ウチの玄関が異世界に繋がったので、日記を書きました。そして、花火大会に出かけました!
こけしのような髪型の、どこにでもいそうな雰囲気の私。
そんな、普通極まりないはずのこの身に起きた、摩訶不思議な出来事を日記にしたためる事にした。
――――と言っても、この手帳のカレンダーの所の三行ほどのスペースにだけどね。
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八月五日
異世界人が、玄関開けて入って来た。仲良くなったので、一緒に花火大会に行った。
花火は今年もきれいだった!
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この日、人生で一番衝撃的な事件が起こった。
私の家の玄関を男が勝手に開けて部屋に入ってきたのだ。
私は花火大会に出掛ける為に浴衣に着替えている途中だった。下着姿で肩に浴衣を掛けただけの状態だ。
「……」
「…………」
人間、理解出来ない事態に直面すると、無言になるらしい。
男は海外の軍服コスプレをしていた。
どこぞのお国とのハーフなのか、そもそも外国の人なのか、金髪ストレートロン毛と緑色の瞳を縁取るバッサバサの睫毛とパッチリ二重。眉と目の幅が狭い、西洋系の彫りの深い顔立ち。そして百八十は超えていそうな身長。
臙脂色の軍服がとても良く似合っている綺麗系のイケメンだった。
「こっ、ここは……ジョナスの家では無いのか!?」
誰だジョナス。
このアパートに外国の人とか住んでたっけ? なんていつまでも下着を晒したまま考えていた。まぁ、考えていたのか思考停止していたのかは謎だけど。
「何だここは。いつの間に改装したんだ。ジョナス出て来い! 来客があるのに娼婦を呼ぶな! ジョナス何処だ!?」
「……すみません、ここは私の家ですけど。あと、娼婦じゃ無いッス」
男は日本語が微妙に不自由らしかった。
『娼婦』て。
何故にそんな職業の方と間違えられたんだ。って、そこで自分が半裸だって気付いて慌てて前を隠したよね。アハッ。
男は「大変失礼したっ!」と叫んで出て行った。つか、土足のまま家に上がって来てたんですけど!? ここは日本だぞ、土足厳禁だっつーの。
ガチャッ、とドアが開く音……嫌な予感。
男がまたもや入って来た。
二度目の不法侵入ともなると警察呼ぶぞゴルァ。とか舌をまいて怒鳴ってなんていない。だって花も恥じらう乙女だから。
男は何故か床に正座しているけどね。もちろん靴は脱いでいる。何故か。
「貴殿はジョナスとはどのような関係だ?」
「だからここは私の家だって。誰だよジョナス」
「いや、私は確かにジョナスの屋敷の扉を開けて入ったのだ!」
屋敷て。
十畳と六畳の二間だけのマンションと言っていいのか微妙な建物を、屋敷て。
「部屋番号間違えてません? 階が違うとか」
ほら、海外って階層の数え方が違う国があるらしいし?
指輪をデストロイする為の映画を見てハマってニュージーランドに行った時、宿泊先のホテルでそんな感じの話をした覚えがある。
「階? 部屋番号? 戸建の屋敷に部屋番号などないだろう……」
戸建の屋敷? はいぃぃぃ?
初めは頭の可怪しい人かと思い、スマホを握って通報しようとしていたけど、一旦浴衣を来て玄関の外に出てみる事になった。
不審者の男と二人きりで部屋の中も怖いしね。今更とか、悠長に浴衣着るなとか誰も言うなよ!
男は勝手に正座していたせいで足が痺れたらしく、床でのたうち回っていたけど無視して外の共有スペースに出た。
どう頑張って見ても私の住むアパートの廊下。ちゃんと十階で、部屋番号も間違ってなかった。まあ、そらそうだけど。
フラフラしながらも男が歩いて来て、外を見回して驚愕の表情を浮かべていた。
自分はこんな所には来てない、何だこの建物は、何故こんなに高い場所にいるんだ、倒壊して死んでしまう、とかなんとかワーワー言って面倒だったので、一旦部屋に戻った。
「ここは何処なのですか!?」
日本、地名、アパート名を教えたがキョトンとしていた。見た事もない景色だと。ジョナスの屋敷は二階建てだと言う。
「ん? さっき……あー、えっと、名前何?」
「私はサラディーノ。バルデッサリーニ伯爵家の嫡男だ」
「サラ……バリダッサイーニ?」
バリダサいのか? 家名が? 何か可哀想になった。
「バルデッサリーニだ! 貴殿は耳が遠いのか!?」
煩いよ。文字にしたら読めるけど、何か超絶発音良く名乗られると聞き取れないのだよ。
空気読めバリダサ男め。
「ま、いいや。サラさん、さっきここから出た時は何処にいたの?」
「サラ……んんっ。先程もちゃんとジョナスの屋敷の前にいたのだが、入ったらまたもやここだったのだ」
どうやら彼はジョナス邸の玄関を開けるとこの部屋に来てしまうらしい。
「むむっ。ちょっと実験してみよう!」
「実験? 何をされるのですか」
サラさんと一緒に外に出て、我が家の玄関を外から開けてもらう。……私の部屋だった。
次に、内側から玄関を開けて外に出てもらう。……見た事も無いけど、なんとなく既視感のある近代ヨーロッパな風景が広がっていた。
エイヤッ! とサラさんの背中を玄関の外に押し出して、扉を閉めてみた。
ふぃぃ。追い出し成功!
