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02 穴あきの手紙


 眷属契約を結ぶ日を迎える。


 ハワード領の東には、運河を挟んだ先に大森林がある。

 目指すは大森林の果ての灰離原ハイリゲンにある神殿の儀式場。

 護衛の騎士たちに守られながら、一家総出での旅となる。


 旅の間は、極力、兄弟で過ごすように親たちに言われた。

 これから先、協力してハワードを守っていけるように。

 これも、眷属契約を認めるための試練らしい。


 灰離原までの行程は、2日かかった。

 鬱蒼と木々が生い茂る大森林の果てには、荒涼とした地形が広がっていた。

 森林から一歩踏み出せば、サラサラとした灰色の大地が広がっている。


「……なにもない。木も、草もなにもない!」

「ウィル。最後の木陰だ。しっかりと休んでおいたほうがいい」

「そうそう。僕たちは一回来てるから言うこと聞いといた方がいいよ。ここから先は太陽が照りつけて本当にキツいんだから……ウィル?」

「どうした、ウィル?」

「だれかいる」

「は?」

「だれかこっちをみてる。ねぇオースティン、イザード!」


 遠くには、うっすらと灰色ではない草色の大地サバンナが見える。

 

「あぁ。きっと獣国の人たちだ。ほら。イザードの時もさ。儀式を見届けるために獣王が来ただろう」 

「あっ……わ、忘れてないって!今いる大森林ココやあっちのサバンナは地理的には獣国なんだよ!」


 アウストラリアからは、灰離原ハイリゲンには大森林を通らないといけない。


「おーい!」

「呼んでもこないよ。灰離原ハイリゲンは聖地だから、入ったらいけないんだ。化外けがいの地。そこで、王化おうかの誓いを代々立てることで、 灰離原をハワードの化内けないとしてきた」

「とはいえ、地政学的には、獣国の存在は無視できるものではない。だから、ハワード家がパワーズとの儀式を執り行う際には、獣国の代表が立ち会うのが慣例になってる。事前に通告はしてるから、こうして獣国を横切っても、国際問題にはならない」

「そっかー……」

「ウィル。落ち込むのは早い。オースティンが言った獣国の代表ってのは、獣王ってのが慣習になってる。僕の時もそうだった」

「じゃあ獣王に会えるの!グローヴァン・ハートに!?」

「そうさ。もうすっごいんだからな。頭撫でられただけで、首がもげるかと思った」

「前と同じように神殿で待ってるんじゃないか……あのウィルのはしゃぎよう、イザードと来た時のこと思い出した」

「勘弁してくれよ。まぁ、ここから先のキツさを知らないんだから、今のうちだけでも楽しみを噛み締めさせてやるさ」

「優しいな」

「かわいい弟だからだよ」


 それからしばらくして、休息を終えたハワード一行は、灰離原へと足を踏み入れる。


「あつい……キツい……つかれた……」

「もう少し、黙って歩けよ……喉を焼かれるゾ」

「イザードは魔法使ってる……ズルいなぁ。こっちにも使ってよ」

「あのな、僕だって2年前は魔法も使わずに踏破したんだ。というか、助ける余裕がない。魔法使ってるのに、それでもこんなにキツいってどういうことだよ。オースティンはピンピンしてるのに」

「私だってアツイ。みんな、まだまだ未熟だ。かつて、ベルを苦しめた暑さなだけのことはある」


 どんなに歩いても目は同じ景色を焼き付ける。

 とにかく皮膚の不快感が異常だった。

 汗は渇き、皮膚から熱が常に立ち上る。 

 足は太陽の光をいっぱいに浴び集める砂に着ける度に靴越しでも炭で焼かれてるようだった。


「2人とも遅れるな。ほら、ヴィアー家から参加したウィルと同い年のあの子は、弱音一つ零さず、隊列も崩さずに歩いてる」


 オースティンが目配せした先には、自分と同じ齢で隊に参加した女の子が参加していた。

 代々、ハワード家と密接な関係にある義母イザベラの実家のヴィアー家。

 ハワード家は火の精霊王と代々契約を結ぶ特殊な立場上、小さく小さく家を固めている一方で、ヴィアー家はハワードの守護としていくつもの分家を連ね、蔦のように、国に蔓延る。

 一応は親戚に当たるということと同い年ということで、初めのうちは興味を持っていた。

 そのせいか、この旅の最中にも、何回か目が合ったが、表情ひとつ変えることもなく、こちらが目線を外すまでガン見を続けたケダモノ。

 ……それに、愛想がない。


 大好きな兄に比べられると、あいつにだけは、絶対に負けないと心の底から思った。 

 負けたくない、その一心で足を前へ踏み出し続けた。





「着いた……着いた!」


 ……負けない。


「ほらウィル!着いた……」


 ……負けたくない。


「……イザード?」

「大丈夫か。ぶつかるまで気づかないなんて」


 ずっと、前を行くイザードの足跡だけを辿っていたら、止まったことに気づかなかった。

 いつの間にか、坂も登り切っていたらしい。

 顔を上げると、心配そうにこちらを覗き込むイザードの顔があった。


「ついたんだ……」

「よく頑張ったなウィル」

「やったぞ。これで、眷属契約できる。これでまた、兄弟の絆が深まる」


 決して楽な道のりではなかった。

 兄たちも、散々、道中では疲弊していたのに、積もった疲れを吹き飛ばすような笑顔で、一番にこちらの心配をしてくれた。


「これで、勇者になれるかな」

「あのな、ウィル。今回は、パワーズと契約を結ぶ父様の先導があったから、最短距離を一気に突き進んだけど、ベルはかすかに揺れる精霊の声に耳を傾けながら距離もわからない道を──」

