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願いは叶わない②

 


 パタン、と控えめな音で扉が閉じたのを合図に私は娘が先程まで立っていた場所に視線を向ける。


『アイザック様が侯爵家の庭園の片隅で女性と抱き合っておりました』

『彼には真に愛する方がいらっしゃるのだと思います』

『お父様、アイザック様との婚約を解消させて下さい』


 娘が俯きながら話していた内容を何度も心の中で反覆させてみるが、私にはとてもではないが何かの悪い冗談のように聞こえた。


 あのアイザックに限ってそんな馬鹿な真似をするはずがない。到底信じられない内容だった。

 アイザックという青年はアリアを心から愛している。


 そもそもこの婚約はレスター侯爵家からどうしてもアリアをと、頼み込まれて表向きは業務提携を目的とした婚約という事で整えたものだった。


「クレイン侯爵様、僕はアリア嬢が大好きです。彼女とずっと一緒にいたい、あの可愛い笑顔をずっと守っていきたいんです!どうか僕のお嫁さんにアリア嬢をください!!」

 

 10年前のあの日、レスター侯爵と共に現れた少年は私に向かって堂々とした態度でそう言い放ち頭を下げた。

 私はその姿を見て、この少年ならば娘を任せてもいいのかもしれないと思いこの婚約を正式に結ぶ事にした。


 そしてそのままレスター侯爵と話し合い、我が家はアリアしか子供がいない為娘が産む第二子以降がクレイン侯爵家の跡取りとなる事も決まった。


「先日は無事に婚約を承諾いただき、クレイン侯爵閣下には本当に感謝している、ありがとう」

 

 そう言ってこちらにやってきたレスター侯爵は心から安堵している表情だった。

 

「いや、こちらこそ我が娘に声をかけていただきレスター侯爵閣下には感謝しています。ありがとうございます」

 

 その日は共同事業における数日後の視察の為、レスター侯爵家に訪問していた。

 

「実は今回のこの共同事業は、アリア嬢との婚約の為に用意した表向きの理由なんだ」

「……と言いますと?」

「ははっ、笑わないで聞いてほしい。実は息子のアイザックが数ヶ月前の茶会でアリア嬢に一目惚れをしてね。いつもは大人しい息子がその時ばかりはどうしてもアリア嬢と結婚したいと言い出してね。しまいには泣き出すものだからこちらとしても明確な理由が必要だと思ったんだ」

「確かにお互い次期侯爵ですからね」

「ああ、そうなんだ。だから周囲を黙らせる為にも表向きの正式な理由が必要だったんだ。それに先日直接アリア嬢を見て確信した」

「……」

「アリア嬢は本当に可愛らしいお嬢さんだ。息子があそこまで必死になるのも頷けるよ。クレイン侯爵、」

 

 そう言ってこちらに改めて向き直った彼はいつになく真剣な表情をしていた。それに釣られ私も改めて姿勢を正し続く言葉を待つ。

 

「アリア嬢は必ず我がレスター侯爵家で大切に守っていく。婚約を承諾してくれて本当にありがとう」

 

 そう言い侯爵は頭を下げた。

 

「侯爵!!頭を上げてください!」

 

 その姿に私は慌てて声をかけた。

 こんなに温かい侯爵家に嫁ぐ事が出来るアリアは間違いなく幸せになれる。

 この時私はやはりこの婚約を承諾して良かったと心から感じた。

 

「レスター侯爵閣下。どうぞ娘をよろしくお願いします」

 

 心からの気持ちを込めて私も頭を下げる。

 私はあの子……アリアが幸せになれるなら婚姻相手は誰でもいいとさえ思っていた。

 普段仕事ばかりで碌に相手をしてやれない私だからこそ、娘の婚姻相手はあの子を心から幸せにしてやれる人物をと望んでいたからだ。

 でも相手がアイザックという人間で、レスター侯爵家で、本当に恵まれていると心からそう思った。


 そんなどうしてもと頼み込む程望んだ相手を、簡単に裏切れるものなのだろうか?

 それに……。


 アリアを見つめるあの青年の瞳が、時折仄暗い色を纏っているのは分かっていた。

 娘は気付いていないようだったがあの子を見る目がまるで、羽を捥いで永遠に鳥籠に閉じ込めようとする……そんな雰囲気を感じていた。

 ただそれでも今までアイザックを警戒してこなかったのは、あれほどの想いを常に紳士の仮面で隠せているあの青年になら娘を任せられると思ったからだ。


 そんな男が火遊び……?

 私にはアリアの見間違いかもしれない線も捨てきれなかった。

 それにアイザックの本心を私が勝手に教えて娘を怖がらせてもいけない。

 

「火遊びくらいで婚約解消など私は許可しない。アイザックとて愚かではない。この婚約を蹴ってまで遊び相手を選びはしないだろう」

 

 余計な事を言わないよう私は手元の書類を捌きながら婚姻前の火遊びくらい容認するように諭した。

 アリアならこちらが全てを説明せずとも分かってくれるだろう。

 あの子は幼い頃から賢い子だった。家庭教師からも称賛の報告が幾度となく届いている。


 必ずあの子は幸せになれる。これが正しい選択だ。

 終わりの見えない執務の山を一つ一つ処理し、私は己の選択の正しさに確信を得ていた。

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