3-5
「あの、片桐さんは呼ばなくてもいいんですか?」
「ああ、あいつはどうせ盗聴でもして話自体は聞いてる。なんかあったら次あった時にでも言うか、扉が開いて声だけ飛んでくるさ」
ぼくの質問に彼女が答える。
「まあ、そう言うことだ。君はこの世界についてまだ何も、まあ、ちょっとくらいしかわからないんだよね?じゃあ、まず残世界の簡単なルールと言ったところから説明しようか」
そう言ってサトーは説明を始める。
「この世界は君がいつも生きている世界とは違う。すでに分かっていると思うけどね?例えば、ここでビルが一棟、倒れたないし倒壊したとする。しかし、だ、君がいつも生きている世界には何の影響もないんだ。ビルは倒れてないし、ビルの中にいた人にも影響はない。逆も然り、だ。向こうの世界でビルが倒れても、こちらの世界には影響はない。パラレルワールド、そんな風に思ってくれてもいい。私達はこの世界をシンギュラリティと呼んでいるよ。逆に向こうの世界はネイザーと呼んでいる」
「なるほど。じゃあ、仮にぼくが駅の改札を全部壊しても……?」
「向こうの世界には何の影響もないだろうな」
「そうだね。次に、シンギュラリティで死んでしまった場合。あまりいい話ではないのだけどね。そうしてしまった場合、ネイザーで生きていた、存在した、痕跡そのものがすべて消える」
それを聞いた瞬間、ぼくは息が詰まるような感覚に襲われる。
気分が悪い。
青ざめるような感じで、頭が痛い。
だって、そうだろう?
こんなこと聞いたら……ぼくの友人は、海翔は……?
「じゃあ、海翔は……?」
思わず声に出た。
「サトー、昨日話したが、潜入したが指定の神剣士は見つからなかった。それは痕跡が完全に消えていたからだ。つまり……」
「そうか、あえて言わないでおくが……そういうこと、だろうな」
「……」
ぼくは黙った。
下を向いた。
呼吸を荒げた。
周りの人もそれを気遣ってか、何も言わなかった。
しばらくの静寂を放ったあと、ぼくは言った。
「水、くれませんか?」
「持ってくる」
彼女はそう言って一旦この場を離れた。
「惨い話をしたね。すまなかった」
「なんで謝る?それが真実なら、いや、疑いもなく真実、ですね。だったら言うべき。いいんですよ。果てない希望より、終わりの見える絶望がいい。すぐ立ち直りますから」
「強いな。私は……娘を失って立ち直れてない。今もだ。私は失いたくないよ、ここを。……初対面で話すこと、じゃないよね……。でも、何と言うか、どこかで会ったような、息子のような気がしてならないんだ、君のことがね。……すまないね、馴れ馴れしくて」
「いや、全然気にしないでもらって……。精神的な強さは上に立つものが持つべきものですよ。ぼくは自分で強いとは思いませんが……もったいないですね」
ぼくがそう言うと、しばらくして彼女が戻ってくる。
そして、彼女は手に持った水の入ったコップをぼくに渡してくれる。
「ありがとう、ございます」
「……ありがとうだけでいい」
「……珍しいね、君が心を開くなんて」
「は?別に開いているわけではない。ただ、同じ年齢の人に敬語を使われるのは嫌だ。それだけだ」
彼女は怒り口調でサトーにそう言う。
「貴様はこれからタメ口で話せ。いいな?」
ぼくの方に向かって同じ口調で言う。
彼女がツンデレ、ならばどれほどよかっただろうか。
残念ながら——多分これからも——デレはないだろう。
ぼくは彼女の言葉に、あはは~、と苦笑で返した。
「話を戻そうか。さっき言った通り、シンギュラリティで死んだら生きた痕跡が消える。しかし、悪いことばかりでもないんだ。例えば、シンギュラリティの誰かが死んでしまったとする。しかし、だ、もし仮に、何らかの手段で生き返らせることができたら、ネイザーで生きた痕跡は消えないし、普通に生きることができる」
「それは……先例があるんですか?」
ぼくは質問した。
何らかの手段と具体的な方法が出ていない点、生きた痕跡は消えないという点、先例がないと断定できないはずだ。
「ああ、ちょっと前に神剣士を倒したときの話なんだが、彼女と一緒に試したんだ。彼女がネイザーで、ある人間のことをよく知る人物に話しかけているタイミングで、そのある人間の心臓をシンギュラリティで私が潰した。すると、急にそのある人物をよく知る人物は、ある人物のことを忘れたんだ。このことから、死んでも生きた痕跡は消えない。復活不可能になると生きた痕跡は消えるということが言えるんじゃないか?」
「私が証人だ。証言できる」
「なるほど。何らかの手段、とぼやかすということはその手段がわかってないと?」
「ああ、現状はわかってないな」
「うん、そうだね。次の話に言っていいかい?次はシンギュラリティには時間の概念はない。お腹が空かないということではないけどね。あと、天気と言う概念もない。ずっとあの赤い空が続いてるだけさ。そのくらい、かな?」
「ちょっと待った。時間の概念はないと言ったけども、こちらの世界、シンギュラリティからぼくのいつもいる世界、ネイザーに戻った時、しっかり時間は進んでいたぞ?」
「ああ、語弊があったね。時間が進まないということではなくて、朝昼夜がないといった方がいいかな?さっきも言った通り、お腹はしっかり空く。それに体だってしっかり老いるんだ。こっちの世界に居れば寿命と言う概念がなくなる、と言うわけではないんだよ」
「つまり、時間自体はしっかり流れるが、それを感じられないと」
「空腹と言った要素では感じられるけど、時計とかと言った目に見える形では無理だね」
なるほど、いろいろわかった。
「話は終わったか?フン、まあ、わからないことがあったらその都度聞けばいい。それでだ。オレは早く本題に入りたいんだが」
サトーの話が終わるとすぐにぼくの後ろの扉の向こうから片桐の声が聞こえる。
「他に何か聞きたいことはあるかい?」
「いや、分からないことがあったらその都度聞きますので今はないですね」
「わかった。それじゃあ、片桐の言うとおりに本題に入ろうか。……いや、後一つだけ、神剣の能力をネイザーで使ってはならない」
「それは、なんでですか?」
つけ足して言われたその言葉にぼくは質問を投げかける。
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