「進んだらしいが、ベルが神殿に向かったのは、ウィルよりずっと歳を重ねてからだった。もしかしたら、ウィルは勇者よりすごい人になるかもしれない」


 この時は、将来が決められていた俺に向かって、オースティンが気を使って夢を肯定してくれたことを覚えている。


「よ、世の中、勇者が偉いわけじゃないだろう」

「まったくもっての正論を夢見る弟にぶつけることは、果たして、正論なのか想像してみてくれ」

「まだまだ、オースティンのように口が上手くなる日はこないな。はぁ……」


 灰離原の央には、灰色の高台の神殿があった。

 神殿は、灰色の岩を切り出したような無骨な造りに見える。


「ウィリアム。よくやった」

「父様……ありがとうございます」

「オースティンにイザードも、ここまでよくウィリアムを支えた」


「「はい」」


「ウィリアム。ここまで付き添ってくれた兄たちの想いを決して忘れるな」

「はい」

「いい子達だ」


 この頃の父は、俺のことをよく褒めてくれた。


「はぁ、涼しい」

「グレイス、塩の飴です。ウィリアムにも食べさせてあげましょう」

「ありがとうございます、イザベラ様。ウィル。イザベラ様から飴をいただきなさい」

「はい。ありがとうございます。イザベラ様」

「どういたしまして。ほら、お口を開けて」

「んー、おいしー!」

「ウィリアムは、素直で可愛いですね。それに、もうケロッとしてる。初めてきた時のイザードは、1時間はたっぷりぐったりとしてたのに」

「お褒めいただき光栄です……が、イザベラ様、ヴィアー家の方々とあの子は……」

「うっわー。なぁなぁオースティン。あの子、剣術の稽古始めたよ。よくやるよな」

「誘ってるのか」

「ここに来たら……前に来た時のこととか思い出してウズウズしてきたんだ」

「私はこの後の儀式のために、魔力も体力を残しておかないといけないから断る」

「えー、つれないなぁ」

「イザード。私が取り次いであげますから、あちらに混ぜてもらいなさい」

「……もしかして、は、はめられた」


 王立学院に入学する前に、精霊契約の儀式を執り行うらしい。

 聖地で鍛えれば、いい精霊と契約できるかもしれないと連れてきたという。






「ウィル、起きろ」

「オースティン……」

「時間だ」


 儀式は夕暮れに行われる。

 

 もうすぐ日が暮れるというのに、神殿の天辺は、赤く燃える太陽と張り合うような煌々とした朱色の光を放っていた。

 あれは、父の聖火が放つ明かりに違いない。


 神殿の中央には、三角に配された3つの聖火台がある。


 1つは、主契約の聖火台。

 1つは、継承の聖火台。

 1つは、眷属契約の聖火台。

 

 正式な後継者の儀式では、日の入り前に行われ、主契約の聖火台に自分の火を焼べる、または、継承の聖火台から火を焼べた後、一晩を聖火台の前で過ごして日の出まで火の番をする。

 そうして、パワーズに後継者として宣誓することで認められて、次代の当主を名乗ることを許される。


 一方で、眷属契約は、主契約の聖火台よりひとまわり小さい眷属契約の聖火台にて執り行われる。

 眷属契約を取り交わす子となるものが、まずは、眷属契約の聖火台に火を灯す。

 そうして、灯った火へ親となる主契約者が自らの火を焼べて掌握し、主契約の聖火台、あるいは、継承の聖火台へと火を移し替える。


 こちらは、主契約の儀式とは違い、日の入り後に行われる。


 現在は、オースティンはまだ主契約の儀式を行なっていないため、継承の聖火台を用いた仮の契約を結ぶこととなる。

 継承の聖火台を仮契約に用いることで、主契約の儀式時に継承の聖火台から主契約の聖火台に火を焼べることで眷属契約の儀式も継承することができる。

 

 ここまで、経験者のイザードから何回も話は聞かされていたので、おさらいは、バッチリだった。


 満を辞して、神殿の階段を登る。

 ここから先は、護衛もいない。 

 儀式に立ち会うことが許されるのは、儀式を執り行う者の家族と立会人だけだ。

 すなわち、ハワード家の人間と獣王。


「グローヴァン・ハートは!」

「い、いいかウィル。先に言っておくが、泣くなよ。泣いたら教えないからな」

「ウィル、それが獣王だが……姿が見えないらしい」


 会うのを楽しみにしていた獣王は、その日、姿を見せなかった。


「そっか……」

「なんでそうサラッと、まずは前置きをして……泣くなよウィル!」

「イザード。それじゃあ泣けと言ってるようなものだ。ウィル。獣王はいないが、儀式は予定通り執り行う。大丈夫。私たちがそばについてる」

「そうそう、僕たちがそばにいるから」


 俺は、泣かなかった。 

 なんとなく、どこかで理由を察してしまっていたからかもしれない。

 それは、自分が……俺は、母の子に生まれて、幸せだった。

 悲しむべきは、しきたりや世襲といったつまらないものを大事にする奴らだ。


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