第4話 失礼しちゃうわ。
ダンジョンの第一階層に入って、まっすぐ進んだ先にある最初の十字路。
ここに黒狼が出て、対処をしてる間に気がつけば、他の探索者が出てきて横殴りをされた。
そんな忘れもしない、腹立たしい記憶。
ダンジョン産の魔物は、低いレベルのものであっても、外の魔物より防御力が高くて固く、力も強いものが多い。
横殴りという行為は、そのような強い魔物をやっとの思いで倒せる、という段階になって横から殴りつけ、無理矢理奪い去るという卑劣なものである。
あのとき、あまりのショックで育江はそのまま帰ってしまった。
そのため、この第一階層がどれだけの広さがあるかも知らない状態だった。
ダンジョンの中は、どこか独特な感じがある。
左右四メートルから三メートルくらいの幅、おおよそ二メートルくらいの高さがある道。
それがあちこち入り組んでいるように思える。
『迷宮都市ジョンダン』の名にあるように、ダンジョンは別名『地下牢』や『地下迷宮』とも呼称されることがある。
迷宮の中には、入る度に道が変わるようなものもあるが、ここはそうではない。
もしそうなっていたとしたら、どれだけ危険な場所になるのだろう?
育江は先日潜ったときよりも慎重に進んでいる。
なぜなら、ここは魔物だけでなく、一部の探索者も育江たちの敵となり得る可能性があるからだ。
敵と言えば語弊があるかもしれないが、少なくとも妨害を受けたのは間違いない事実であった。
シルダは育江の左手を握ったまま、散歩でもするかのように、先頭を足取り軽く進んでいる。
育江はシルダの後を歩きながらも、ある一定の距離に達すると鑑定をかけて確認していく。
実のところ、カナリアから第一階層に罠はないと教えてもらってはいたのだが、第二階層からはそうではないらしい。
だから今のうちに、慣れておくつもりでいるのだろう。
一つ目の十字路に近づこうとしたとき、シルダが声を上げて立ち止まった。
すると、左の道から影が近づいてくるように見えた。
影に直接鑑定をかける、するとそこにはレベル十一の『黒狼』と表示された。
「ぐあっ」
育江の手を握っていた右手を離し、両腕を開いて通せんぼ。
これ以上は任せてというシルダの意思表示。
PWOの世界では、魔物や獣には大きく分けて『アクティブ』と、『ノンアクティブ』、二つのタイプいた。
『アクティブ』とは、様々な条件下で動く場合もあるが、プレイヤーなど敵対する相手のレベルの高低にかかわらず襲ってくるタイプ。
『ノンアクティブ』とは、基本的にこちらの方からなんらかのアクション、例えば攻撃などを起こさない限り襲ってこないタイプ。
中には灰狼のように、自分より強い相手の場合、攻撃してこないものもいたりするわけだ。
黒狼はおそらく、前者のタイプなのかもしれない。
なぜなら、シルダが声を出したことによって、迷わず彼女に飛びかかってきたからだ。
確か前回も同じだったはず。
だが、前回と全く違っていたのは、向けて大きく口を開け、突き立てようとしていたその牙を、シルダは両手で掴み、あっさりと受け止めてしまった。
いくら押しても、引こうとしても、びくともしない。
カナリアに聞いたとおり、山熊より強い魔物は第一階層には存在しないみたいだ。
「ぐあ?」
シルダは『どうするの?』という確認のような声を出す。
「そうだね、とりあ――」
そのとき、シルダが押さえつけていた黒狼が灰になって霧散する。
そこに残ったのは、槍の穂先と思える物体。
「ありがとう。お、あのときみたいに、また魔石」
「おう、やっぱり第一階層は本当に楽勝でうまいな」
この声には聞き覚えがあった。
そう思った育江の中で、『どくん』と大きく跳ねる音がする。
『その「ありがとう」は、誰に対してのものなのか?』
『「あのとき」とはいつのことなのか?』
『その「楽勝」とは何を意味するのか?』
「お、珍しい蜥蜴だな。稀少魔物か? ついでに狩っちまえよ」
「おう」
『「蜥蜴」とは、何のことを言ってるのか?』
『何を「狩る」と言っているのだろうか?』
体中の血が沸騰してしまいそうなほど、抑えきれない衝動が育江を襲う。
今にも弾けてしまいそうな衝動が起きているのに、逆に頭は冷えて落ち着いていく。
余計なことを考えている暇はない。
早く『ペットケージ』を展開して、シルダを隠さないといけない。
そうしないと大事なシルダが傷を負ってしまう。
「――っ!」
そう思って育江は慌てて手を伸ばす。
シルダにその、槍の穂先が突き刺さろうとしたとき、育江の目にも信じられない光景が映った。
「ぐあ?」
目の前に迫る槍を、シルダはその場を動かず、軽く身体を捻っただけでつかみ取ってしまった。
そのままシルダは育江の指示を待っている。
それならどう言うべきか?
