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第4話 ギルド受付のお姉さん

 高級ホテルのコンシェルジュのような制服を着た、受付の若い男性と女性の姿がPWO(あちら)にはいたが、こちらでは同じような制服を着た女性が一人だけ、うつむき加減で書類を見ていた。


(あ、いたいた。……そういえばあたし、ギルドカード作ってなかったのよねー)


 内心そう思うように、育江は探索者ギルドの会員カードを持っていなかった。

 ギルドの会員カードも専用の取得イベントがあって、それがまた思ったよりも時間のかかるものだった。


 育江がここを利用していた理由、それは採取した薬草の買い取りだけ。

 育成の最中、周りに薬草が自生していることが多く、帰り際に取って帰ったものだ。

 ギルドでの薬草買い取りは、カードが必要なかった。

 ダンジョンも過去に一度だけ潜ったことはあったが、あるイベントで第一階層をただ見て歩くだけの『観光ツアー』が組まれていた。

 それに参加したことがあるだけ。


 少なくともPWOで、育江の身元はしっかりとシステム上に把握されていただろうし、カードはある意味『ダンジョン探索者』の証のようなものだった。

 だから、ダンジョンよりもペットの育成ばかりの生活だった育江が、持っていなかったのも仕方はない。


「あの」

「はい、初めまして。探索者ギルドへようこそ」


 胸のネームプレートにある女性の名前『カナリア・ウェルチ』。

 育江の記憶には間違いはない。

 実はこの受付の女性、採取で受付を週に一度は相手してもらっていた。

 もちろん、カナリアという名前も覚えている。

 育江が持ってくる薬草を買い取ってくれたのがカナリアだった。

 顔も覚えているし、名前も忘れるわけがない。


 だが今回は違和感ではなかった。

 育江を見る彼女の目は嘘を言っていない。

 カナリアは育江に『初めまして』と言ったのだから。


(ま、まじですかー、……あー、ここってやっぱりPWOじゃないんだ。やっとわかった気がする……)


 トイレでの一件、足の小指をぶつけた痛さ。

 そしてカナリア(かのじょ)の『初めまして』。

 最後が一番ダメージがあったと言えよう。

 なにせ育江が知る限りだが、カナリアは『キャスト』だったはずなのだから。


「あの、あたし、育江っていいます」

「はい、イクエさんですね。初めまして、私、カナリアと申します。この度はご登録でしょうか? それとも、採取などのご説明でしょうか?」


(あー、ダメだこりゃ。一ミリも覚えてないみたい――じゃなく、知らないんだ、あたしのこと)


 ぐじぐじ落ち込んでいても始まらない。

 育江は、無理矢理落ちそうになっていた頭を持ち上げる。


(少なくとも、目の前にいるお姉さんは人間なんだから、これから仲良くなればいいんだよね。ニューゲームだと思えば大丈夫、うん、大丈夫)


 虎の子金貨もあと一枚。

 とりあえず十日は宿の確保ができているとはいえ、これでいつまで生活ができるかわからない。

 スキルレベルなどが初心者状態になってしまったから無理はできないが、お金を少しでも稼がないと、自立どころかご飯も食べられなくなる。

 今の育江に落ち込んでいられる余裕など、ありはしなかったのだ。


「はい。登録お願いしたいです。いいですか?」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」


 カウンターをくぐってカナリアが出てくる。

 彼女の手には、一枚のカードがあった。

 おそらくは無記名のものなのだろう。

 カウンターの傍には、テーブルと椅子が対面にひとつずつ置いてある。

 おそらくここで、手続きを行うための場所だと思われる。


「こちらへおかけになってくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 向かい合って座る、カナリアと育江。

 テーブルには、縦二十センチ、横三十センチほどの、カードが一枚()まる石版に似たものがある。

 おそらくは、マジックアイテムなのだろう。

 カナリアがカードを填めると、何かが起動したように光が走り、最終的に右下にある、二センチ角のエリアが光っている。


「ではこちらに人差し指を押し当ててください。少量ですが、魔力の吸い出しがありますので、目まいがされるようであれば教えてくださいね?」

「はい、こう、……でいいんでしょうか?」


 素直に言われたとおり、育江は拇印(ぼいん)を押すかのように、右手の人差し指を四角いエリアに置く。

 すると、四角いエリアが青白く光り、カードへ向かって光が戻っていくように見えた。

 瞬間、頭が重たくなるような感覚に襲われる。

 石版の前に額を乗せるかのように、うつむいてしまう育江。


「――あ、すみません。頭が、重く、……て」

「あらあら。ちょっと待っていてくださいね」


 カナリアの声が、慌ててしまったように聞こえる。

 靴の(かかと)が床を叩くの音、それが小刻みに遠のいていく。


(あれ? カナリアさん、走ってる? あたし、もしかして、魔力切れ?)


 何年ぶりの感覚だろう?