「何をするのですか!」
あ、サラさん戻ってきた。
しかも何かプリプリ怒ってる。
ごめんごめんと言いながら、またサラさんに玄関を開けてもらって、その見たこともない風景の場所に私も一緒にテイヤッ! と出てみた。
辺りには何かオサレな洋風のお屋敷が立ち並んでいた。どう見ても、外国だった。しかも何かオサレな玄関にいた。
何だ両サイドにピンクのバラって。
あちこち巡ってみたい衝動をグッと抑え込んで、ジョナス邸の外側から玄関をサラさんに開けてもらう。
…………私の部屋だった。
私がジョナス邸のドアを外側から開けてみると、ジョナス邸らしき屋内が見えた。
シャンデリアとかあったよ。すげぇな、お貴族様か!? なんてワクワクしてしまっていたけど、ふと気が付いた。
「あ、コレ、サラさんが勝手に我が家に来てるだけっぽいですね。ジョナス邸の中からも実験してみますか?」
「……」
「サラさん?」
サラさんは何かを考え込んでいるようだった。
「……貴殿の名は教えてはいただけないのですか?」
「え? あ、はい。近藤 夏夜です。カヨが名前」
「カヨ。……カヨ殿、その、不安や恐怖は無いのですか?」
サラさんが真剣に聞いてきたけど、ぶっちゃけ私は『異世界転移キャッホイ』としか思っていなかった。
しどろもどろになりつつ、互いの生活を脅かさない為にも実験は必要だ! と丸め込んだら、何でか知らないけど物凄く感動されて、貴女に忠誠を誓いますとか何とか言い出したから断っといた。
「サラディーノ、さっきから人ん家の玄関で何やってんだ? 異国の娘をナンパするにしたって、場所考えろよ」
「「……」」
まぁ、そりゃぁご本人も登場しますよね。だって何か約束してたみたいだし?
ジョナスさんは焦げ茶色の短髪とお空の様な綺麗な水色の瞳、背はサラさんより五センチほど低そうだ。そして切れ長の目が何か凛々しくて格好良い。
色々と面倒だったのでジョナスさんに現状を説明して、実演して見せた。大興奮だった。そして、屋内からの実験の許可もくれた。
結果はサラさんが開けるとマンションの廊下に。私が開けるとジョナス邸の外に繋がった。
取り敢えず分かった事は、サラさんがジョナス邸の玄関を開けると、内側からも外側からも我が家に繋がる事。
サラさん達と一旦外に出て玄関を開けてもらった。今回もちゃんと我が家でした。
「サラさん、ジョナス邸の玄関は内側からも外側からも触ったら駄目ですよ?」
「え……」
「じゃ、そういう事で、さよなら」
バタンとドアを閉めて、内鍵掛けて、チェーンもして、完璧だ。二度と会うことも無いだろう。思いの外イケメンで眼福でしたよっと。
おしまいっ!
…………そうは問屋が卸さなかった。
五分だけで独り身の生活は終わった。
当たり前の様にサラさんとジョナスさんまで現れた。
「取り敢えず、靴脱げ。正座! あと鍵とチェーンどうやって外したんだゴラァ」
「カヨ様、鍵は掛かっていませんでした。チェーンとは何でしょうか?」
サラさんの言葉遣いが徐々に丁寧になって来ている。普通逆じゃねぇ!? 何だ『様』って。私はそんなキャラじゃ無い。『なんだ、近藤かよ!』なんて、『〇〇かよ!』とフルネームをコラボされる程度の扱いのキャラだ。
取り敢えず何しに来たのかと聞けば、ジョナスさんがこちらの世界を見てみたいと言い出したらしい。
じゃぁ、ジョナス邸の中から外に出ろよ。勝手に観光して来いと言ったら「カヨ様にこちらの国の事を聞いてからで無いと、何かしらご迷惑をかけてしまうかもしれないと思い、お伺いしました。その、出来ればでいいのですが少し案内をして頂け無いでしょうか?」とのたまった。
完全に案内人が欲しかっただけじゃないか。
私は花火大会に出掛けるんだよ! 浴衣とか来て、はっちゃけてるんだよ! 邪魔すんな!
