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朝起きた。
睡眠の質はそこそこらしくて特別変な夢も見ていない。
強いて言うなら、窓の配置とベッドの配置がイマイチかみ合わなくて、朝起きるとまぶしい日差しが顔に当たり目覚めが悪いことくらいだ。
それに、昨日ゲーム内で負った左手のひらの傷も癒えていない。
とはいえ、このままベッドから出ないわけにもいかないので、うんと背伸びをしてベッドから降りる。
それに起きないと、学校に行って海翔に話聞けないしな。
ぼくはそう気だるげで動きたくなさそうにしている自分の脳裏に言い聞かせる。
そんなことをしている間にも時間は過ぎていくもので、ぼくは身支度をさくさくと進めねばならない状況へ追いやられる。
もう、はあ、とため息をつく時間も惜しいくらいの時間だ。
とりあえず厨二らしくなってしまうが、左手のひらにだけ包帯を括り付けてから他の支度を始める。
ぼくはすぐに身支度を終え、学校へと向かった。
教室に入り真っ先に海翔を探す。
しかし、海翔の顔はどこにも見当たらない。
「ああ、きっと遅刻だな、あいつ。ま~た、夜更かししてゲームやってたんだな」
そんなことを思って、ひとまず海翔を探すのをやめ、ぼくは自分の席に着く。
間もなくして、担任がやってきて朝のホームルームが始まる。
なんてことはない、遅刻者の確認と欠席者の確認をするだけだ。
しかし、そこでは海翔の名前は呼ばれなかった。
聞き漏らしかと自分の耳を疑った。
しかし、確実にぼくの耳、いや、この教室にいるすべての人が、海翔の名前を耳にしていないのだ。
ぼくがそんな風に戸惑っていると、先生は急に教室の扉を開け、入ってきなさい、と声を出す。
そこで入ってきたのは、長く美しい青髪に、きりっとした威厳とも威圧ともとれるような美しい目、整った容姿にピシッとしっかりボタンを留めた制服、まるで規律そのものをまとっているのかというような威風堂々とした雰囲気の女性が教室に入ってくる。
転校生ですよ、自己紹介をお願いしますね、と担任は言う。
「固城 美結です。本日からこのクラスで共に学園生活を送る。よろしくお願いします」
拍手に混じった、あの女子可愛くね、話しかけ行くわ、そんな声が聞こえる。
正直ちょっと話したいなとは思ったが、所詮一端の陰キャここで話しかけに行くのは少々ハードルが高い。
と言うか、だ、今はそんなことよりも先生に海翔の話を聞くことの方が優先度が高い。
ぼくはホームルーム後すぐに人を集めている転校生をしり目に、担任のもとへと向かっていく。
「先生、あの~、海翔からなんか連絡ありましたか?体調が悪いとか?」
「かいと?うちのクラスにいたかしら?苗字は何?名簿の方で確認してその担任に話を聞いてみるけど……」
「あ~、いや、やっぱりいいです。あの~……」
「あ~、また小説か~。書くのは好きにしていいけど、勉強にもしっかり集中してよね~。君成績悪くないんだから頑張っていいとこ行きなよ?どこだっけ、結構いいところC判定もらってたよね?」
「ええ、まあ、多少いいところは……」
「はい、じゃあ話終わり!もう授業始まるでしょ?」
ぼくは担任のそんな言葉に対して、普通を装った態度で受け流し会話を終わらせる。
担任が自分のクラスの生徒を認識していないとかあるか、いや、ない。
おかしい、明らかに異常事態だ。
何が原因だとかなんでこうなったとか、現状は全く把握できない。
とりあえず現状分かったのは、海翔という人間に対する認識がこの世全体でなくなっているということか。
まあ、なんでだとかそんなこと気にしないで生きている方が楽だろうし、実際どうやってこの問題に立ち向かう?と聞かれて応えられる解法を持ち合わせていない。
聞きたいこといっぱいあったのに、一緒にゲームだってしたかったのに……。
そんな気持ちが授業を受けている最中も休み時間の間もぼくの頭の中をぐるぐるとする。
気が付いた時にはすでに昼の休憩タイム。
ぼくははあ、とため息をついて、いつも通りなら海翔と向かい合っているはずの机の一対を、もう一つと向き合うように移動させず、お弁当を開ける。
その時だった、話しかけられたのは。
「ちょっと、いいか?」
そういってはなしかけられるとすぐに、ぼくは開いたお弁当をいったん閉じる。
飛沫が入ったら大変。
「ちょっとついてきてほしい。あ……弁当は、後でもいいか?」
「急用で?」
「ああ、できるだけな」
「じゃあ、しょうがないですね」
「助かる」
目の前に立って少々威嚇するような目つきでぼくを見ていた彼女の言うとおりに、ぼくはお弁当を片付けて席を立つ。
どうやらぼくは警戒されているらしい。
……じゃあ、なんでぼくは話しかけられた?
頭に疑問符を浮かべてぼくは彼女についていく。
しばらく歩いた、ここは文化棟三階東演習室。
文系学生がよく使う教室で、一階は部活専用の部室、二階は演劇部、合唱部の植民地、三階はこの通り文系教室だ。
一階から外に出るような道はなく——尤も、窓からなら外には出られるが——三階には屋上がない造りだ。
この棟へ入るには本棟から二階経由で来るしかない。
今は昼食時ということもあって、全く文化棟には人がいない。
「それで、ぼくに何の用ですか?」
ぼくと彼女はその文化棟の一室に入る。
そして、すぐにぼくは彼女に尋ねる。
「ああ、いきなりで悪いな。私は固城美結、件の転校生だ。それで、単刀直入に本題に入るがいいか?」




