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残念ね太郎

作者: 爆微風




 昔々あるところに。

 念太郎という、普段から村の周囲を歩き回るばかりの大柄な男がおりました。


「オヌシはいったい何がしたいのだ」


 村人たちは、不可解な行動ばかりする念太郎のコトを変人扱いし、普段から軽んじておりました。

 神社の跡取りだというのにそんな行いに、家族からも罰当たり者、木偶の坊と思われておりました。


 そんなある日。


 日課となっている村の周囲の散策から念太郎が帰ると、今日は普段と違います。

 神社に備えてあった神輿(みこし)を一人で担ぎ、のしのしと隣村まで飛び出して行きました。

 彼はバカにはされておりますが、並いる男では敵わぬ剛力の持ち主。


 その神輿で何をするのかと隣村の村人が見張っていると、日が傾かぬうちに真っ暗に。

 お天道様が泣き出して、周囲はざんざと大雨に見舞われました。


 日照りばかりが続いていたので、村人たちは雨を喜びました。

 しかし神輿を担いだ念太郎は、山を睨んで身構えていました。


 雨が止むやいなや地鳴りを響かせ、山裾にある隣村へと"地滑り"が襲いかかったのです。


 太郎を見張っていた村人も飛んで逃げ出しました。

 ですが彼は逃げません。

 後ろには、彼の親戚の家。

 中には歩けない老婆がいるのです。


 彼は何を思ったか、目を見開くと神輿を壊し、土台だけを持って迫り来る地滑りへ立ち向かいました。


 剛力自慢の念太郎とはいえ、自然の前にはどうしようもない…… はずが、大きな杉の木の合間に自ら飛び込み、神輿の土台で身体を支え、襲いかかる岩やら石やら木の根っこを両の手で打ち払い、泥と岩の流れを変えたのです。