「……何このイケメン二人。何で片方コスプレ中?」
「話せば長い。頭を病んでいるから触れないであげて」
「いや、ゴリゴリ触れるわ。バカなの?」
「チッ……」
親友に舌打ちするなとアイアンクロウをされた。それなら親友にアイアンクロウとかすんなと言いたかった。
仕方が無いので説明した。
何故かこの二人、玄関の鍵が効かない。意味がわからない。鍵かけてるのに、玄関が開くのだ。
それなら好きに観光しろ! と思ったけど、こちらの常識が危うそうなイケメン半コスプレ。
うんうんと悩んでいたら、花火大会を見てみたい、ついて行く、と言われたのだ。
この暴力女、もとい私の親友にして悪友、冠木門 澪子、私と違って名前が豪華な感じ。小学校からの長い長い付き合いだ。
見た目も豪華。ゆるふわっとしたウェーブが入った焦げ茶色気味のロングヘア、薄めの茶色い瞳。こちとらこけしなのにな!
「なるほどね。ところで、何で日本語通じてるのかしらね?」
「おぉぉ……マジだ。何で日本語通じてんの?」
「あんた今気付いたの!? どんだけスルーしてんのよ。その考えるの止める癖、ホントどうにかしなよ」
ハァァァ、とかわざとらしい溜息を吐かれた。
「そもそも! 連絡が『同行者、二人増える』だけとか。昔の電報か!」
澪子はプンスカしながらも二人とちゃんと自己紹介し合ってた。偉いなぁ。
取り敢えず、私は屋台に行きたいのだ。イカ焼き、たこ焼き、焼きそばなんかをモリモリ食べたいのだ。あとクレープも。
炭水化物多いとか言ったやつ出て来い、喧嘩なら買うぞ。
「カヨ様、お手を」
そう言ってサラさんが右肘を差し出して来た。何だコレ? と見ていたら、左手を取られ、差し出された右肘の内側に添えさせられた。浴衣に軍服でエスコート。いや、何か変だぞ!? ペイっと肘を投げ捨てて普通に手を繋いでみた。
「っ!」
サラさんが左手で口元を覆って衝撃を受けたような顔をしていた。
「あ、嫌だった?」
「いえ! 是非このままでお願い致します」
「おん……」
この時から、サラさんはイケメンと言うより乙女に見え始めていた。いや、外見は彫り深め、綺麗系なイケメンですけどね。
お祭りがあっている商店街を練り歩く。
今日はアーケードに沢山の屋台が並んでいるのだ。同じような屋台も多いのでどこで買うかを真剣に考えないといけない。
澪子とジョナスさんも何故か手を繋いでいた。
どうやらジョナスさんがあっちこっちに消えそうになるから手綱の役目を果たしているらしい。今も澪子が引っ張られて消えていった。
「ジョナスさん、落ち着き無いね」
「ヤツは犬だと思って下さい」
中々的を得ている気がした。確かに犬っぽい。
頑張れ澪子、私は人間と散策したいの! と心の中で澪子を拝んでおいた。
「イカ焼き発見! サラさんも食べる?」
「イカの串焼きですか。ですが私はこちらの国の金銭は持ち合わせていないのですが」
「このくらいおごったげるよー」
お祭の日は財布の紐が緩いのだ。ボーナスも出たしね!
