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彼女が来た。
「おい、貴様。いるのはわかっている。出てこい。命は……四肢欠損で残してやる」
なんだよ、その妥協しづらい案は。
出るわけない、普通だったらそうだが、この部屋だと彼女を罠にはめるのは無理そうだし、このまま隠れていてもいずれ見つかる。
だったら、出た方が得だ。
「ここだよ。ぼくはここにいる」
そう言って、ぼくは黒板を背に立ち、生徒の机側にいる彼女を見下ろす。
「出てきたか。なら、剣を出せ。命は考えてやる」
「だから~、ないって。持ってないんだよ、今」
ぼくがそういう風に言うと、彼女はちょっと和らいでいた目つきをまたキリっと戻してぼくに言う。
「そんなわけがないだろう!さっきから何を言ってるんだ。ああ、分かった。命は助けてやる。これでどうだ?」
「そう言われてもね。ないものはないんだよ。そう言えばさっき君どうやって剣出したの?チープなマジックじゃないでしょ」
「さっきから何を?神剣士たるもの鞘は己、それが契約のはずだ。いいから手を胸に当てて剣を出せ!」
「手を胸に?」
さっき彼女が取り出したやつか。
ぼくはそう合点し、右手の平を気管支のあたりに当てる。
しかし、手の感触は皮膚と肉付きの薄く硬い骨の感触。
下を見てみても、手は彼女のように体内に入っていってなかった。
「バカにしているのか?容赦はしない!切って貴様から奪うまで!」
「バカにしてるのはそっちだろ!」
ぼくはそういってものすごい形相でこちらへ切りかかってくる彼女に対して、ずっと左手で握りしめていた粉末状のそれを投げつける。
この距離だ、利き手じゃなくても余裕で当たる。
「な、なんだこれは⁉」
「じゃあな、そのままそこで溶けなね~、バイバイ~」
「貴様ふざけるな!」
そう言って、彼女は左手のひらを思いっきり地面のたたきつける。
その瞬間、その彼女が叩いた地点からぼくの足元に向かって何かが地面を張ってくる。
「うぇ⁉」
寸でのところでバックステップを決めることに成功し、何とか事なきを得たものの、ぼくが後ろを振り向くと、そこには異様の光景があった。
氷柱が立っているのだ。
ぼくが出ようとした扉そのものを飲み込んで。
もし、あれにあたっていたらぼくは氷漬けか……。
そんなことを思って思わず全身に鳥肌を立てるのだが、恐怖はそれだけでは終わらない。
出口がふさがれたどころか、前にはいまだ彼女が佇んでいるのだ。
「貴様~、なんだこれ~。目に入ったんだけど。私の目は失明するの?」
氷柱に驚いてしてくぎ付けになっているぼくの後ろから、今まで聞いたことがないようなふわふわとしたかわいらしい声が聞こえて、ぼくは短時間で二度目の驚きを味わう。
さっきまで少々クール通り過ぎて怒りのマグマが爆発寸前で強い口調だった彼女が、ペタッと床に正座を崩したような座り方で座り込み、泣きそうになりながら目をこすっているのだ。
なんだ、あれ。
勝気な彼女が突如として弱い乙女になったことに、ぼくは呆然とする。
ぼくはこの隙に逃げようかとも思ったが、ふざけていたら女子が泣いて、その場から動けなくなるような感覚にとらわれて、この場から動けなかった。
その後しばらく彼女は、その場にへにゃっと座り込み、右目を右手でこすりつつ左手で剣を持ってぼくの方を見ていた。
その目は明らかに殺気の目つきとは違った。
助けを乞うような目で、本当に薬品をかけられて困っているような感じだった。
「あ~、それね。それただの食塩だよ」
「え……?貴様だましたな!」
この状況を見かねたぼくがついつい口を滑らしてそういうと、彼女は顔を真っ赤にして、それを怒りに変換したものをぼくにぶつけてくる。
「え~、だって危険物とか鍵かかってるし開けられないんだもん。まあ、だませれば上々、後は逃げるだけ~、だったんだけどさぁ~……」
「私がそう簡単に貴様を逃がすと思うか?おとなしく死んでもらう。さっきの借りの返しだ」
「参ったな。じゃあ、どうしようか」
目を化学実験室内にある水道で洗った彼女は完全にさっきまでの冷血少女に戻っている。
ぼくはちらっと、視線を彼女から外し、窓を見る。
ここは二階か、飛び降りたら……死ぬことはないと思うけど……ああ、これ以上考えたくない。
しかし現状思いつく脱出方法は正直これしかない。
足……全治いくつかな~、もう左手貫通の時点で痛々しいのですが……。
死ぬよりマシか、そうだな、やるしかねえ。
ぼくは、そう思って教卓の裏の椅子を持って彼女の作った氷柱に向かって投げつける。
これで注意がそっちへ向いてくれれば……。
しかし、ぼくの思った結果とは真逆だった。