 育江はPWOでは、ハーフヴァンパイアという種族の特性もあって、魔力総量が多い方だ。

 何をやっても枯渇するようなことは、初期のころしか経験がない。


 ややあって、先ほどと同じ、床を叩く音が近づいてくる。


「お待たせしました――ってどうしようかしら? イクエさん、身体起こせる?」

「たぶん、むりです……」


 育江の身長は百五十センチほど、十五歳にしてはそれなりだったはずだ。

 さきほど一緒にこちらへ歩いてきたとき、カナリアとの身長差は五センチあるかないか。

 それなのに、両脇に感触があったかと思うと、軽々と抱き上げられてしまう。

 カナリアはもしかしたら、普通の事務職ではないのかもしれない。


 カナリアは自分の椅子へ座ると、膝の上に育江を横座りさせる。

 その姿はまるで、子供をあやす母親のようだ。


「ちょ、だ、だいじょーぶですからっ」

「どこが大丈夫なんです? はい、これを飲んでください。氷を入れて冷ましてあるので、ゆっくり飲んでくださいね」


 立ち上ってくる香りは、紅茶ともウーロン茶ともいえない、やや香ばしいいが良い匂いがする。


「……んっんっ。……あ、これって」


 喉から胃に沁みるようなこの感じ、徐々に気持ち悪さも収まってくる。


「はい。ホウネンイソカズラを煎じたお茶、『魔力茶』と呼ばれるものですね」


 何度か採取の依頼を受けて、摘んできたことがある薬草の名前。

 薬草自体の効能を気にしたことはなかったが、まさか魔力茶の原料になっているとは思わなかった。


「あの、もう、大丈夫ですから、その」

「あら? 女の子同士なのですから、恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」


 そう言いながらも、再び抱き上げて、向かいの椅子に座らせてくれた優しいカナリア。


「あらら? テイマーさんだったんですね」


 石版もカードも、まさかここまではっきりと出るとは、凄いマジックアイテムなのだろう。


(それにしてもね、個人情報保護なんてないんだろうね)


 ちょっとだけ苦笑する育江だった。


「はい、そうなんです。まだ駆け出しですけど」


 一瞬、掲示板を見る人の視線を感じたのだが、すぐに気にならなくなっていた。


「――あ、やっちゃった? もしかして? ど、どうぞ、こちらがイクエさんのカードになります、再発行には金貨二十枚必要になるので、『なくさないで』くださいね?」

「に、二十枚。忘れないようにします……」


 カードには『イクエ・タカキ』、『十五歳』、『調教師』とだけ書いてある。

 一番上には『初級』と印があった。


「イクエさんは、初級からですね。依頼を成功させて、貢献度に応じて、等級が上がっていきます。中級、上級、最上級という感じですね。伝説級と幻想級という等級もありますけど、どこにいるんでしょうね? 私も知りたいくらいです」


 そう、コロコロと笑うカナリア。

 等級がそのまま、スキルの熟練度と同じ表現だったのに少しだけ驚く育江。

 そんな風にしている間に、魔力は回復していたようだ。

 魔力茶だけの効能ではなく、種族的な『夜』の補正も影響していることはまだ、育江も気づいていない。


「――以上で、簡単ではございますが、説明を終わらせていただきます」

「はい、ありがとうございます」


 カナリアからの説明が終わった。


「では、何か困ったことがあったら、お姉さんに相談してくださいね?」

「はい、そうさせてもらいます。今日はすみませんでした」

「いえいえ。私も注意が足りなかったんです。いつでもいらしてくださいね?」

「はい。ではまたです」


 カナリアの笑顔で送り出される。

 途中、育江は依頼の貼ってある掲示板をちらっと見た。

 少しばかり気にはなったが『今日はもう遅いから、明日にしよう』と思った。


 宿屋『トマリ』への帰り際に、食事のできる店や屋台に寄ってみる。

 とりあえず買わなければならないものがあった。


「あの、すみません」

「どうしたんだい? お嬢ちゃん」


 お店の女店主からみたら、育江はお嬢ちゃんなのだろう。


「あの、『とまじゅー』ありますか?」

「あ、あぁ。トマトジュースのことね。どうかな? 確か保存用のがあったと思うけど……」


 店の倉庫から一抱え探し出してくれた。

 てこの原理を用いて、小さな爪のような缶切りで、穴を開けて飲むタイプの缶入りとまじゅー。


「どうかな? 賞味期限まであと一月しかないけど」

「ぜんっぜん、問題ありません」

「そうかい? どれくらい必要なんだい?」

「全部お願いします」

「はい?」

「この店の倉庫にあるとまじゅー全部ください」

「本当にいいのかい? うちとしては処分に困ってた商品(もの)だから助かるのは助かるんだけど。……それなら、まけてあげなきゃいけないね」


 結局、倉庫にあった全ての缶入りとまじゅーを購入。

 全部で二百本あったが、賞味期限が短いから、銀貨二枚で購入することができてしまった。

 育江のインベントリに格納しておくなら、『いつまで経っても賞味期限一ヶ月前』ということ。

 彼女からしても、願ったり叶ったりなのであった。


 手持ちは銀貨八枚。

 さて、今日はとにかく、ご飯を食べよう。

 懐具合は明日考えることにして。


 あれこれ三種類ほど買ってきて部屋に戻ってきた。

 肉の甘だれ串焼きを、柔らかいパンに香味野菜と挟んで食べる。

 パンはやや硬いが安い。

 香味野菜もかろうじて生で食べられるやつ。

 串焼きの甘だれはパンに合う味。

 顎が丈夫だから食べられるけど、食べ終わるころには顎が疲れてるかも知れない。


 簡単なサンドイッチと、買いまくってきたとまじゅー。

 缶の中身はどろっとしたものではなく、さらっとしていて案外食事に合うものだ。


(うん。ちょっとパンが硬いけど、安いんだから我慢我慢。野菜と肉は、なかなか美味しいね。とまじゅーも、甘塩っぱい感じがまた美味しい。それにしてもシルダったら、どこいっちゃったのかな? まだ、獣魔になる前なのかな? そうだとしても、もう一度会いたいねー……)


お読みいただきありがとうございます。

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