イカ焼き二本買って、アーケードの各所に用意されているベンチに座って食べる。イカはブリッブリしてて美味かった。サラさんも気に入ったらしく、上品なのにペロッと私より早く食べ終わっていた。醤油ダレ、好きだったらしい。
「こんな所にいたー」
澪子とジョナスさんが両手に色々と抱えて戻ってきた。
「ジョナス、座って食べるよ」
「おう!」
「んじゃ、私達は入れ替わりで何か買いにいこう!」
「はい」
「サラさんは何か気になる屋台あった? 私はね、たこ焼きと焼きそば、あとクレープだけど、久しぶりにわたあめ食べたくなった」
「どれも知らないので試してみたいです」
二人で色々と買い回ってベンチに戻った。ジョナスさんはりんご飴に被り付いていた。口の周りがベタベタになってそうだなぁ。
「花火開始まではあと三時間かー。待ち長い」
「あんたの決めた集合時間が早すぎるのよ!」
「だって場所取りもしないとだしー」
お腹もある程度満たされた所で河川敷に行ってレジャーシートを敷いて場所取りする事にした。
二人に場所取りの説明をすると不思議そうに顔を見合わせていた。
「早い者勝ち? 身分とかの問題でトラブルになりませんか?」
「身分!?」
「あ、サラさんは伯爵様なんだっけ?」
「はい、覚えてて下さったのですねっ!」
気のせいかな? 後ろにブンブンと振られた尻尾が見える気がする。
サラさんも犬系なのか?
ま、それは置いといて、こっちに身分制度は『ほぼ』無いと答えた。来賓席とか有料観覧席もあるからね、『ほぼ』無いのだ。
「ここら辺で良くない?」
「んー、帰りの事を考えると……あっちは?」
「確かに! あっちにしよう!」
一〇〇円ショップのレジャーシートを二枚敷き、風で飛ばないようにそこら辺にある石を角に置いて場所取り完了。
「また交代で買い出しに行く?」
「うん!」
河川敷にも屋台は多く出ているのでそこで花火を見ながら食べれそうな物を見繕う。
カップに入った唐揚げ、串焼き各種、焼きとうもろこし、チョコバナナ。
飲み物はビール六缶パックやペットボトルのお茶を保冷バッグに入れて持って来ているので大丈夫。ついでにその上にチョコバナナ入れて冷やしておこうっと。
「カヨ様、イカ焼きをもう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「いーよー。私も食べよ!」
今度の屋台は普通のマヨや一味マヨを選んでかけてくれる所だった。
私は一味マヨ一択。
サラさんは普通のマヨにした。
「ん、マヨと一緒に食べるとまろやかな酸味が合わさって更に食が進みますね」
「一味はピリッとしてて……ビール飲みたくなる!」
サラさんが私のイカをジッと見るので味見するかと聞いたら、顔を赤くしながらも頷かれた。ジッと見てたのがバレて恥ずかしかったんだろう。
「む、確かにビールが欲しくなりますね」
「だよね! 一本だけ飲んじゃお!」
レジャーシートに戻り澪子にビール一本飲んじゃうねと宣言したら、せっかくだから乾杯しようとなった。
「「かんぱーい」」
プラのコップで乾杯しグイッと一気に飲む。
「ぷはぁぁぁ。明るい内からのビール、堪らないねぇー」
「どこのオヤジよ」
「……このビール美味っ! え、ナニコレ? 高級品!?」
ふっふっふ。今日の為に奮発したプレミアムなビールだよ。一缶二五〇円もするのだよ。これ一本でいつもの発泡酒が二本も買えるのだよ。
「え? このとうもろこしと一緒の値段って事? 安っ!」
屋台のとうもろこし舐めんな。お祭り価格だぞ! 普段ならとうもろこし二本は来るぞ!
「えぇぇ? カヨちゃんの金銭感覚が謎ー」
「ジョナス、そもそもこちらとあちらの価値もよく解っていないんだ、きっとこれはカヨ殿が奮発して」
「サラ、大丈夫よ。ジョナスの感覚の方が正しいわよ。この子、ただの貧乏性だから」
「澪子ひどーい。締めるところは締めて、贅沢したい時にドンと緩めてるんだよ?」
「屋台飯が贅沢て」
ハンっと鼻で笑われてしまった。
「フンだ。とうもろこし食べよっ」
軽くイジっとしながらとうもろこしを手に取ると、サラさんが不思議そうな顔をした。どうしたのかと聞くと、丸ごとのとうもろこしをどうする気なのか気になっていたそうだ。
「このままガブーって齧り付くんだよ」
とうもろこしの両端を持ってハムっと齧り付いて実演したら、サラさんが目を見張った後、おずおずととうもろこしを手に取って真似して齧り付いていた。
「ん! 香ばしく、そして甘い!」
「まじで? 俺も食べたい! 一口!」
「ほら、食べてみろ」
「……んまぁい! コーンってフォーク刺すの面倒なだけの存在じゃなかったのか!」
いや、確かに、サラダとか妙に最後に残るけども!