 押され潰され、落ちかかる岩に傷だらけの念太郎。


 地滑りの勢いが収まる頃、念太郎はボロボロになっておりました。

 最後の最後に、転がり来る大岩がぶつかったせいでしょう。

 彼は、記憶をすっかり失くしていました。


 ですが、彼のおかげで親戚の家は無事でした。

 地滑りで土地が様変わりし、しかし栄養豊富な土ばかり。

 周辺は田んぼにされ、唯一残っていた親戚の家がこの土地の大地主となったのです。


 残された隣村の村人と親戚は念太郎に感謝をし、大きな家を拵え住まわせました。



 念太郎の村では、彼が死んだことにされていました。


 日中ブラブラしているだけと思われていたので、どこかでのたれてしまったのだろうと、村人たちの感心は神輿だけにありました。

 それが隣村にあると聞きつけ、男衆が五人も引き取りに向かいます。


 と、そこには話にも上がらなくなった念太郎が、美人を侍らせ、労られ過ごしているではないか。


 彼は怪我こそ治っておりましたが、記憶はまだ戻っておりませんでした。

 ごろごろと寝ては、親戚の家の末娘に癒されているばかり。

 男たちは歯噛みし問い掛けました。


「お前は徘徊するしか能のない木偶の坊ではないか」

「なんでこの大きな家でのんべんだらりと暮らしておるのだ」

「神社の神輿を担ぎ盗んだお前が、なぜ豊かな暮らしを」

「美しいおなごといるなど、解せぬ」

「うらやま許せぬ」


 ですが、この男たちも仕事でここまで来ております。

 死んだものと思っていた念太郎にかまけてはおれません。

 バラバラになった土台の木材に神輿の本体を、どうにかこうにか運ぼうとします。


 それを見て、念太郎が立ち上がりました。

 彼は根っからの怠け者ではありません。

 さっきまで自分を悪し様に扱っていた者であろうと、助け合うことを良いことと考える男でした。


 男衆が神輿を運ぼうとする姿に、ふっと記憶が戻ったのでした。


 神輿の土台をぱぱっと元通りに組み上げ据え付けてしまうと、さっきまで世話をしてくれていた末娘に念太郎は笑い掛けます。


「朝の寝坊、どんなに起きなくても、優しく辛抱強くしてくれたな。キミに癒されたコトが、この村でのなによりだった」


 そう告げると、男衆をも担いで念太郎は村へと帰って行きました。


 戻った念太郎は、また毎日同じように村の周囲の散策三昧。

 しかし、村人たちはもう、大人も子供も犬猫さえも、彼の悪口など言いません。


 あきれ果てていたのは、神社を切り盛りする親ばかり。

 神輿を壊してまで隣村を助けたなどとは信じられず、ただの与太話と思っていました。



 そうして、一年が経ち。


 また念太郎が飛び出しました。

 あの男衆は彼を親分と呼び、すっかり頼るようになっていました。

 そして、何かあれば走り出さずにはいられない、優しい男だと惚れ込んでいたのです。

 しかし、この時は無闇やたらな目眩走りでした。


 海の村の人々が困り果てていると聞き及んだからです。


 嵐のせいで舟が殆んど壊れてしまい、漁が出来なくなったと嘆いておりました。

 残っているのは網と木材と舟が一艘だけ。

 海の神様が我々を嫌ったのだと考えた村人たちは、この村を捨てて農業を隣村で教わろうかと思っておりました。


 念太郎は、海の神様は怒ったりしないと一喝し、砂浜を睨みました。

 そして、川沿いを駆け上がって行きました。


 いつぞやの大岩を隣村から運び、河口へと投げやりました。

 男衆たちは、そこで念太郎の考えを知りました。


 大岩を足場に、海の中に網を横に長く張れば、追い立てるだけで魚を捕らえることができるのです。

 そうと解ればと男衆に従って、海の村人たちは『設置網』を組み上げました。


 それが上手く行くかを実行しようと念太郎は泳いで魚たちを追い込みます。

 その一泳ぎだけで大漁でした。

 一艘のみの舟でも、これなら村人たちが飢えずに済む。


 念太郎への感謝を告げると、彼は頭を掻いただけで何も言わずに村へと帰ってしまいました。

 突然の行動に、しかし太郎を知っている男衆は笑います。


 とんでもなく照れ屋だから、と。


 こうやって、なにかがあると念太郎はひらめきや渾身のちからでそれらを解決していきました。

 親たちは彼の行動を知って驚きました。


「どうやら、あれは兄のできることをしているつもりなのだろう」


 昔、村の側の川に落ちた念太郎を助けるため、泳いで大怪我をし、後に命を落とした兄の優しさに応えるためなのだと両親は男衆へと語りました。


 男衆は男泣きした。


「こんな話を聞いては無理だ。俺は一生親分についていくぞ」

「以前、投げ付けた暴言を悔やんでおるんじゃい。俺もついていく」

「何を考えとるか解らんかったが、大した御人じゃあ」

「カッコいい大馬鹿ものだ」

「抱いてくれんかのう……」


 村人たちにもこの話は広まり、隣村まで伝わりました。

 そして、いつかの娘が念太郎の妻として嫁いで来ることになったのです。

 最初はもっと良い男を探せと逃げていた念太郎でしたが、押して押して押しまくられ、ついに彼女を娶ります。


 剛力自慢の念太郎も、乙女には弱かった。



 そんな毎日が過ぎて。



 大小細々と人助けばかりしていた念太郎も老人になり、今や男衆の子供たちに手伝われていました。

 河口に落とした岩など、もう動かせません。


 しかし、彼の子供たちはさらに大きな岩を運び、元の岩と重なり合わせ、川の流れを利用する漁場を作り上げました。


 村の人々は拍手喝采、増えた人々に魚が行き渡り、これで飢えずに冬を越せると喜びました。

 そんな行いを見守っていた念太郎は、ふらりとどこかへ立ち去りました。


 そうです。

 念太郎はとんでもなく照れ屋なのです。

 子供たちの感謝はともかく、増えた村人たちからの感謝など聞いていたら死んでしまう、と逃げ出したのでした。



 常にどうにかならないか、と考え続けている優しい彼は、その冬に亡くなりました。



 彼のおかげで田んぼが増え、水路が補強され、日照りも豪雨も怖がらず済むようになりました。

 毎年、豊かな実りとなりました。


 方々の漁村は定置網を真似し、海の人々は念太郎のおかげと村にいつも魚を送ってくれました。


 しかし、もう彼はいません。

 誰かのために、自分を悪し様に言う者であろうと、助け合うことを良しと考えるいい男でした。


 今は誰かを怠け者だなどと言う村人はいません。

 あの英雄を見倣い、誰かの助けとなろうとするのがこの村の風習になりました。



 人は見かけによらない、だからこそ愛おしかった。

 神社の大巫女さまは、笑って語ります。


 照れ屋の癖に、誰かの笑顔を見るのが大好きだったあなた。

 今、あなたの蒔いた優しさが、こんなに笑顔を育てたのにね。

 それが見れないなんて、気の毒ね。

 私が教えに行きますから、それまでオアズケですよ。


「残念ね、寝坊助太郎……」


 にこりと笑う大巫女は、寝坊助だった彼のことも好きでたまらなかったのでした。





三年寝たろうに、俺はなるっ☆

って言えたら良いのになぁ。

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