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01 泥の中


 ウィリアム・ギルマン・ハワードは、ビル・ギルマン・ハワードとグレイス・ハワードの間に生まれる。

 貴族の父と平民の母との間に、ウィリアムは祝福されて生まれた。


「名前をいただいてもよろしいですか」

「この子の名は、ウィリアム・ギルマン・ハワードだ。この子には、私の父と同じような、歴史に名を残す偉業を成し遂げて欲しい。君との間に生まれた子だからこそだよ。グレイス」


 ハワード家は、代々、火の精霊王パワーズと契約する由緒あるアウストラリア国の侯爵の家柄だった。

 ビル・ギルマン・ハワードの父、ギルマン・ハワードは、先の聖戦と呼ばれる英雄達と竜王の戦いにおいてアウストラリアの矛として、そして、パワーズの契約者として戦いに身を投じ、多大な功績を上げた英雄だった。


 家族構成は、正妻のイザベラ・ギルマン・ハワードとその息子が2人。


 4歳上の長男はオースティン・ギルマン・ハワード。

 2歳上の次男はイザード・ギルマン・ハワード。


 ウィリアムは、妾のグレイスとの間にできた庶子、3人兄弟の末っ子として、ハワード家に席を連ねることになる。


 とある日の朝食の席、イザベラは、グレイスに語りかけた。


「グレイス、ウィリアムの様子はどうですか」

「元気に育ってます。オースティン様にイザード様も、よく熱心に覗きにきてくれます。イザベラ様にも、お二人にも、温かく接していただいて、心から感謝しております」

「庶子とはいえ、ハワードの名前にふさわしい姿勢を身につけてもらわないといけませんからね。いずれはオースティンの相談役として、育ってもらうのです。子育てで迷うことがあれば、私にご相談なさい」

「はい」


 グレイスのハワード家の待遇は悪いものではなかった。

 正妻のイザベラは、代々ハワード家の側近であるヴィアー家の出自である。

 ビルとイザベラの婚姻は、両家の血のつながりを濃く強くするための政略結婚として、とりなされた。


 イザベラは、恋愛が結ぶ幸せを抱くことはなかったが、その分、両家への忠誠心と子供への愛を是とし、嫉みなどに固執することもなく、妾のグレイスと庶子のウィリアムをも受け入れた。 

 イザベラは、何よりもハワードの繁栄を重んじていた。


「いいか、二人とも。この書庫に入ったことは、私たち3人だけの内緒だ」

「僕はしゃべらないよ。ウィル、兄さん達との約束はちゃんと守れ」

「はい。オースティン兄さん、イザード兄さん」


 5年……ハワード家は、歪ながらも上手くいっていた。


「そうして、悪い竜王を懲らしめた黒体のギルことあなたのお祖父様は、勇者ベルからビルと呼び間違えられて、その時の愛称が、あなたのお父様の名前の由来なんですって」

「お母さん、勇者ってね、別の世界から来たんだって」

「へぇー、そうなの。ウィルはものしりね」

「うそじゃないよ!レッド・レイザーがね!」

「そうね。ベルは人のために神様が遣わされた使者だもの。もしかしたら、神様たちの世界から来たのかもしれないね」


 7年……ウィリアムもグレイスも、愛に豊かな時間を過ごした。


 そんな、いっときの平穏に罅が入ったのは、ウィリアムが8歳になった後、はじめて迎えた春のこと。


「王立学院に入学する前に、本当に、ウィルにも眷属の加護をくださるのですか」

「イザベラと話し合った。正当な私の後継となるオースティンこそまだパワーズと契約を結んではいないが、イザードは既に眷属契約を結び加護を得ている」

「グレイス。眷属契約を結ぶということは、いずれハワード家を継ぐオースティンに忠誠を誓うということです。一度、契約を結べばウィリアムの将来は決まってしまう。逃げられません。後戻りも許されません。その覚悟が、あなたとウィリアムにできていますか」

「私の覚悟は決まっております。イザベラ様のお言葉、重く受け止めております。私を迎えてくださったハワード家のために、身を捧げます」

「……いいでしょう。母たるあなたの覚悟を、息子の約束としましょう」

「イザベラ様の慈しみあるご配慮に感謝いたします」

「今まさに、大きな重みを背負ったあなたは、私にとっても、ハワードにとっても、なくてはならない人です……これからも、共に支えましょう」


 隣で母と異母のやりとりを見ていたウィリアムの心には、その日の記憶が焼きついた。 

 いつも優しく微笑みかけてくれていた母が、迎えてもらうだけだった私が、ようやく認めてもらえたと空を仰ぐように涙を流していた。

 そんな母を、父と異母は片方ずつを優しく抱き寄せた。

 側で見ていただけだったのに、これまでの人生の中で、本を読み聞かせてもらったり、子守唄を歌ってもらったり、食事をしたり、団欒の席だったり、何をしていた時よりも、ずっと近くに家族を感じた日だった。

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