その後も河川敷でワイワイと話したり、仮設トイレに行って使い方の説明をしていたら、徐々に人が増えだし、空がどんどんと夕闇に変化しだしていた。
「あっ、もうあと十分じゃん!」
「異世界の花火……楽しみです」
サラさんが頬を染め、そんなことを言う。
ビールをちびちび飲みながら、「うわぁ、イケメンの頬染めだけで一缶イケるわ。ゴチ」と呟いたら、澪子がゴフリとビールを吹き出していた。
ガッチリゴリゴリに睨まれているけど、気にしない気にしないっと!
明後日に視線を飛ばしていたら、パンパンパンと軽い破裂音が聞こえた。『雷』、合図の花火だ。
「あ! 始まるよ!」
そう言うと同時に河川敷に放送が流れた。
『――――き、誠にありがとうございます。第三九回、花火師による――――』
ザワザワと騒がしかった周囲が、徐々に静まりかえって、少し聞き取りづらかった放送が、クリアにきこえるようになっていく。
シン……となった瞬間に、ズバババババと連続した花火『スターマイン』が夕方と夜の間のような空に打ち上げられた。
「「おぉぉぉ!」」
破裂音、歓声、そして、辺り一帯に鳴り響き出すクラシック音楽。
音楽と花火が融合したこの花火大会。
何年、何度見ても、凄い。語彙力が消失するくらいに凄い。
「美しいですね」
「うん」
隣に座っていたサラさんの手が、するりと私の左手を撫でてきた。
初めは手の甲を撫でるだけだった、少しゴツッとした手。徐々に掌側に侵入し、指と指を擦り合わせ、絡め、繋ぐ。
サラさんにチラリと視線を向けると、ニコッと笑って首を傾げられた。
まぁいいかと視線を空に戻したら、左手がギュッと握りしめられた。
手は、花火大会が終わるまで、ずっと握りしめられたままだった。
溢れ返る人波に揉まれつつ、帰る人の流れに乗って歩いた。
「じゃ、またね」
「おう! またな!」
――――また?
澪子の頬にジョナスさんがキスをして別れの挨拶をしていた。なんと西洋ナイズドな構図が似合う二人だろうか。
こけしな私はちょっと羨ましく…………なってないもん!
サラさんとは相変わらず手を繋いだままで、三人で私の暮らすアパートに戻った。
サラさんが玄関のドアノブに手を伸ばし、ジョナスさんに玄関から出るように言った。
帰るのかと思い、バイバーイと手を振っていたら、何故かサラさんがドアを締めて、居残ってしまった。
「へ?」
「カヨ様、中で今後の事を話し合いましょう?」
「今後のこと?」
「はい」
にっこりと笑いかけられてしまったら、いやとか何でとか言えない。
押しに弱いせいなのか、イケメンに弱いせいなのか……。
「カヨ様」
「ふぁ、ふぁいぃ?」
下駄と靴を脱いでリビングルームの中に入った瞬間、後ろから包み込むように抱きしめられた。
背中が温かい。
あれ、首筋も何でか温かい。
何だこれ⁉
なんか、甘酸っぱい雰囲気になっちゃってない⁉ 気のせい⁉
「まだ出逢って一日なのですが…………これでお別れ、というのは嫌です」
耳元で低く囁かれた。
ぎゃぁぁぁぁぁ!
気のせいじゃなかったぁぁぁ!
脳内は大絶叫だったけど、なんとか表面上は平静を装った。
「えっと…………また、遊びに来たいの?」
「……カヨ様に、逢いに、来たいのです。駄目でしょうか?」
サラさんと密着している背中が熱い。
全身が、熱い。
「えっと……」
「駄目?」
「っ! だめ、じゃ、ないです」
そう言った瞬間、くるりと身体を回転させられて、サラさんと向かい合わせにされた。
顎をクイッと持ち上げられて、上からサラさんの顔が降ってくる。
緑色の瞳に吸い込まれそうだった。
「「…………」」
柔らかく、温かく、お互いの唇を触れさせ合った。
重なっていた唇が、ゆっくりと離れていく。
それが、酷く惜しいような、寂しいような気持ちになった。
「また、逢いに来ますね」
「……うん」
もう一度、軽く唇を重ねてから、サラさんは玄関から異世界に帰って行った。
私は、ヘタッと尻もちをついて、しばらくの間、扉を見つめていた。
気付けば、日付は既に翌日になっていた。
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八月六日
サラさんとキスした。
また来るらしい。私に逢いに。…………また、逢えるらしい。
なんでか、心臓が煩い気がする。
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―― fin ――
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