2-7
「氷原の撒菱!」
そう言うと、ぼくの足元からぐわっと氷柱、いや、柱といよりは丘のようにそこら一体に氷の小さな山ができる。
ぼくは、それに巻き込まれて、かろうじてつま先が付く程度の高さに氷によって右腕を持ち上げられて、浮いてしまっている。
完全に身動きが取れない。
首吊りならぬ腕吊り、しかも死因他殺。
いや、全然面白くないわ。
せっかく彼女の剣をとったんだ、彼女の使った技でも使ってやろうかとも思ったのだが、彼女の使って見せた技は地面に手を付ける技のため今の状況から技を打って反撃、とはいかない状況だ。
「どうせ死ぬんだ。教えてやろう。さっきの氷原の撒菱は、私が右手を地面に付けて使う技だ。貴様の茶番に乗った理由、それは、この技が自分の通ったところから氷柱を出す技だからだ。初見殺しの技、というわけではないが知っている人は少ない方がいい。切り札は隠すものだからな。じゃあ……」
そう言うと彼女は、ぼくの方にゆっくりと近づいてくる。
「取りあえず、剣を返せ」
そしてぼくの頬に思いっきりビンタをくらわす。
彼女の剣をぶんぶん振り回して抵抗してもよかったが、なんでかしなかった。
先の戦闘は人でないものという認識のもとで行えたが、今回の相手は人だ、さらに女性。
うん、暴力ふるえないね、無理だね。
さっき手首に殴りかかったのは……比較的平和的解決をするための手段だからしょうがないよね……。
そんなことを思っていると、頬に強烈な痛みが来る。
その痛みによって、ぼくは思わず彼女の剣を左手から落とす。
「賢いじゃないか。楽に殺してやろう」
そう言って、彼女は剣を回収しぼくののど元に剣先を向ける。
「早く剣を出して対等な戦いをすればよかったものを……。プライドか、舐めプか、知らないが私に慈悲を与える心はない。死ね——」
そう言って彼女が剣をぼくののど元に突き刺そうとしたとき、ぼくの携帯が鳴った。
いや、この音は通知が来たり、電話がかかってきたりした音ではない。
この音は、あのゲームの画面いっぱいに『warning』と赤い文字でいっぱいになっているときに流れる音だ。
そう、これは危険信号なのだ。
彼女が、シュナが来る!
勢いよくぼくの目の前の地面に突き刺さったシュナに、思わず彼女は後ろに下がる。
そして、シュナは剣の体のまま体を宙に浮かせて、ぼくの動きを封じ込めている氷を切り裂き、ぼくについている拘束を解く。
『もう~!こんなことになってるのじゃったら、わちきを呼んでくれてもいいはずじゃろ!なんで、なんで呼んでくれなかったのじゃ?わきちの名前くらい呼んでくれてもいいじゃろ……。そ、れ、に、なんで昨日はわちきをひとりにしていなくなってしまったのじゃ?主様がいなくてわちき寂しかったのじゃぞ!』
『あ~いや、ん~、まあ、いろいろあって……。呼べば来るとかわからないし……』
ぼくがそう少々シュナの怒りから逃げるような回答をすると、シュナは怒り口調で言葉を返す。
『主様のもとに呼ばれたらすぐ行くのがわちきたちの使命なのじゃよ!主様の言うことを聞けない臣下がどこにいるのじゃ!』
『まあ、そう言われればそうだけど……』
『まあ、その、主様が生きていてくれてほっとしたのじゃ……。これからは、わちきが主様を守るのじゃ!』
そう言ってシュナは意気込み、ぼくは、そんな彼女を頼もしく思う。
ぼくは、シュナを左手一本で持つ。
正直、右手は使い物にならない。
手のひらの皮膚がない状態でものを持つのがどれだけ困難なことか。
まだ、手に風穴空いている方がマシだ。
「それが貴様の剣か。これからが本番か」
そう言って彼女が剣を構えるのと同時に、ぼくのうまく片手だけでバランスをとって迎撃の体制を作る。
来る、そう思った瞬間に、ぼくは前に向かって跳び剣に体重をかけて彼女を押し返す。
しかし、一回攻めただけで彼女の攻撃は終わるはずもなく、彼女はまたこちらへ跳んできて攻撃を続ける。
ぼくはそれを押し返す。
『主様よ、あやつの剣と打ち合って分かったことじゃが、あやつの剣の能力は【冷気を放ち氷柱を出す能力】なのじゃが、ただの氷柱じゃないのじゃ』
ぼくが、彼女と何合か打ち合っているさなか、シュナはぼくに話しかけてくる。
『あの能力は、冷気の温度も操れる。お主も知っておる通り、物の温度は低ければ低いほど固まって強度を増す、逆に温度が高ければ高いほど、強度は低くなる。あの冷気でできる氷柱は、温度が高ければ高いほど熱で攻撃する武器となり、低ければ低いほど相手を捉える鎖になる。だが、温度が高ければその氷柱の耐久力はない、すぐ脱出できる。逆に低ければ耐久力があって全身固められたら脱出は困難じゃな。まあ、凍ってもそう簡単には死なないじゃろうから、反撃の余地は全然あるのじゃ』
なるほど、だから、化学実験室で椅子を投げた程度であの氷柱は壊れたのに、さっきぼくが捕まった氷柱はめちゃくちゃ硬かったのか……。
『シュナ、ここからぼくが勝つにはどうしたらいいと思う?』
『主様が思う勝利の定義はなんじゃ?』
『……生殺与奪の権利を自分が握ること?』
『ふむ、生け捕り、とまでは行かないものの相手を不利な状況にして、こちらの条件やらを飲ませられる優位な状況にするってことじゃな。……じゃったら、やつの能力を奪って捕縛するのが手っ取り早いの!』
シュナがそう言って勝利への光が見え隠れした時、やはりと言っていいか利き手ではない、ましてや片手で両手剣を振るうぼくと、片手剣を万全の状態で握る彼女との打ち合いはぼくが押されるのは必然的であり、たった今ぼくの剣は彼女によって弾かれ、ぼくのガードが開いてしまった。
『主様!』
シュナの声がはっきりと聞こえる。
「——」
声を上げる云々ではなく、今ぼくはここで彼女の剣で心臓を貫かれて死ぬのだ。
昨日切ったあいつのことが思い出される。
ああいう風にぼくもなるのか。
「死ね」
彼女はそう一言だけ吐き捨てるように言って、剣をぼくに突き刺そうとする。
しかし、邪魔が入った。




