引き金がハワードの敵を葬り去ってきた。


 あまりの現実味のなさに、不安になって、俺は助けを求めるために父の方を見た。


 しかし、父は沈黙を貫きながら、首を横に二度振った後、深く一度だけ頷いた。


 手伝えない、見守っている。


 そう、聞こえた気がしたのに。


「シュテファン=ボルツマン」


 灰色の、ボロボロとした見窄らしい銃身が形成された。

 奇しくも、灰離原を覆っている色と重なる。


 物語に聞く、英雄の祖父のパワーズが纏う未明のコートを巻きつけたような、美しい銃身。

 兄弟王の雷の精霊王や光の精霊王の力さえも受け止めた黒色の銃身(こくたい)のギルのシュテファン=ボルツマン。

 眷属契約の聖火台に銃口を向ける中途半端な長さの俺の銃身それは、見た目からして正反対だった。

 灰色の銃身(かいしょくたい)

 俺には、才能がない。

 落としそうになった肩を歯を食いしばって支えた。

 父の聖火を背に、構えをとったからだ。


 自分でさえも、才能のなさに落胆する俺を認めて、眷属契約を許し、ここまで遠征に出てくれた家族、そして、母の血を裏切らないために、俺ができる精一杯で、期待に応えてみせるために、背を正す。

 

 俺は、まだあの時には経験したこともない初めての恥辱に塗れながら、引き金に指をかける。


 細やかな金属の刺針がジワッと指の腹に凍りつくように広がると、泥と灰を混ぜて固めて作った銃身は青白い光を放つ。


 ……父はあんなにも煌々とした温める聖火を泰然と輝かせているのに、俺は刺痛を負いながらもこんなに冷めた色の弾丸しか込められない。 


 愛は……嫌いだ。


点火ゲブラー


 銃口から、紫雲英しうんげの火花が咲いた。

 銃身の魔力が銃口から、撃ち放たれる。

 弾丸は、直ぐに眷属契約の聖火台にて跳ね、着火した。


 だが、俺の炎は眷属契約の聖火台へと着火するだけに終わらなかった。


「灰離原が、紫に染まった……」


 聖火台で唸りを上げた火に呼応するように、灰離原が紫雲花の色で染まった。

 真っ暗な原っぱ一面に紫雲が煌めく様は、夜空のはなぶさを映しているようだった。

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