ギルド職員のデリックは『殴っても構わない』と言っていた。
だが、『殺めてもいい』とは言っていない。
冷静になってやっと育江は思い出した。
PWOでよく、シルダに出していた指示があったことを。
「シルダ、『手加減』っ」
「ぐぎゃっ!」
シルダは槍を手前に引いて相手を転がす。
一人が顔から床に突っ込む瞬間、しっぽで優しくひっぱたいた。
それはもう、小気味よい『パァン』という音と共に。
その探索者は白目を剥いて、気絶したようだった。
「てめっ、こ――な、なんだっ? 『ゴブ』以外の人型の魔物が出るなんて、き、……聞いてないぞ?」
怯えるような表情の男性探索者。
両手で柄を握るその剣先は、震えていて定まっていない。
『動かないで』
「ひっ!」
育江の声が響く。
『武器を捨てて、両手を上げて? じゃないと、お仲間の命はないよ?』
「――ひっ」
男の小さな悲鳴と同時に、『ガランガラン』と音を立てて、剣が手からこぼれ落ちる。
「シルダ、『手加減』」
「ぐぎゃっ」
シルダは『なるべく』手加減をして、『飛び回ししっぽ打ち』を男の胴に食らわせた。
壁に叩きつけられるようにぶつかり、その場に崩れ落ちた。
もう一人の男も、気絶したようだった。
「シルダ、それ、蛇みたいに引っ張れる?」
「ぐあ……」
シルダは少し考えたよう上を向く。
そのあと何かを思い出したのだろう。
倒れた男たちの足首あたりの裾を両手で掴んで、ずるずると引きずっていく。
「ぐあ?」
シルダは首を軽く傾け、『これでいい?』という感じに聞いてくる。
「いいよ。こっち連れてきて」
シルダは二人を引きずりながら、育江を追い越して、ダンジョンの入り口へ戻っていく。
「ぐあっ、ぐあっ」
軽快な足取りで、二人の男を引きずっていくシルダを追いかける育江。
「人型の魔物だなんて、失礼しちゃうわよねー」
育江は知らない。
帽子と外套の隙間から見えていたのは、深紅と金色に光る瞳だけだったことを。
ダンジョン第一階層入り口。
育江とシルダはデリックたちがいる待機所へ戻ってくる。
「イクエちゃん、その二人は?」
シルダは二人の男を交互にぺいっと投げ捨てる。
それはまるで、灰狼のときのよう。
育江は肩をすくませつつ、ベルギルに言われた通りの対応をしたと告げる。
するとデリックは苦笑する、シンディナは何やら残念そうな表情をしていた。
「ありがとう。こいつらには複数、『迷惑行為』の嫌疑が掛けられていたんだ。オレとしてはさ、探索者の面汚しのこいつらなんて、その場に置いてくれたら良かったと思ってるんだけどね」
「デリック、それは言い過ぎよ。きちんとギルドで処分しないと駄目なんですからね?」
同じ探索者として、デリックもシンディナもなかなか手厳しい。
「まぁ、死罪になりはしないだろうけど、資格の取り消しは余裕であるだろうさ」
「罰金もあると思うわよ。金貨何枚でしょうねぇ。払えなければどうなることやらだわ」
「とにかく、後日になるだろうけど、カナリアさんから話が行くと思う。あとは俺たちに任せてくれ」
「そうね。気をつけて行くのよ?」
「はい、ありがとうございます」
「ぐあっ」
育江とシルダは、再びダンジョンへ戻っていく。
途中、先ほどの十字路でシルダが何かを見つけた。
「ぐあ?」
彼女の小さな手のひらに乗せられた物は、赤黒い歪な塊だった。
「くれるの?」
「ぐあっ」
育江は受け取ると、そのままインベントリへ。
格納されたアイテムとしての表示を見ると、そこには『魔石』とあった。
説明書きを見ると『マジックアイテムなどの材料になる』と書いてあった。
なるほど、あの男たちが言っていた魔石というのはこれのことだった。
おそらく、外にいる魔物と違って、こちらの魔物は倒すと何かを『ドロップ』する。
それは肉だったり骨だったり、またはレアなアイテムだったり。
この魔石はアイテム扱いなのだろう。
「へぇ、これがね。よくみつけてくれたね。シルダ、ありがと」
「ぐあっ」
褒められて自然と、『ドヤ可愛い』ポーズをするシルダ。
育江が頭から背中にかけて、撫でると余計に喜ぶのだった。
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